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05 栄光の名を冠する一族 ②

 黄金郷(エルドラード)を前にして馬車を降りた途端、私はあの子たちから詰め寄られることになった。


「お姉さま~やって~」

「そうだよ、やってやって! あのすっごく悪い人みたいな笑い方!」


 ずっとこんな調子で、今も絶え間ない猛攻が続く。

 もちろん私は首を横に振り続けている。


「やらない! もうやらないから!」


 イルフィに釣られるように始めた私の高笑いをこの子たちは面白がっているのだ。

 あんな恥ずかしい笑い方、冷静になった今となっては到底できるものではない。

 ――いくらせがまれようとも絶対にやってあげるものか。

 私が密かに決意を固めていると、僅かに袖を引っ張られる感覚を覚えた。

 気になった私が首を回して視線を向けると、アンヤがこちらを見上げていた。


「いつものますたーじゃないみたいで、アンヤもなんだかドキドキしてた」

「え……」

「……やって。一度だけでいいから」


 アンヤまでこのコールに加わってしまったようだ。

 これは既に私の手に負えないところまで来ていることを察してしまったので、イルフィと並んでクスクスと笑いながらこちらを見ていたシズクにアイコンタクトで助けを求める。

 ――シズク、この子たちをどうにかして。


「コラ、もうそのくらいにしておこ。ユウヒちゃんが困ってるよ」


 優しく諭すような口調で諫めるシズクに対して、私は途轍もないほどの頼もしさを覚える。

 これなら暴走一歩手前のこの子たちにも効果があるだろう。


「えー……はぁーい」

「むぅ~」


 不満在り在りといった顔をするダンゴとノドカ。


「……残念」


 精々眉を少し下げる程度で顔にはそこまで出ていないが、言葉と纏っている雰囲気からは不満を感じ取ることができるアンヤ。

 少し悪いことをしたような気持ちになりかけるが、ここで気軽に引き受けると後々になって後悔しそうなので今はグッと我慢する。


「きっと外だから恥ずかしいんだよ。帰ったらやってもらおう?」

「ちょ、ちょっとシズク?」

「それならいいよね?」


 ――いいわけがないだろう。シズクは何を言っているんだ。


「なら最高の高笑いを見せるために特訓しないとな」

「イルフィぃ……何言っているのぉ」


 そこは便乗するところではない。

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるシズクとイルフィ、無邪気に喜びを表現するあの3人。

 皆が皆、意地悪だ。ここには意地悪しかいない。


「……コウカとヒバナもきっと驚く」

「たしかに! イルフラヴィア、主様に特訓よろしくね!」

「わくわくしますね~」


 どんどん逃げ道が塞がれていくうえにハードルが上がっていく。


「勘弁してよぉ……」




    ◇




「おぉ……」


 私たちの目の前に聳え立つのは黄金に覆われた巨大な城だ。一度訪れたことがあるとはいえ、やはり圧倒される。

 これが古来よりグローリア帝国の栄光を支え続けた黄金郷(エルドラード)の姿なのだ。


「相変わらず~眩しい~……」

「それだけじゃないよ、おっきい!」

「……掃除、大変そう」


 お気に入りのぬいぐるみを顔に押し当てて視界に入ってこようとする光を遮断しているノドカ。

 黄金の城の大きさに興奮しているダンゴ。

 それに少しズレた言葉を返すアンヤと三者三様な反応を示している。


「ははっ……掃除が大変そう、か。この光景を見て出てくる感想がそれか」

