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42 想いが紡ぐ道の先

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 私は毛布でグルグルに巻かれた状態で白いスレイプニル、エルガーの背中にお邪魔させてもらう。


「よろしくね、エルガー」


 声を掛けると彼は鼻を鳴らして応えてくれた。


「マスター、体は大丈夫ですか? 寒くもありませんか?」

「うん、今は大丈夫。心配してくれてありがとう」

「何かあったら言ってくださいね」


 後ろに座るコウカに私の体を預ける。

 今は春を過ぎて夏に近づいている季節であるにもかかわらず、こうして毛布に巻かれているのには理由があった。

 どうやら今のように慢性的な魔力不足は低体温を招くそうなのだ。それと余計な動きをして体力を消耗するなということで身動きが取りづらくなる毛布を巻かれている。

 そのため、普段私が乗っているミランは誰も乗せずに付いてきてもらう形だ。

 こうして落ち着いてくるとやはり魔力不足が原因で体調は優れないことに気付く。だが多少の不調は仕方がない。それはコウカやみんなもわかってくれている。

 これから少しずつ私は動けなくなっていくのだろう。みんなだって私以上に魔力に依存しているのにそれを満足に使えないだなんて大変に決まっている。

 余計な魔力は使えない。寄り道もできない。


「ごめんなさいね、ユウヒちゃん。本当は飛竜を貸してあげたいくらいなんだけど」


 そう言って私に話しかけてきたのは騎士団の制服に身を包んだミーシャさんだ。彼は先の戦いで殉職なされた聖竜騎士団の団長さんの代わりに暫定的ではあるものの新しい団長となった。

 本人はそのことに対して本気で拒否し続けていたそうだが、団員たちからの強い要望と他でもない飛竜から乞われたために再び騎士団に戻る決意をしたそうだ。


「仕方ありませんよ。昨日の今日ですから」


 昨日の激しい戦いの影響で自由に動かせる飛竜がいないのだ。

 彼らの力を借りられれば時間を短縮できるが、できないのならあるものだけで何とかしてみせるしかない。


「それを言ってしまえばあなたたちもよ。まだちゃんと休めてもいないのに」

「早くあの子に会いたいですから」


 そう言うとミーシャさんは困ったように笑う。

 そこで不意に足音が聞こえてきた。


「先輩! いえ、団長! 第一騎士団長がお呼びです!」

「すぐ行くと伝えて、カーティス!」


 どうやら彼との別れが近づいてきたようだ。大丈夫、ここに来ればまた会える。


「必ずアンヤちゃんと一緒に帰ってきて頂戴。悲劇はもう御免よ」

「はい、必ず」


 そうして彼と約束を交わした私たちは西へと向かうためにまずは北へと向かった。先日ここに来た道を再び戻るような形だ。

 最短ルートとなる険しい山脈を超えようとした場合、交戦は避けられないだろうし、もし戦うことがなかったとしても山脈を超えるために体力と魔力を大量に消費したらアウトだ。

 逸る気持ちを抑えてでも、今は確実な方法を取らなければならない。あとはアンヤがアンヤで居続けてくれることを祈るばかりである。


 死にたくない。死にたくないけど、もし死ぬのだとしてもあの子にもう一度、会ってからだ。

 もう離れない。最後まで私はみんなと一緒にいる道を選ぶ。




    ◇




「シズ、バッグから水を出してくれる?」

「水……水……《ストレージ》って本当に便利だったんだね。【インベントリ】がかかったアイテムバッグでもこうやっていちいち探さないといけないんだから。……あ、あったよ、はい」

