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09 白き山に遺されたモノ ③

三人称視点です。

 焚火のそばで肩を寄せ合い、談笑していたダンゴとショコラ。だがこのまま時を浪費していて良いわけもなく――。


「早く帰らないとみんな心配するよね」

「そうですわね。そろそろ王宮に帰る算段を立てませんと」


 重苦しい雰囲気ではないが、互いにやや真剣な表情で意見を交わす。


「ここってそもそもどこなんだろう。ボクたちは城からこの場所に転移させられたってことでいいんだよね」

「間違いないでしょう、それもあの“箱”の力によるものに違いありませんわ。しかし生物の転移を実現するアーティファクトとは……」


 生物を遠く離れた座標へと正確に転移させることはかなり難しい。才能だけではなく、長い研鑽の末に会得できる技術だとされている。


「しかし、それも不思議なことではないのかもしれませんわ。あのアーティファクトは大精霊様が関わっていたのですから」

「たしか地の大精霊……エアトだったっけ?」

「ショコラもそのように記憶しておりますわ。ですが、地の大精霊様はヴュステ様のはず……」


 顎に手を当てて深く考え込んでいたショコラであったが、頭を振ると疑問をひとまず頭の片隅に追いやることにしたようだ。


「精霊様に関する議論は帰ってからでもできますわ。ユウヒ様方も交えて議論した方がより真実へと近づけるでしょう。だからこそ、今は帰ることを考えませんと」

「そうだね。あの“箱”の力をもう一度使って王宮に戻ることができればいいけど……」

「そもそも、あの“箱”は転移させられた際に落としてしまって……今は雪山のどこかに埋もれてしまっているでしょう。頼りにするのは現実的ではありませんわ」


 今の彼女たちには状況打開の手掛かりが何もない。とはいえ希望がないわけでもなかった。


「吹雪が止むまで待てば、きっと帰ることは可能ですわ」

「その前に主様たちが助けに来てくれるかも」


 それまで彼女たちはこの場所でただ待っていればいい。それが最も安全で確実な手段だろう。

 だが――彼女たちはどこまでもロマンチストだった。


「――でもさ、やっぱり気になるかな」


 そう呟いたダンゴは自分の考えを告げる。


「あの“箱”からは誰かを傷つけようとする害意なんてこれっぽっちも感じられなかった。それにきっとただ転移するための道具じゃない。何か別の目的があって作られたはずなんだ」

