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62 因縁の邂逅

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 私たちが降り立った先には、終わりゆく世界が広がっていた。


「ここが本当にあの神界なの……?」


 厚い雲が覆う空。

 草木が枯れ始め、色を失いつつある大地には乾いた風が吹き荒れている。


「前はこの辺りに花が咲いていたはずだよね」

「お昼寝すると気持ちよさそう~って感じでしたよね~……」


 ダンゴとノドカもこの光景にはショックを受けているようだ。

 私もすっかり変わってしまった神界の光景に言葉を失わざるを得ない。


「これくらいで動揺しないの。覚悟はしてたでしょ?」

「あたしたちがやることは変わらないよ。ね?」


 ヒバナとシズクの言う通りだ。

 ショックはショックだが、戦う意志も覚悟も、決して揺るぎはしない。


「気配を感じるのは……ミネティーナの屋敷があった辺りですね」

「……アンヤも感じている。すごい存在感」


 丘を越えた先にミネティーナ様の屋敷があったはずだ。

 そちら方面に気配を感じているのは2人だけでなく、私たちも同じだったため、満場一致で私たちはその方面へと進んでいった。


 そして丘を登り切ったところで私たちが向かわなければならない場所を確認した。

 ミネティーナ様の屋敷を超えた先、遠くの方に大きな神殿が見える。

 そこから、今まで感じたこともないような強烈な“邪”の気配を感じた。あれが邪神の存在感というものだろう。


「あそこまで行くのは……骨が折れそうだね」


 理由は単純である。ミネティーナ様の屋敷からその神殿までの道中で、大量の邪魔(ベーゼ)が蠢いている様子が見えるのだ。

 空を見上げても同様で、交戦は避けられないだろう。

 世界中で邪魔(ベーゼ)が現れていたのに神界でもこんな大量の敵がいるなんて。


「ユウヒちゃん。こんな時こそ、あたしたちの出番だよ」

「数を減らしておいた方が楽でしょうし、一気に殲滅しながら突き進むわよ」


 もはや周囲の状況を勘定に入れる必要すらない。

 それに神界だけあって魔素は潤沢だ。邪神の影響を受けているといってもその全てが澱んでいるわけでもなく、割合的には半々といったところだろう。


「【ハーモニック・アンサンブル】――トリオ・ハーモニクス! 行くよ、みんな!」


 両手に杖を携えた私の前をコウカとダンゴ、そしてアンヤが走る。

 私とノドカはその背中を追うような形だ。


「敵を近づけさせないで!」


 まずは地上から大量の水魔法と火魔法をばら撒いて、空の上の脅威を排除する。

 その間に前衛組の3人は地上の敵に向かって力任せの大型魔法を繰り出していた。


「【アビス・リヴァイアサン】、【ブレイズ・フェニックス】」


 巨蛇がうねるような軌道を描きながら空中の敵を呑み込み、空を駆け抜ける不死鳥もそれらを焼き尽くした。

 航空戦力を大幅に減らしたところで、次第に地上への攻撃も交え始める。


「主様! 奥にいるおっきいのを倒す時はボクと協力して!」

「分かった! その時はお願い!」


 魔法に耐え切った大型の邪魔(ベーゼ)を倒すのは、ダンゴとのハーモニクスが最適だ。

 まずはこのトリオ・ハーモニクスで数を減らして、それでも倒しきれなかった敵をダンゴとのデュオ・ハーモニクスで着実に減らしていく。


 主にそれらを繰り返していくことで邪魔(ベーゼ)が目に見えて減り始め、包囲網が薄くなっていく。


「血路を開く、アンヤ!」


 ダンゴとのデュオからトリオ・ハーモニクスへと戻し、他の子たちがやっていたようにアンヤの影をバネにして空高く舞い上がった私は、体を回転させながら杖を両側面に向かって突き出す。


