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09 白き山に遺されたモノ

三人称視点です。

 冬のラモード王国。今年は特に寒さが厳しいというその国の王宮では大切な客人たちが迎え入れられていた。


「うわぁ、思った以上にたくさんありますね」


 やや圧倒された様子で、ユウヒは一室に押し込められた多種多様な道具たちを見渡す。

 ここはラモードの王族たちが住む王宮の一角に備えられた宝物庫。彼女たちはその中に足を踏み入れていたのだ。

 そして彼女たちにその場所への立入許可を与えたのは、第一王女ショコラッタ・アララ・ラモードの兄であり、間もなく次期国王として国政を引き継ぐこととなる王太子エクリアンである。


「この宝物庫には建国以前のアーティファクトも蓄えられているとされているんだ。中にはかの大戦があったとされる時代に作られた代物も紛れている可能性が高いから、僕たちもおいそれと手を出せなくてね。先祖代々続くラモード王家最大の悩みの種になっていたんだよ」


 女神ミネティーナ率いる人類側の勢力と邪神メフィストフェレス率いる勢力が長きに渡って戦いを繰り広げていた戦乱の時代。

 当時の文明はかなり発展していたと伝えられている。邪神の操る破壊の神力によって大きな文明崩壊を起こし、そこから長い時間を掛けて再興を果たした現文明すら凌駕する程の文明だと。


「そこで私たちの出番ってわけですね」

「ユウヒ嬢たちの見識をアテにしたい。少し前までは女神様どころか精霊様の力を借りることもできなかったからね。手間を掛けさせてしまって申し訳ないけど、どうか力を貸してほしいんだ」


 大戦以来、ミネティーナと彼女に付き従う高位の精霊たちは神界から出てくることができなかった。

 だが、邪神という大きな楔から解き放たれた現代の女神であるユウヒとその家族たちは違う。

 危険な力を持つ可能性が高い道具たちも彼女たちの力を以てすれば、安全に処理できるとエクリアンは踏んでいた。


「エクリアン様たちにはいつもお世話になっていますし、これくらいお安い御用です」


 周囲にいる精霊たちの顔を見渡し、一度頷いてからそう口にしたユウヒ。

 彼女たちの様子にエクリアンは携えていた微笑みを深くした。


「その厚意に感謝を。厚かましいお願いになってしまうけれど、世界の安寧を見守る女神様の視点から見て、本当に危険そうな物は迷わずに処分してもらいたい。得体の知れない爆弾を抱え込んでおく趣味はないからね」

「爆弾と呼べるほどのものはそうそう無いとは思いますけど、とりあえず片っ端から注意深く確認していきますね」


 そう答えた後、ユウヒは周囲にいる少女たちに声を掛けた。


「みんなも大きい魔力が蓄えられたままの魔導具には注意してね。特に精霊力が混じっているのは大昔に作られた物ってことで確定だから、見つけ次第私かシズクに要相談で」


 彼女たちは短い言葉を交わした後、いくつかのグループに分かれて宝物庫の中に散らばっていった。

 加えて、若き王族たちもその輪に加わっていく姿が見受けられる。


「タルテル様もせっかくだし私たちと一緒にどうかな?」

「オレ、じゃなくて私が……ですか?」

「うん。嫌だったら別に無理にとは言わないけど、やっぱり王子様にも手伝ってもらえると見分ける作業もスムーズに進められそうだし。……ダメかな?」

「い、いえ。そういうことなら喜んで力を貸しましょう」

「ほんと? ありがとう!」


 第二王子のタルテルは誘いを受けたままユウヒのグループに加わる。




「ダンゴ様、ご一緒してもよろしいですか?」

「うん、もちろん大歓迎! ショコラと一緒だったら楽しそうだしね」


 一方、宝物の山に向かっていくダンゴにはショコラこと第一王女のショコラッタが合流したようだ。

 親交の深い彼女たちは和気藹々とした雰囲気の中で、積み上げられた宝物を手に取っていく。


「それにしてもよくこんなに溜め込んだよね。アイテムバッグもそこら中にあるし、その中も見ていくとなると何日かかるんだろ」

「大変お恥ずかしい話なのですが、ご先祖様方は触りたくない物をどんどんここに押し込めていったみたいですの。宝物庫とは名ばかりで、今となってはここはただの火薬庫ですわ」