「アンヤはちょっと天然さんだから。真面目なんだけどそこが可愛いというか、真面目だからこそというか」

「普段どんなことを考えているか、頭の中を覗いてみたいものだな」


 イルフィも無邪気に振舞うあの子たちの姿を見て、随分と気が休まっているようだ。柔和な表情からそれが見て取れる。

 そんな彼女にシズクが横から声をかけた。


「あたしたちに会いたいっていう人が本当にここにいるの?」

「ああ。ずっと昔からここに住まわれている御方だ」

「ここに住んでいる……昔から?」


 こんなところに住む人の気が知れない――という話ではない。

 シズクが抱いた疑問は当然私も抱いている。


「ここにはほんの少し前まで高濃度の魔素が充満していたんだよ? 酔うどころか人間の意識は一瞬で飛ぶ」


 そしてほどなく死に至る、と。前に来た時の状況からもそれは明らかだった。

 別にイルフィを疑うわけではないが、彼女が嘘を信じ込まされているのではないかと心配になってしまう。

 それほどまでに奇妙な話なのだ。


「人間なら、な」


 然も当然だと頷いたうえでイルフィはそう口にする。


「これに関しては実際に見てもらうほうが早い。その方が貴様たちも納得できるはずだ。何せ貴様たちは一度あの方にお会いしているのだからな」

「会っている……?」


 私とシズクは揃って首を傾げる。疑問は募るばかりだった。


「それって――」

「待て、どうやら迎えが来たみたいだ」


 イルフィに倣い、私たちも正面に視線を向けた――その時だった。

 私たちの少し前を歩いていたダンゴが突如として声を上げたのだ。


「アンデッド!? また出てくるのか!」


 瞬時に《ストレージ》の中から取り出したイノサンテスペランスを構えるダンゴ。

 だがその直後、隣にいた他の2人から制止を受けることになる。


「ダンゴちゃん~待って~!」

「……敵意がない」


 その通りなのだ。

 私たちの視線の先にいるのは無数の骸骨およびファントムたち。

 黄金の城から飛び出してきたそれらの存在に私も最初はギョッとしたが、こちらを害そうとする気配は微塵も感じることができない。

 それどころか――。


「え、なにこれ」

「そういうものだと割り切ってくれ。私も最初は驚いたさ」


 どこからか金管楽器を取り出し、見事なファンファーレを演奏して私たちを迎えてくれるアンデッドたち。

 完全に呆気に取られてしまっている私がいる。


「骨だけの体でどうやって楽器に息を吹き入れているんだろう……」

「シズク、そこは気にするところじゃないよ。たしかに気にはなるけどね」


 まずはこの可笑しな状況に疑問を持つべきだ。


「これが黄金郷(エルドラード)流の歓迎なんだそうだ」

「前に来たときはなかったけど」

「それも全てここの主が話してくれるはずだ」

「そっか……」


 アンデッドたちを総べる主、か。大体察しがついてきたな。

 ――流石にないとは思うけど。




    ◇




 黄金郷(エルドラード)の中に備え付けられている謁見の間。

 かつてノーライフキングというアンデッドたちの王様と戦った場所に再び私たちは立っていた。

 そして私たちの目の前には――。


「ほっほっほ、遠い所からよう来たのう。暑かったじゃろ、冷たい紅茶でもお飲み」


 ――件のノーライフキングがいた。


「会えばわかると言っただろう?」

「いや、全然わかんないよ。何がどうなったらこの状況が生まれるの?」


 たしかに少し前にイルフィが会わせたい相手がアンデッドを率いている存在だということは何となく推測できてはいたが、実際に目にすると動揺してしまう。そもそも一度は完全に倒したと思っていた相手だし。