「【デュアル・レイヴ】!」


 こちらを取り囲むように展開していた敵の大半を魔法の雨が粉砕していく。

 この攻撃を擦り抜けた敵もコウカたちが個別に対応することで――邪魔(ベーゼ)の殲滅を完全に終える。


「やりましたね!」

「これがボクたちの力だ!」


 敵を全て倒して先に進む私たちの士気は非常に高い。




 この勢いのまま神殿へと突入しようとしていたが、そんな私たちの前に新たな刺客が現れる。

 必ずどこかで対峙すると分かっていたが、まさかこうして私たちの前に1人で現れるとは思ってもみなかった。


「――初めまして、とでも言うべきでしょうか……救世主諸君」

「プリスマ・カーオス……!」

「ええ、よくご存じで」


 答えは肯定だった。

 この青年と相まみえるのは初めてだが、私たちは既に彼と同じ名を冠する者たちと出会っている。

 彼らの雰囲気が非常に似通っていることから、彼もまた“プリスマ・カーオス”だということはすぐに理解できた。


「あなたは参謀って聞いていたけど、それほど追い詰められているってことでいいのかな」


 シズクが言ったようにプリスマ・カーオスは邪神の側近であり、参謀役でもあるという話を聞いている。

 だが普通はそんな役割を持つ存在が戦場に出てくるようなことはないはずだ。

 そんな疑問を青年は鼻で笑い飛ばす。


「まさか。全ては私の計画通りですよ。そしてお前たちは決してここから先へ進むことはできない。【エニグマ・フィールド】」


 その言葉と共に急速に高まる彼の魔力。

 そして私は彼が発した魔法らしき名を聞いた時には、自分の直感が警鐘を鳴らすがままに動き始めていた。


「モジュレーション!」


 私の中にいるシズクとヒバナが驚いたような反応を示していたが、それらを無視して、今はただひたすらに彼女へと手を伸ばす。

 きっと今、彼女を1人にしてはいけないのだ。


 ――そして私の指先が彼女の体に触れた直後、私たち全員を光と闇が覆い隠した。




   ◇




「まさか、お前まで付いてくるとは思いませんでしたよ」


 視界が暗転したと思った直後、私の目の前には依然としてあの男が立っていた。


「本来であれば、確実にここで1体を仕留める算段ではありましたが……」


 その言葉を聞いてゾッとする。

 ノドカ1人でこの場所に閉じ込められたとしたら、間違いなく命はなかった。先程の自分の判断に心の底から感謝する。

 現在の私はノドカとのデュオ・ハーモニクス状態だ。

 魔法が発動するギリギリのタイミングでこの子の手に触れることができ、ハーモニクスの切り替えが上手くいった形である。

 咄嗟に動けたが、この結界らしき魔法を以前にも見たことがあったのが功を奏したといえる。


『ありがとう~……本当にありがとう~お姉さま~!』


 心の中でノドカの安堵と感謝の気持ちがこれでもかというほどに伝わってくる。


「一応確認するけど……私の仲間も同じように閉じ込められているってことでいいのかな?」


 そう聞いたのは私たちが今、周囲一帯を取り囲む白と黒の入り混じった結界によってその外に出ることが叶わないからだ。

 隔離されたこの空間から外側を見ることすらできない。


「その認識で相違ありませんよ」

「この魔法を解く気もないんだね?」

「ええ、これがメフィスト様より賜った私の使命ですので」

「ならっ!」


 瞬時に弓形態の霊器“テネラディーヴァ”を構え、弦を引き絞った私は正面の男に風魔法の矢を放つ。

