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45 月夜に舞う

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 邪族(ベーゼニッシュ)によって築かれた城の廊下には数多の血だまりができている。

 それらほぼ全ての中心には、事切れて地面に転がる双頭の魔犬の存在があった。


 薄暗い廊下を炎弾が照らす。

 それが向かう先にいるのは黒の意匠を纏った少女だ。彼女こそが炎弾を放った魔犬たちの同胞を葬った張本人なのである。

 少女――アンヤは迫り来る炎弾に怯むことなく駆け出すと眼前まで迫ったそれらを一刀のもとに打ち払おうとする。

 そしてその刀が炎弾に触れる瞬間、輝きを増した刃は炎を完全に打ち消した。

 勢いを衰えさせることなく魔犬に肉薄したアンヤが刀を振るうが、魔犬は地面を蹴ってそれを回避する。

 だがアンヤはまるで予見していたかのように無駄のない動きで実体化させた影のナイフを3本作り出すと、それらを左手の人差し指から小指の間で挟み込むように持ち、投擲した。

 器用にも投げられたナイフのうち2本は双頭の魔犬の頭部それぞれに突き刺さり、残った1本も胴体に深く突き刺さった。


(……来る)


 絶命した魔犬が地面に倒れ落ちるよりも早く、その仲間たちがアンヤに息をつく暇も与えずに動き出していた。

 ――最初に動きを見せたのは2体の魔犬だ。それらはアンヤに向かって同時に飛び掛かろうとしている。


(潜る……? いえ、抜け道ならある)


 影の中に潜って逃げるという選択肢を捨てたアンヤは、飛び掛かってくる魔犬の動きに合わせた軽やかなステップでその攻撃を避けると、すぐさま反撃へと移る。

 そうして刀を振り抜こうとしたアンヤだったが、そこを狙いすましたかのように別方向から数発の炎弾が撃ち込まれた。

 やむを得ず、霊器“月影”が持つ性質で打ち消すが決して反撃の手を緩めたわけではなかった。

 彼女は月影と鏡写しのような形状をした影の刀を左手にも生み出すと、それを逆手で振るい、すぐそばにいた魔犬の首を刎ねた。

 さらに近くにいたもう1体の魔犬が再びアンヤの喉元に噛みつこうとしてきたため、アンヤは体を捻り、掠めるかというギリギリのところでこれを回避。

 お返しとばかりにその首を蹴り上げると、もんどり打って空中に投げ出される魔犬に向かって、今度は左手の中にあった影刀を順手に持ち直し、投げつけた。

 影刀は空中で鋭利な刃そのものに形状が変化し、標的となった敵の無防備な胴体を引き裂く。


 飛び散った血と肉片がバラバラと落ちる中、次の標的に目を向けたアンヤであったが、予想外の展開に眉をひそめることになる。


(……退いた?)


 先程まで殺意をむき出しにして襲ってきていた魔犬たちが一斉に反転し、廊下の奥へと後退していくのだ。

 恐れを抱いたとしては些か不自然だった。

 これまでに多くの魔犬を葬ってきたが、それでも怯まずに向かってきたそれらの殺意が急に怯えへと変わるというのには、状況的に適していないように感じられた。


(……誘っているの? でも乗る必要はない)