「火薬庫かぁ……よくそんなところで暮らせるね」


 自分で言っておきながら、ダンゴの漏らした感想に思わず血の気が引くショコラ。彼女は一刻でも早くこの爆弾たちを処理しようと精を出し始めた。




    ◇◇◇




「なんか気になるんだよなぁ」

「ダンゴ様、どうかしまして?」


 数日にも及ぶ作業の中ですっかり手慣れた様子でアーティファクトを仕分けていたショコラが首を傾げる。

 彼女の視線の先には大きな棚を見上げるダンゴの姿があった。


「いやさ、なんかこの棚からビビッと来たんだよね。棚というか、その向こう側からかな」


 この棚は壁際に設置されており、宝物庫の中が片付いたことで見えるようになった物だ。

 つまり、棚の向こう側となると壁の外ということになる。


「この宝物庫は四方が王宮の廊下に囲まれているはずですが……」

「いや、ボクはそうじゃないと見たね。きっと棚の奥には隠し部屋があるに違いないよ!」


 子供らしい想像を膨らませ、弾んだ声を上げた小さな友人の後ろ姿を見て、ショコラはクスッと笑う。


「なら棚を動かして確認してみましょうか。とは言っても……」

「この大きさじゃ、いくらボクでも運ぶのはなぁ……」


 両手を広げても到底足りないほどの幅を持ち、天井に届くほどの高さを持つこの棚を1人で運ぶことはいくらダンゴであっても難しい。

 そこで名案を思い付いたと言わんばかりにショコラがある提案をする。


「そうですわ。【フェール・デ・ガトー】を使えば――」


 だが彼女がそこまで口にした途端、人が変わったかのように険しい表情を浮かべたダンゴが強い言葉を発した。


「――ゴーレムなんて使うなッ!」


 その声は宝物庫中に響き、あちらこちらで和やかな会話が聞こえてきていた空間が一瞬のうちに静まり返る。


「……あ。ご、ごめんショコラ」

「い、いえ……」


 激昂した様子から、すぐにバツが悪そうなものへと表情を一転させたダンゴが視線を彷徨わせながら謝罪をする。

 ラモード王家に伝わる【フェール・デ・ガトー】は“ガトー”と呼ばれるお菓子を模したゴーレムの生成魔法だ。

 そしてダンゴは――大のゴーレム嫌いだった。


 遠くから心配するような声音で様子を窺ってくる者たちに問題はないことを伝えたダンゴであったが、彼女とショコラの間にはどこか気まずい雰囲気が残ったままだった。


「……とりあえず、ボクが棚を少し横にずらしてみるね」

「でしたらここにある宝物は少し邪魔になりますわね」

「いいよ、ショコラ。それもボクが退かすから」


 決して目を合わそうとしないダンゴの様子をショコラは口惜しそうに見ていることしかできない。

 邪神や邪族(ベーゼニッシュ)たちとの戦いに終止符が打たれてから数年が経過した現在においても、ダンゴが抱える心の問題を解決する糸口は掴めていないのだ。

 鋼剛帝バルドリックと彼が作り上げたゴーレムたちがダンゴの心に遺した傷跡はそれほどまでに深かった。


「……ユウヒ様は長い目で見るしかないと仰いますが、ショコラとダンゴ様の時間は有限ですのよ」


 目を伏せ、胸の前で組んだ手をギュッと握り締めながら独り言ちるショコラ。自分が大切に思っているものを友人にも理解してもらいたい、というのは彼女の尊い願いだ。


「――ってホントにあった!?」

「ダンゴ様?」


 ショコラは不意に聞こえてきた声に伏せていた視線を上げ、正面を見据えた。

 そんな彼女にキラキラと目を輝かせながら飛び付いてきたのは件のダンゴだ。


「ショコラ、本当にあったんだ。隠し部屋!」

「え……ええっ!?」


 ダンゴの手によってずらされた大きな棚の奥には別の部屋が顔を覗かせていた。

 まさかとは思っていたが、実際に見つかってしまったその衝撃によって普段の様子を取り戻したダンゴはショコラの手を掴み、隠し部屋の前まで歩いていく。


「わざわざ隠していたほどだもん。中にはすっごいお宝が眠っているに違いないよ!」

「ええ、間違いありませんわ!」


 先程まではロマンに燃えるダンゴの様子を微笑ましく見守っていたショコラであったが、彼女自身もかなりのロマンチストであった。こうして隠し部屋が見つかってしまえば、期待せざるを得ない。

 早速2人は隠し部屋の中を照らし、顔を揃えて覗き込んだ


「……箱だ」


 隠し部屋の中心にただ一つ、ポツンと鎮座していたのはどこか機械的な造りの箱だった。

 臆せず部屋の中に足を踏み入れた両者はその箱を注意深く観察する。


「精霊力が使われてるよ、これ」

「危険はありそうですか?」

「ううん。攻撃的な感じはしないかな」


 ダンゴの口からその言葉を耳にしたショコラは恐る恐る箱に手を伸ばした。


「……普通に持ち上げられましたわ」

「うーん……見た目以上に重い、とかそういうのはないかぁ」

「少し残念ですわね。ですが……むしろ軽すぎるような気も」


 ショコラは持ち上げた箱を不思議そうな顔で眺めていた。

 ――そんな時だ。突如、箱の構造が独りでに組み変わり始めたのだ。


「きゃっ!?」

「ショコラ、手を離して!」


 床に放り出されながらなお変形を続けている箱をダンゴは警戒した様子で睨みつけていたが、それが危険なことが起こる前触れではなく、ただ箱が開く際の動作であったと分かるとすぐに警戒を解いた。