 戦う覚悟などとうに決めている。ここまでのやり取りでも分かるが、彼は邪族(ベーゼニッシュ)……でも私にとっては人なんだ。

 それでも未来を奪うつもりだというのなら、私は彼を殺めてでも未来を掴んでみせる。


『わたくしも~一緒です~!』


 そうだ、未来を掴むために戦うのは私たちだ。

 正確な狙いのもと、胸に吸い込まれるように駆け抜けた矢であったが――横合いから邪魔が入ったためにプリスマ・カーオスへと届くことはなかった。


「おっとと、危ないなぁ」

「救世主サマ、駄目だよ! 『私』を殺しちゃったら、一生ここから出られなくなるよ?」


 また彼らだ。男と同じ名を持つ存在。

 あの2人だけでなく、同様の存在が私を取り囲むような形で出現する。


「もうあなたの言葉を聞くつもりはない!」


 どうせあの少女の言葉は嘘だ。それにもし仮に本当だとしても、みんながこの場所から救い出してくれるだろう。

 私は周囲の邪族(ベーゼニッシュ)へ魔法を放ち、数体の亡骸を生み出す。

 だがやはりと言うべきか、シズクが言っていた通りで、あの奥に控えている本体である男を倒さなければまた復活するらしい。

 今も倒したプリスマ・カーオスが溶けるように消えては、再び男のそばに出現している。


「躊躇なし!? あぁもう、どうしてそんなに覚悟決まっちゃってるかなぁ! 皆、注意してね。救世主サマは手強いよ」

「関係ねぇ! 俺がこの手でぶっ殺してやるだけだァ!」


 突進してくる粗暴な男の拳を体勢を低くしながら掻い潜り、その胴体に蹴りを打ち込んだ私は魔力の翼で空へと舞い上がる。

 そして魔法の照準を体勢を崩した彼の背中へと定めたのだが、周囲から飛んでくる無数の光と闇によるコントラストによって中断せざるを得なかった。


「数だけいても!」


 それらを全て風の結界で防ぎつつ高度を上げた私は反撃を開始し、それと同時に眷属スキルも解放する。


「な、なんだよ、この不愉快な歌……」


 時間がある時にノドカから指導してもらっているおかげでマシになっている私の歌唱力だが、今回は敢えて下手に歌わせてもらう。

 この歌を聞く味方が存在せず、敵の数だけは多いこの戦場において《カンタービレ》のもたらすマイナスの効果は非常に有効だ。

 明らかに敵の勢いが弱まったタイミングで奥に控える男が何かの動きを見せた。

 それに警戒していると、この結界内に新たな敵勢力が現れる。


『もう~どうして~!』


 予想だにしていない敵の出現だ。

 その敵の正体は傀儡――傀儡帝が生み出すアンデッドたちだった。




    ◇◇◇




 ユウヒたちと共にいたコウカの視界が光と闇で覆われたと思った直後、彼女は荒野の真ん中に1人で立っていた。


「ッ!?」


 咄嗟に周囲を見渡すが、直前まで彼女と一緒にいた者たちの姿はない。


「――ここにいるのはキサマとオレだけだ」


 その声を聞いた途端に剣を構えたコウカは正面に向き直り、視界に男の姿を捉える。

 視線を向けられた爆剣帝ロドルフォはただ不敵に笑っていた。


「あの子たちをどこへやった!」

「さあな、全てはカーオスが仕組んだことだ。見ろ」


 ロドルフォが周囲を見渡すような仕草をするので、コウカも警戒しつつそれに倣う。


「この空間はヤツの魔法によって隔離されている。あの女たちもオレたちのように隔離され、分断されているということだ」


 この荒野はカーオスの魔法により、周囲を囲うような形で白と黒が入り混じった結界がドーム状に展開されていた。

 それを聞いたコウカはすぐにロドルフォに背を向けようとするが、それは肉薄してきた彼の一振りによって中断される。