 もしアンヤを誘い出すための罠なのだとしても、足止めの為に戦っていたアンヤとしては追撃する理由がないに等しい。

 退いてくれるのならそれでもいいかと、腑に落ちないながらも刀を鞘に納めようとした――その時だ。


「――ッ!?」


 これまでで一番大きな揺れが城を襲い、アンヤのいる城の一角が崩落を始める。


 揺れが襲ってきた瞬間、影の中に潜って落下してくる天井から身を守ったアンヤ。

 やがて彼女が影の中から出ると、眼前には荒野が広がっていた。アンヤは今、崩落した瓦礫の上に立っているのだ。

 すっかり風通しの良くなった城の壁から外を眺めていたアンヤの視界に、荒い息を吐く巨大な龍の頭が映り込む。


「……さすがに、冗談であってほしい」


 邪龍の吐息が髪を揺らしているような状態で見つめ合う両者。

 少し視線をずらせば、遠くで件の女性のような上半身を持つ珍しい邪魔(ベーゼ)が周囲に魔犬を侍らせており、その他にも魑魅魍魎が蔓延っているような状況だった。

 邪魔(ベーゼ)たちは邪龍がいる限りは恐れを抱いて手を出して来ないのであろうが、絶体絶命というに相応しい状況には変わりない。


(……でも、どれほど困難な状況でも――)


 絶対に諦めるつもりはない。そうアンヤは強く自分の心に誓う。

 霊器“月影”の刀身が輝きを増した。今は月の出ていない暗い夜であったが、その輝きはまるで月の光を受けているように明るく、そして優しかった。


 ――その時、月影の輝きに呼応するかの如く雲間から光が漏れ出した。

 閃光が瞬き、光の雨が降り注いだかと思うと次の瞬間には光線が大地を薙ぎ払っていく。


「ぁ……」


 空を見上げた先――雲を吹き飛ばした中心で悠々と広げられた翼。

 月光を背に受け、白銀の鱗を輝かせているその神々しい姿。


「……シリス……ニェーク……」


 共に困難を乗り越え、友誼を結んだ(とも)の存在がそこにはあった。


 強大な光魔法に蹂躙され、城の周辺に集まっていた邪魔(ベーゼ)が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。……ただ一体、邪龍を除いて。

 シリスニェークを睨み付けている邪龍は咆哮を上げると、逃げるどころか真正面から突撃していった。シリスニェークもまた、急降下の姿勢をみせると上昇してくる邪龍に向かっていく。

 激突した両者は弾き出されるように地上へと叩きつけられた。


「……シリスニェーク!」


 飛び出していったアンヤが地面に転がる龍へ近寄っていく。

 龍は彼女に視線を向けたが、何も言葉を発さずに起き上がった。その正面には同様に転がっていた状態から起き上がった邪龍の姿がある。

 それを見て、自分のやるべきことを認識したアンヤは切っ先を邪龍へと向けた。


「……何としても、アレを倒す。協力……してくれる?」


 言葉の代わりにシリスニェークは咆哮を上げた。

 それを肯定と受け取ったアンヤがシリスニェークの顔を見上げて目を細める。


「……ありがとう」


 アンヤは切っ先を通して邪龍を見据えた。

 敵は強大だ。協力するとはいっても、アンヤの力でどれほど太刀打ちできるのかは分からない。


(……せめて、シリスニェークが戦いやすいようには……してみせる)


 漆黒の鱗という堅牢な鎧を打ち破る手段を持ち得なくとも、アンヤには月影が持つ無二の力がある。


 ――そして、2体の巨龍が動き出すのは同時だった。

 互いに口の中で術式を構築した両者はそれぞれが持つ属性の魔法を放とうとする。


(……今!)