 そして、それはダンゴに寄り添いながら事の成り行きを見守っていたショコラも同様だった。


「箱、開きましたわね」

「うん……そうだね」

「中を見てみましょうか」


 再び沈黙してしまった箱をゆっくりと拾い上げたショコラはその中身を覗き込んだ。


「……文字?」

「何かのメッセージかな?」


 彼女の脇から同じように中を覗き込んでいたダンゴもショコラと同様に首を傾げている。

 箱の中には何やら文字のようなものが浮かび上がっていたのだ。


「文字は異なりますが、神霊言語と呼ばれているものに体系が似ている気がしますわ」

「ああ、聖教国の儀式とかで使われてるヤツだよね。それならボクも少しだけ読んだことがあるよ」

「ですがこのような文字は今現在、どの国で使われている文字とも一致しません。かなり古い類かと。古文書もよく嗜まれているお兄様ならわかるかもしれませんが……」


 ショコラは自分では読み解けない謎に頭を悩ませるが、それとは対照的にダンゴは得意げな顔で胸を張った。


「ふふん、ショコラ。忘れちゃったの? ボクには《翻訳》のスキルがあるんだ。読むだけならお茶の子さいさいってやつだよ!」

「お茶の子……?」

「すっごく簡単だよってこと!」

「な、なるほど……それはともかく盲点でしたわ。ダンゴ様、ぜひとも解読を!」


 知らない言語を頭の中で自分の理解できる言語に変換してくれるスキル《翻訳》はこのような状況ではかなり有用だ。

 理解できる言語に変換されたからといって、その意味をきちんと読み解けるかは別の問題ではあるのだが、少なくともこれで文章の中身を読み上げることは可能になった。


「えーっと……『親愛なる……』ってここでいきなり文字が消えちゃってるよ」

「古い物ですし、仕方がありませんわ。とりあえずそこに入るのは宛名でしょうし、気になりますが読み飛ばしてしまいましょう」


 ショコラの言葉に頷いたダンゴは消えてしまっている部分を飛ばしながら、読み取れる部分だけを読み上げていく。


「『君と出会ったあの日、私の心は大きく変わった。傷付いた私に寄り添い、戦乱の世にありながらも希望を失わず、温かい日常を私に示してくれる君は光そのものだった。この胸に宿る君と育んだ愛念は悠久のものとして私の心を照らし続けてくれるだろう』……だって」

「……恋文か何かですの?」


 拍子抜けした様子でショコラはそう呟く。


「待って、まだ続きがあるみたい」

「読んでくださいますか?」

「うん、読みづらいからもうちょっとこっちに……『君も知っているだろうけど、私はこれからかの者との決戦に赴く。長く苦しい戦いになるだろうけど必ず戻ってくるよ。そして再び私が君の元に訪れた時はまたあの場所に2人で行こう。その時までこの“道標”は君に持っていてもらいたい。きっとこれは約束と再会の象徴となるはずだから』」


 ショコラと顔を寄せ合い、箱の中に浮かび上がっている文章に目を通していったダンゴは最後に書かれていた署名を読み上げる。


「『――地の大精霊エアト』」


 驚いた様子で2人が顔を見合わせた――その時だ。

 突如として箱の中から光が溢れ出し、それぞれの手で箱を支えていたダンゴとショコラの体は光によって包まれる。


「な、なにこれ!?」

「これは誰かの……記憶?」


 その瞬間、彼女たちの頭の中には己の物ではない別人の記憶が流れ込んできていた。

 とはいえ一瞬のものでしかなく、記憶の中身というのも、背を向けて離れていく誰かの後ろ姿を見つめているだけのものだった。




 ――だが彼女たちが別人の記憶に翻弄されている間に“道標”は起動してしまっている。


「……え?」


 正気を取り戻したダンゴは自分の鼓膜を震わせるビュービューといった風の音に違和感を覚えた。

 瞬時に周りを見渡し、そばに自分と同じように周囲の様子を確認しているショコラを見つけて安心したのも束の間、真っ白な視界と肌に突き刺さるような寒さに慌て始める。


「ゆ、雪、吹雪!? 寒っ!?」

「だ、だだ、ダンゴ様っ……下、下、お、おちてっ」

「下……う、うわあぁぁっ」


 そう、彼女たちはいつの間にか王宮の中からどこかの雪山へと転移させられてしまっていたのだ。

 しかも天候が大荒れの吹雪の中という最悪のコンディション、極め付きは――転移先が雪山の上空であり、今も重力に従ってその体が凄まじい速度で落下していっているという条件付きだ。


 そうして少女2人の上げた悲鳴は雪の中へと消えていった。


続きます。

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