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44 安寧を齎す夜

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 ユウヒとの再契約に伴い、コウカたちと同等までの進化も果たしたアンヤ。

 彼女の得物もまた新たな姿となり、顕現していた。


「霊器“月影(つきかげ)”」


 “朧月”から“月影”への再誕。かつて不可視というヴェールに包まれていた刀身が鞘からその姿を現す。

 その美しい刀身は周囲の光を反射し、自らも白銀に輝いているように見えた。




「どうだ、精霊! 手も足も出ないかァ!」


 一方、ユウヒがアンヤとの再契約を交わすまでの間、邪族(ベーゼニッシュ)との戦闘を繰り広げていたコウカは常に劣勢に立たされてしまっていた。


「くっ、こんな相手に……!」


 かろうじて動ける程度の魔力しか残っていないコウカが振る剣は非常に弱く、敵の短剣にも簡単に圧し負けるほどだ。

 それでも立ち向かい続けるのは大切な人たちを守るためだった。


「ヒャハハハ、ここで精霊とあの女を仕留めれば、俺様の邪帝昇格は確実だァ! 【ダークネス・ピアース】!」


 3発の闇の塊がコウカを貫かんと放たれる。


「チィッ……ぐぁっ!?」


 コウカも2発目までは横へ弾くことで防いだものの、3発目は正面から受け止める形となり、体が後方へと弾き飛ばされる。

 上手く受け身も取れず、地面を転がったコウカはどうにか剣を支えに起き上がるが、そこに敵からの追撃を受けることになってしまう。


「しぶてぇ。だがこれで終わりだァ! 【ダークネス・ネビュラ】!」


 凝縮された闇がコウカに迫る。

 最後まで諦めるつもりのないコウカだが、どうしようもないことは明白だった。

 ――だが、視界に広がっていく闇の中に一筋の光が差し込んでくる。


「バカな……!?」

「アンヤっ!」


 突如、霧散した闇の中から現れたのは霊器“月影”を手にしたアンヤだ。

 吸血鬼の男は驚愕を示し、コウカはまるで自分を守るかのように立つその背中を見て、歓喜を表情一杯に表現する。


「……ありがとう。後は任せて……

「アンヤ……っ! はい、あとはお願いします……!」


 姉と呼ばれたことで感極まり目を潤ませるコウカ。

 反対にアンヤの表情は真剣そのものだ。彼女は切っ先を吸血鬼の男へと向ける。


「てめぇ……裏切るつもりか……」

「……裏切る? アンヤは……あなたたちの仲間になった覚えは、ないっ!」

「ちっ、死に損ない風情がァ!」


 激昂した男が闇の弾幕を張るが、そのどれもが一刀のもとに切り払われる。

 スッと刀身が通り抜けていった魔法が、裂けた後に霧散していく。


「俺様の魔法を……斬ってる、だとォ!?」


 目を見開いた男の表情が、直後に目の前で起こった現象により、さらに驚愕の色に染まる。

 彼の前でアンヤが影魔法による数発の刃を飛ばしたかと思えば、突如としてその姿を眩ませたのだ。


「消えた!? いや、ちげぇ!」


 驚いてみせた男だが、すぐに思考を切り替えるとその目の前で起こった現象の原因を突き止めた。

 影の刃を避けた男はそれらが通り過ぎていった後も警戒を続け、あろうことか術式を構築して魔法まで向けはじめる。

 ――その直後、影の刃の中からアンヤが飛び出した。

 彼女は自分が生み出した影の中に潜んでいたのだ。そしてそれを同じ闇属性を持つ者として、男はすぐに見切っていた。


「もらった! ぐあっ!?」


 すでに術式は完成して狙いも定めている。後は発射するだけだというところで男は鋭い痛みに顔を顰めた。

 わざわざ探るまでもなく男はその痛みの原因を確認できた。己の短剣によってできた影から伸びた影魔法が男の手首を貫いていたのだ。

 男たち吸血鬼に影はない。だがその得物は別だ。

 小さな影ではあるが、それを利用して攻撃することも今のアンヤには造作でもないことだった。


 怯んだ隙にアンヤは男へと肉薄する。

 そして刀を振り被ると男の構築した術式を一刀両断にした。


「術式が……!?」


 男への攻撃としてアンヤの蹴りが繰り出され、男の体は後方に弾き飛ばされた。

