09 白き山に遺されたモノ ②
三人称視点です。
謎の“箱”の力により猛吹雪の中、雪山上空へと転移させられたダンゴとショコラ。
「きゃああぁぁっ!」
「ショコラ、しっかり掴まってて!」
落下していくショコラの体を抱き寄せたダンゴは背中から精霊の翅を展開する。これにより、ひとまず重力に引っ張られるがまま地面と激突する心配はなくなった。
だが安心してはいられない。
「何も見えない……! どこだよここ!」
ダンゴはその場で忙しなく周囲を見渡すが、彼女の視界は吹雪により白一色に染まってしまっている。
そして空中に停滞しておくことさえ、山の天候は許してくれなかった。突如として吹き抜けた突風に煽られ、ダンゴの体勢が大きく崩されてしまったのだ。
「くっ、制御が!」
精霊としての進化を遂げたことでダンゴたちが会得した飛行能力は魔力を推力として利用しているが、その実かなり不安定なものだ。凄まじい風が吹く中ではまっすぐ飛び続けることさえ困難となる。
それでもどうにかバランスを取ろうと奮闘している最中、ダンゴはショコラの様子がどうにもおかしいことに気付く。
「ハッ……ハッ……」
「ショコラ……!?」
腕の中に抱き寄せたままの少女に視線を送ると、その理由を瞬時に理解した。
いくら冬場とはいえ、空調の管理がなされた王宮の中で過度な厚着をする必要はない。当然、過酷な環境の雪山に適応することなど不可能だろう。
現在の2人の服装は今置かれている環境とは完全にミスマッチだったのだ。
「このままじゃ……ショコラが死んじゃう……!」
寒さ自体は感じているもののそれで身体能力に影響が出ることはないダンゴと違い、人間であるショコラがこのような環境に晒され続ければ、いずれその命の灯は儚く吹き消されてしまうだろう。
「そんなことさせない……絶対に守ってみせる!」
想像し得る限りの最悪の結果が訪れることがないように、愛用するマントでショコラを包み込んだダンゴは全力で頭を働かせ、状況打開の策を練る。
いくら体を温めようにも猛吹雪に晒され続けたままではどうすることもできない。
とにかく今は風を凌ぐことが先決だと判断した彼女は高度を下げ、どうにか視認することができた地面を隆起させることで、寒風から身を守るシェルターを生成しようとした。
しかし――。
「不安定すぎて……っ! ああっ!」
ダンゴが視認できる範囲だと山の斜面は急勾配となっており、非常に不安定だ。無理にシェルターを生成しようとすればそれだけで大きな雪崩が引き起こされる可能性さえあった。
「ここじゃダメだ……上? ううん下に……もっと下に行かないと……!」
山の麓を目指すことに決めたダンゴは視界不良の中、見当違いの方向に行かないように雪山の傾斜に沿って飛行していく。
強風に煽られてバランスを崩しながらの飛行となり、ダンゴの体は度々雪面を掠っていった。
「もう少しだよ、ショコラ。きっともう少しだから……!」
間違いなく山を下りることはできている。少し希望も見え始めたといった時だ。
「うわっ!?」
一際強い風が駆け抜け、その煽りを受けたダンゴの体が大きく吹き飛ばされてしまったのだ。
運が悪いことに彼女たちの体が流されていった先にあるのは柔らかい積雪などではなく――むき出しになった岩肌だった。
「くそっ、《グランディ――がッ!」
ショコラを庇うように岩肌に背を向けたダンゴが眷属スキルを駆使して体の硬度を強化しようとはしたものの、ほんの少しの差で間に合わなかったようだ。
背中と後頭部を激しく打ち付けられた衝撃で彼女は一時的に意識を手放してしまい、ぐったりとしたその体は守ろうとしたショコラごと坂道を転がり落ちていく。
そして、そんな2人の少女に深淵へと誘おうとする魔の手が迫っていた。
不幸は重なり、偶然にも彼女たちの転がり落ちて行った先に雪上に出来た大きな裂け目――クレバスが広がっていたのだ。
「……ダンゴ、様……っ」
ショコラは自分を守ろうとしてくれたダンゴにしがみついたまま、残された力を振り絞る。
「【フェール・デ・ガトー】……!」