「ありがと。保存もきかないのが面倒よね。私たちが便利なものに慣れちゃってるだけなのかもしれないけど」


 今のやり取りからもわかる通り、魔法を使わないで済む場所では極力魔法を使わないようにしている。

 また、少しだけ魔力を使う《ストレージ》の使用も最小限に止めてもらっているため、持ち物も教団から借りたアイテムバッグに入れていた。

 水もバッグの中だし、火を起こすのもそれ用の魔導具を使用している。

 不便ではあるが、アイテムバッグがあるだけマシなのだとは思う。


「ちゃんとしたお風呂に入れないのも久しぶりだなぁ」

「そうですね。いつの間にか入るのが普通になっていましたから。それよりもエルガーたちの世話を――」


 お風呂に入るためにも色々な魔法を使う必要がある。水の消費も考えなければいけない今は体を拭くだけに止めなくてはならない。


「お姉さま~何かほしいときは~言ってね~?」

「あはは、ノドカにそんなことを言ってもらえるなんてなんか新鮮だね」

「むぅ~ひどい~。お姉さまは~わたくしのこと~なんだと思ってるの~?」


 プクーっと頬を膨らませて拗ねるノドカの頭を撫でながら謝るとすぐに笑顔になる。

 こうして面倒くさがりなノドカからも気を遣われる始末だ。この子の場合、空気を読むのは上手いからその面倒くさがりがマイナス方向に働くことはほとんどないのだけれど。


「……このままだとあと2週間くらいしか生きられないって不思議だよね。こうして私はここにいるのに……」

「お姉さま~……」

「あっ、ごめんごめん! きっとそうはならない。アンヤの事も絶対に連れ戻すよ。それは分かっている。分かっているはずなのに……」


 この世界に来てようやくこんなにも素敵な子たちに出会えたのにまだ終わりたくはない。今もどこかでアンヤが苦しんでいるのかもしれないと思うと気が気でない。

 ちゃんと休むことは大切だとは分かっていても、気持ちだけはどうしても先走ってしまう。不安でたまらなくてつい弱気にもなる。

 こんなに弱気な私は見せたくなかったのに、みんながこんな私を受け入れて支えてくれるからどうしても甘えたくなってしまう。


「大丈夫ですよ~……? お姉さまは絶対に~独りには~なりませんから~」


 ほら、こうして温かい言葉をくれる。

 しっかりしろとか情けないとか叱咤されたり、失望されたりしてもおかしくはないのに。


「あつっ」


 不意に悲鳴が聞こえてきたため、私は飛び起きる。


「ひーちゃん、大丈夫!?」

「平気よ、平気。ほんのちょっと失敗しただけだから」

「ひーちゃん……」


 すぐに駆け寄ったのはシズクだ。

 ヒバナが調理中に失敗するなんてここしばらくはなかったはずだ。


「ヒバナ、大丈夫なの?」


 私は今いる場所からヒバナに呼び掛ける。するとすぐに彼女は手をひらひらと振って何でもないというジェスチャーをした。

 ――不安を抱いているのは私だけじゃない、か。




    ◇




 聖教国を出て今日で5日だ。

 私たちは未だキスヴァス共和国にも辿り着くことができていなかった。


「シズク姉様、この森を通った方が早く着くよね」

「そうだね……でも、街道を進んでいこう。距離もそんなに変わらないし、森で戦うことになっても嫌だから」


 こうして失ってしまうとノドカの索敵のありがたさがよくわかる。

 普段、戦いたくないなら探索魔法で探知した敵を避けるように移動すればいいが、魔力節約の為に使用していない今は森を通ることすら躊躇ってしまう。


「……マスター、眠いんですか?」


 コウカに少しうとうとしていることがバレたらしい。


「コウカ……? あ、うん……ちょっとね。でもまだ平気」

「魔力不足なんですから、無理はしないで休んでください。エルガー、できるだけ揺らさないように」


 また気を遣わせてしまった。でも日に日に体が重くなっている自覚はある。

 起きていられる時間も減ってきて、いつか眠ったまま目を覚ませなくなるんじゃないかという恐怖だってあるのだ。

 みんなと過ごす時間が減っていっていつか無くなってしまうのも嫌だ。だから極力、眠りたくはないのに。


「ここにいますから、安心してください」


 私の体はこの温もりに逆らえないのだ。




    ◇




「ラモードとキスヴァスの国境を越えたわよ、ユウヒ」

「ぇ……? あ……うん」


 いけない。また微睡んでいた。

 ここ数日、少しずつ呼吸もしづらくなってきた。それに寒い。


「もう少しだよ、主様。もう少しであの花畑があった場所に着くよ。アンヤに会えるんだよ?」


 花畑。朧月は恐らくあの場所を示している。

 キスヴァス共和国の西端……そこでやっとアンヤに会えるんだ。




 ――気付けば、私はまた眠ってしまっていたらしい。


「やっぱり夜中でも移動するべきだわ。このままじゃアンヤに会うまでユウヒが持たない……」

「でも、無理させて必要以上に消耗しちゃったら……」

「何もしなくても消耗していくのよ……! あの子、オートミールすら全部食べられなかった。あんなユウヒ見ていられないわ、アンヤだってずっと苦しい思いをしているかもしれないじゃないっ」