 そこに追撃として影の刃が迫る。男は魔法と短剣を駆使してどうにかそれを退け、すぐさま体勢を整えた。


 ――そうして2人の間で睨み合いが続いていたが、不意にアンヤは短く息を吐くと踵を返す。


「……あなたは、邪帝にはなれない……」

「何だとォ……!? ナメるなよ出来、損ない……が…………ぁ?」


 男は信じられないといった様子で自分の体を見下ろす。

 その視界には己の胸を貫く巨大な影が映っていた。

 そしてその影を辿っていくと、彼の短剣によって弾き飛ばされたものの、依然として実体化したまま地面に突き刺さっていた影の刃へと行き着く。

 だが直後に口から大量の血を吐き出した男は何が起こったのか、理解が及ばぬまま絶命した。


 それを後目で一瞥したアンヤは膝を突いてこの戦いを見守っていたコウカへと急いで駆け寄り、自らもその傍で膝を折った。

 彼女は心配するような顔つきでコウカの顔色を窺う。


「……大丈夫?」

「ええ……ギリギリでしたけど。アンヤが助けに来てくれましたからね……」


 コウカの呼吸は荒い。ユウヒへの侵蝕が治まっているとはいえ、彼女の体にはまだまだ魔力が足りていないのだ。

 当然、精霊たちに供給できる魔力も不足しているので彼女たちは魔力切れギリギリの状態を維持したままだった。

 だが苦しい状況にもかかわらずコウカの表情はどこか晴れやかだ。

 彼女はアンヤに微笑みかける。


「おかえりなさい、アンヤ」

「ぅん……ただいま」




 その後、肩を貸してもらって立ち上がったコウカたちはユウヒの元へと歩いていく。

 ユウヒはすっかり体力を失っていることと一難去って安心したからか、まだ荒いながらも寝息を立てて微睡んでいた。


「……困りましたね。わたしもマスターも今は動けそうにありません。外の状況次第では、ここでしばらく休むことになりそうですけど……アンヤ、この城にはあの男以外に誰か?」

「……たぶん、いないと思う」

「なら、外で敵を足止めしてくれているダンゴとノドカを呼んで、どうにか休める環境を作りましょう」


 ユウヒの状態から見てもダンゴとノドカの2人が現時点において無事であることは明らかだったが、常に戦い続けているであろう2人の状況が芳しくないことは容易に想像できた。


「……わかった。すぐに2人を――」


 言葉を紡ぎながら立ち上がったアンヤが部屋の出口まで向かおうとした――その時だった。

 城全体を揺るがすような大きな揺れが彼女たちを襲う。


「……っ!?」

「まさか、2人に何か……!」

「……行ってくる!」


 突き動かされるようにして駆け出したアンヤは謁見室を飛び出すと、まずは外の様子が探れる場所を探した。

 するとテラスを発見したので、そこから身を乗り出して辺りを見渡す。

 テラスから見えるのは月光のない戦場で戦闘中の人々が辺りを照らす光や魔法の輝き。そしてそれに照らされた邪魔(ベーゼ)たちだ。

 広範囲に渡って戦いを繰り広げている人間たちだが、城まで近づいてきている者はいない。

 だが城のすぐそばにも大量の邪魔(ベーゼ)が押し寄せてきており、近くで誰かが戦っていることは明白だった。


 そうしてアンヤが辺りを見渡していると双頭の魔犬の群れを発見する。

 さらに注意深く観察すると、その群れのさらに奥深くに人間の女性のような上半身を持ちながら、下半身には脚の代わりに6頭の犬の体をくっつけたような姿をした邪魔(ベーゼ)の姿も視界に飛び込んできた。

 怪訝な表情を浮かべたアンヤはその存在をジッと観察する。だが彼女がそれを見つめているとき、それもまた血のように赤い目でアンヤをジッと見つめ――ニヤリと笑った。

 言い知れぬ悪寒を覚えるアンヤであったが、すぐにそれを振り払う。

 そして視線を逸らした――その時、この場に似つかわしくないとある強大な存在を目の当たりにした彼女の顔つきが一変した。


「……っ!」


 居ても立っても居られなくなったアンヤは脇目も振らずにテラスの縁へと手を掛け、空中にその身を投げ出す。

 風を全身に受けながら着地したアンヤは即座に駆け出した。

 そして今にも崩れそうになっている城壁の外側に出た彼女はその強大な存在と相対する2つの人影を見ることになる。


(ノドカ……ダンゴ……!)