――そうして彼女たちの体は深い闇の中に吸い込まれるように消えていった。
◇◇◇
「――うっ……ここは……」
衝撃によって一時的に意識を失っていたダンゴは雪と氷に囲まれた世界で目を覚ました。
「さ、寒っ……ボク、いったいどうなって……」
ゆっくりと体を起こした彼女は自分の体が無事であることを確認すると、すぐに状況の整理を始める。
まずは周りに目を遣り、次に頭上を見上げた。
「落ちてきちゃったってこと……?」
深いクレバスの底から見上げる空は遠い。
そんな場所からでも全くと言っていいほどに地上の天候が改善していないことが確認できる。
こんな場所に落ちてきてしまったのは完全に不運だが、深く狭いこの場所は入り込む雪風が制限されるという点から考えれば、幾分か外よりもマシな環境ではあることは確かなようだった。
意識がまだ完全に覚醒しきっていないのか、どこかぼんやりとした様子で状況を確認していっているダンゴ。
彼女は次にどこか雪とも違う柔らかさを持った地面から伝わってくる感覚に対して、首を傾げた。
そして――自分の体の下敷きになっていた存在を見て即座に目の色を変える。
「ゴーレム!」
嫌悪感からか、跳ねるように立ち上がった彼女はお菓子に手足が生えたようなゴーレム――ガトーを睨みつける。クレバスへと落ちていく中、落下の衝撃を和らげる目的でガトーたちは生成されていた。
対して睨みつけられているガトーはというと――その場で立ち上がり、すぐにどこかに向かって駆け出してしまった。
「……あのゴーレム、ショコラが呼び出したの?」
ダンゴが訝しげな目でその個体を追っていくと、そこにもまた数体のガトーたちが集まっている様子が確認できた。
そんな彼らは協力して雪を掻き分けていたかと思えば、その中からぐったりと横たわる少女の体を掬い上げる。
「あ、ああっ……ショコラ!」
血相を変えたダンゴがガトーたちに駆け寄った。
彼女はショコラの体を横から奪い取るようにして抱き込み、同時に腕から伝わってくる感覚に慄く。
「冷たい……っ」
呼吸をしていること自体は確認できたが、その顔色は悪い。
さらに体が埋もれていた影響か衣服の中にまで入り込んでしまった雪が融け、ひどく濡れてしまっているせいで徐々に体温が奪われ続けているようだ。
状況は今も刻一刻と悪い方向へと進んでいた。
「大丈夫……大丈夫だからね、ショコラ。すぐにこんな場所から抜け出して――くっ」
ショコラを抱きかかえたまま翅を展開し、急いでクレバスからの脱出を図ろうとしたダンゴだったが、自身の頭上を仰ぎ見ると同時に表情を大きく歪めた。
今のショコラを猛吹雪の中、地上へと運ぶことなんて当然できず、かと言ってこの場所に居座り続けても徒に体温を奪われていくだけだ。
「すぐに体を温めないと……ここでも風を凌ぐくらいならできるよね……」
ダンゴは魔法で小さなシェルターを作り出そうとした。しかし、その行為は彼女が毛嫌いする存在によって中断されることになる。
先程ショコラを雪の中から救い出したガトーたちがダンゴに向かって、身振り手振りで何かを伝えようとしていたのだ。
「な、なんだよ……」
複雑そうな表情を浮かべるダンゴは、未だ意識を失ったままのショコラの顔へと視線を落とす。
彼女の頭の中にあるのはどうすればショコラを救うことができるのか、その一点だけだ。
「……そっちに行けばいいんだね」
長いようで短い思案の末、やがて彼女は意を決したかのようにガトーたちの指し示した方向へと歩みを進めた。
自分とガトーたちにどこか同じものを見出したダンゴは彼らを信じることにしたのだ。
そして――。
「洞窟……ううん、遺跡か」
クレバスの奥には氷の洞窟が広がっていた。
その地面の一角が崩れ、そこから綺麗に石が切り出された通路のようなものが顔を覗かせていたのだ。
間違いなくそれは文明を持った存在によって作られた遺跡だった。
「そっか……少し奥まで進めば、雪どころか風だってほとんど入ってこないはずだよね」
想像してもいなかった避難場所の存在にダンゴの表情が少し明るくなる。