「ッ……だから、余計に無理させられないって話でしょ……」


 軽く言い争う声が聞こえたので、ゆっくりと瞼を上げる。

 どうやらここはテントの中のようだ。辺りを窺うともうすっかり夜だということも分かる。

 そうして私は今も外から聞こえている声に耳を傾けた。


「……コウカねぇはどっちなの。このまま今までのペースで向かってギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際に賭けるのか、少し無理してもらってでも早く辿り着くべきだと思うのか」

「ヒバナ、それはわたしたちだけで勝手に決めていいことじゃないでしょう。あの子たちやマスター自身の意見もちゃんと聞いたうえで決めないと」


 どうやら会話しているのはヒバナとシズク、そしてコウカのようだ。

 テントの中を見渡すとダンゴは私の腕の中に、ノドカは私を覆うように手を回していた。そして2人ともバッチリと目を開いて外の会話を聞いているようだ。


「ノドカちゃんとダンゴちゃんはまだしも……ユウヒちゃんに聞いたって、無理してでも行くって言うよ」

「ならそれでいいじゃない。間に合わないと私たちはあの子に会うことすらできなくなるのよ」

「分かってるよっ! でもあの衰弱の仕方は普通じゃないでしょ!? 瀬戸際に賭けるとかなんとか言ってたけど、最初からこれは賭けだってあたしは言ったよね!?」

「わざわざ分の悪い方に賭ける必要なんてないでしょ!?」

「分が悪いかどうかなんて分かんないよね!? おおよその推測しかできないんだからさっ! だから……だから……あたしだってわかんないんだよ……っ!」


 言い争いは激化する。


「シズク、声を抑えて。ヒバナも! こんなところでお互いに否定しあっていても仕方がないでしょう」

「そうやって中立ぶって自分の意見を出さないなんてズルよ! 本当は私の意見の方がいいって分かっているんでしょ!? ユウヒならそう言うでしょうからね!」

「ひーちゃん! コウカねぇの意見とか言っておきながら、ユウヒちゃんのことを出すのは違うよね!? それってただ自分に同調してほしいだけでしょ!?」

「いい加減にしてください! 姉であるわたしたちがバラバラでどうするつもりですか! あの子たちだって不安になるだけです! そもそもわたしはマスターの意見が絶対だと考えているわけじゃありませんから! あくまで全員で冷静に話し合って決めましょう、ってそう言っているだけじゃないですか!」


 もう既に冷静な話し合いなんてできていない。

 コウカは気遣ってくれようとしているが、ノドカとダンゴだってこの会話をしっかりと聞いてしまっている。


「ヒバナ、シズク……コウカも。こっち来て」


 テントの中から外にそう声を掛けると彼女たち3人が慌て始めた。あれだけ大声をあげて本当に気付かれないと思っていたのだろうか。少し笑みがこぼれてしまう。

 バツの悪そうに渋々テントの中に入ってきた2人とその後ろのコウカ。

 私は3人まとめて腕の中に抱き寄せた。


「ごめんね、不安にさせちゃったんだよね。私は大丈夫だからさ、先に進もう……お願い」


 焦っていたのは私も同じなのだ。彼女たちの予想通り私の答えは決まっていた。

 だというのにシズクだけでなく、その意見を推進していたはずのヒバナまでもが沈んだ表情を浮かべるのだから、この子は難儀な性格をしていると思う。


「どうせ私は寝ていることが多いからさ。それにエルガーは賢くて、案外寝心地いいんだよ。だから大丈夫」


 この子たちが唯々愛おしい。

 私の体温を感じて甘えてくれているのだろうか。あまりあちらから来てくれない子たちだから新鮮だ。お姉ちゃんとしての立場がそうさせているのだろうか。そんなの私は気にしないのに。