 膝を突いている少女――ダンゴの前に立っているのはノドカだ。

 彼女は目の前にいる強大な邪龍に対してその身一つで妹を守るために立ちはだかっていた。

 だが振るわれた鋭利な爪は風の結界を容易に突き破り、その衝撃を間近で受けたノドカは後方へと勢いよく吹き飛ばされてしまう。

 ダンゴがその体を受け止めることには成功したものの、彼女たちは絶体絶命の窮地に陥っていた。


 邪龍はその2人に向かって巨大な口を開く。そしてその邪龍の中で膨れ上がった魔力は口を通して外へと放出される。

 その仄暗い炎の奔流は城壁ごとダンゴたちを飲み込もうとした――その時だった。霊器“月影”を持ったアンヤが炎と2人の間に割り込み、その炎を月の輝きと剣舞を以て凌ぎ切ったのだ。

 ノドカとダンゴから息を呑む音が聞こえる。

 だがアンヤはそれに応える余裕すらなく、邪龍を睨みつけていた。


(大きい……それにまだ、来る!)


 渾身の攻撃を打ち消された龍は怒り狂い、咆哮を上げる。

 さらに視線を逸らせば自分たちの元に急速に向かってくる双頭の邪魔(ベーゼ)たちの姿も認められた。


(守り切れない……なら……!)


 邪龍も再び攻撃を仕掛けてくる気配を見せていたので、このままでは後ろの姉たちも守れないと判断したアンヤは、その場で即座に反転して駆け出すと姉2人の腕を掴んだ。


「アン……ッ!?」

「何もしないでっ!」


 口を開きかけたダンゴを制し、そう口にしたアンヤは2人の体に魔力を流す。

 一瞬、反射的に抵抗したものの、言われた通りにその魔力を受け入れたダンゴとノドカの体が黒い影に覆われる。

 ――その直後、アンヤは2人と共に夜の闇へと溶け込んでいった。




 そうして影の中を潜航していたアンヤたちは城の壁すらすり抜けると、エントランスホールの影から外へと飛び出す。

 体を覆っていた影から解放されたダンゴとノドカは手を地面について息を整え始めていた。


「……この中なら、すぐには――」

「アンヤちゃん~! 本当に~アンヤちゃん~! うぅ~おかえりなさい~!」


 邪龍たちがいるであろう方向に顔を向けていたアンヤに対して、不意を突いたタイミングで抱き着いてきたのはノドカだ。

 彼女が自分の体を擦り付けるように力一杯アンヤのことを抱きしめてくるため、アンヤは小さく声を漏らした。


「はぁ……ほんとにアンヤ、なんだよね……」


 まだ苦しそうなダンゴがそう言ってアンヤの顔を見上げると、彼女はそれを肯定するために頷いた。


「バカ……勝手にいなくなるなよ……心配、したんだからな」

「……ごめん……」


 ダンゴもまた、アンヤの体を力強く抱きしめる。


「帰ってきてくれて本当によかった……もう勝手にいなくなるのはナシだからね……?」

「……ええ、約束する。ただいま、ノドカ姉さん……ダンゴ姉さん」


 お互いの体温を感じ合えるように彼女たちは体を密着させた。


「……んん?」


 しばらく3人での抱擁を続けていた彼女たちだが、やがて自然な形で離れるとダンゴがアンヤの体を上から下まで見回しながら口を開く。


「……あのさ、勘違いだったらいいんだけど……アンヤ、ボクより大きくなった……とかないよね?」


 神妙な面持ちのダンゴ。

 だがどこか縋り、懇願するような雰囲気を醸し出している。……頼む、否定してくれと。


「ぇ……」

「そう言われてみると~たしかに~……というか~明らかに~」


 そこまで口にしてノドカはスッ、と目を逸らす。それは火を見るよりも明らかだったからだ。

 並んで立つとノドカ、アンヤ、ダンゴの順に身長がほぼ等間隔で低くなってしまっている。当然、彼女たちがそれに気が付かないわけがなかった。

 憤慨したダンゴはビシッとアンヤに向かって指を突きつける。


「ぼ、ボクの方がお姉ちゃんなのに生意気だぞ! 縮んでよ、今からでもいいから縮めってぇ!」

「……り、理不尽……っ!」


 魔力不足による不調はどこへ行ったのか。飛び掛かり、頭のてっぺんから押さえつけようとするダンゴと抵抗するアンヤ。それを見守るノドカは困ったような表情を浮かべていた。

