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18 火花と雫

 特別依頼が終わってから、今日で3日目だ。

 昨日、一昨日としっかり休んだため、体に溜まっていた疲れはきれいさっぱりと無くなっていた。


「明日くらいには出発しよう」


 3日目のお昼過ぎ、泊っている部屋のベッドに寝転びながら呟く。

 昨日、一昨日とただ休んでいたわけではない。

 一昨日はアルマたちと一緒に特別依頼で狩った魔物を解体してもらい、報酬を山分けした。

 そして昨日はそのお金で保存食、替えの衣服、防寒具、寝袋など旅用の装備を買った。

 これでいつでも出発できるというわけだ。


 ――最後にアルマたちとミーシャさん、受付嬢のジェシカさんあたりには挨拶しに行こうかな。

 皆この街でお世話になった人たちだ。門番のおじさんもお世話になった人の一人だけど、この街を出発するときにまた声を掛ければいいだろう。

 そうと決まれば、まずは冒険者ギルドに顔を出そう。運が良ければ皆いるかもしれないし。


「コウカ、行こうか」


 私と同じようにベッドの上にいたコウカへ手のひらを上に向けて差し出す。するとコウカはベッドの上から、私の手の中に飛び込んでくる。

 よし、冒険者ギルドに行くとしよう。この時間だと、少なくともジェシカさんはいるだろう。




    ◇




 冒険者ギルドの中は3日前までの騒ぎが嘘のように平穏そのものだった。

 全体を見渡し、ミーシャさんもアルマたちもいないことを確認する。

 少し残念に思いながら、受付窓口に向かうと睨んだ通り、ジェシカさんは今日も受付嬢の仕事をこなしているようだ。


 ジェシカさんの窓口へ近づいていくと、ギルド内を見渡していた彼女と目が合う。


「ユウヒさん、丁度よかった」

「……はい?」


 声を掛ける前に話し掛けられ、間の抜けた返事をしてしまう。

 何か用でもあるのだろうかと疑問に思いながら、話を聞きに行く。


「1つ依頼を受けてもらえませんか、お願いします。指名依頼という形にしますので……」


 どこか余裕がないジェシカさんの話を聞く。

 彼女の話によると、この間の特別依頼で負傷した冒険者を治療するために使用している薬草が数種類、底をつきかけているらしい。そのため迅速に補充しなければならないそうだ。

 大規模な魔物討伐の後はしばらく依頼の消化が悪くなりがちらしく、大抵の冒険者たちは休んでいるか、ダンジョンに潜っているかのどちらからしい。

 薬草採取の依頼も昨日から依頼掲示板に張り出されていたうえに冒険者たちに声掛けをしたのにもかかわらず、誰も受けてくれなくて困っていたのだとか。

 まあ私は元気だし、今は時間もある。

 それに薬草を取ってきたらいろんな人の助けにもなるだろうし、別に受けても良いだろうか。


「わかりました、任せてください」

「本当ですか! ふぅ……よかったです」


 ジェシカさんは心底ホッとしたといった表情で安堵のため息を吐く。多分、焦っていたんだろうな。生真面目そうなジェシカさんが人前でため息を吐くというのも珍しい。

 すぐにハッと顔を引き締めたジェシカさんは私に頭を下げる。


「申し訳ありません、お恥ずかしいところを……」

「いえ、そんなの全然。それよりも私でよかったんですか? 指名依頼にしてもらえるみたいですけど、私はまだFランクですよ」


 誰も依頼を受けてくれなかったとはいえ、Fランクの冒険者に指名依頼を出してしまっても良いのだろうか。

 取り敢えず受けるとはいったものの疑問は残る。


「まあ、通常ではありえないのですがテイマーとしてのユウヒさんの実力はFランク冒険者を軽く超えております。ギルドとしては実力のある冒険者を低ランクで燻らせておくことはあまり好ましくありませんので」


 指名依頼を受けるとギルドに高く評価してもらえるので、冒険者ランクが上がるのも早いのだったか。

 まあ指名されるのは高ランクの冒険者が多いだろうし、本来ならば低ランクの冒険者にはあまり恩恵がないシステムだ。

 今回、指名してもらえたのはそれほどギルドに期待されているということだろう。

 ジェシカさんが言っていたように私はテイマーとしてはFランクよりも高い実力があると判断されたのだ。コウカ様様ではある。

 私が指名された疑問は解けたので早速、薬草採取に向かいたいところだが今度は依頼内容で聞きたいことがあった。


「薬草採取ってファーガルド大森林に行けばいいんですか? あと、薬草のサンプルがあったりすると助かります」

「ファーガルド大森林は現在、立ち入り禁止になっております。ですので、街の西門から出て平原を抜けた先にあるレノチダの森の方でよろしくお願いします。あの森は低ランクの魔物しか生息しておりませんので、ユウヒさんの実力であれば問題ないでしょう。そしてサンプルですが、ギルドの方で薬草図鑑を貸し出すことが可能なのでそちらをご利用ください」