「その割にはこの状況に適応しているように見えるが」


 アンデッドが運んできてくれたトレーから受け取ったカップに口を付けようとしていた私はイルフィの指摘を受け、目を逸らした。

 ――この紅茶、美味しい。


「ほっほっほ……イルフラヴィア、お友達が困っておるようじゃ。説明してあげなさい」

「ええ」


 同じように紅茶に口を付けていたイルフィが頷き、口を開く。


「この方は初代グローリア王だ。つまり私の遠い祖先だな」

「え……」

「魔物の体にその魂を宿し、黄金郷(エルドラード)の守護者として古来より君臨し続けているグローリア帝国の影の王といったところか」


 聞くところによると女神ミネティーナ様とも知り合いなのだとか。

 さらにその魂は黄金郷(エルドラード)と深く結びついているため、ここが完全になくならない限りは死ぬことがないらしい。


「すらすらと説明ができてイルフラヴィアは賢い子じゃ。ほれ、黄金核をあげよう」


 イルフィのご先祖様の懐から出てきた黄金核に私たちは驚く。

 ――いや、孫におこづかいをあげるお爺ちゃんじゃないんだから。

 そんなに気軽に渡していいものでもないと思う。黄金核というのは凄まじいエネルギーを秘めた貴重なもののはずだ。

 そこに食って掛かったのはダンゴだった。あの子は腰に手を当て、威張るような仕草をとる。


「じゃあさ、じゃあさ。どうしてあの時、ボクたちを攻撃してきたの? コウカ姉様、すっごく傷ついていたんだからね!」

「……ヒバナもすごく怖がってた」


 ダンゴの言葉にアンヤが補足を入れている。

 そのことに対する憤りは一先ず置いておいて、私としてもダンゴの抱く疑問は非常に気になるところだ。


「本当にすまんかったのう。あの時は酔っぱらっておったうえに久しぶりの来客で寝ぼけておったんじゃよ」


 非常に高い魔素濃度の中に居て酔っていたうえに、そのせいで人が寄り付くことすらできなかったからずっと眠っていたのだとか。


「酒癖と寝起きの悪さは婆さんからもよくどやされておったの」


 その言葉に私たちがこうして呆れ果ててしまうのも無理はないだろう。


「お詫びといってはなんじゃが、持っていきなさい。魔泉の乱れも治めてくれたお礼も兼ねてじゃ」


 そう言うと彼は私たち一人一人の手に黄金核を乗せていった。


「すごい……黄金核だ。ほ、本当に貰ってもいいの?」

「遠慮せずに貰ってくれ。こういう方なんだ」


 若干呆れ顔のイルフィは興奮するシズクからの問いにそう答えた。

 その時、手のひらを突き出したまま彼女たちのやり取りを眺めていた私の手の上に重みのある何かが追加で乗せられる。


「随分と傷つけてしもうた雷の子と炎の子の分じゃ、炎の子も亡霊が苦手と知ったうえで怖がらせてしまったからのう。それと儂の首を見事打ち取った君達にもプレゼントじゃ」

「わっ、いいの!? ありがとう!」


 コウカとヒバナの分の黄金核だけではなく、デュオ・ハーモニクスで彼を倒した私とダンゴの分が追加される。

 自分の首を取ったのにそれに対して褒美をくれることもおかしいし、ダンゴも先程までの怒りはどこへ行ったのか、純粋に喜びを表してしまっている。


「風の子も聞き惚れるような見事な演奏じゃった。また聞かせてはくれんかのう?」

「いいですけど~。わたくし~ハープだけじゃなくて~歌も歌えますよ~」

「ほうほう。ぜひ聞かせておくれ」


 演奏料としてノドカに黄金核が贈られる。


「影の子も実に見事な戦いぶりじゃった。妨害されて思うように戦えんかったと家臣たちもベタ褒めじゃ」

「……あの時はすごく頑張ってたから、嬉しい」

「あんなに小さかったのにこんなに大きくもなって……子供の成長は早いものじゃのう」


 アンヤも追加でおこづかいをもらったようだ。


「水の子も炎の子を庇いながらの戦い、今思い出しても涙無しには見られん見事な姉妹の絆であったのう」

「ひゃっ、え、えっと……」

「どんな苦難にも冷静さを失わずに立ち向かう姿勢は賞賛に値するものじゃ」

「こ、こんなに……!? これだけあればどんな魔道具が……」

「ほう、魔導具の研究に使うのじゃな。なら遠慮せずにもっと持っていきなさい」

「わっ、わわわわわわ」


 許容量を超えた黄金核の数にシズクがおかしくなった。


「そして新たな女神様、これからも末永くよろしく頼むのう」

「あ、はい。今度は雷の子と炎の子も連れてきますね」

「おお、おお。そうしてくれるとありがたいのう。楽しみじゃ」


 彼のとても大きな骨の手と握手を交わした後、私は意識が遠いところに飛んでいったまま固まってしまっているシズクの介抱へと移ることにする。


「――イルフラヴィアに良いお友達が出来たようで儂も一安心じゃ」

「気に掛けてくださって感謝します。私には勿体ないくらいの友人ですよ」

「そう謙遜するものでもないじゃろう、お主は立派にやっておる。ますます爺さんにも似てきたのではないか?」

「お爺様にですか? ……翁からもよく言われます。光栄なことですが、とても実感は持てませんね」

「そういうところもじゃ。ヤツも実に謙虚な皇帝じゃった」


 イルフィにも皇帝としての悩みを理解しつつ、親身になってくれる親族がいてくれて本当によかったと思う。

 それが遠い祖先というのも不思議なことだが、きっと彼女が経験できなかった祖父と孫による対話のような光景がここにはあるのだろう。


 ――私もイルフィの友達として、苦労が多い中でも気丈に振舞う彼女のことを支えてあげられたらいいな。




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