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15 脅威

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 足をもつれさせた私に迫ってくる棍棒を見て、もうダメかと目を瞑った。

 だが直後に眩い光と衝撃音、そして後ろから首元が引っ張られるような感覚が襲いかかってきて、反射的に目を開く。

 すると私の視界に体の中心に丸い焦げ跡を付けた魔物の姿が飛び込んできた。

 どうやら腕の中のコウカが魔法を放つことで魔物の隙を作るのと同時に、アルマが私を後ろに引っ張ってくれたようだ。


「くっ、オーガだって……!?」

「オーガ……!?」


 私の襟元から手を離したアルマは腰から剣を抜きながら呟く。

 そんな彼女が呟いた単語に私は驚愕した。オーガは確か冒険者ランクCに匹敵する強さの魔物のはずだ。

 私たちのパーティはランクDが2人、そしてEとFが1人ずつ。先程の一撃で今までの魔物と格が違うのは一目瞭然である。あまりの恐怖に私の足は竦んでしまっていた。

 そして最悪なことに私たちは現在、オーガ2体を挟む形で分断されているのだ。

 オーガを相手にしているのは私とアルマだけではない。カリーノとヴァレリアンのほうでも状況は刻一刻と変化している。


「いやっ! ヴァル兄!」

「ぐっ、カリーノ下がれ!」


 悲鳴のような声を上げるカリーノと剣を持つオーガの攻撃を盾で防ぎながら、苦しそうな表情を浮かべるヴァレリアン。


「くそっ! カリーノ、ヴァル!」


 アルマはカリーノたちの声を聞いた瞬間、弾かれたように2人の元へ駆け出す。

 だが2人の元に辿り着くことは私たちが対峙しているほうのオーガが許さなかった。

 オーガは瞬時にアルマの進路上に割り込み、棍棒を振るってきたのだ。彼女は飛び退くことで棍棒を躱すが、その行動によって大きく後ろへ後退してしまった。

 そして宙を切った棍棒が振り下ろされた地面には大きな窪みができてしまっている。あんな攻撃を受けてしまえば、大怪我では済まないだろう。

 少し冷静になってきたが、頭の中は“まずい”という言葉で埋め尽くされそうだった。


 私たちの間では本来、手に負えない魔物が現れたときにはすぐに撤退する手筈となっていた。

 だが岩と2体のオーガによる奇襲であっという間に分断されてしまい、今も私とアルマ、そしてカリーノとヴァレリアンの距離はどんどん離されていっている。

 そのうえ、オーガは私たちの中で一番身軽で、冒険者としての実力もあるアルマでさえも振り切れないスピードを持っているのだ。

 もはや逃げ切れるわけがなかった。……だから、倒すしかないのだ。

 幸いにも、コウカの魔法でオーガに傷をつけることはできている。今までのように一撃で倒すことはできないが、それでも希望がないわけではない。


「アルマ、お前は目の前のオーガに集中しろ! カリーノは俺が絶対に守ってやる!」

「ッ! ヴァル……!」


 ヴァレリアンのほうも苦しそうだが、立て直したカリーノの魔法支援もあり、すぐにどうこうなるわけでもなさそうだった。

 そしてそれを見たアルマも少し落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「アルマ、まずは目の前のオーガを倒そう。コウカ、魔法でオーガに攻撃して!」

「簡単に言ってくれるね。でも、やるしかないか!」


 アルマが再び駆け出すのとコウカの魔法術式が展開するのはほぼ同時だった。

 コウカが生成した光の球がオーガに向かって飛んでいく。だが、オーガは光の球を棍棒の一振りで打ち消してしまった。

 最初に傷を付けられたのは至近距離であったためということもあったのだろう。だが諦める理由にはならない。


「コウカ、矢の魔法で攻撃しよう。そして一本ずつ時間差で、狙う場所も変えていって」


 一撃に期待できないなら、威力は下がっても手数で勝負する方が賢明だろう。

 私はコウカにカリーノが使っていた【ダーク・アロー】のような矢の魔法を使ってもらうように言った。

 さらに時間差で攻撃することに加え、別の部位を狙うことでオーガもこちらの攻撃を防ぎ辛くなるはずだ。

 私とコウカは《以心伝心》によって、触れ合っている状態だと意思の疎通が非常にスムーズでなるため、簡単な会話でも伝えたいことを強く念じればしっかりと余すことなく意思を汲み取ってくれる。


