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55 蒼天を貫いて

 ノドカとのデュオ・ハーモニクスで先行した私は遠くの方に黒い影を見つけ、接近を試みた。

 そして近くまで来た時、その全長100メートルは超えるであろう巨体を目にすることになる。

 巨大な鯨という話で私たちも巨鯨(きょげい)と呼んではいたが、まさか本当に6枚の翼を生やした空飛ぶ鯨だとは思ってもみなかった。

 しかし、ここまで連戦だったせいか随分と傷があるように見える。所々胴体の鱗も剥がれ落ちているし、翼なんて6枚のうち2枚は半分以上が欠けてしまっていた。

 それでも悠々と飛び回れるのは反則だと言うほかないが。


『お姉さま~あれ~!』


 私が巨鯨の観察を続けていると、ノドカが視界の中に映る小さな人影を示した。

 どうしてこんなところにいるのかという疑問はあるが、人がいるのなら助けないわけにはいかない。


「【ディフュージョン・ストーム】!」


 魔力を込めていた矢を番え、一気に解き放つ。

 幾重にも枝分かれした矢は私が思い描いた通りの軌道で巨鯨へと襲い掛かった。

 これまでの戦いによる影響か、鱗が大きく抉れた傷跡に捩じ込むように命中させたつもりだが……目立った効果はない。


「硬い……!」


 それを横目で確認しながら高速飛行で巨鯨の脇を抜け、相手からの反撃も全て回避した私は、先ほどの人影を横から攫うように抱き留めた。

 近付いて分かったが、人影の正体はどうやら私と同い年くらいの女の子のようだ。


『す、すごい傷~……』


 ノドカも非常に驚いているということが手に取るように伝わってくる。

 よく見ると少女の体はボロボロで左腕も酷い折れ方をしていた。

 足には奇妙な魔導具も装着されていることから、彼女がこれを使ってどうにか巨鯨と戦っていたのだと推測できる。

 ――この子を抱いたままでは戦えない。

 そう考えた私は眼下の村を見る。どうやらパニック状態のようでとてもじゃないがこの子を預けられるようには見えない。

 そのため、仕方なくコウカたちとの合流を目指した。


 幸いにも、私たちのトップスピードの方が巨鯨のスピードよりも速いらしく、その巨体の横を通り抜けながら離脱することができたのであった。




    ◇




 ミラン達スレイプニルに乗り進行していたコウカたち5人と無事に合流して、腕の中で意識を失っている少女をみんなへと託す。

 そこで衝撃の事実が、少女の状態を素人知識で診察していたシズクの言葉により発覚する。


「この人……あの皇帝じゃない……?」

「えっ……どうして……」


 たしかによく見るとあの傲慢なグローリア帝国の皇帝のように見える。

 髪も今は酷く汚れてくすんでいるが、洗えばあの黄金へと戻るのだろう。

 そんな皇帝がどうして1人で戦っていたのかはハッキリしないが、今はそんなことを気にしている暇もないのが実情だ。

 シズクの見立てによると、彼女は急激な出血と骨折の激しい痛みで消耗し、意識を失っているのではないかということであり、応急処置を施したのちにどこかへ預けられそうなら預けるつもりとのことだった。

 それを聞き届けた私は巨鯨を倒しきるため、再び魔力の翼を展開して空へと飛び立つ。常に遠くの方にあの巨体が見えているため、探す手間も掛からない。


 私は全速力で巨鯨の元へ急行、テネラディーヴァに矢を番える。今度は先ほどとは違って威力を分散させず1本に集約したものだ。

 少しでも有利な状況を作るために同時に眷属スキル《カンタービレ》も発動させた。歌は全てノドカに任せ、私は戦闘そのものに集中する。

 そうして放った矢は巨鯨の鱗が剥がれた部位を狙ったものだったが、敵も巧妙で鱗のある部分で傷跡を庇ってきた。

 だが鱗を貫くことには成功し、その巨体を抉る。

 ――この敵、ただの邪魔(ベーゼ)じゃない?