 ――来てくれないことの方が私は気にするよ。


「アンヤに早く会いたいね」


 今はそれだけを願う。

 どんな形でもいい。ただずっと一緒に――。




    ◇




「なんだか、物騒な雰囲気だね」


 私たちが目指す花畑の手前にある街。

 花咲かせ婆の最期を看取ったこの街では多くの物資が持ち込まれていて、今にも戦争をしますといった空気が漂っていた。

 でも遂にここまで来たのだ。私も眠ってばかりいられない。


「――ッ!? ……ゲホッ……ゲホッ……!」

「マスター!?」

「ユウヒっ!」


 久々に声を出そうとした瞬間、咽返って激しく咳き込んでしまう。そのせいですごく苦しいし、みんなも駆け寄ってきて酷く心配させてしまう始末だ。

 時間を掛けてどうにか落ち着いた私は何ともないとみんなに伝える。特にひどい表情を浮かべているヒバナには念入りに。

 この子に何の責任があるというのだ。少し前からこんな調子だったし、たまたまだ。そう、たまたま。

 ――その時だった。


「おい、救世主だ! 救世主が来てくれたぞ!」


 私たちの姿を見つけた冒険者の1人が大きな声で呼びかけたため、街中が沸き上がる騒ぎとなった。

 その熱気に当てられて頭がクラクラしてしまう。


「散れ、散れぃ! この件は我ら聖教騎士団が引き継ぐ。ギルドに所属する者たちは自分に充てられた仕事に戻れ!」


 そこへこの街に駐留していたのだろうか、見慣れた制服の騎士たちがやってきて冒険者たちを散らしてくれる。


「皆様、どうぞこちらへ」

「待ってください。わたしたちは――」

「御事情は存じております。ご安心ください」


 教団から話は届いているらしい。

 そのうえでこうして私たちをもてなしてくれるということは、アンヤの討伐はなかったことになったか保留となっているのだろう。


 冒険者に対する態度とは一転して、私たちには丁寧な物腰で応対してくれる騎士。

 彼らに付いていくと状況を説明された。


「かつて広大な花畑があったあの場所が約3週間前に邪神の軍勢によって落とされてしまったことはご存知かと思います。敵は占領したあの地において、10日足らずで前線基地を築き上げたのです」

「基地?」

「魔泉の中心地とされている地点に城を建築し、その周囲には大量の邪魔(ベーゼ)が蔓延っているという状況です。汚染された魔泉から生まれるものはその全てが邪魔(ベーゼ)なのです」


