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40 双獣の円舞

 ノドカとのデュオ・ハーモニクスでニュンフェハイムの上空から侵入した私たちはまず、空の上にいる敵を倒すことから始めた。

 やがてそれも終わり、聖竜騎士団の人たちに残すノドカの護衛を任せると私は上空でハーモニクスを解除して、目的の2人がいる場所を目掛けて降下していく。正確に言うならば、落下だが。


「2人とも、ハーモニクス!」


 目的の赤髪と青髪が見えたので全力で声を張り上げた。何とか声が届いたようで目を見開いて空を見上げる2人の姿が見える。

 そして地面に接触する寸前でどうにか2人とのハーモニクスを完了した私は地面に水を張り、その上にふわりと着地した。


『もう、危ない! ほんっとうに心臓に悪いんだから……!』


 ヒバナたちに心臓なんてあったかなと疑問を覚えていると、当の本人から返答が返ってきた。

 心臓があるわけではないが、こういうのは気持ちの問題らしい。要はヒヤッとしたということだ。


『これからは本当にやめてね。絶対だよ』


 真剣なトーンでそう告げられた。2人の私を心配する気持ちがこれでもかというほど伝わってくるので、私も本気で反省する。

 もうこれからはしないという約束を2人と心の中で交した。


 それから私はこの2人が邪族(ベーゼニッシュ)と交戦したことを知った。この戦いはやはり邪族(ベーゼニッシュ)が絡んでいるようだ。

 だが、ミネティーナ様が彼らに課した活動制限のおかげで消えていったのなら、残りの敵を倒せばこの戦いも終わるということだ。

 しかし、それも簡単なことではない。空の上から見た限りでもこのニュンフェハイム目掛けてあらゆる方向から大量の敵が侵攻してきていたのを確認している。

 だからといって不安なわけではない。私たちならきっとやり遂げることができるだろう。

 今こそ、ヒバナとシズクとのトリオ・ハーモニクスの真価を発揮する時だ。お誂え向きに開けた戦場と大量の魔素は揃っている。


『広域殲滅は私たちの十八番よ』

『長距離狙撃もね』


 私は自分の内側から発せられる自信満々の言葉に同意しながら、2本の杖を手の中でクルっと回す。

 敵が集まっている場所から叩いていこう。細かい敵は騎士や冒険者たちに任せればいい。


「よし、行こっか。《クレッシェンド》《アッチェレランド》」


 まずは目の前で邪魔(ベーゼ)や傀儡と呼ばれるアンデッドたちと戦う人たちを助けることにした。


「舞え。【デュアル・ランス】」


 手始めに2種類の色が混じり合った槍を生み出し、1体ずつ敵を貫いていく。

 そして槍を生成するたびにスキルの効果で周囲の魔素が術式に集まってきてくれるので、敵の減る速度が速まっていく。

 それを続けていくことで敵も少しずつ片付いてはきたが、未だ倒れていない敵の中に大きな影が見える。どうやら飛びぬけて大きな獣も混じっているようだ。


『ベヒーモスだよ。知能が低い代わりに力が強くて獰猛だけど……』

『あれは傀儡っていうアンデッドなんでしょ。だったら力が強いっていう部分だけ覚えておけばいいわね』


 アレが既に自分の意思を持っていないのなら、知能も性格に関する情報も意味をなさない。

 なら有用な情報の中からアレを倒す方法を考える必要がある。普通に大きな魔法術式を構築してもいいが――。

 残念ながら、2つの槍ではあの獣の胴体部分を貫くことはできないらしい。


『まずは小さい敵から順番に倒していこう』

「わかった、【アビス・ショット】!」


 フィデスから水球を連発して周囲の小物から撃ち抜いていく。