 最初から少し妙だと思っていたが、今の一撃ではっきりとわかった。翼が欠けているのにあれほど自由に飛び回るのだ。

 体中が傷ついていたとしてもそれを意に返さず、血も流さないこの敵の正体は間違いなく“傀儡”だ。

 傀儡は今までの経験上、体のどこかにある弱点となる部分を破壊するまで活動を続けるアンデッドだ。

 ただでさえ大きくて倒すのが困難であるのに、この巨体の中からそれを探し出して破壊するというのは困難を極める。


『お、重い~!』


 攻撃もその一撃一撃が非常に重い。反撃として撃ち出された風弾を風の結界で弾きつつ、私は思考を続ける。

 仕方がないとはいえ、空中戦を繰り広げなければならないのも苦しい。飛行に魔力を持っていかれ、思うように強力な攻撃を放てないからだ。

 巨鯨の猛攻がそれに拍車をかける。

 見た目以上に俊敏で強力な弾幕を張っている巨鯨の攻撃を掻い潜って攻撃に転じるには速さと正確な姿勢制御、そして魔法防御が肝要だ。

 こんな状態で有効なのは、鱗が剥がれ落ちている場所に攻撃を当てることだろう。

 だがその巨体から想像する以上に相手が俊敏なせいで、そこに攻撃を当てるのも至難の業だった。

 私たちだけでは有効な攻撃手段がないのなら、地上からダンゴかアンヤを連れてきて乗り込んで攻撃してもらう手もある。

 だがそもそも敵が空中を自由に動き回れる以上はすぐに振り落とされてしまうのがオチだ。


 ならば、と私は翼にターゲットを絞った。

 傀儡とはいえ翼を完全に失えば飛行できなくなることは経験則から理解している。地上に叩き落としさえすれば倒すことはそう難しくない。

 無数の風弾を掻い潜って突撃した私は素早く数本の矢を放つ。

 さすがの巨体、正確な狙いでなくともどこかしらには当たってくれる。しかし――。


『威力が~足りません~!』


 翼膜だからと甘く見ていた。こんな威力の魔法じゃ歯が立たない。

 悠々と宙返りをした後、こちらに急接近してヒレを叩きつけようとしてきた巨鯨を躱すと、凄まじい風圧が私を襲ってくる。

 だがこちらも風のエキスパート、この程度で制御を失うはずがない。

 体勢を立て直した後に反転して、離脱していく巨鯨の翼を捕捉する。

 そのまま反撃しようとした私だったが――すんでのところで思いとどまった。

 ――こんな一瞬で構築した魔法では焼け石に水だ。

 魔力を込め直し、より威力を増した一撃を放った。するとその攻撃は相手の翼膜を見事、抉ることに成功する。


『やった~!』


 小さいが確かな一歩だ。だがそれは束の間の喜びでしかなかった。

 お互いに動き回りながらの攻防で翼幕に攻撃を当て、傷付けてはいるのだが一向に相手の機動力は落ちる気配を見せないのだ。

 埒が明かない。このままでは火の霊堂に到達するまでに仕留めきれないじゃないか。


『危ない~!』


 何か有効な手段はないかと思考を巡らせていた私の意識は、ノドカの声によって現実へと引き戻された。

 彼女の警告に従い、真後ろに飛んで巨鯨から少し距離を離すと、巨大な尾びれが頭上から迫ってきているのが見える。

 回避が間に合わないと判断した私は、魔力の翼の出力をわざと弱めた上で風をクッションとして使うことで最大限、衝撃を受け流す。

 そうして若干怯みながら顔を上げた私の顔から、血の気が引いた。

 ――しまった!