「脱出しようとしても無駄だ」


 振り下ろされた剣を避けるコウカ。

 そして地面を爆発させたロドルフォはゆっくりと体勢を整える。


「あの結界は神界から吸い上げた魔素で構築されている。半端な攻撃では破壊できず、仮に穴をあけたとしても一瞬のうちに修復されるだろうな」


 その言葉を聞いたコウカは苦い表情を浮かべるが、決して絶望はしていなかった。

 だが、それすらもロドルフォにはお見通しだ。


「キサマのあの大技ならば、この場所から強引に脱出することも可能だろう。だがそんなことはオレが許さん。キサマにはここでオレと死ぬまで戦ってもらう!」


 男の顔に浮かんでいるのは獰猛な獣のような笑みだ。


「わたしにはあなたに構っている暇はない!」

「いいや、キサマは戦うことを選ぶ。この結界はオレかキサマのどちらかが死した瞬間に消滅するからだ」


 コウカは息を呑んだ。

 そして次の瞬間には、目の色を変えて戦う素振りを見せ始める。


「そうだ。ここを出たければオレを殺してみせろ」


 彼の発言が嘘である可能性など、コウカは考えていなかった。

 男が嘘を教えるような性格ではないと、彼女は頭のどこかで理解している。


「最早オレたちを邪魔する者などいない。全力で来い!」

「……覚悟を!」


 稲妻に乗った一閃と爆発を乗せた一撃による衝突の余波が、彼女と彼の因縁に決着をつけるこの戦いの開戦の合図となった。




 一方、別の隔離された空間において、ダンゴは人間でいうならば筋骨隆々と呼ぶに相応しいほどに屈強なゴーレムと対峙していた。


「またゴーレム! でも、コイツはっ!」

「ガーハッハッハッハ! いかにも、ただのゴーレムではない! これこそが吾輩の真の姿――鋼剛帝バルドリックと呼ばれる所以よ!」

「そうか、キミがバルドリック……! だったらキミのこと、許せないな!」


 鋼剛帝を名乗り、豪快に笑うゴーレム。

 ダンゴは自分の3倍ほどはあるその大きな体を下から睨みつける。

 バルドリックが造り出してきた数多のゴーレムによって、地上では悲劇が繰り返されてきた。そしてダンゴ自身も煮え湯を飲まされ続けてきた。


「キミだけはボクが絶対に倒す! これ以上、好き勝手にはさせない!」

「よいぞよいぞ、こりゃおもろくなりそうだ。小さな戦士よ! お主の力をこの吾輩に感じさせてみせぃ! そして吾輩の肉体が無敵であることを証明するのだ!」


 振るわれたダンゴの鉄槌と鋼剛帝が持つ鋼の剛腕が、甲高い衝突音を鳴り響かせた。




    ◇◇◇




 ヒバナとシズクの前には2体の邪族(ベーゼニッシュ)が立っていた。

 苦い表情を浮かべた2人のうち、ヒバナが声を上げる。


「氷血帝イゾルダ……! そっちは……」

「ヴィヴェカちゃんだよ、おねーさん?」


 ハッとした表情のシズクがゴシックドレスの少女が名乗った名前を反芻する。


「ヴィヴェカ……傀儡帝ヴィヴェカ……」

「あんたが……!」


 その名前に反応を示したヒバナが怒りを宿した目でその少女を睨み付けた。


「その呼ばれ方、ホント嫌いなんだよねぇ」


 手に持った大鎌の柄で肩を叩きながら、ヴィヴェカは嫌悪感に顔を歪ませる。

 そんなやりとりを退屈そうに聞いていたイゾルダが口を挟む。


「何でもいいけど、さっさと始めましょう。こっちはアンタたち精霊を殺したくて殺したくて堪らないの。それに多少は頭の回るアンタたちなら、閉じ込められていることくらい気付いているでしょ」