 威力が足りず、これでは敵の足止めにしかならないが別にそれでいい。狙いは《アッチェレランド》と《クレッシェンド》の効果を上昇させることだ。

 魔法を放つごとに周囲の魔素が反応してくれるので、それらの魔素を右手のフォルティアに集める。

 その結果、依然として放ち続けていた【ブレイズ・ランス】の術式の構築を魔素が補助し、その威力と構築速度が目に見えて増していく。

 この魔法を連続で使用し続けていれば、さらに2つのスキルの効果は上がっていくため、魔素をフィデスに回す余裕もできる。


 そんな時だ。周囲に浮かんでいた2つの魔導書のうちの1つが独りでに捲られながら、私の視界に飛び込んできた。


『ユウヒちゃん、次はこれ!』

「引き裂いて、【アビス・ブレイド】!」


 魔法のイメージはシズクが伝えてくれるので、私は基本的に魔導書も参考にしながらそれを出力しつつ、制御するような形だ。

 ヒバナはシズクと違い、使用魔法を変更する頻度が低い代わりにシズク以上に魔法の制御を補助してくれている。

 こうして3人の力が合わされば、発射数が増えた魔法を人力で制御し続けることも可能というわけだ。


『そろそろケリをつけるわよ』

『大きめの魔法に切り替えていこ』


 いつまでも時間をかけてはいられない。ここは戦場の一角に過ぎないからだ。

 取り敢えずあのベヒーモスさえ倒せば多少の敵が残っていたとしてもここにいる人たちで対処できるだろう。

 だから周囲の敵を一掃したのちに、大型の魔法をベヒーモスに放ってしまえば――。


『ユウヒっ!』

「――ッ!? 速い!」


 ヒバナの警告に突き動かされるように、私は反射的にステップを踏む。

 ――直後、何かが風を切る音が聞こえ、その正体を確かめるために私は振り向いた。

 そこにいたのは全長が5メートルはありそうな黒色の蛇だ。

 だがもちろん、普通の蛇ではない。その蛇が持つ最大の特徴は顔がついている方と反対側、尾の先にも顔がついているということだ。


『アンフィスバエナ。近づかせなければ平気!』

「もう、近づかれているけどね!」


 交互の首から素早く繰り出される噛みつき攻撃をギリギリで躱し続けているが、たしかにこうやって攻め立てられると中々反撃の糸口を掴めない。

 しかし、それに拍車をかけているのはまた別の要因だ。

 アンフィスバエナというこの敵も恐らくは傀儡となっている。なら胴体部分に弱点があるはずなのだが、このアンフィスバエナはどこを撃ち抜けばいいのか判断できない。

 試しに撃ち込んでみるも、素早い動きで避けられてしまった。


『距離を取るよ、ユウヒちゃん!』


 シズクが伝えてきたのは、彼女が今まで使っているところを見たことがない魔法だ。


「【スライド・ストリーム】!」


 両足を覆うように水の膜を張り、さらにそこから地上を這うように水の流れを作り出した。

 私はその上を滑るように高速で移動して、アンフィスバエナとの距離を取る。

 相手はすぐにこちらを追うような素振りを見せたが、無駄だ。


「【ブレイズ・イラプション】!」


 アンフィスバエナの進路を妨害しつつ、その周囲にも複数の火柱を地面から発生させる。

 体をうねらせながらそれらを避けてみせたアンフィスバエナだったが、そんなものは想定内だ。動きを制限されている今、攻撃を当てるのはそう難しいものではない。


「【マルチプル・アビス・バレット】、行って!」


 数と構築速度、威力を兼ね備えたその弾丸一発一発は敵の体を貫くには十分すぎるほどの威力を持つ。それを絶え間なく放ち続けることでアンフィスバエナの胴体には無数の弾痕が刻まれていく。