 尾びれを叩きつけた勢いで体の正面をこちらへ向けた巨鯨が、その大きな口を開いて私に急接近していたのだ。

 衝撃で押し出されたことによる慣性も利用しながら体勢を立て直して、離脱を図る。

 だがこのままこちらを飲み込むつもりなのか、巨鯨の口が周囲の風を勢いよく吸引していくものだから少しずつ距離を詰められていく。


 逃げられないのなら、やるしかない。

 全速力で吸引から逃れるように飛び、少しでも時間を稼ぎながらテネラディーヴァの弦を引き絞る。口の中は体の表面に比べて柔らかいはずだ。

 集中して矢にありったけの魔力を込めていた私とノドカ。そんな状況だから、私たちの側方から迫る数発の風弾に気付くのが遅れてしまった。

 この溜めに溜めた魔力を防御に転用してしまえば、飲み込まれることは避けられない。


 ――そんな時だ。風弾が地上から到来した水弾に撃ち抜かれて消滅したのだ。

 間違いない、シズクの狙撃だ。地上からだいぶ離れているとはいえ、よく当ててくれたものだと思う。

 これで私は攻撃を止めないで済む。

 そうしてそのままギリギリまで矢に魔力を込めていた時、不意に吸い込まれる感覚が止んだ。

 だが開いた口の中で構築されていた術式を見て、相手が諦めたわけではないと悟る。敵は吸い込んだ風を一気に吐き出し、こちらを消し飛ばそうとしているのだろう。

 だがよく見ると、敵が構築した術式は一部が欠けて綻びを見せてしまっている。それどころか、口の中もボロボロで随分と抉り取られている部分もあるではないか。

 狙いは決まった。起死回生の一手はこれしかない。

 私は左腕を動かし、抉られている部分へと狙いを定める。


 不意に歌声を含む全ての音が消える瞬間があった。

 その静寂を突き破ったのは、私が弦を弾いた音だ。

 ――刹那、駆け抜けた疾風が巨鯨の体を食い荒らす。

 その影響で巨鯨の口から解き放たれる寸前だった術式が大きく歪む光景を最後に、私の記憶は途切れた。




    ◇




 目を覚ました瞬間、私の耳にシズクの言葉が絶え間なく浴びせ掛けられる。


「うぅ、もう! 目の前で魔力を暴発させるだなんて、本当に無茶したよね。ノドカちゃんの結界が間に合わなかったら大怪我どころじゃ済まなかったかもしれないんだよ?」


 どうやら私はノドカも巻き込んで意識を失っていたようだ。

 私の体の下敷きになっているクッションのようなこれは――アンヤの影か。

 色々と状況を探っていると、ご立腹な様子のシズクがグイッと顔を近づけてきて「聞いてる?」と問い掛けてきた。


「聞いてるよ……心配かけてごめん。でもあのタイミングじゃそれがベストだと思ったから」

「それは……そうだね、あたしもごめん。カバーしきれなかった」


 お互いが状況的にどうしようもなかった。

 結果として無事だったのだからグダグダ言っても仕方がないし、この件はこれで手打ちとする。


「ねぇ、ノドカ姉様も大丈夫だよね?」

「そうよ、ユウヒ。一旦、ハーモニクスは解除したら?」


 ノドカは私と同じタイミングで意識を取り戻していたようだ。

 ヒバナの提案通りにハーモニクスを解除すると、私の体の中からノドカがよろけながら出てきた。

 その体を一番早く動けたコウカが抱き留める。


「ノドカ、大丈夫ですか……?」

「うぅ~まだ~フラフラする~」


 首をぐわんぐわんと揺らすノドカは目を回しているだけのようだ。


「ノドカ、さっきは助けてくれてありがとう」

「いえいえ~……うぅ~……」


 まだ本調子ではないようで、コウカの腕の中に戻ってしまった。

 こんな呑気なやり取りをしているところなのだが、非常に気になることがある。


「ねえ、巨鯨はどうなったの? 倒せた?」

「……まあ、アレよね」


 ヒバナが指さしたのは空だ。

 視線を辿っていく――が何もない。いや、何かはあるのだが本当にアレなのだろうか。