 敵は積極的に攻めてくるわけではないようだが、それもいつまで続くかわからないので冒険者とこの国の軍隊、そして聖教騎士団で戦線を築いているらしい。

 かといって下手に刺激するわけにもいかず、襲撃があった時に迎撃するのみで膠着状態が続いているのだとか。


「幾度かの襲撃の中に邪族(ベーゼニッシュ)らしき存在は確認できませんでしたが……」


 少し言いづらそうにしている騎士はやはりこちらの事情を知っているようだ。

 アンヤは戦場に出てきていない。だとしたらその城の中にいる可能性が高いか。


「ユウヒ、まだ感じるのよね?」

「うん……絶対にいる……」


 ずっと辿ってきた朧月の気配はその場所へと続いている。

 すぐそこだ。すぐそこにアンヤがいる。


「たとえ止められようとも、わたしたちはあの場所へ行かなくてはなりません」

「多分、邪魔(ベーゼ)を刺激しちゃうと思うんだけど……」


 コウカが固い意志のこもった言葉を告げ、ダンゴは少しだけ騎士を気遣うような気配を見せた。


「差し支えありません。我々はすでに戦う準備を済ませているのですから」

「でも街の連中は私たちに期待していたわ。一緒に戦わないことにはどう説明を付けるつもり?」

「救世主様と精霊様は敵の大将を討ち取るために敵の軍勢を単独で突破すると」




 ――そうして、騎士団との話し合いを終えた私たちはその足で花畑を目指して歩いている。


「あれが城だね……」

「すごい数の~敵です~……」


 あれだけ綺麗に咲き誇っていた花畑は今や見る影もなかった。

 元々、この花畑は大規模な魔泉から魔物が生まれるのを防ぐために作られたものだ。

 それが破壊された今、この場所が大量の邪魔(ベーゼ)が生まれる地へと変貌してしまっていることはある意味当たり前の話だった。

 あれらすべてを相手取ることは到底不可能な話である。

 みんなはあのニュンフェハイムの戦いで消耗した魔力を満足に補給することができないまま今日ここにいるため、全力で戦うことさえできないのだ。


「目標はマスターをアンヤの元に送り届けて、再び契約を結ぶこと。シズク、何か作戦はありますか?」

「……一応、ね。ひーちゃん」


 そう言って彼女はヒバナへと目を向けた。


「シズ?」

「あの城までの道はあたしとひーちゃんで切り開くよ。だから、あたしたちの命をみんなに預けてもいいかな?」


 どういうことだ。命を預けるっていったい……。


「……っ! 私とシズはここまでってことね」


 ヒバナもまたシズクの言葉に驚いていたものの、何かに気付いて納得したようだった。


「待ってよ、2人とも……! 何を言ってるのか……わかんないよ……」


 せめて私が納得できる説明が欲しかった。勝手に納得してそんな覚悟を決めたような顔をしないでほしい。


「あたしたちがここから今出せる最大火力で進路上の敵を一掃する」

「当然、今の魔力量じゃ全力でやると魔力切れギリギリになるけど、それが一番手っ取り早いかつ確実にあの城へ行ける方法よ」


 私は愕然とした。

 体を構成する大部分が魔力である彼女たちが魔力切れを起こすということは消滅を意味する。

 ギリギリだったとしても、もうまともに動くことはできないだろう。生命活動を維持するために消費する魔力だってある。


「そんな顔をしないの。死ぬつもりなんて微塵もないんだから」

「だったらなんで……そんな、無茶な方法……」

「信じてるからよ。絶対にあなたたちがアンヤを連れて帰ってきてくれるって信じているから、私たちの全てを託すの」


 ヒバナとシズクの目に迷いはなかった。

 2人の言っていることに嘘などないと分かる。彼女たちは本気で私たちを信じてくれているのだ。


「ユウヒちゃん、あたしたちに魔力補給しようなんて思わないでね。どんなに辛くても、あたしたちは大丈夫だから」


 魔力不足で苦しむ2人を見て、私は平常心でいられるだろうか。

 ……いや無理だろう。それを分かっているから、シズクは念を押してきたのだ。


「わかった……信じる、2人のこと……」


 大丈夫だと2人が言うのなら、私はその言葉を信じよう。




    ◇◇◇




「日が傾いてきてる……やるわよ、シズ」

「うん、ひーちゃん」


 塹壕から冒険者や軍人たちが見守る中、先頭に立つシズクとヒバナの2人が利き手に杖を持ち、反対側の手で魔導書を開く。

 彼女たちが杖を向ける先にあるのは荒野の中心にポツンと聳え立つ門戸を閉ざした堅城。

 そこまで続く大地には大量の邪魔(ベーゼ)が蔓延っている。


 誰も言葉を発しない中、聞こえてくるのは荒野を駆ける乾いた風の音と荒い呼吸音。

 それはコウカに背負われているユウヒのものだけではない。今、人々の先頭に立って開戦の狼煙を上げようとしている2人から発せられているものでもある。

 それでも彼女たちは術式の構築を続ける。

 ――そして遂に彼女たちの前に2つの巨大な術式が完成した。


「【ブレイズ・フェニックス】!」

「【アビス・リヴァイアサン】!」


 荒れ狂う奔流を制御する2人の腕はガタガタと震えている。

 圧倒的な力を持った魔力の怪物は全てを飲み込みながら堅城に向かってまっすぐと突き進む。

 そしてそれら2つの怪物は堅牢な門に食らいつき――破壊した。

 その光景を見た人間たちが沸き上がる。


「今です! わたしたちも!」


 敵陣にポッカリと空いた穴に飛び込むようにユウヒを背負ったコウカとノドカを背負ったダンゴが駆けだした。再び、邪魔(ベーゼ)たちが空いた穴を埋めるまでそう時間は残されていない。