迷いなくその通路へと足を踏み入れ、ある程度遺跡の奥まで進んでいったダンゴは予想通り、ここが避難場所として優良であることを確認した。
後は自分の手で環境を整えていくだけだ。最初に彼女は《ストレージ》の中から取り出した布を無造作に地面に敷き詰めると、そこにショコラの体を降ろす。
「濡れた服は替えて、いやでも先に火を起こさないとだよね……」
必死に頭を働かせながら、自分の《ストレージ》に収納されているものでどうにかしようと四苦八苦するダンゴ。
ひとまず追加で取り出した衣服はショコラに被せるだけに止め、火を起こすことにした。
「――よし、火は付いた」
ホッと息をついたのも束の間、ダンゴはショコラへと視線を向けた。
先程よりも幾分か表情が和らいでいるようにも見えるが、未だ意識を取り戻していないことから、早急な処置が必要であることは明白だ。
「ショコラ、脱がすからね」
念のため声を掛けてからショコラの衣服に手を掛けるダンゴ。
体温を奪う要因となる濡れた衣服を剥ぎ取り、《ストレージ》から取り出した毛布で冷え切った体を何重にも包み込んでいく。
「お願い……こんなところでお別れなんてイヤだよ。絶対に目を覚ましてよ……っ」
現状、尽くせる限りの手は尽くした状態だ。
後は意識を取り戻すように、横たわるショコラに覆い被さるような体勢で祈り続ける。
数秒か、数分か、数時間か。どれだけの時間が過ぎたかは定かではないが――遂に少女の祈りは届いた。
「――んっ……んぅ」
「ショコラ!?」
ゆっくりとその瞼を開けるショコラに気付いたダンゴが彼女へと詰め寄る。
「ダンゴ、様……?」
「よかった……よかったぁ。目、覚めたんだね」
「……ここは?」
「それも説明するけど、ほらこれ飲んで。ゆっくりとだよ」
弱弱しい様子のショコラに対して、ダンゴは《ストレージ》の中から取り出した温かい飲み物を与えつつ、今の自分たちが置かれている状況を簡潔に説明していく。
「――まさか、山の下にこんな遺跡があるだなんて……」
「ボクも驚いたよ。アイツらがこの場所を見つけてくれなかったら、今頃もっと酷いことになっていたかも……」
「アイツら?」
「……キミのゴーレムたちのこと」
迅速な対応が功を奏したのか次第にショコラの容態も落ち着いていき、今は両者とも遺跡の壁に背中を預けるような体勢で言葉を交わしている。
「ショコラが呼び出してくれたんでしょ? アイツら……ボクのことを守って、ショコラのことも全力で助けようとしてた」
膝を抱え、ゆらゆらと燃え続ける炎を見つめるダンゴの表情から読み取れるのは彼女が抱えている複雑な想いだった。
「……ボクだってさ、ちゃんと頭ではわかってるんだよ。人間と同じように、ゴーレムの中にも悪いヤツだけじゃなくて良いヤツがいるんだってことくらいわかっている」
そこまでは穏やかな声で告げていたダンゴだが、「でも――」と表情を僅かに歪める。
「やっぱりダメなんだ。ゴーレムのことを考えるだけで、あの黒いゴーレムたちのことがずっと頭から離れなくなる。あの時の光景が何度も何度も頭の中に流れ込んできて、心がぐちゃぐちゃにかき乱されていく。許せないって気持ちで埋め尽くされちゃう!」
次第に語気を強めていくダンゴの瞳が揺れる。まるで今の彼女の心を表しているかのように。
「……だからって今日みたいに、ショコラたちに辛く当たっちゃうのはイヤだ。この先一生、ゴーレムのことを考える度にこんな気持ちになるなんてイヤなんだ。ボクはこれ以上、好きになれそうな何かを嫌いになんかなりたくないよ……っ」
鋼剛帝バルドリックと彼が作り出した黒いゴーレム軍団はダンゴの心にも深い爪痕を遺した。ゴーレムという存在に過剰に反応してしまうのもそのためだ。
だが今、ダンゴの心は揺れ動いている。“好き”と“嫌い”という気持ちがせめぎ合い、彼女は葛藤していた。
そんな己の想いを吐露したダンゴの横顔を見つめていたショコラがゆっくりと立ち上がる。
少女の体を包み込んでいた毛布がバサッと音を立てて落ち、その音に釣られたダンゴはショコラの顔を仰ぎ見た。
「……意地っ張り」
「えっ」
ダンゴのすぐ目の前まで来たショコラは呆気に取られている少女の頭を優しく抱き寄せる。