 邪龍が聖龍の愛娘にしか意識を向けていないタイミングを見計らい、アンヤは模倣した1本のナイフを生成し、邪龍の口元を目掛けて投げつけた。

 その投擲の直後、アンヤの姿が溶けるように消える。否、ナイフの中に潜り込んだのだ。

 数秒後、ナイフが邪龍の構築した術式目前まで迫った時、アンヤは影の中から飛び出して霊器“月影”を振るった。

 術式を狙って振るわれた一閃は忽ちのうちに術式を崩壊させ、霧散させることに成功する。

 そして攻撃する手段を失った邪龍に強烈な光が迫っていく。正面から受け止めるつもりだった邪龍はこれに成すすべなく焼かれることとなった。


 だがシリスニェークが放った光の奔流を受けたとしても、未だ邪龍は健在だった。

 体表の鱗が焦げ、所々剥がれ落ちてはいるが、それでも邪龍は立ち上がろうとして戦闘の意志を示し続けている。


「パルィフ」


 大気を僅かに揺らすような振動はシリスニェークが邪龍に投げ掛けた言葉によるものだ。


「あなたはおかーさんの友達。ここで大人しく帰るというのなら見逃すの」


 邪龍の目をまっすぐ見つめて言葉を掛けるシリスニェークであったが、当の邪龍は敵意を滾らせるだけだ。


「やっぱり、もう届いてはいないの……」


 彼女は悲しさを滲ませた声を上げた。


「アンヤ。その剣、魔力を斬るものだと見受けるの」

「……ええ。魔素であったら何でも斬れる」


 突然、呼びかけられたことで驚きながらも、シリスニェークの見解に訂正を入れるアンヤ。

 それを気にした様子もなく、龍は毅然とした態度でアンヤにある頼みごとをする。


「ならその剣を使って、あの邪龍を殺してほしいの」

「……いいの?」


 先程のやり取りから邪龍とシリスニェークの関係を知ったアンヤは窺うように龍を見上げる。


「龍として理性を失って暴れまわるなんてパルィフも望んでいないはずなの」


 だがシリスニェークは毅然とした態度を崩さなかった。


「それで……できるの?」

「…………できる」


 アンヤは悩んだ末、正直に答えた。

 今の状況であれば可能であることを彼女は確信していた。そして、自分たちの未来の為にはこの邪龍を打ち倒さなければならないということもだ。


「なら頼んだの」

「……わかった」


 会話が終わるとシリスニェークは咆哮を上げ、邪龍へと突撃する。それに合わせるようにアンヤも駆け出した。

 組合いながら地面を転がって攻防を続ける2体の龍。アンヤはその内の1体に己の得物を突き立てた。

 堅牢な鎧を失い、表皮が剥き出しとなった部分に刃が易々と突き刺さる。その状態でアンヤが軽く腕を動かすだけで龍の体から肉が削げ落ちていく。

 魔物の肉体を構成している物質には魔力が含まれている。それを月影の性質によって斬ってしまえば、魔力を打ち消されたその部位は自然と崩壊する。

 斬る必要がある以上は刃が通らなければ意味がないが、一度通ってしまえば硬度や密度など関係なく斬れてしまう魔素特効の性質といえた。


 暴れる邪龍の体はシリスニェークが押さえつけている。体格にほとんど差がないため、ダメージが蓄積していっている邪龍ではその拘束から逃れることができない。

 血を失い過ぎた邪龍の動きは次第に緩慢なものへと変化していく。

 そしてアンヤの刃が胴体の中心にまで及んだ時、龍の力の源であり魂が宿ると言われている龍玉が露になった。

 澱んだ魔素に侵され、黒く濁った龍玉をシリスニェークが力一杯引き抜くと邪龍は遂に――絶命した。


「……この龍玉はせめてユウヒと一緒に砕いてやってほしいの」


 手の中にあるそれを見つめてシリスニェークが呟く。

 邪龍に堕ちた聖龍ミティエーリヤの魂が最後に解放されたように、このパルィフという龍にも解放されてほしいというのがシリスニェークの願いだった。

 その願いを受けたアンヤは《ストレージ》の中にその龍玉を納める。そのまま放置しておくと良からぬことが起きる可能性もあったからだ。

 その点、時間も経過しない《ストレージ》の中なら安心といえた。


「……シリスニェーク。ますたーたちが中にいる……人のいるところまで乗せていってほしい」

「それくらい、お安い御用なの」




 その後、影のスレイプニルに乗ったコウカたちが外にいるシリスニェークの姿に非常に驚いていたがそれはすぐの喜びへと変わり、彼女との再会を祝いながらその背中に乗った。

 ユウヒたちを乗せたシリスニェークは人々が戦う邪魔(ベーゼ)たちを軽く薙ぎ払ったのちに地上へと降下していく。

 邪魔(ベーゼ)たちは龍が現れたことで後退していったため、この場所での戦闘は一旦終わりを迎えたのだった。




   ◇◇◇




 地上に降り立つ頃には魔力がある程度回復したユウヒの容態は安定していた。

 それに伴い、コウカたちへの魔力供給も再開したので彼女たちの表情も次第に和らいでいく。だがユウヒが失った体力は戻っていないので、依然として無理のできない状況ではあった。


