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もうひとつの序章

 今回はユウヒたちが出てこない完全な番外編となります。ある登場人物のその後を補完するような話です。


 三人称視点で書いてます。

『あなたがいなければ、きっとアンヤは生まれてこれなかった。暗闇の中であなたはアンヤに初めて光を見せてくれた。だからありがとう――お母さん』


 それはとある1つの記憶。


『どんなに辛くても、あなたとの思い出も……あなたの想いも忘れないよ。……今まで私と一緒にいてくれてありがとう、瑠奈(るな)


 大切な人と過ごした最後の夜。


『優日、頑張ってね。アンヤも……バイバイ』


 それは泡沫の夢のようでありながら、奇跡が(もたら)した確かな一幕。




「……夢?」


 カーテンの隙間から漏れる光によって、僅かに照らされた部屋の中。

 ベッドの上で上半身を起こした状態の少女がそう独り言ちる。


(違う……あれは夢なんかじゃない)


 少女――志島谷(しじまや)瑠奈(るな)は自身の魂から分かたれた欠片が体験した記憶を一夜の夢と共に見た。

 失ってしまったと思っていた大切な友人。彼女と共に生きるスライムという存在。己の魂の欠片から生まれた新たな命。

 彼女たちは共に過ごす中で絆を育んでいった。

 それを己の魂の欠片はずっと見守り続け、そして最期に――。


「……ずるいな」


 優日(ゆうひ)を失ってから、失意の底に沈んだまま日々を過ごしていた彼女は、もう一人の自分に嫉妬していた。


(瑠奈は――わたしは謝れなかったんだよ。お別れだって言えなかったんだよ。それなのにもうひとりの瑠奈(あなた)は……ずるい)


 表情を歪めた少女はそこで深く息を吐く。


(でも……わたしが瑠奈(あなた)と同じ経験をしたとしても、優日に対してあんな言葉をかけてあげられたのかな……)


 今の彼女を苛んでいるのは嫉妬心だけではない。僅かな劣等感も今の彼女の心を責め立てるように沸きあがっていた。

 己の支えとなっていた存在を失ったまま1年以上を過ごしてきた彼女の心は、優日と共に過ごしていた頃とは明らかに変わってしまっていたのだ。

 だが、決して自身の欠片が言い放った言葉が嘘だったと考えているわけではない。

 心の内にある想いの全てを明かしていなかったとしても、あれは確かに本心から出た言葉でもあった。

 でも、だからこそ少女は自身を卑下したくて堪らなくなるのだ。


(あの子が――優日が生きて……笑っていてくれるのは嬉しいけど……)


 少女はただ光を求めていた。


「ずるいよ」


 自身の行く道を再び照らしてくれるような光を――。




    ◇◇◇




 瑠奈は毎朝、物音ひとつしない家の中で身支度をして登校する。

 彼女にとって、自宅は決して己の心に熱を与えてくれるような場所ではなかった。

 だが幼少期から今のような生活を続けていた彼女にとっては慣れたもので、少なくとも凍り付いた心に寂れた平穏を与えてくれるものではあった。


(あの子は前を向いて生きていく……わたしもちゃんと前を向かなきゃいけないってわかっているけど……)


 大勢の生徒の中に紛れるように校門を潜り抜けた彼女は上履きに履き替え、自身の教室へと向かった。

 そして音を立てないように入室し、誰にも気付かれないように自分の席へと着こうと思っていた彼女だが、自席を占領していた存在がそれを妨げる。

 瑠奈の席に座っていたのは髪を金色に染めた一見不真面目そうに見える少女だった。


 どうやらその少女は周囲にいる友人たちと談笑しているらしく、教室の中でもその一角は華やかな雰囲気に包まれていた。

 その事実に一瞬顔を顰めた瑠奈であったが、物怖じすることなくつかつかと歩み寄っていく。

 ――そうして声を掛けようと思ったところで件の少女が振り向き、先手を打たれるような形で話しかけられてしまった。


「おっはよう、志島谷ちゃん!」


 そんな彼女に倣うような形で周囲の女子生徒たちからも挨拶され、あまりの馴れ馴れしさに困惑してはいるものの、どうにか口を開いて同じような言葉を返す。


「おはよう」

「――はぇ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた金髪の少女に見つめられた瑠奈は、思わずたじろいでしまう。