「ダンゴ様、その想いを今まで誰にも打ち明けたことがないでしょう。ユウヒ様やコウカ様たちにも」
「だって、こんなウジウジしてるボクなんて……カッコ悪いよ」
「……何を仰るかと思えば“カッコ悪い”ですか、呆れますわね。ならダンゴ様はユウヒ様のことをカッコ悪いとでも思っていらして?」
少し力を緩めたショコラが腕の中を覗き込むと、そこには訳が分からないといった表情を張り付けたダンゴがいる。
「ユウヒ様はかつてショコラに打ち明けてくださいましたわ。“邪族とはいえ他者を殺めてしまったことを今でも夢に見てしまう”と。ダンゴ様も当然ご存知のはずですわ」
「……うん、でも主様はちゃんと乗り越えたんだからすごいよ。今もずっと引きずったままのボクとじゃ――」
「それはユウヒ様お一人の力で乗り越えたのでしょうか」
ダンゴの言葉を遮ったショコラが強い口調で問い掛ける。
「ユウヒ様は後日、こうも語ってくれましたわ。“みんなが私の気持ちを受け止めて、毎日慰めてくれたおかげで今度こそしっかりと気持ちに整理がつけられたんだ”と」
「あ……」
そこまで口にすると、ダンゴも気が付いたようだ。
「ユウヒ様は心に受けた傷を一人で抱え込んだりせずに打ち明け、皆様のことを頼った。そしてダンゴ様もそんなユウヒ様のお気持ちをしっかりと受け止めたはずです」
かつてのユウヒは相手とどれだけ親しかろうとも人に弱みを見せようとはしなかった。だが今ではかなりの頻度で甘え、自分だけではどうしようもない不安や悩みがあれば周囲の者にも頼ろうとする姿勢を見せるように変化した。
そんな姿を“カッコ悪い”と思ったことなど一度としてないとダンゴは断言できる。
ユウヒと違い、ダンゴは甘えられる相手には無邪気に甘える性格だ。だがその反面、心に受けた傷を隠しがちなところは昔のユウヒとそっくりだった。
だから今度は、ダンゴ自身が変わる番なのだろう。普段から寄り添おうとしてくれている者に寄り掛かることは何も恐れることではないのだから。
「ならば自分の弱みを晒し、周囲に頼るという行いは本当に“カッコ悪い”と忌避すべきものなのでしょうか」
純粋で、己の心にどこまでも忠実な愛おしき情張者。
これ以上は口にしなくとも、己の友人なら答えを出すことができるだろうとショコラは信じていた。彼女ならきっと周りにいる者たちと共にまっすぐ前を向けるはずだと。
そうしてダンゴの周りにいる者たちの姿を思い浮かべた時、「そういえばユウヒ様だけでなく、コウカ様方も大概硬骨な方々ですわね」とダンゴが小さな意地にも拘る人柄となった理由を垣間見たような気がしてショコラは僅かに口角を上げる。
そんな彼女の心中など露知らず、友人の言葉を受けたダンゴはどこかホッとした様子で口を開いた。
「……帰ったらみんなにもちゃんと相談してみる」
「ええ、ぜひそうしてくださいまし。皆様、ダンゴ様のことを愛していらっしゃいますもの。きっとそれはもう親身になっていただけることかと」
両者はまっすぐ視線を交差させると微笑み合う。
「もちろん最初に打ち明けてもらったからにはショコラも全面的に協力させていただきますが」
「ショコラも?」
「ええ。これからガトーの素晴らしさをたくさんアピールし、いつかあなたの中にある大きな“嫌い”という気持ちを“好き”という気持ちで上書きしてさしあげますわ」
「……えっへへ、本当にショコラはガトーのことが大好きなんだね」
「ガトーはラモードの誇りですもの。それに――」
どこか柔らかい雰囲気となったこの場で笑みを深くしたショコラは続きの言葉を口にする――前にそれはもう大きなくしゃみをしてしまっていた。
開いた口は意味もなくわなわなと震え、そのまま全身までガタガタと震えはじめたショコラは自分自身の体を抱くような仕草を見せる。
「さ、ささ、寒すぎませんか……!?」
「ああっ、そうだった! ショコラ服、服!」
「えっ……きゃああぁぁっ! どうして下着だけになっていますの!?」
ダンゴによって衣服を剥ぎ取られていたショコラは下着の上から毛布を巻き付けられているような恰好だった。