「そーだね、折角プーちゃんから頼まれたお仕事だもん。それに……2人もいるなら、お人形遊びも楽しめそうだしねぇ」


 戦う気概を示し始めた邪族(ベーゼニッシュ)に呼応し、2人もまた己の愛杖を構える。


「腹を括るしかなさそうね。なんとしてでも切り抜けるわよ、シズ」

「うん。あのオバサンはともかく傀儡帝の空間魔法は未知数だよ。注意していこ、ひーちゃん」


 迷いも怯えも見せない彼女たちは目の前の敵に向かって魔法を放った。


 ――そうして、戦いを繰り広げる中でシズク、ヒバナは自然と分断されるような形となっていく。


「【アビス・エッジ】!」


 眷属スキル《アッチェレランド》の影響下において、シズクが放った数十からなる水の刃はその全てが凍り付き、空中で制止する。


「相変わらず無駄なことしかしないの、ねッ!」


 お返しとばかりにイゾルダが腕を振るうと、それら全ての凍り付いた刃が反転して、元の主に襲い掛かろうと迫っていた。


「シズ!」


 だがそれらはヒバナの放った火魔法によって溶かされ、無事に消滅する。

 そのままシズクのそばに駆け寄りながらイゾルダを睨みつけると、ヒバナは叫ぶ。


「前みたいに2人で協力してアイツを――」

「キャハハ! 倒せるといいねぇ!」

「チィッ! このっ!」


 ヒバナはシズクとの合流を中断せざるを得なかった。

 彼女はすぐそばまで接近してきた少女の大鎌による斬撃を、ステップを踏むことで何とか回避したものの、そこから簡易的な魔法で反撃することしかできない。

 やはり威力の伴っていない魔法では四邪帝と呼ばれる存在には通用せず、簡単に打ち払われてしまった。


「ひーちゃん!」

「よそ見をするなんて随分と余裕なのね。【アイシクル・レイン】」


 注意が逸れたシズクに向かって無数の氷柱が迫る。

 すぐに視線を戻して対処に動き始めた彼女は水魔法を行使した。


「【マルチプル・アビス・バレット】!」


 勢いよく放たれた無数の水弾は凍りつく前に氷柱へと衝突し、それぞれが対消滅を起こす。


(氷なんてただの派生属性。水魔法の不利は絶対じゃないんだから……ここを糸口にできれば……)