 ふむ。西の平原というのは一度、剣の練習をするために訪れた場所だろう。

 正直、忘れたい思い出ではある。


 ギルドから薬草図鑑を借りた私は、今度こそ薬草採取に向かった。




    ◇




 何事もなくファーリンドの街の西側に広がる平原を抜け、レノチダの森へと到着した。

 鬱蒼としていてどこか肌寒く感じるファーガルド大森林と違い、レノチダの森は地面まで太陽の光が届いている場所が多くて、ポカポカとしている。

 こちらは全体的に背の低い木が多く、密度もそれほど濃くないというのも理由の一つだろう。


 私は《ストレージ》の中から取り出した薬草図鑑を開き、依頼書に書かれていた薬草を探す。

 薬草図鑑には特徴や見分け方に加え、挿絵まで載っているため非常に探しやすい。とはいえ今回は採取しなければならない薬草の種類が多いため、骨が折れる作業ではあるのだが。


 薬草を集めながら奥へと進んできたが、冒険者とは誰ひとりとして会うことはなかった。ジェシカさんが言っていた通り大半はまだ休んでいるか、ダンジョンに行っているのだろう。

 魔物とも遭遇することはあったが、ここに生息する魔物はおとなしい魔物が多いらしい。

 大抵は遠くから警戒するように見ているか、そもそもこちらを気にしていない。そして不意に近づいてしまっても、こちらを見つけた途端に全速力で逃げてしまう魔物ばかりだった。

 今までに会った魔物はコウカを除き、すぐに襲ってくる魔物ばかりだったからなんだか新鮮だ。魔物とはいえ、普通の動物と変わらない部分もあるのだと確認することができた。


 そうして少し休憩を挿みつつも、数時間でほとんどの薬草を集め終えた。この調子なら日が暮れるまでに街へと戻れるだろう。


「ん? この音……」


 終わりが見えてきたのでより一層気合を入れて薬草を集めていると、どこからか争い合っている音と共に動物の鳴き声が聞こえてきた。

 気になった私はコウカに先導してもらいつつ、護身用の剣を取り出して音の鳴る方へと近づいていった。


 そして音の発生源から数十メートルほど離れた場所まで近づくと木の陰から顔だけを出し、様子を窺う。

 どうやら、ゴブリンの群れと子犬を二足歩行にしたような魔物の群れが争っているようだ。

 縄張り争いかと疑問には思いつつも首を突っ込む必要もないので、コウカにもその旨を伝えてそっとその場から離れようとする。

 だが争いの音と魔物たちの鳴き声の他におかしな音が聞こえてきたため、思わず足を止めた。

 ――なんだろう?

 これは水の弾ける音と……何かが燃える音だろうか。

 