 そしてお願いした通りにコウカは頭、胴体、膝、肩、肘、手首などバラバラの狙いで一本ずつ、光の矢を飛ばしてくれた。

 アルマはすでにオーガの攻撃に当たらないように注意しながら、攻撃の隙を窺っている。そこに放たれたコウカの矢が迫っていった。

 オーガの膝を狙った矢は棍棒によって打ち消されるが、すぐさま肩を狙った次の矢が迫る。……当たる寸前という所で体を捻られたせいで避けられてしまったが。

 しかし、この戦いはコウカ1人で戦っているわけではない。

 オーガがコウカの魔法に気を取られている間に背後に回り込んだアルマの一振りの剣がオーガの首元を切りつける。


「くっ、硬いか! それに浅い!」


 アルマの剣は確かに首を捉えたが、残念ながら致命傷とはなり得なかったようだ。

 だがこの間にもコウカの魔法による攻撃は続き、ついにオーガの脇腹に傷をつけることに成功した。


「このままどんどん撃って! あと、アルマには当てないようにね!」


 勢いは完全にこちらに向いていた。

 耐えきれなくなったオーガが動き回ることで回避する戦い方に変えようとしてもコウカが逃げ道を塞ぐように攻撃し、その隙にアルマが攻撃するなどして着実に傷を増やしている。

 致命傷となる部分は避けられているものの、このままいけば勝てると思っていた。

 ――ところが、その勢いはすぐさまひっくり返されることになる。


「ぐあっ、くそっ!」

「――ッ!? あぶなっ!」


 防戦気味だったオーガががむしゃらに振り上げた棍棒がアルマの右手に持っていた剣を掠め、弾き飛ばしてしまったのだ。

 そして飛ばされた剣は回転しながら私の近くの地面に突き刺さり、それに驚いた私は木の根に足を引っ掛けて転んでしまう。


 そこからのアルマの動きは明らかに精細さを欠いていた。

 元々、アルマの戦い方は利き腕である右手に持つ剣をメインとし、左手の剣はあくまで補助として使っていたのだ。だが、今は左の剣1本で戦っている。

 地面を大きくへこませることができるオーガの一撃だ。おそらく、掠っただけでも、相当な痺れが右腕を襲っているのだろう。もしかすると怪我までしているのかもしれない。

 そのため、たとえ右手に剣を持ち替えたとしてもまともに振ることができないものだと考えられる。


 ここまではアルマとコウカの連携でなんとか優勢に盛り返してきた。アルマとコウカ、そのどちらかが欠けてはこの戦い方は上手くいかない。

 どうするか考えなければならないことは分かっているのに、焦りによって思考さえ上手くまとまりはしなかった。


「ッ! コウカ……冗談だよね」


 コウカが前に出たがっている。私も思いついたものの、すぐに捨てた考えだ。

 確かに至近距離からの魔法の攻撃なら避けることは難しくなる。だがアルマですらいっぱいいっぱいなのに、それよりもスピードで劣るコウカが戦えるわけがない。

 それらを理由に私はコウカの考えを否定しようとした。でもコウカが強く訴えてくるのだ。

 私はこの覚悟を踏みにじっても良いのだろうか、このまま勝てるかどうかも分からない戦いを続けていてもいいのだろうか、などと様々な葛藤が頭の中を渦巻いていく。


 ――いや、私も覚悟を決めるべきなんだ。


「わかった、いいよ。でも、私も一緒に前に出るから」


 だがコウカから伝わってきたのはとても強い否定の意思。


「なんでっ……!?」


 いや、本当は分かっているのだ。この戦いが始まった時からずっと、ある一つの意思がコウカからは感じ取れていた。

 ――守りたい、コウカはそう思ってくれている。だから私が危険を冒すことを認められないのだろう。でもコウカ自身は危険を冒しているのに、それはあんまりではないだろうか。

 結局、私は何もできずにただ見ていることしかできないのか。こんな気持ちになるのならいっそ――。

 だが無情にもコウカは私の手の中を離れ、魔法を放ちながらオーガへと向かっていく。


 私を置いていってしまう。


「お願い、いなくならないで……」


 私はその後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。




    ◇◇◇




 現在、アルマは苦戦を強いられていた。


(くっ、僕の攻撃に見向きもしないなんて!)


 オーガは利き手を負傷したせいで大して脅威でもなくなったアルマの攻撃をほぼ無視するような形で、飛んでくる魔法を捌いている。

 それに加えて、攻撃のチャンスがあると踏んだ時にはアルマに対して棍棒で攻撃を仕掛けてくるのだ。


(腕、早く治ってくれよ……っ!)


 オーガの攻撃が掠めた際に負ったアルマのダメージは幸いにして強く痺れる程度のものであったが、未だ回復の兆しを見せてはいない。


(体力が尽きたら、終わりかな……アレ、まだ完成していないけどやるしかないか?)