 龍が降り立つ場所から少し離れた場所では自然と人だかりができている。

 彼らはその龍を警戒する素振りを見せていたが、その背中から救世主一行が降りてきたことと龍自身が幼げな少女の姿に変わったため、非常に驚きながらも警戒を解いた。

 ノドカとダンゴは自分の足で歩き、ユウヒはコウカに負ぶさりながら人々のいる場所に向かって歩いていく。

 その後ろでアンヤと並び歩いていたシリスニェークが彼女たちに問い掛けた。


「なんだか、よくわからない状況なの。ユウヒは苦しそうでヒバナとシズクがいない。どうなってるの?」

「ボクはどうしてシリスニェークがここにいるのかが不思議なんだけど」


 状況を擦り合わせる必要があると認識した彼女たちであったが、それは後回しにせざるを得ない状況となった。


「アンヤ!」

「アンヤちゃん!」


 人混みの中から、ヒバナとシズクが駆け出してきたからだ。

 コウカやダンゴたちはそれを見て微笑みながらアンヤへの道を開けるのだが、アンヤ自身はどこか気まずそうに、状況が掴めておらず佇んでいたシリスニェークの陰にそっと移動する。

 だが頼みの綱であるシリスニェークにまで避けられてしまったため、彼女は2人の姉の視線に晒されることになった。


「この……バカぁぁーっ!」

「ッ!」


 ぎゅっと目を瞑ったアンヤを襲ったのは2つの衝撃だった。


「うぐぁっ!?」


 その直後に背中にも強い衝撃が走ったため、アンヤが姉たちに抱きしめられるような状態で地面に押し倒されていると気付いたのはその少し後だ。

 しっかりと体に腕を回されており、アンヤは身動きを取ることができない。だが戸惑いながらも彼女は姉たちの体に手を添える。

 2人の顔はアンヤの体に埋められ、その表情を窺い知ることはできなかった。

 だが次第に服が湿り気を帯びてきたことと嗚咽が聞こえてきたため、アンヤは目に見えて慌て始める。


「ぇ……あ……な、泣いて……?」

「泣くに……泣くに決まってるじゃない!」

「ご……ごめん、なさい……」


 顔を上げたヒバナに気圧されるアンヤ。

 ヒバナとは対照的にシズクはアンヤの体に顔を埋めたままだが、彼女も静かに涙を流しているようだ。


「もう会えないかと思うと怖くてたまらなかったわ……」

「……アンヤも、同じ」

「でもこうして感じ合える。また一緒にいられる。それがただ嬉しいの」


 ヒバナが「そうでしょう?」とアンヤに問い掛けると彼女もまた頷いた。


「シズもそうやって匂い嗅いでばかりいないで、帰ってきたこの子に何か言ってあげないの?」

「ぇ……匂い……?」


 ヒバナがシズクに掛けた言葉の中に含まれていた単語に反応するアンヤ。

 彼女は姉がまさかそんな行動をとっているとは想像しておらず、その表情は困惑を表していた。


「本当にアンヤちゃんなんだなって安心して……言うのが遅れてごめんね。おかえり、アンヤちゃん」

「私もちゃんと言ってなかったわね。おかえり、アンヤ」

「……ぁ、ただいま……シズク姉さん、ヒバナ姉さん」


 涙の跡を残した笑顔を向ける2人に困惑していたアンヤもどうにか対応する。


「アンヤちゃん……」

「私たちのこと……」


 初めて名前を呼ばれて、本当に嬉しそうな2人の姿に気恥ずかしさを覚えたアンヤは既に先程の疑問を綺麗さっぱり忘れていた。

 シズクがアンヤの上から退き、それを見たヒバナも続く。

 そして先に立ち上がったヒバナがアンヤに手を差し伸べ、その手を取った彼女を引っ張る。