 疑問に思った私は戻ってもう一度、現場を覗き込む。

 そんな私の目に飛び込んだのはびしょ濡れになって仰向けに倒れている子犬みたいな魔物と、体に巻いている布が燃え上がって藻掻いているゴブリンだった。

 ゴブリンのような低ランクの魔物は魔法を使うことはない。ゴブリンと同レベルの争いを繰り広げていたもう片方の魔物もそれは同じだろう。

 だが水場が近くにない場所と火の気もない場所で確かに魔法としか考えられない現象が起こっている。

 何か原因があるだろうと注意深く観察して、一部の魔物たちがおかしな動きをしていることを発見した。

 魔物たちは仲間が倒れていたり、燃えていたりしても構わずに争い続けているが一点だけ、争わずに相手と並んで走っている魔物がいた。

 目を凝らして見てみるとその魔物たちの前では小さな何かが動いている。


「あれって……」


 それは2つのとても小さな球体。赤色と青色のスライムだった。


 取り敢えずこのままではあのスライムたちが捕まってしまうと感じた私は、コウカにスライムを追っている魔物を攻撃してもらうように言う。

 すぐに了承してくれたコウカは体をビリビリとさせながら高速で障害物の間を駆け抜けていくと、追われているスライムと追っている魔物たちの間に飛び出した。

 そしてあっという間に追っていた魔物たちを魔法で倒して、あの2体のスライムたちを先導するように大きく遠回りして私の元に戻ってくる。


 ここまでは順調だったけど。さて、どうしようか。




    ◇




 私から少し離れた場所でこちらをジッと警戒する2体のスライム。

 赤いスライムが前に立ち、青いスライムはそれに寄り添うように赤いスライムの後ろに引っ付いている。

 怯えているのだろうか、青いスライムは少し震えているように見える。


 だがこうして近くで観察してみて改めて思うが、2体ともすごく小さい。手のひらに軽く乗せられるサイズだった頃のコウカと比べてもその大きさは精々半分程度だろう。

 ただの個体差なのか、何か原因があるのかを考える。そんな私の脳裏にある記憶が掘り起こされた。

 ミーシャさんは魔法を使いすぎたスライムは消滅すると言っていた。

 コウカは私と魔力経路が繋がっているためその心配はないが、目の前の2体はそうではないはずだ。

 先程も魔物たちに魔法を使ったようだし、魔力量も減っているに違いない。そのせいで小さくなっているのだとしたら、今は危険な状態だろう。


 どうにかできないものかと考える。

 この2体と眷属契約を結べばこの問題も解決するだろうが、こちらを警戒して怯えてすらいる状態では契約を結べるとは思えない。

 契約の条件は詳しく分かっていないが、コウカの時のように名前を付けたくなる感覚が関係しているのだと思う。だが今はその感覚はない。あれはもっと衝動的なものなのだ。

 ならばひとまずは別の方法を考えるべきか。

 契約しなくとも魔力を渡すことはできないのだろうか、そう考えた私は2体のスライムをさらに怯えさせないようにゆっくりと慣らすように近づいていく。……とりあえず逃げないでいてくれるみたいだ。


 立ったままでは何もできないのでスライムたちの近くにしゃがみ込む。

 そして右手で赤いスライムに、左手で青いスライムにそっと触れる。だが触れた瞬間、スライムたちは小刻みに震えだしてしまった。

 こうして触れているとよりスライムたちの怯えが伝わってくる。左手からは大きな振動が、そして右手からも確かな振動が伝わってくる。

 それでも逃げ出さないのは、近くに同じスライムであるコウカがいるのが大きいのかもしれない。


「大丈夫だよ」


 怖がる必要はないと伝えたいが、こうしてジッと我慢してくれているのだ。一刻でも早く済ませてしまおう。

 考えていることが本当にできるかは分からないが、悪いようにはならないはずだ。

 両方の手のひらへと魔力を集め、そこから2体のスライムに魔力を送る。イメージとして頭に思い浮かべるのは出会った頃のコウカだ。手のひらから魔力がスライムたちへ馴染むように、広がっていくようにと想像する。

 より鮮明なイメージをするために自然と瞼が下がる。

 時折吹く風の音以外は何もない。私たちだけの世界でイメージをより深めていく。


 そしてついにその時は訪れた。

 手のひらに集まった魔力が解放されるような感覚があって、私はそっと目を開く。すると目の前には私の手のひらと同じくらいの大きさになった赤色と青色のスライムがいた。


「上手くいったの……?」


 スライムたちは出会った頃のコウカと同じくらいのサイズとなっていた。これは成功したと考えてもいいだろう。

 さらに集中しているときは気付かなかったが警戒心は未だ持っているものの、いつの間にか赤いスライムの震えが止まっていた。

 対して、青いスライムは震えが残っているがその震えは先ほどよりも小さくなっているように感じる。


 スライムたちから手を離し、見つめ合う。

 スライムたちは逃げる素振りも見せず、ジッとこちらを観察しているようだ。

 そして無音のまま、十数秒経つ。

 ずっとこのままというのもどうかと思うので、思い切って声を掛けてみよう。


「……ねぇ、私たちと一緒に来てみない? 私って何の力もないからさっきみたいな怖い敵から守ってあげたりはできないかもしれないけど、支えてあげたりとかはできると思う。多分すぐには信用できないと思うけど、一度この子からも話を聞いてみてくれないかな?」


 私は赤いスライムの目の前にコウカを持っていく。

 スライムたちが話をできるのかは分からないが、コウカと2体のスライムは見つめ合っている。スライムにしか分からないコミュニケーション方法があるのかもしれない。


 少し経つとコウカが私の隣へと戻ってくる。

 どうかしたのかと疑問に思ったが、コウカはそれから何もせず、私の隣に佇んで自慢げに胸を張っている……ように見える。

 ――どうして?


「えっと……」


 いまいち状況についていけていない。

 そのまま10秒、20秒、30秒と時間が経過していく。


 私が少し気まずい空気を感じていると突如、コウカに名前を付けたときのような名前を付けてあげたいという、衝動にも似た感覚を覚えた。

 それはずっと警戒している赤いスライムの背中に隠れ、震えている青いスライムから感じていた。

 そして数秒遅れて赤いスライムの警戒心が和らぎ、赤いスライムからも同じ感覚を覚える。信用してもらえたのだろうか。

 まだ青いスライムは震えていたが、少しは気を許してもらえたということかもしれない。どちらにせよ、今はこの感覚に身を委ねてこの子たちの名前を考えてみよう。

 この子たちの属性はおそらく火と水。《鑑定》で確認してみても間違っていなかった。


 ――よし決めた。


「あなたの名前はヒバナ、そしてあなたはシズクだよ。これからよろしくね、ヒバナ、シズク」


 少し戸惑うような雰囲気を醸し出しながらお互いを見つめ合っているスライムたちであったが数秒の沈黙の後、どうやら受け入れてくれたらしい。


 こうして、私はヒバナとシズクという新たな仲間を加えて街へと戻ったのだった。


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