「アイツ、どんどん上の方に行っちゃったんだよね」

「まるで逃げるみたいでしたね」


 どうやら見間違いではなかったらしい。高度がありすぎて、随分と小さく見えるのだろう。飛行機を見上げるとこんな感じだったかなという印象だ。


「ただ逃げているわけじゃないのが厄介だね。相変わらず、航路は東に取っているみたい」


 水魔法でレンズ状の膜を作って、それを複数枚重ねたもので空を見上げているシズクがそんなことを述べた。

 ということは私とノドカでは敵を倒すどころか、撃退することもできなかったということだ。


「すぐに倒しに戻らないと……」


 このまま野放しにはできない。

 霊堂を破壊されて邪神の力が復活するとどうなるかなんて、想像もつかない。だから絶対に阻止しなければならないのだ。

 だというのに、みんなは否定的だった。


「戻ったところでどうするの? 今度は倒せるとでも言いたいわけ?」

「主様とノドカ姉様はすごく頑張ってくれたけど、それでもアイツの口の中がズタズタでボロボロになっただけなんだよ?」


 結局、暴発させたところであの口周りに大きな被害を出しただけだったというのか。結果として対抗手段の選択肢を狭めてしまっただけではないか。

 それでも諦めるわけにはいかない。


「傀儡の弱点を突き止めて、ピンポイントで破壊すれば……」

「……方法がない。大きすぎてアンヤのスキルでも見通せなかった」


 そんな……アンヤの《アナリシス》で特定できなかったなんて。


「マスター、少し落ち着きましょう。焦っても、視野が狭くなるだけです」


 逆にどうしてみんながこんなに落ち着いていられるのかが不思議でならない。

 そんな心情を顔の表情から読み取られたのか、コウカがこちらを落ち着かせるような柔和な笑みを浮かべた。


「まだわたしたちも聞かせてもらってはいませんが、既にシズクがズバッと解決できるアイディアを考えてくれているんですよ」


 コウカは「ね?」とシズクへ振り返った。


「うん。ユウヒちゃんとノドカちゃんが起きるまでに2つ、ね」


 シズクの微笑む顔を見て、一気に肩の荷が下りた気がした。


「でもそのうちの1つは火の霊堂を攻撃するために降下してくる瞬間を狙うから、タイミングとしてはギリギリ。どうなっちゃうかも相手の出方次第。そんなヒヤッとする作戦は好きかな?」


 全員が苦い表情を浮かべたのでシズクは笑みを深くした。


「だったらもう1つの方だね。単純明快だけどだいぶ難しい方」


 シズクは自身の手のひらで顔に影を作りながら、空を見上げる。


「時間がもったいないし、準備しながら説明するけど……今日は雲もなくて絶好の狙撃日和だよね」


 そう口にしたシズクが最初に要求したのは私、そしてヒバナとのトリオ・ハーモニクスだ。

 ハーモニクス状態となり、声の主導権を握ったシズクが私の口からみんなへの説明を開始する。

 私とヒバナはすでに彼女の思考を受け取ってその全容を理解し始めているが、たしかにこれは単純明快で……だいぶ難しい。


「これからあたしたちはアレを狙撃して地上に叩き落とす」

「狙撃するって……アレを!?」


 高度として、地上1万メートルはくだらないだろう。

 それを魔法で狙い撃つとなると気が遠くなるほどの出力が必要だし、普通なら到底、術式を維持できるものでもない。


「多分、誰もやったことはないし、やろうともしなかったことだけど……あたしたちが力を合わせれば不可能はないって信じてる。そのための方法だってあたしがちゃんと考えた」


 フィデスとフォルティアを連結させ、水属性主体のフィデルティアとする。


「必要なことは魔法が届くまで術式を維持することと標的を貫けるだけの威力、あとは当然だけど正確な狙い。あたしの《アッチェレランド》で制御を、ひーちゃんの《クレッシェンド》で威力はカバーする。でもそれじゃ足りないから、みんなの力が必要なの」