 だが引っ張り上げる際、勢いが良すぎたためにバランスを崩したアンヤの体は、ヒバナによって受け止められていた。


「おっとと」

「……ありがとう」


 伏し目がちに礼を告げると、アンヤはヒバナから体を離す。

 すると目の前にいる姉から改まった雰囲気で呼び掛けられ、手をポンと頭に乗せられる感触を覚えた。

 アンヤが驚いて視線を上げるとそこにはヒバナと彼女に寄り添うシズクがいた。両者ともにその表情はどこか優しい。


「アンヤちゃん、大きくなったね。もうあたしたちとそんなに変わらないのかな」

「おかげさまで撫でづらくてかなわないわ」


 そう言いながらも、ヒバナはアンヤの頭を撫でる。

 撫でられる側は為されるがままそれを享受しており、その様子を見てフッと笑ったヒバナであったが、不意にバツが悪そうに目を伏せた。


「辛かったでしょ……よく頑張ったわね」

「ぇ……」


 思わぬ言葉を投げ掛けられたアンヤは瞬きを繰り返すばかりだ。

 そんな彼女に対して、今度はシズクが語り掛ける。


「アンヤちゃん……もう、いいんじゃないかな?」

「あなたもダンゴに似て強がりなのは知っているけどね。少しくらい、弱いところを見せたっていいじゃない。家族なんだもの」


 瞠目するアンヤが撫で続けられている光景を後ろから微笑ましそうに見守っていたシズクの表情が悪戯っ子のような笑みへと変わり、ヒバナの耳元に口を近づける。


「ふふっ、ひーちゃんも大概強がりだよ?」

「なっ……言ったわね、もう……!」


 ビクッと肩を揺らしたヒバナが振り返り、ジトっとした視線をシズクに送るが、やがてため息をつくと肩を竦めて苦笑を浮かべた。

 そこでヒバナはアンヤを撫でていた手を止めていたことに気付き、視線を末妹に戻そうとした――その時だった。

 ボスン、と彼女の胸に僅かな衝撃が走る。

 慌てて胸元を見下ろすと彼女の視界に濡羽色の頭頂部が映ったため、ヒバナは驚く。


「アンヤ、あなた……」

「……っ」

「……そう」


 胸に顔を押し付け、姉の服をギュッと握り締めてすすり泣くアンヤの頭をヒバナは優しく抱きしめた。

 アンヤが己の胸の内を語ることはなかったが、ヒバナに抱きしめられると彼女はこれまでの溜めに溜めた感情を吐き出すように泣きじゃくった。


「もうあなたの悩みを見過ごしてしまうことがないように……そばにいて」

「あたしたち、まだまだ頼りなくて未熟者だけど……それでもアンヤちゃんのお姉ちゃんだから」


 シズクはヒバナに寄り掛かりながらアンヤの髪を優しく撫でる。するとアンヤも手探りでシズクの来ているローブの裾を掴んだ。

 シズクは驚きながらも自分からアンヤへとさらに寄っていく。

 今やアンヤだけではなく、一度収まりかけたヒバナたちの涙も再び溢れ出していた。

 それに感化されたダンゴも目を潤ませる。


「え~い!」

「わっ!?」


 そんなダンゴを3人の方に押し出したのはノドカだ。彼女は押し出された勢いのままアンヤたちに引っ付いたダンゴを見てニコニコと笑っている。

 だが、今度はそんな彼女が加わる番だった。


「ほらノドカも来なさい」

「え~、わたくし~……?」

「ノドカちゃん、変に遠慮しちゃう時があるでしょ?」


 シズクにそう指摘されたノドカは一瞬固まり、狼狽え始めた。


「えっと~うぅ~……そうだった~?」