 大規模魔法の制御を終えた2人の後ろからコウカたちが追い抜く。

 ――その時、コウカたちの後ろで何かが倒れる音が聞こえ、彼女たちは思わず立ち止まって振り返ろうとした。

 だが――。


「進み続けてッ!」

「立ち止まらないでッ!」


 2つの声に背中を押された彼女たちは再び全速力で走り出す。


 そんな彼女たちの背中を見送ったヒバナとシズクは全ての力を失ったかのように地面に体を預けた。


「精霊様!」


 すぐさま駆け付けた騎士が荒い呼吸を繰り返す彼女たちを塹壕まで運び出す。


「……そこで」

「いいから……」


 彼女たちの要望を受けた騎士たちが2人の体を地面に降ろし、ヒバナとシズクは塹壕の壁に並んだ状態でぐったりと背中を預けた。


「シズ、手を……」

「ん……」


 小さな手を重ね合った2人の表情は対照的だった。

 ヒバナは薄暗い空を見上げて眉を顰めると「今は2人きりだから言うけど……」と言葉を紡ぎはじめる。


「本当は、ずっと怖かった……」

「……知ってたよ」

「まるで、あの頃に戻ったみたい……」

「……でもあの頃とは……全然違う」


 シズクはヒバナの手をこれでもかと言うほど強く握り締めた。

 緩慢な動きでヒバナが顔を向けた先にあるのは澄んだ水面のようにどこか穏やかな表情のシズクだ。


「自分の命よりも大切なものなんて、ないと思ってた……」

「……全部、この場所に導いてくれた人のおかげ」

「あの頃よりも今の方がずっと怖い……けど……」

「……怖いだけじゃない。たしかに言えるのは――」


 ――今の方がずっと温かいってこと。

 人々が慌ただしく走り回る中、2人は誰に気付かれることなく、そっとその目を閉じた。




 一方、コウカたちは今も黙々と荒野を走り続けていた。

 再び敵が集まってくる前に何としてもここを突破しなくてはならないのだ。


「もう少しの辛抱です、マスター」

「……んっ……うん……」


 速度を優先しているため、揺らさないで走ることは不可能だ。弱りきった肉体にはこれでも相当な負担が掛かっている。

 しかしユウヒは意識だけは強く持ち続けていた。

 彼女の目はジッと門戸を無理矢理抉じ開けられた堅城を見つめている。

 ――そんな時だった。

 突如、後方から咆哮と共にヘルハウンドと呼ばれる黒い犬のような邪魔(ベーゼ)となった獣の群れが現れたのだ。

 それらの姿を尻目で確認したコウカが顔を顰める。


「もう来た! それに速い!」

「ッ、ボクが! ……ノドカ姉様!?」


 このまま行くと追いつかれるため、ダンゴは走りながら迎撃しようとする。

 だが彼女が後方に手を翳した時には既に肉薄しようとしているそれらの前には風の結界が展開されていた。


「わ、わたくしは~戦えないから~……これくらいしか~できないから~!」


 ヘルハウンドたちは接近させまいと展開される風の結界との衝突を繰り返しながら、少しずつ距離を詰めてくる。


「見えました、入り口です! ……なっ!?」


 コウカたちが見つめる先には確かにヒバナとシズクによって開かれた門戸があった。

 だがそこに黒いゴーレムたちが集まって食い破られたその部分を修復しはじめていたのだ。


「邪魔するなぁぁっ!」


 1人、雄叫びを上げて飛び出していったダンゴの手には戦斧と大盾があった。

 彼女はそのうちの右手に持った戦斧でゴーレムたちを殴り飛ばしていく。そして最後の1体の前で彼女は一際大きく戦斧を振り被った。


「【ガイア・ストライク】!」


 勢いよく吹き飛ばされたゴーレムは修復途中の門と激突し、それを破壊する。


「大丈夫ですか、ダンゴ!?」

「へーき、へーき。これくらい!」


 その時、後ろから再びヘルハウンドの唸り声が聞こえてきて、彼女たちは振り返った。


「くっ」

「【ガイア・スパイク】!」


 風の結界を突き破りながら飛び掛かってくる獣たちの足元から尖った岩が飛び出し、その体を貫く。

 だが敵はそれだけではなかった。周囲を見渡すと次々と邪魔(ベーゼ)たちが集まってきていたのだ。