そうとは知らず、立ち上がる際に邪魔な毛布を地面に落としていたショコラの格好は言わずもがなだ。
すぐさま拾い上げた毛布に包まり、難を逃れはしたようだがショコラの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「こ、こんなふしだらな格好を……衆目に晒したとあっては王家の恥だと一生の笑い者にされますわ……淑女失格の烙印を押されてしまうのですわ……」
「いやいやいや、ここには他に誰もいないし大丈夫だから! 見ていたのはボクだけ! それに自分で脱がせておいて笑うわけないでしょ!?」
「ぬ、脱がせた……!?」
ダンゴから衝撃の告白を受けたショコラは毛布で顔を覆い隠す。
「えへへ……悪いとは思ったんだけどさ。濡れてたから仕方なく……」
決して悪気がなかったことなど明白である。かと言って無防備な今の格好を見られてしまったショコラもただでは引けない。
怒るわけではないが、モヤモヤとした気持ちに突き動かされるようにショコラは言葉を紡ぐ。
「うぅ……な、なら責任を……責任を取ってくださいまし……。心の底から感謝はしていますが、断りなく一国の王女をこのような格好にしたわけですから」
「責任って……」
「……そんなことまでショコラに言わせるつもりですの?」
毛布からジトっとした目だけを覗かせるショコラの態度にどぎまぎしていたダンゴは、責任とはどういったものかを考える。
どこか気まずい雰囲気に包まれる中、どうにか導き出した答えをダンゴが口にする。
「えっと……ボクの服じゃ、サイズは合わないかもしれないんだけど……」
2人の間には長い沈黙が流れる。それを突き破ったのは地に鳴り響くような大きな音――ショコラの腹の虫だ。
ショコラは代謝が良いほうで食事も一度にかなりの量を取る。それだけ腹の虫も凶暴だった。
恥じらいに恥じらいを重ね、余計に顔を赤くしたショコラはその場を取り繕うように声を出す。
「せ、せめて手伝っていただけますと幸いに存じます」
「うん、もちろんだよ。着替え終わったら一緒にお菓子も食べようね。ボク、いっぱい持ってるからさ」
「も、もう! そこは拾わなくていいところですわ!」
――数分後、そこには温かい光景が広がっていた。
すっかり以前の様子を取り戻した両者は肩を寄せ合い、ダンゴ秘蔵のお菓子を分け合っていたのだ。
彼女たちがこんな場所に来ることになってしまった原因である謎の“箱”のことなど、既に頭の中から消えてしまっているのだろう。
そして、笑い声が響く遺跡の中にはそんな彼女たちを見守る影もある。
「そっか……ダンゴも本当はゴーレムのことを……」
ハーモニクス状態のユウヒがポツリと呟く。外からでは判断できないが、今は自分の内側にいる存在と言葉を交わしているのだろう。
そのため彼女は背後から迫ってくる人物に気付くのが遅れてしまった。
「声を掛けなくてよろしいのですか?」
「わっ、フィナンシアさんもいたんですね」
その人物とはショコラの侍女兼護衛を担うフィナンシアという女性である。
「私は姫様の侍女ですので、何時如何なる時もあの御方のそばにいます」
「え、何時如何なる時もってことは……」
「今回の件も手を出すまでもないと判断しました。それに姫様もずっと気を揉んでいらっしゃったので、それが解決するようなら安いものかと」
「いやいや、フィナンシアさんは護衛も務めていますよね!? ショコラが知ったら絶対に怒りますよ?」
あまりにも主を助ける気がない護衛の態度にユウヒの顔が引き攣っている。
見殺しにする気などなく、フィナンシアが主であるショコラを彼女なりに大切に思っていることは理解しているつもりのユウヒだが、今回ばかりは本気で王国の人事に首を傾げた。
「……まあなんだか良い雰囲気ではありますし、今はこのまま見守りましょうか。あの子たち、どうやら遺跡の奥に向かうつもりみたいですね」
結果としてダンゴとショコラが良い方向へと向かったので、腑に落ちないながらも先程抱いた疑念はすぐに投げ捨ててしまったのだが。
続きます。