 必要な項目の中で最も困難極まるもの、それは術式の維持を司る魔法制御だ。

 トリオ・ハーモニクスなので3人で制御することになるが《アッチェレランド》で術式構築を補助したとしても依然として厳しいままとなる。

 そのため私たちの制御も全て術式の維持に割り振り、スキル等で威力をカバーする形式をとるのだ。


「ノドカちゃんの《カンタービレ》で魔素を集めれば、あたしとひーちゃんのスキルの効果が高まる。だからノドカちゃんはいつもみたいに歌って?」

「せいいっぱい~歌います~!」


 ノドカの歌声を聞きながら、私は左膝を地面につけ、右膝は立膝の状態とする。

 そして左利きのシズクに合わせてフィデルティアを右腋で抱えるように構え、左腕で支えた杖先を空へと向ける。


「ダンゴちゃんにはこれからあたしたちが放つ魔法の中に、地魔法を粉々に砕いた粒子をどんどん混ぜ込んでほしいんだ。それで十分な貫通力を確保できるはずだから」

「やってみるけど、それだけで本当に大丈夫なの?」


 後は狙いだ。

 水魔法を使い、杖の柄に沿うように水のレンズを何枚も重ね合わせる。これは魔法で作ったスコープとなり、このスコープを通せば巨鯨の姿も随分と拡大して見える。

 しかしこれだけ拡大率が高ければ、少し手元がブレただけで大きく照準がズレてしまうので、動く相手を狙うのは現実的ではない。


「アンヤちゃんは影で体を支えて、ちゃんと狙えるようにしてほしい」

「……まかせて」


 次の瞬間、私の足元の影から現れた影が手足へと絡みつき、体勢をサポートしてくれる。

 さらにアンヤ自身もピトッとその体を私に密着させた。確かにこうして一緒にスコープを覗き込める方が都合も良い。

 これで準備は整った。


「あの……わたしの役割は……」


 たった1人、手順の説明中に一切名前が出なかったコウカが弱弱しく手を挙げている。


「え? 用意してないけど」

「――えっ」


 それだけ口にするとシズクは口を閉ざした。残されたコウカは虚を突かれた表情のまま固まる。

 シズクの考えが伝わってきて、ヒバナと一緒に苦笑いしているとくすくすという笑い声が私の口から洩れる。


「コウカねぇの出番はその後だから、少しだけ待ってて」


 狙いを定めること自体は私の役目だった。

 緊張はする、しかし不安は感じていない。だって、こうしてみんなに直接支えてもらえるのだから。


「なにを……するつもりだ……」


 不意に聞こえたその声はどこかに預けるタイミングが無く、ずっとエルガーの後ろに乗せていたという皇帝からだった。

 どうやら意識を取り戻したらしい。


「狙撃する」


 主導権を返してもらっていた口を使い、簡潔な言葉を返す。

 今は集中が必要だから、悠長に会話をしてはいられない。


「馬鹿な……どれだけ、距離があると思っている……」

「知らない。でもね、シズクはいつだって私たちにできるやり方を考え出してくれるんだよ」


 シズクができると思って提案してくれたのなら、それは私たちなら絶対にできることだ。

 なら信じればいい。


「無理とか、不可能なんかじゃないってこと……私たちの紡いできたものならやり遂げられるってこと、今から私たちの手で証明してみせる」


 皇帝が静かになったので、脇に浮いている激流の魔導書に記載されている目的の魔法へと目を通した。


『さあ、やりましょう』

『巨鯨討伐の1歩目だよ』


 構築した術式は緻密としか言えないようなものだった。

 だがその複雑さからもわかる通り、ここから生まれる水流は巨大な魔法で生み出す出力を凝縮したものなのだ。


「【コンプレッション・アビス・ブラスター】!」


 構築した術式から魔法を解き放つ。

 放たれたのはその術式の大きさからは想像もつかないほどの細い激流だった。

 その狙いは――翼だ。


「行けっ! 水流に乗るんだ!」


 ダンゴによる地魔法の粒子も無事に乗った。

 東に向かって進んでいく巨鯨の動きに追従して私もわずかに腕を動かす。アンヤのサポートを受けた照準は一切ブレることがない。

 あとはこの魔法を届けさせるだけだ。

 1000、2000、3000メートルと空気の抵抗を受けても一切勢いを衰えさせることのない激流が、凄まじい速さで巨鯨を目掛けて突き進む。