 それらの行き手を阻むように風と岩、2種類の防壁が築かれる。


「はぁ……はぁ……行って! ここはボクが食い止める!」

「ダンゴ、まさか魔力が!?」

「少し息が乱れただけだって! まだ大丈夫だから!」

「……わたしが残ります! あなたはマスターを!」


 城中への追撃を阻止するためにここに残るというダンゴであったが既に呼吸が乱れ始めていることから、魔力の底が見えつつあることが分かる。

 そんなダンゴに対して、コウカは自分が代わりに残ることを提案した。この戦闘の目的はアンヤの元にユウヒを送り届けることなのだから。

 だが、その提案をダンゴは強い言葉で否定する。


「中に何がいるか分かんないでしょ!? だったら……コウカ姉様が行くべきだよ」

「でもっ」


 食い下がろうとするコウカとダンゴの前にノドカが割り込む。


「わたくしも~残りますから~……ダンゴちゃんだけを~1人には~しませんよ~」

「ノドカ姉様…………お願い、コウカ姉様! 主様を守って。それでアンヤを……!」


 毅然とした態度の2人。

 コウカからは背中しか見えていないが、彼女たちの意志が固いことは十分に理解できた。


「……はい、必ず!」

「……ダンゴ、ノドカ……無事でいてね……」


 コウカの足音が遠ざかっていく。

 防壁も直に破られるだろう。そう思ってダンゴが得物を構え直していた時、彼女の耳に探りを入れるような声色のノドカの言葉が届いた。


「ダンゴちゃん~迷惑じゃなかった~……?」

「えっ?」

「わたくしって~力がないから~守られてばかりで~……みんな~必死にがんばってるのに~……」


 ノドカは敵を打ち倒すことも満足にできない自分を口惜しく思っていた。

 そもそもヒバナやシズクが焦りから平常心を見失っていたようにノドカもこの状況の中で何も思わないわけがなかったのだ。

 綱渡りのような状況が彼女に直接的な力を求めるまでに追い詰めている。

 そんないつもと違う様子のノドカを見たダンゴは構えを解くと振り返り、励ますように微笑みかけた。


「……そんなこと言わないでよ。迷惑なんて絶対にありえない! ノドカ姉様はいっつもボクたちを支えてくれてる。だからいつもみたいに歌ってよ、姉様」

「ぇ……歌う~? でも~それだと~お姉さまが~……」


 眷属スキル《カンタービレ》の力を使えば、たしかにこの戦いは楽になるのかもしれない。

 だがそんなことをしてしまえば、衰弱しているユウヒにどんな影響があるか分からないというのがノドカの懸念だった。

 そんな姉の言葉に一瞬、キョトンとした表情を浮かべたダンゴが慌てて首を横に振る。


「ちがう、ちがう。スキルは歌の力で魔素を操っているだけ。ノドカ姉様の歌が持つ力はスキルのものじゃなくて、ノドカ姉様自身のものなんだよ」

「わたくしの~……力~……ほんと~?」

「ほんとほんと! だから、ね? 今だけはボクに姉様の歌を1人占めさせてよ」


 そう言って悪戯っ子のように目を細めて笑うダンゴにノドカは目をぱちくりとさせる。

 そして感極まったのか、ダンゴのことを思いっきり抱きしめた。


「~っ!」

「わわっ!?」

「たくさん~歌って~応援するからね~?」


 そう耳元で囁いたノドカがダンゴの体から離れ、歌い始めた。

 直後、防壁を突き破った邪魔(ベーゼ)たちが飛び出してくる。その邪魔(ベーゼ)をダンゴは大盾で受け止めては右手の戦斧で切り伏せていった。

 そんなダンゴ目掛けて今度は炎弾が数発飛来してくる。


「魔法!?」


 それに気付いたダンゴが咄嗟に盾を構えようとするが、それらは着弾するより前に風の結界により弾き返された。

 テネラディーヴァを奏でながら歌うノドカは器用に風魔法を使う。

 その歌とサポートを受けて戦うダンゴがノドカを守るように立ち、強気な笑顔を浮かべた。


「ボクたち2人が揃えばどんな攻撃も通さない。ここを通りたいのなら要塞を落とすつもりで掛かってきてよね!」


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