「何?」

「いやぁ、いつもよりも挨拶返してくれるの早くねって思ってさ。なんかいいことでもあった?」

「……別に」


 大して親しくもなかった相手から己の僅かな変化を指摘されたことに対して、内心驚いていた瑠奈であったが、それを努めて表情に出さないようにしながら顔を逸らす。


「でもさでもさ、なんか雰囲気が明るく――はなってないけど、いつもの“じめじめどよーん”とした感じじゃなくない?」

「たしかに! 瑠奈ちー、さては何か隠してんなぁ」


 だが周囲からも追撃を受けてしまう始末だ。

 このまま何も言わないままでは、ずっと注目を浴びたままだと気付いた瑠奈は、彼女たちが追及してきた理由を考え、その答えを見つける。


「……少しは前を向かなきゃいけないって思ったの」


 思うところがないわけもない。後悔の念も常に彼女の心の内側で渦巻いている。

 でも優日との別れは不変の事実で、既に過去の出来事だ。いつまでも過去を引きずったままではいけないと、瑠奈自身も理解はしている。

 何よりも優日がこことは別の世界でとはいえ、生きてくれていたという事実は、彼女に重くのしかかっていた枷を少しだけでも軽くしてくれていた。


「……もういいよね。そこ、わたしの席だから。そろそろ、どいてほし――」


 理由を話しても、何の反応も示さない女子生徒たちの様子に、いたたまれなくなってきた瑠奈が会話を打ち切ろうとしたその時だ。


「志島谷ちゃん!」

「――っ!?」


 金髪の少女に両手を勢いよく握られた瑠奈は慌てる。

 だがそんな彼女の様子など知ったことかと、金髪の少女は握った瑠奈の手をぶんぶんと上下に振りはじめた。


「そっか。そっかそっか」


 どこか嬉しそうな少女に続くような形で、その友人たちもそれぞれが反応を示す。


「アタシたち、これでも瑠奈ちーのこと心配してたんだぞー」

「あの事故の後は私たちも辛かったけど、志島谷さんと有明さんは大親友だったんだもんね」


 だがその言葉を聞いた時、瑠奈の表情が陰りを見せた。


「大親友なんかじゃないよ……たぶん、ただの友達」


 そんな彼女の反応を見た周囲の者たちは、呆れたような表情を浮かべる。


「えぇ……それはないと思うけど」

「そうそう。時々こっちが入り込めないと思うくらいアツアツだったって!」


 そんなはずはない、という否定の言葉を瑠奈は紡ぎ出すことができなかった。

 当時の優日が瑠奈に対して抱いていた気持ちがどの程度の大きさであったかなど、今となっては分からない以上、それを完全に否定しきることが彼女にはできなかったのだ。


(一番の友達だったって、そうあの子は言ってくれたけど……それって親友ってことでいいのかな?)