 大型の魔法を圧縮させた派生魔法だ。これくらいは造作もない。


『っつ……!』

『くぅ……!』


 距離が伸びれば伸びるほど、術式の維持が困難になっていく。

 でも届けさせなければならない。こうして重ね合ったみんなの力の結晶だ。


「届けえぇぇっ!」


 そして遂に――届いた。


『そのまま……!』

『やっちゃえ!』


 激流は翼を貫通し、ほんの小さな穴を開けた。

 でもこれで終わりじゃない。


「切り刻むッ!」


 腕を全力で動かし、杖ごと激流を操作する。

 だが凄まじい抵抗力のせいで肩が外れそうになってしまう。アンヤの影も手伝ってくれているが、それでも限界だ。


「主様!」

「マスター!」


 そんな私の両脇からダンゴとコウカも駆け寄ってきて、力を貸してくれる。

 私は《以心伝心》のスキルで狙いがブレないように感覚を共有して、2人の力を借りながら翼の切断を続行する。

 ――1枚目、2枚目……そして3枚目を切断した辺りで巨鯨が大きくバランスを崩して急速に高度を下げ始めた。


『やったわ!』

『次の工程! お願い!』


 山場は超えたといえるが、これで終わりではない。

 私はシズクの思考を受け取ると、それに従って次の工程へと移る。


「ノドカ! モジュレーション――デュオ・ハーモニクス!」


 再び、ノドカとのハーモニクス状態となった私はすぐ傍にいたダンゴを抱き抱えて飛翔する。


「わ、わわっ!?」

「飛びながら説明するから!」


 ここでの私たちの役割は巨鯨の落下地点を調整することだ。

 重力に従ったまま真下に落ちていったとして、あの巨体だ、そこが居住区域だった場合は悲惨なことになる。

 だから人気のない場所に落下地点を誘導する必要があった。

 これに関しては地上に残ったシズクとヒバナが次の工程で重要な役割を担うことになるコウカにも説明をしているはずだ。


「――要は全力でアイツを吹き飛ばしたらいいんだね?」

「そうだよ、私と一緒にね!」


 こういう純粋な力仕事はダンゴに頼るに限る。


 重力に従い、頭を下に向け落下していく巨鯨は生きているようだが、私たちが接近しても攻撃を飛ばしてこない。

 真下かは分からないが落下予測地点の付近には居住区らしきものが見えるため、やはりどこか別の場所に誘導する必要があることを確認する。

 ――よし、あの平地なら問題はないはずだ。

 相対速度を合わせてから、ハーモニクスを切り替える。


「モジュレーション――デュオ・ハーモニクス!」


 ダンゴとのハーモニクス状態となり、手に巨大なハンマーへと変形させたイノサンテスぺランスを持つ。


『主様、《グランディオーソ》を使うけど、重さは限界まで増やせないからね!』

「大丈夫! 私たちの力なら!」


 全力の質量強化が使えなくとも、私たちのハーモニクスで全長100メートルの巨体くらい動かしてみせる。


『そうだね! 全力だ!』

「【ガイア・インパクト】!」


 雄叫びを上げながら、今出せる限界まで質量と硬度を増幅させたイノサンテスぺランスを渾身の力で振るい、巨鯨の体を横から殴り付けた。


「いっけえぇぇ!」


 ――やった!

 反動で大きく後ろに持っていかれる私の体。心の中ではダンゴも歓喜の声を上げていた。

 あの巨体からすると僅かな距離だろうが、十分に役目は果たせたと言っていい。

 後は地上にいるあの子たちだけでどうとでもなる。


『この高さ……ちょっと怖いね』


 冷静になってみれば、空を飛べない私たちがこの高さから落ちているというのは結構、精神的に来るものがある。

 怪我をする、しないに拘らずだ。

 ――上、見ていようかな。

 この後は頑張って私たちとの距離を詰めようとしてくれているノドカと合流してハーモニクスを切り替え、ダンゴを回収するのがスマートだろう。

 姿勢を変え、うつ伏せから仰向けになると離れた場所にノドカが見える。

 地上に到達するまでまだまだ余裕はあるし、ゆっくりと待つことにする。


『いい天気だね』

「うん……こうなるとマントが邪魔だね」


 ずっと視界の上の方に陣取っている赤いマントが今ばかりは邪魔でしかない。凄まじい勢いで翻るからうるさいし。


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