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05 栄光の名を冠する一族

「じゃあ私はニュンフェハイムに戻るわね」

「うん。コウカのことお願いね」

「そっちこそ、皇帝サマによろしく伝えておいて。それとロス、私がいないからってシズに変なことしたら後でキツイお仕置きだからね。このスケベ馬」


 シズクが跨っている魔馬が鼻を鳴らしたかと思えば、目を細めながらその鼻先をヒバナの胸元に擦り付ける。

 やや呆れた様子のヒバナもそれを押しのけるつもりはないようだ。

 力を使うことで霊堂と神界を繋ぐ扉を作り出せる私たちは容易に霊堂間の移動ができる。これからヒバナはニュンフェハイムのある聖の霊堂へと向かうつもりなのだ。


 ――火の霊堂の前でヒバナとそんなやり取りをしていたのがほんの数時間前。

 触れ合いも兼ねて久々にミラン達スレイプニルを駆る私たちは、火の霊堂から帝都までの道を進んできた。

 そして無事にグローリア帝国が誇る帝都の門を潜り、入城を果たした私の視線の先には黄金の如く輝く髪が印象的な若き皇帝の姿があった。

 彼女――イルフラヴィア・ドォロ・グローリアは玉座に深く腰掛けたまま、こちらに声を掛けてくる。


「遠路はるばるよく来てくれた、我が友よ」

「こちらこそ招待ありがとう。それにお迎えもたくさん出してくれたみたいだし」

「急に呼び立てたんだ。それくらいは、な」


 本当に初めてこの帝都に来た時の記憶からは考えられないくらい普通に歓迎されながらここまで来られた。

 ――あの時は対空用魔導具の迎撃を受けながら交渉したからなぁ。

 その話も今となっては笑い種というか、私がイルフィを少し揶揄うために持ち出すことが多い。

 ここがもう少し砕けた場であれば、私は彼女に向かって「今日は魔力弾の雨が降って来なくてホッとした」くらいは言ってしまっていたかもしれない。


「ところで友よ。彼女たちはどうした」

「コウカとヒバナのこと? ごめんなさい。あの子たちは別の仕事が入っていて、今日は来られなかったんだ」


 いわゆるダブルブッキングというやつだ。


「余の要請のほうが後だったのだろう。気に病む必要はない」

「本当に? 何か不都合があったりはしない?」


 今日、この場所に招待された理由は“会わせたい相手がいるから”というものだった。

 その相手とやらももしかするとコウカやヒバナに用があったかもしれないし、直前にイルフィがやや浮かない表情をしていたことも気になる。


「たしかに()()()はその2人と会うことも望まれていたが顔通しさえしてしまえば、余の同伴でなかろうとも後日貴様たちの方で足を運ぶこともできるだろう。不都合などないさ」


 今回、ほとんどスケジュールの調整ができなかったのにはイルフィが多忙すぎるという理由があった。

 次に予定が空くのがいつになるのかすら分からないのだろう、彼女は尊大な口調の裏側に少々申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。

 そして時間にあまり余裕がないというのは今この瞬間も例外ではないらしい。


「陛下、そろそろお時間の方が」

「そうだな。御者に今から向かうと伝えてくれ」

「承知いたしました」


 イルフィと臣下である男性のやり取り。

 だがそんな短いやり取りからもイルフィが王宮の人たちと良い関係を築きはじめていることが窺えたので私は内心ホッとしていた。


 ――それにしても気になるなぁ。

 彼女の傍には数人の臣下達が控えているのだが、突出して年老いたその人だけが先程から何やらずっと良い表情で頷いているのだから自然と目に付いてしまうというものだ。


「…………?」

「どうかしたの~アンヤちゃん~?」

「……あの人、知っている……気がする」

「え~、どの人~?」


 私の後ろから2人の小声での会話が聞こえてくる。

 そちらに少し目を遣りつつ、2人の視線の先にいる人物を確認すると――どうやら注目されているのは私が気になっているあの御老人だということがわかった。


「うーん、ボクもどこかで見たような……」

「あ……あたし、思い出したかも」


 私たちの視線は自然とシズクに引き寄せられる。


「前に砂漠でワームに襲われたことがあったよね。その後、町に立ち寄ってから黄金郷(エルドラード)に行ったと思うんだけど、その黄金郷(エルドラード)のことを教えてくれたのが多分あの人だよ」