 ――だがそれも城を揺らす衝撃によって中断される。

 ハッとした表情でダンゴが外を睨みつけた。


「ここ、マズそうだね……」

「うぅ~しつこい~!」


 先程までダンゴたちと交戦していた敵が標的を見失ってもなお、城壁への攻撃を継続して行っているのだ。

 このままでは城本体まで攻撃の手が及ぶのは時間の問題だろう。


「……ますたーたちが奥の部屋に」

「とりあえず~そこまで行きましょう~!」




 頻繁に城を襲ってくる大きな揺れに抗いつつ、2人に肩を貸したアンヤはユウヒとコウカが休んでいる謁見の間の前まで無事に到着する。

 そのまま大きな扉を押し開け、内側を覗き込むと中にいるユウヒとコウカと目が合った。

 彼女たちはアンヤに支えられているダンゴとノドカの姿を見て明らかにホッとした様子を見せる。


「2人とも、無事でよかった……」

「大丈夫……? 怪我、とか……」


 満足に動けはしないものの発声には支障がないコウカと話すのも未だ苦しそうなユウヒ。


「えっへへ、体はこの通りピンピンしてる……とは言えないんだけどさ」


 自分の胸をトンと叩いて平気であることをアピールしようとしたダンゴであったが、少し体がふらついたため、アンヤに支えられながらバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。