 口元に右の人差し指を当て、悩んでいたノドカだが思い当たる節がなかったのか、その悩みの発端となった発言をした姉へと問い掛けるようにしたようだった。


「何となくだけど。最近になってからだよ、もしかして気付いてなかったのかな?」

「そんなつもり~なかったけど~……ぁ……あうぅ~」


 どうやらノドカは思い当たる節が見つかったようだ。

 彼女はシズクに手招きされるがまま、とぼとぼと4人の輪に近付いていく。


「顔色を伺う前に、甘えん坊は素直に甘えていなさいな。あなたはダンゴとアンヤの姉でも私たちにとっては妹なんだから」

「別にボクにも甘えていいからね。今日みたいにさ」


 泣き笑いをしながら発せられたダンゴの言葉にノドカは手で顔を覆った。


「恥ずかしいから~……あんまり言わないで~……」

「えー、すっごくかわいかったから大丈夫だよ!」

「わたくし~お姉さんなのに~!」


 抗議しながら近づいていったノドカはそのまま態勢を低くして、彼女たちの輪の真ん中に頭から突っ込んだ。


「って、体を捩じ込んでくる必要はないでしょ!? ちょっと、もう!」

「だってこうして~みんなに挟まれていたほうが~あたたかいですから~」

「さっきまで恥ずかしがっていたくせに何なのよ!」


 下から無理矢理体を捩じ込んでくるノドカに対して、ヒバナが非常に迷惑そうに騒ぎ立てる。

 だが諦めてしまったのか、それとも間に挟まっているノドカの幸せそうな笑顔を見て馬鹿馬鹿しくなったのか、次第に呆れ顔へと変化していった。

 同様にノドカの顔を見てクスっと笑ったシズクは振り返り、残りの2人へも手を伸ばす。


「ユウヒちゃん……コウカねぇも」


 コウカが背中に乗っているユウヒに顔を向けると頷かれたので、彼女もまた頷き返す。

 そしてユウヒを体の正面に抱き直すと、妹たちの元へと踏み出していった。


「お待たせしました、シズク」

「コウカねぇをじゃなくて、ユウヒちゃんのことを待っていただけだよっ……」


 2人が来るまでの間ずっとそちらへ向かって手を伸ばし続けていたシズクにコウカが微笑みかけると、シズクはプイッと顔を逸らした。

 そんな彼女の姿を見て、ユウヒと顔を合わせて困ったように笑い合うコウカだが、目の前で繰り広げられている妹たちのやり取りを見て感慨深そうに呟く。


「これで……元通りになれたんですね」

「ふーん、コウカねぇはそう思ってるの? まさかそれ、本気で言ってるわけじゃないよね?」


 一度逸らした顔が再びコウカの方を見ていたかと思うと、その表情はどこか挑発的なものへと変わっていた。

 しばらくの間、目を瞬かせていたコウカもやがて合点が言ったのかすぐに言葉を訂正する。


「そうですね。わたしたち、きっと前よりも家族に近付けましたね」


 その回答にシズクは顔を隠しながら満足そうな笑みを浮かべた。


 ――そうして全員が集まり、密着し合う中でヒバナが言葉を発する。


「今回の件ではっきりとわかったわ。私たち、もう離れられない」

「どうしようもないくらい求め合っちゃってるもん」

「でも別にいいですよね。ここはわたしたちにとっての居場所で、こんなにも心が温かいんですから」


 彼女たちの間に巣食っていた邪悪な影は去った。

 彼女たちは照らす月の下でお互いを唯々求め合う。




「……ますます状況が掴めないの」


 完全に状況についていけていない龍を残して。


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