 そこまで言われて私も思い出した。

 この国に潜入していたミーシャさんに連れられる形で彼が匿ってもらっているという町に連れて行ってもらったことがあったはずだ。

 そして魔石採掘を生業としているその町には“リーダー”と呼ばれる御老人がいた。

 その御老人がイルフィの傍でずっと控えているあの人だというのだが、常にしかめっ面で偏屈そうな人だったという印象のせいで中々記憶と結びついてくれなかったのだろう。


「ん? ああ、翁から貴様たちとは知り合いだと聞いていたな」


 イルフィもどうやら彼女が“翁”と呼ぶその御老人に私たちの視線が向いていることに気が付いたようだ。


「紹介しよう、彼はかつてこの王宮で余の祖父に仕えていた者だ。祖父の政治を知る者として今では余や大臣たちの相談役を担ってくれている」


 彼女からの紹介を受けた翁が私たちに向けて一礼する。

 イルフィのお爺さんはかつて賢王とも呼ばれていた程の立派な皇帝だと聞いている。彼女はそんなお爺さんを目標にしているのだろう。

 翁の表情から察するに彼女は現時点で既に彼の御眼鏡に適うまでにはなっているようだが。


「では翁、少し出てくる」

「御友人とのたまさかの逢瀬です。羽をゆっくりと伸ばしてきても罰は当たりますまい」

「フッ、冗談を。だがその気遣いには感謝するよ」


 玉座を降りてこちらに歩いてきたイルフィに一声かけられ、私たちは用意されているという馬車へと向かう。




「それじゃあ私はイルフィとこっちに乗るね」


 みんなに見送られながら、私たちの為に2台用意されている馬車の内の片方にイルフィと一緒に乗り込もうとする。

 ――だがその瞬間、シズクが動いた。

 突然イルフィに詰め寄ったシズクは彼女のことを下から睨みつけている。


「2人きりだからってユウヒちゃんを傷つけるようなことをしたら絶対に許さないから。あたしたちはすぐ近くにいるってことを忘れないで」


 これにはイルフィだけでなく、私も少し面食らう。

 あまりイルフィのことを警戒する素振りを見せてこなかったシズクだが、拒絶とまではいかなくても私が彼女と2人きりの空間で過ごすことを嫌う程度にはイルフィのことを未だ信用できていないのだろう。


「シズク、大丈夫だよ。イルフィは――」

「ユウヒは私の友だ、貴様が心配しているようなことは何も起きないさ」


 毅然とした態度でシズクに微笑みかけるイルフィ。


「安心しろとは言わないが今は私を信じてほしい、シズク」

「……信じるかどうかはこれからのあなた次第だよ。あ、あたしは魔法で人を撃ち抜くことに躊躇なんてしないからねっ」


 ぷい、とイルフィから顔を背けたシズクが遠ざかっていく。

 あの子の残した下手な脅し文句に私たちは顔を見合わせるようにして苦笑していた。


 ――そんな少しのゴタゴタを越えた先で、私とイルフィは揺れる馬車の中で向かい合うようにして座っていた。


「今乗っているこの馬車って普通の馬車だけど、最初に会った頃は馬要らずの馬車に乗って聖都まで行ってなかったっけ? てっきり今日はアレに乗るんだと思ってたけど」

「魔導馬車か? 実を言うとあんなものはただの見栄で、各国の首脳陣が集まるからと無理をして運用していたんだよ。あの頃も貴様が見ていないところで何度も魔石を入れ替えてた」

「そっか……実用化にはまだ遠いってこと? 街の中とかだと普通に走ってるよね」

「今のままでは魔力効率が悪すぎるんだ。街の中でも魔力を常に供給する機能を兼ね備えた線路の上を走らせているに過ぎん。場所を問わずに、となると長い目で効率化を図っていくしかないな」