「わたくしも~怪我はありませんよ~。ダンゴちゃんが守ってくれて~アンヤちゃんが助けに来てくれたから~」

「もう、何言ってんのさ。ノドカ姉様もボクのことを守ってくれたでしょ」


 ノドカを見上げ、ダンゴはムッとする。そんな妹に対して謝りながらノドカがその頭を撫でると、ダンゴの表情に笑顔が咲いた。

 それだけを見ると至極穏やかなやり取りではあるものの、酷く汚れた2人の姿が外での戦闘の激しさを物語っていた。

 そんな中、アンヤはタイミングを見計らって2人の体を下ろし、話を切り出すことにした。


「……なんとか、脱出したい」

「彼らに助けを求めることはできませんか?」


 コウカの言う彼らとはこの戦場で戦っている人間たちのことだ。

 そんな彼女からの問いに対して、アンヤは首を横に振る。


「……多分、無理。外にいる邪魔(ベーゼ)、その中には……龍がいる」

「ワイバーンですか?」

「ううん。飛竜じゃなくて大型の龍だよ、コウカ姉様」


 コウカの問い掛けに対して、アンヤと交代するように答えたのはダンゴだ。

 彼女もまた首を横に振ると、その龍に関して語り出した。


「コウカ姉様たちと別れて少し経った時だったかな、突然大きな龍が飛んできてボクたちを襲ってきたんだ。だよね、ノドカ姉様」


 ノドカはこくこくと頷く。


「それまで戦ってきた変な邪魔(ベーゼ)はさ、龍が来てからは遠くから見ているだけで何もしてこなくなったから良かったんだけど……」

「……変な邪魔(ベーゼ)?」


 アンヤが首を傾げた。


「うん。見た目は女の人の足にいっぱい犬がくっついてるような珍しいヤツなんだけど、守りを固めてなかったらホントにやばかったかもなぁ」

「魔法と~わんちゃんの攻撃が~ずっと続いてたの~」

「そう、1匹なのに2つ頭が付いた犬! その邪魔(ベーゼ)が引き連れてきたヤツらなんだけど数が多くて多くて……参っちゃうよ」


 ダンゴはヒバナがよくやるように肩を竦めてみせた。

 それを見てコウカがクスリと笑うが、すぐに表情を取り繕うと1つの疑問を投げ掛けた。


「見た目がまるで人間みたいなら、邪魔(ベーゼ)ではなく邪族(ベーゼニッシュ)の可能性はありませんか?」

「ないない、気配が違うもん」


 ダンゴがそう断言したため、その邪魔(ベーゼ)に関する話題はそこで打ち切りとなった。


「じゃあ、大きな龍ってどれくらいですか?」


 コウカは話を遡り、別の疑問を呈した。

 それに対してダンゴは身振り手振りを交えつつ説明する。


「光の霊堂で戦った邪龍よりは小さかったよ。多分、シリスニェークよりかは少し大きいんじゃないかな?」

「じゃあ、この揺れもその龍が原因ですか……」


 シリスニェークは聖龍と呼ばれていたミティエーリヤの娘だ。

 共に戦ったこともあり、数日間その背中に乗せてもらっていた経験のあるダンゴたちは、その大きさを正確に思い浮かべることができた。


「その龍、最初はなんか毒っぽいのを吐き出してきたんだけどボクたちには効かないって分かると火を吐いてきたり、体を思いっきり叩きつけてきたりで大変だったんだ」

「それを聞いているとつくづく、あなたたちが無事でよかったと思いますね」


 コウカはホッと胸を撫でおろした。


「でもそうなると、どうするべきか見当もつきません。この城ってどれくらい持つと思います?」

「えぇ、どうだろう……」


 彼女たちの間に沈黙が訪れる。全員で首を捻り、考えているが一向に答えは出ない。


「……多分、2時間も持たないと思う……」

「マスター……今は眠っていた方が……」


 苦しそうな呼吸を繰り返しながらも起き続けて話を聞いていたユウヒはコウカの提案をやんわりと断り、少しだけではあるものの自分の考えを話しだす。


「話を聞いていただけだから正確には言えない……けど。それも龍の攻撃だけの話……ほかに敵がいるなら、もっと短くなる。でもその前に――」


 その時、一際大きな揺れが城全体を襲った。


「何!?」

「――中に入ってくる、かも」

「えっ!?」


 コウカたちは騒然となる。ユウヒの懸念は当たっていたのだ。

 大きな揺れが収まったと思えば、今度は小さな揺れや足音などが聞こえてくる。それらは次第に大きくなり、遠くからは獣たちの声まで届いてきていた。

 音の聞こえ方から敵はエントランス付近から侵入してきたものと推測できる。


「ここじゃ、すぐに辿り着けちゃうよ!」

「だったらこの部屋を出て少しでも奥に!」


 コウカは敵が謁見の間に到達する前に、少しでも遠くまで逃げることを提案する。現状、こちら側の戦力として数えられるのはアンヤのみだ。

 仮にここにいるのが彼女だけであれば突破することも可能であるだろうが、ここには戦うどころか逃げることもままならない者たちが複数名いる。

 よってアンヤがサポートするような形で逃げ出すことが最善策だと考えられた。

 ――だがアンヤはそうは思ってはいないようだ。

 彼女は少し大きめの魔法術式を展開し、影でとある存在を模造したものを形作る。


「【シャドウ・イミテーション】」


 それは真っ黒な影の馬だった。その大きさやシルエットから、彼女がこの模造物を作成する際に思い浮かべていたのはスレイプニルだろう。


「……乗って。奥に行くくらいなら、問題ないはず」

「待ってください。アンヤ、何をするつもりですか?」


 ただ逃げるだけならアンヤが彼女たちを影の中に引き込んで移動すればいい。

 だがそうしないということは彼女には何かしらの思惑があることを示唆していた。


「……アンヤが敵を食い止める」

「無茶です! アンヤの魔力も今ある分が尽きれば無くなってしまうんですよ!?」

「たとえ無茶だとしても……! 姉さんたちはそんな無茶をしてでもこの場所に……アンヤを迎えに来てくれた。だからアンヤも……絶対にあきらめない……!」


 たどたどしい口調でありながらもその目に灯った意志は本物だった。

 それを見て、どうするべきか迷うコウカに横から声を掛けたのはダンゴだ。


「コウカ姉様、アンヤの言う通りにしようよ」

「ダンゴ?」

「ダンゴちゃん~?」


 首を傾げる姉2人に向かってダンゴは頷くと、今度はアンヤへと向き直った。


「帰ってくるんだよね?」

「……必ず」


 その問い掛けにアンヤは迷わずに答える。

 ダンゴはそれを見て満足げに頷くと、彼女の体を思い切り抱きしめた。


「ぁ……」

「アンヤなら絶対に大丈夫だ。なんてったってボクの妹だからね」

「……意味不明。だけど……ありがとう、ダンゴ姉さん」


 アンヤがそっとダンゴの背中に手を添えた。

 それを微笑ましそうに見ていたコウカは自分の迷いに区切りを付けると、抱き締められているアンヤに呼びかける。


「アンヤ、わたしたちのことを守ってください。お願いします」

「アンヤちゃん~がんばって~。わたくしも~歌って応援します~! 聞こえるかどうかは~わかりませんけど~」

「……ノドカ、敵にバレるといけないので歌うのだけは我慢してください」

「え~!」


 呆れるような視線を向けられてノドカがむくれる。

 彼女たちのやり取りによって場には和やかな空気が流れていたが、それも長くは続かない。着実に近づいてくる敵の気配が彼女たちを急かす。

 アンヤの補助で影のスレイプニルに乗り込む彼女たち。

 やがてユウヒの番になった時、彼女は心配そうな声音でアンヤに声を掛ける。


「アンヤ……」

「……ますたー……アンヤたちが一緒に生きていく未来、嘘にはしない」


 手を握る彼女にそう言われては、もう何も言えなかった。

 ユウヒはアンヤの手を指の腹でそっと撫でると、彼女に精一杯の微笑みを向けた。


「……気を付けて」


 アンヤ、そして彼女によって操作されたスレイプニルは同時に廊下に出ると、正反対の方向に向かって歩きはじめる。

 彼女にとっての長い夜は始まったばかりだ。だが彼女が迷うことはないだろう。

 ――輝きは常に夜道を照らし続けてくれているのだから。


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