「つまりショコラたちがこの場所に来たことには意味がある、と」


 ダンゴは大きく頷く。


「それが分かるとすれば多分……」

「遺跡の奥ですわね」


 きっとこの場所に遺跡があるということは偶然などではない。そう彼女たちは考えていた。


「もう体調は平気?」

「ええ、ラモード人は寒さには強いのです。いつでも行けますわ」

「よし、それじゃあ始めようか……遺跡探検!」


 立ち上がった2人は焚火の後始末を手早く済ませ、遺跡の奥へと足を一歩ずつ進めていく。


「ショコラ、離れないでね。キミのことはボクが絶対に守るよ」

「最強の盾のエスコート、頼りにしていますわ」




    ◇◇◇




「行き止まりかぁ……」


 携帯式の照光魔導具によって照らされた先。そこはただの行き止まりだった。

 ここまでの道のりにおいてはかなりのハイテンションで歩みを進めていたダンゴが、一転して意気消沈した様子を見せる。


「でも分かれ道なんてなかったしなぁ。だったらどこかに仕掛けが隠されているのかな?」


 疑問を抱いたダンゴは他者の意見を求めるべく、同行者へと問い掛ける。


「どう思う、ショコラ?」

「仕掛けというのはあながち間違っていないかと」

「というと?」


 注意深く周囲を観察していたショコラは行き止まりとなっている壁に近付き、手を添える。


「ダンゴ様、よくご覧になって。この窪み、手形のように見えませんか?」

「どれどれ? ……あ、ほんとだ!」


 行く手を阻むように聳え立つ巨大な壁。彼女たちの視線は一点に集中しており、そこには小さな手の形をした窪みが存在したのだ。


「そっか、きっとこれは壁なんかじゃなくて扉なんだよ! どうすれば開くのかな……窪みに触れる? 魔力を流す? それとも――」

「ストップ、ですわ」


 目を輝かせ、ウンウンと悩み始めたダンゴをショコラが制止する。


「まずは危険がないか慎重に調べるべきかと。ショコラたちには迂闊にも“箱”を起動させてしまった過去があることですし……」

「うっ、たしかに。トラップくらいは警戒するべきだよね」


 痛いところを突かれたと言わんばかりにダンゴがしかめっ面になる。

 壁から魔力的な反応が感じられなくとも、原始的な罠が仕掛けられている可能性もあるのだ。用心に越したことはない。


「――うん。調べた感じは多分大丈夫そう。ショコラの方は?」

「ダンゴ様、少しよろしいでしょうか」

「ん?」


 ショコラに手招きされ、彼女の元へと向かうダンゴ。


「どうかした?」

「壁の一部崩れているようでして、もしかするとここから壁の反対側も調べられるかもしれませんの」

「いや、崩れてるって言ってもさ……」


 そう口にするダンゴの顔は呆れ顔だ。彼女にしてはかなり珍しい表情だった。

 だがそれも仕方がない。確かに壁には穴があり、そこを覗き込むと奥に空洞のようなものが広がっていることは確認できる。

 しかし、その穴はとても人間サイズの動物が通れるような大きさではなかったのだから。


「……ガトー」

「え?」

「ガトーなら、通れますわ」


 “フェール・デ・ガトー”によって生成されるゴーレム“ガトー”のサイズはかなり融通が利く。小さな穴を通れるサイズの個体を生成することなど造作もなかった。

 だが、問題点はそこではないのだ。ショコラがダンゴに伺いを立てたのには別の理由がある。


「……ですが、ダンゴ様がお辛いようでしたら使うつもりはありません」


 ゴーレムはダンゴに辛い記憶を呼び起こさせる。それがショコラにとっては気がかりだったのだ。

 そんな思い憚る視線を受けたダンゴは大きく息を吸い、吐き出す。


「――いいよ。ガトーの力を借りよう」


 その言葉に驚いたのはショコラだ。


「よろしいんですの?」

「いいって言ったよ。ボクはショコラのことなら信じられるから」


 ツン、とそっぽを向きながらの発言だ。かなり複雑な心情であることは明らかである。

 だがダンゴ自身、嘘を言ったつもりはなかった。未だゴーレム全てを受け入れることは難しいが、少なくともショコラが生み出したものなら信じられるような気がしたのは事実である。


 そうして生成された小さなガトーが穴へと入っていく様子をダンゴは静かに見守った。


「――壁の向こう側にもまた大きな空間が広がっているようですが、壁そのものに危険はないようですわね」

「オッケー。ありがとう、ショコラ。……ガトーもね」


 御礼を口にするダンゴの横顔を見つめるショコラの表情は綻んでいた。ダンゴがガトーを理解しようと歩み寄りの姿勢を見せてくれていることが何よりも嬉しかったのだ。


「さてと、トラップがないのはわかったけど……どうやったら開くのかな?」


 早速と言わんばかりに壁の窪みに手を当ててみるダンゴだが、魔力を流そうとも壁は何の反応も示さなかった。


「おそらくですが。……にらんだ通り、こちらにもう一箇所同じような窪みがありますわ」

「ショコラ、何か気付いたの?」

「ええ、ショコラはあの“箱”が何を条件に起動するのかずっと考えておりました。そして、その“箱”とこの遺跡に繋がりがあるのなら、同じような仕掛けが施されているとも」


 ショコラは小さな手の形をした窪みに自身の手をあてがい、ダンゴにも催促をかける。


「ダンゴ様、そちらの窪みにもう一度手を当ててください。ショコラの推理が正しければ、それで開くはずですわ」


 ダンゴは不思議そうな顔をしながらもショコラの言葉に従い、再び窪みに手を当ててみる。

 すると驚くべきことが起こった。突然地面が振動を始めて壁そのものがゆっくりと上方向に持ち上げられていってしまったのだ。


 驚きつつも慌てて手を窪みから離した両者は、広い空間へと繋がる道が開けたことで顔を見合わせた。


「どうしてこれで開くってわかったの!?」

「この場にはショコラとダンゴ様しかいないので検証することはできませんが、おそらくあの“箱”もこの“壁”も条件が揃わなければ起動しないのです」

「条件?」

「必要なのは……地の大精霊を継ぐ者、そしてラモード王家の血を継ぐ者の存在かと」


 もちろん、単純に2人の人間が揃えば無条件に起動を果たす可能性もある。

 だが大精霊が関わっていることを知り、その大精霊が想いを向けたであろう人間の記憶を垣間見てしまったショコラはほぼ確信していると言っていい。


「ショコラは言わずもがな。ダンゴ様も大精霊ではなく精霊姫ですが、地の精霊の頂点に立つ者という点に変わりありません」


 ユウヒによって各属性の精霊たちを統括する者を“精霊姫”と呼称するように改名されていたが、ショコラは大切なのは名称ではなくその実態だと告げる。


「じゃあ、もしショコラの仮説が正しいものなら……」

「ええ、この先にあるのはきっとショコラの遠いご先祖様と大精霊様にとっての聖域。そのはずですわ」


 息を呑んだダンゴ。彼女の心には様々な感情が渦巻いている。だがその中でも一番大きいのはやはりワクワク感だった。


「ショコラ、これ以上はやめとく?」

「……イジワルな質問をなさいますわね、ダンゴ様も」


 野暮な問い掛けというものだ。

 不敵な笑みを浮かべた両者が互いに歩み合い、手を突き合わせる。


「当然!」

「行くしかありませんわ!」


 こうして何千年もの間、誰も訪れることがなかった聖域に若き少女たちは足を踏み入れたのであった。


あと一話だけ続きます。

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