 車窓の縁に肘を突いて外を眺めながら、彼女はそう答えてくれた。

 帝都の中では魔導馬車がまるで前の世界における路面電車のように動いていたが、自動車のような運用が実現するにはまだまだ長い時間が必要らしい。


「今まで兵器開発に注いできたリソースをそちらにも回せるようになったからな。本当に少しずつだが、あらゆる研究が動き始めているよ」


 最近になって、水面下で続けるしかなかった様々な研究が少しずつ表に出るようになってきたらしい。

 さらに兵器の研究によって強化された基礎部分が他の研究の基盤としてもしっかりと役立っているのだとか。

 そんな新たな研究の内容を語るイルフィが私にはどこか嬉しそうに見えた。


「その話、今度またシズクにもしてあげて。あの子ってば魔導具が大好きだからすっごく喜ぶと思うよ」

「ああ、そうだな。そうしよう」


 あの子が大好きなのは正確に言えば魔法全般だが、当然そこには魔導具も含まれている。

 いつか魔導具開発にも手を出してみたい、と前にポロっとこぼしていたのも耳にしている。

 きっとそれを糸口にしてシズクとイルフィは打ち解けられるだろう。


「――そうだ、ユウヒ。貴様たちに渡してほしいというものを預かっている」


 不意にイルフィがポーチから封筒を取り出し、私に手渡してくる。


「貴様が来るならと研究者の1人が押し付けてきてな。写真というそうだ」


 その言葉でピンと来た私は封筒を開け、中から1枚の白黒写真を取り出した。

 ――そこに映るのはかつて帝都へとやってきた時の私たち7人の姿だ。


「私もどういう仕組みかを聞いた程度でよくは知らないんだ。少しそちらに寄ってくれ、私も見る」


 私の隣に並ぶように腰を降ろしてきたイルフィが肩を寄せ、私の手元を覗き込んでくる。


「……ほう、なるほどな」

「すごいね。綺麗に撮れてる」


 どこか懐かしい当時の様子を写した写真を見て、つい私の頬が緩んでくる。


「ははは、今のヤツからは考えられないくらいの仏頂面だな、コウカは」

「この時のコウカはそうだねぇ、色々思い詰めちゃっていた時だから。イルフィも覚えがあるでしょ?」

「ああ、私はそこに追い打ちをかけるようなことをしていたわけだからな。悪かったと思うよ、コウカには」


 今と比べるとコウカとアンヤは明らかに小さく、みんなの表情からもどこか研ぎ澄まされているような雰囲気が伝わってくる。

 加えて、全体的にほんの僅かなぎこちなさまで感じられる。


「懐かしいな……」

「こう見ると貴様たちも変わったんだな」

「写真って面白いでしょ。ちょっとした変化でもそれがちゃんと伝わってくるんだから」


 後でみんなと一緒にもう一度この写真を見よう。そして当時の記憶に思いを馳せるんだ。

 決して良い記憶ばかりではないけど、それでも私たちが共に歩いてきた軌跡なんだから。


「……つかぬ事を聞くが、写真を撮るときは怖くなかったか?」

「え、うん。別に怖くはなかったけど」

「そうか……」


 浮かない様子のイルフィが気になる。

 もしかして――。


「イルフィ、写真を撮ってもらおうとしたことがあるでしょ」

「なっ……ない! 仕組みの説明を受けただけと言っただろう」


 どうやら図星のようだ。

 写真に撮られると魂を抜かれてしまう、などと考えているわけではないだろうが彼女はどこか写真を撮られることに恐怖を覚えてしまっているらしい。


「本当は?」

「……原理は説明されても驚いてしまうんだ。それで表情が、その……」

「おぉ、可愛いところあるね、イルフィ」


 どうやら彼女はカメラのフラッシュが苦手らしい。

 半目だったり、引き攣った顔で写真に写るイルフィを想像してしまい、私も微笑ましい気持ちになってくる。

 少しだけ頬を赤くしたイルフィが「揶揄うな」と睨みつけてくるが全然怖くはなかった。


「私たちだけじゃなくてイルフィも変わったよね。昔だったら首を刎ね飛ばしてやる、とか言ってたでしょ」

「あれはただの演技だ。本気で言っていたわけじゃない」

「あははは、もちろん知ってるよ」

「……意地が悪い」


 公的な場では常にかっこよくて毅然とした態度しか見せないイルフィも、こうしたプライベートな時間だと緩んだ姿を見せてくれるようになる。

 面倒見の良い性格だからか、なんとなく私としても甘えさせてもらえるような気持ちになれるおかげもあって揶揄いやすい。


「でも当時は本当に嫌いだったな。特にあの悪そうな笑い方とか」

「思い出すだけで恥ずかしくなるからやめてくれ。私も必死だったんだよ」

「すごく様にはなっていたけどね」

「練習したんだ。様になっていないと困る」


 今となっては笑い話だが、一時的に大嫌いな人ワースト1位にまでイルフィは登り詰めていた。

 その象徴があの高圧的な態度と高笑いだ。イルフィ曰く、大好きな童話に出てくる悪い王様を真似したものらしい。


「練習したんなら、そのままお蔵入りは勿体ないなぁ。せっかくだし、1回だけ聞かせてよ。あのククク、ハーハッハッハッハってやつ」

「……ふん、全然なっちゃいないな、ユウヒ。貴様のそれは“ク”と“ハ”をただ口から発音しているだけだ。いいか、よく見ておけ」


 真面目だが意外とノリが良いのがイルフィだ。少し焚きつけるとこうしてノリノリで披露してくれる。

 馬車の中には彼女の高笑いが響き渡る。何度聞いても素晴らしいほどの悪役っぽさだ。


「フッ……せっかくだ、貴様にも伝授してやろう。いいか、まずは――」


 こうして始まった悪役っぽい高笑いの練習だが、馬車から声が漏れ出すどころかあの子たちの乗る馬車にまでしっかりと届いてしまっていたらしい。

 それで目的地である黄金郷(エルドラード)に到着した頃。

 そこにはこれでもかというほどにノリノリだったことをあの子たちから揶揄い倒されてしまい、真っ赤にした顔を覆い隠す私の姿があった。




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