 オーガとのギリギリの攻防を続けてきていたアルマは体力、精神共に酷く疲弊していた。

 だが足の動きを止めてしまえば、その瞬間にはオーガの攻撃が彼女の体を叩き潰してしまうだろう。

 アルマは大切な妹と幼馴染の顔を思い浮かべ、体力が尽きる前に逆転の一手を打とうとする。たとえそれが危険の伴うものだとしても。

 だが――。


「君、どうして……!?」


 ユウヒの眷属であるスライムのコウカが単独でオーガのすぐ近くまで来て、魔法による攻撃を仕掛けているのだ。魔法を避けきれなかったオーガが苦しそうな声を上げている。

 驚いたアルマはユウヒの様子が気になり、後ろを確認する。

 そこには尻もちをついたまま、どこか茫然としている少女の姿があった。


(これは彼女の指示じゃないのか?)


 未だ近距離でちょこまかと動きながら魔法を浴びせ続けるコウカ。手痛い攻撃を受けたオーガの敵意は小さなスライムへ集中していく。

 次の瞬間にはオーガは鬼の形相でコウカとの距離を詰め、棍棒で叩き潰そうとしていた。その様子を見てしまったアルマが悲鳴のような声を上げる。


「危ない!」


 棍棒はコウカの頭上へとまっすぐに振り下ろされるが、コウカは軽く横に飛ぶことで回避し、お返しとして魔法で反撃した。

 しかし怒りに囚われているとはいえ、目の前の敵に意識を集中しているオーガにはすぐに反応され、飛び退くような形でその魔法を回避される。

 だが間髪入れずにアルマが放っていた透明の刃によってオーガの背中が切りつけられた。


「【ウインド・エッジ】!」


 先程までは格上の相手との至近距離における戦闘であったため、アルマに魔法を使う余裕はなかった。

 しかしオーガの注意がコウカに向いている今はその余裕が生まれ、浅いとはいえ確実なダメージをオーガに与えることに成功したのだ。


「僕を無視すると、痛い目を見ることになるけど?」


 疲れた表情で息を乱しながらも、不敵な笑みでオーガを挑発するアルマ。


(とは言っても、そんなに連発もできないんだけど)


 オーガくらいの相手に傷を付けるとなると、それなりの威力を持つ魔法を発動させなければならない。

 だが魔法の威力、範囲のどちらを強化するためにもより複雑な術式を構築し、コントロールしなければならないため連続で使うことができない。

 先ほどのアルマは現時点で使用できる魔法の中で最も強力なものを使った。しかし、その結果はオーガの背中を浅く切り裂ける程度のものでしかなかった。

 このことから、それ以下の魔法を使って魔法の攻撃頻度を上げたとしてもほとんどダメージを与えられないと考えられる。

 これがカリーノなど、ある程度魔法を使い込むことで魔力レベルを高めている人間なら結果も違ってくるだろうが、剣を主体として戦ってきたアルマの魔法レベルは低い。


(……あんな威力の魔法を撃ちまくっている、あのスライムって異常だよね)


 一般的にスライムはとても珍しいが、弱い魔物だと言われている。

 現にコウカの使っている魔法もアルマの使った魔法よりもレベルが低いものである。

 しかしその魔法の威力はアルマのものより高く、連射速度に関しては比べ物にならないほどの差がある。


 結局、その後もオーガの注意はほとんどコウカへと向いていた。

 コウカは器用に体を動かし、オーガの棍棒と拳による攻撃をギリギリのところで躱していく。

 だが何度目かの攻撃でオーガが薙ぎ払った棍棒を避ける際、やむを得ず大きく飛び跳ねる形となってしまった。

 当然のことながらスライムとはいえ、空中では自由に身動きすることはできない。


 無防備を晒すコウカにオーガの拳が迫る。


「コウカぁぁ!」


 ユウヒの悲鳴のような声が辺りに響き渡った。


 だが1秒が10秒にも100秒にも感じられる時間の中でそれは起こった。

 突如、コウカが眩いほどの光に包まれたのだ。

 そしてその光が弱まると、中からは姿を変えたコウカが現れた。以前より一回り大きくなり、少し色が薄くなった体には時折、稲妻が迸っている。

 次の瞬間、コウカの体に纏わりつくように発生していた稲妻が幾重にも重なることによって球体が形成され、その球体から眩い光がオーガへと降り注いでいく。


 やがて光が収まったとき、体の所々が炭となったオーガの体が地面へと崩れ落ちた。


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