 思考の海に沈み、すっかり黙り込んでしまった瑠奈。




 そんな彼女を傍目に当時の思い出を語っていた女子生徒たちだったが、その雰囲気は次第に憂いを帯びたものへと変化していく。


「でもホント……神様も残酷っていうか、なんであんなことになっちゃったのかねぇ。優日っちみたいな出来た子がさ……」


 いついかなる時も、他者の為に奔走していた優日が遺した影響は、決して小さいものではなかった。

 誰にでも分け隔てなく手を差し伸べるような彼女は間違いなく、多くの人から好かれるような少女だったのだ。

 たとえ彼女の本心が別のところにあったとしても、それは紛れもない真実だった。


「こらこら、志島谷ちゃんがこれから頑張りたいって言ってるときに、なんで湿っぽい感じになってんのさ」


 談笑していたはずの彼女たちの間に広がりつつある負の雰囲気を感じ取った金髪の少女が、それを払拭するかのように努めて明るい声を出す。

 すると周囲の者たちもすぐに表情を変え、次第に和やかな雰囲気を取り戻しはじめた。


「というわけで、これからはウチらも、志島谷ちゃんが少しでも前みたいに笑えるようにちゃんとサポートしていくつもりだから。何かあったら何でも相談に乗るかんね」

「サポートって、そんな手のかかる子供みたいな……。でも……うん、ありがとう」


 瑠奈と彼女たちは決して親しいような間柄ではなかった。

 優日にベッタリと張り付きながら学校生活を送っていた瑠奈にとって、その他のクラスメイトと積極的に関係を築こうとしたこと自体がなかったのだ。

 そんな彼女たちから気遣われているという事実に、やはり瑠奈は動揺してしまうが、決して無下にしようと思うようなものでもなかった。


(それでもやっぱり……寂しいな)


 彼女たちが受け入れてくれるおかげで孤独になることはないのだろう。だが瑠奈の心を苛む寂寥感を取り除くには、もっと強烈な何かが必要だったのだ。




 ――それこそ、太陽のように優しくも強く輝き照らしてくれるような光のような何かが。




(月は太陽の光がないと輝けないんだよ……)


 そうして何度も呟いてきた口癖のような言葉を心の中で零した――その時だった。


「――見つけた!」


 入り口から教室中に響き渡る大きな声。

 その声はその一言だけでは止まることはなく、次々と新たな言葉を紡ぎ出していく。


「見つけたよ、(はやて)ちゃん、穂鳥(ほとり)ちゃん! 絶対にあの人に違いないよ、テル君が言っていた高等部の綺麗な人! 4人目の仲間!」


 教室にいる誰もがその声の主を注視する。それは瑠奈も例外ではなかった。

 そこにいたのは、教室にいる誰よりも小さな3人組の少女たちだ。


「こら、ひまり! 人様に指ささないの! それに大きな声も出さないでよね!」

「ひまちゃん。焦らなくても先輩は逃げませんよ?」

「でもでも、ようやく見つけたんだよ! あたしたちの――もがっ!?」


 先程までの大声の主である先頭にいた少女は現在、その後ろにいた気の強そうな女の子によって口を押えられており、その隣にいたおしとやかな印象の少女にも言葉で宥められているようだった。


 誰もがそんな少女たちに呆気に取られている中、一番に動き始めたのは瑠奈のそばにいた金髪の少女だ。

 彼女は件の少女たちに目を向けつつ、瑠奈へと問い掛ける。


「あの子たち、見たところ中等部の子だよね。志島谷ちゃんの知り合い?」

「…………」

「んー、なんか志島谷ちゃんのことを見てたみたいだけど」


 だが今の瑠奈にはそんな彼女の声が聞こえていなかった。

 いや、別の存在に視線を釘付けにされているせいでそちらに意識が向いていなかったのだ。




 己を押さえつけていた手から解放された件の少女は、瑠奈を見つめたまま、力強い足取りで教室へと一歩を踏み入れてくる。

 教室にいた誰もが自然と、圧倒的な存在感を放つ少女に道を譲り、彼女と見つめ合っている当人である瑠奈もまた、その存在が大きくなっていく度に動悸が激しくなっていることを自覚していた。


「はじめまして!」


 瑠奈の目の前で立ち止まった少女が彼女へと手を差し伸べる。


「あたし、天花寺(てんげいじ)ひまりっていいます! 早速ですけど先輩、あたしたちの仲間になってください!」




 窓から舞い込んだ風が教室内を駆け抜けていく。


 ――その時、少女は新たな始まりを予感した。




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