 ヒバナが接近戦を仕掛けてくるヴィヴェカへの対応に追われている以上、積極的な援護は期待できない。

 どうにか自分が考えた対策を活かせる状況にまで持っていきたいシズクであったが、それにはまだ準備が足りていない。


「こっちがいつまでも甘い攻撃ばかりだと思っていたら大間違いよ! 【コキュートス・ストリーム】」


 次にイゾルダが撃ち出したのは凍てつく氷の奔流だ。


「【アビス・ブラスター】!」


 シズクも負けじと対抗するが、その魔法では氷の奔流の一部を衝撃によって吹き飛ばすことしかできなかった。

 それどころか凍りついた水魔法によって敵の魔法の勢いが増す始末だ。


「【スライド・ストリーム】」


 両足を覆うように水の膜を張ったシズクは、地上を這うように作った水流の上に乗ろうとする。


「逃げられるわけがないでしょう」


 しかしイゾルダが放った冷気によって水流は凍りつきはじめ、シズクの足まで侵蝕しようとしていた。

 逃げることはできないと判断したシズクは魔法を解除して、新たな術式を構築して迫る氷魔法を凌ごうと画策する。


「【アビス・バリア】!」


 防壁を張り、それが凍り付くまでの間に射線から逃れたシズクであったが、凍りついた水魔法が凶刃となって逃げた彼女へと襲い掛かる。

 それをさらに防壁で防ぐか、魔法で迎撃していくことでその場凌ぎを繰り返すシズクであったが、遂にそれも通用しなくなる。


「【アビス――」

「そうはさせなくてよ!」

「――ッ!」


 正面に杖を突き出して魔法を放とうとするシズクも、足元から突き出してきた氷柱を回避するためにはそれを中断せざるを得ない。

 その隙に氷魔法は迎撃不能な距離まで迫っていた。


「シズ!」


 だがそれらはすんでのところでヒバナが撃ち出した灼熱の炎によって消滅させられる。


「チッ、ヴィヴェカは何をしてるの」


 体を預け合うようにして並び立つ2人の精霊を見て、イゾルダは顔を顰める。

 そして彼女は横目でこの場所にいるもう1体の役者を睨みつけた。


「あーあ、逃がしちゃったぁ……そーれ!」


 厳しい視線には目もくれず、逃がした得物を追いかける素振りすら見せていない傀儡帝ヴィヴェカは、彼女たちから多少離れた地点で大鎌を振るう。

 通常であれば気にも留めない無意味な動作。だがこの場にいる誰もがそうは思わなかった。

 ハッと何かに気付いたように背後へ振り返るシズクの肩を咄嗟に掴んだヒバナが、片割れの体を突き飛ばす。

 突き飛ばした衝撃とその反動によって少女たちが左右に分散した直後、彼女たちが元居た場所に突如として大鎌が現れ、斬撃を繰り出す。


「赤い方のおねーさん、やっぱり動ける方だねぇ」


 そう言って口元を歪ませるヴィヴェカはさらに大鎌を振るった。

 その度にヒバナの周囲のどこかしらから大鎌が現れて、彼女を切り刻もうとする。

 まるで踊らされるかのように動き回らざるを得ないヒバナの姿を見て、少女は哂う。


「キャハハ、上手上手! ダンスは楽しい? おねーさんっ」

「調子に乗らないで! 【ブレイズ・キャノン】!」


 斬撃を回避しつつ、ヒバナは僅かな隙を突いて反撃に転じる。


「キャー! ……なんちゃってぇ」

「ッ!?」


 ヴィヴェカを呑み込むほどの大きさはあった炎弾が彼女の目前で姿を消し、直後に術者であるヒバナの背後から現れる。

 危うく自分の魔法に焼かれるところであったヒバナだが、瞬時に魔法の術式を消滅させたため、自滅からは逃れることができた。


「空間魔法って、そんなことまで……」

「これだけじゃないよ――ほら、こんなこととか」

「――え」


 ヒバナの視線の先から睨み合っていた相手が消えたかと思うと、背後からその声が聞こえてくる。

 その時には既に、彼女は反射的に足を後ろへと蹴り出していた。


「クッ……」


 その蹴りを大鎌の柄で受け止めることとなったヴィヴェカは眉を顰める。


「魔法使いなら、今のは反応しないでほしいなぁっ!」

「こっちはバカな姉に何度も付き合わされてきてんのよ!」


 相手との距離を離したヒバナは術式を構築したフォルティアの先端を、まっすぐ目の前の敵へと向ける。

 それを見て笑みを浮かべたヴィヴェカもまた空間魔法の入り口を自分の正面に展開する準備をする。

 ――だがその直後にヒバナがとった行動はヴィヴェカの予想に反したものだった。


「【ブレイズ・ランス】」


 ヒバナは杖を掲げる腕を――照準ごと横方向に逸らした。

 否、正確には全く別の標的に狙いを定めたのだ。


「なっ、オバサ――アガッ!?」


 ヒバナの狙いに気付き、狙われた相手に注意喚起しようとしたヴィヴェカ。

 彼女は訳の分からないうちに地面へうつ伏せに倒れ込んでしまっていた。


(何が……まさかアイツ……!)


 服と顔を土で汚しながら、ヴィヴェカは自分の足が向いている方向へと憎しみに染まった目を向ける。

 その視線の先には遠くでこちらへとまっすぐ杖を向けているシズクの姿があった。


「こっちは最初からスタンドプレイのつもりなんてないのよ。残念だったわね」

「……おねーさんたちの絆が為せる業ってワケなんだ」


 シズクに向かっていた氷魔法と彼女が戦っていた相手を火魔法で攻撃していたヒバナが、今度は地面に倒れ伏している敵に照準を定める。


「【レイジング・ブレイズ】!」

「見せつけてくれちゃって……さ!」


 ゆっくりと起き上がろうとする彼女に烈火が迫る。

 だがその軌道は彼女が作り出した空間の歪みによって僅かに逸れた。


「そっちの方が楽しみがいがあるよねぇ!」


 掠りそうなほどにギリギリの場所で魔法を避けたヴィヴェカは大鎌を振り被り、ヒバナに向けて勢いよく投擲した。

 それを火魔法で迎撃するヒバナは嫌な予感を覚え、サイドステップを踏む。

 すると迎撃したはずの大鎌が横方向から現れて彼女が元居た場所に突き刺さっていた。


「何度も同じ手をっ!」


 背後に気配を感じたヒバナは振り向き様に術式を展開した杖を向ける。


「つーかまーえた」


 左腕をまっすぐ伸ばしているヴィヴェカに至近距離から杖を突き付けたところで、ヒバナの動きがピタリと停止する。


「楽しいお人形遊び、はじめよっか」


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