 そのどれかが弱点に命中したのか、遂にその蛇は活動を停止した。


 私はそのまま水の上を滑るように移動し、ベヒーモスをはじめとする獣たちへ近づいていく。


「【アビス・スパイラル】! 【ブレイズ・ボム】!」


 人間たちを巻き込まないように注意しつつ、凄まじい勢いの渦を作り出す。

 そして、その渦に飲まれた敵を一掃するように大型の火炎球をその中心に放り込んだ。一瞬で炎に包まれ、そこから生まれた膨大な熱が吹き抜けていく。

 これで一掃できたと思いたかったが炎の中から1つの大きな影が現れたことでそう上手くはいかなかったと悟る。

 ――だが、そのあとの光景は私たちの予想していなかったもので思わず驚愕してしまった。

 生き残っていたのはあのベヒーモスだけじゃない。渦に巻き込んだ獣たちもその大半が健在だったのだ。


『どうして……いったい何が起こったっていうのよ』

『まさか……』


 どうやらシズクには何か思い当たる節があるようなので彼女の意見を聞く。


『あれは傀儡なんだよ。だから、本来魔法を使うほどの知性がないベヒーモスにも魔法を使わせることができる。あれは本来、魔力を全部パワーに回している魔物のはずだから、あたしたちの魔法から一定範囲を守れるくらいの蓄えはあったのかも』


 傀儡というものはそういうこともできるのか。

 よく考えてみれば、それも当然なのかもしれないが……まあいい。だったら防げないほどの魔法で撃ち抜けばいいだけだ。


『ユウヒも大概、ダンゴと似た考えよね。私もそっちの方が好みではあるけど』

『あたしたちの最大の武器だしね』


 どうやら力押しが好きだと指摘されているらしい。

 でも否定する気はない。シズクの言うように持てる物は最大限生かすべきだし、その方が単純明快で手っ取り早い。

 私は改めてベヒーモスを倒すために両手の杖を連結させ、火属性主体の形態“フォルティデス”にしようとしたのだが、それよりも早く敵の攻撃を受けることになってしまった。

 前方の敵から一斉に魔法の光が発せられたため、その場を滑るように離脱する。


『さっきの攻撃でこっちを警戒してるのね』

『まずは周りから削ろう。ベヒーモスもそんなに防御に魔力を割きたくはないだろうし、数を減らすくらいはできるはずだよ』


 こちらに迫ってくる攻撃を魔法で迎撃しつつ、シズクの出した対処法に相槌を打つ。

 そういうことなら広範囲を攻撃しつつ騎士や冒険者たちにまで被害が及ばないような制御に優れた魔法がいい。

 ――だとしたらこの魔法か。


「【ブレイズ・ラプラーズ】【アビス・サーペンツ】」


 舞い上がった炎の鳥たちは空から、水の蛇たちは人々の間を這うようにしながら敵を攻撃していく。

 そうして相手が避ける、迎撃する、防ぐという手段を講じなければならず、こちらへの攻撃が疎かになっているうちに私は2本の杖を連結させた。放つのは敵の防御すら貫く一撃だ。

 それと同時に足元の水を操作して、自分の体を高い位置に固定する。ここからなら味方への被害を気にすることなくこの魔法を放つことができる。

 私の視界に映る魔導書に記されているのはやや複雑な魔法術式だ。


「【ペネトレーション・ブレイズ・バスター】!」


 杖の先端に浮かぶ術式から炎の奔流が溢れ出す。人々の頭上を通り過ぎて行ったそれはまっすぐベヒーモスを目掛けて伸びていった。

 当然、これに気付いたベヒーモスが岩の壁を作り出して防ごうとするが――無駄なことだ。

 私は迷わず、この奔流をその壁にぶつけた。すると接触面から岩がドロドロに溶けだし、岩の壁を貫通した奔流はベヒーモスの胴体部へと迫っていく。

 それを腕でどうにか防ごうとしたようだが、その腕ごと焼き尽くしてしまった。当然だ。この熱量に耐えられる存在などそうはいない。


『まだ終わりじゃないよ』

『このまま薙ぎ払ってしまいましょう』


 言われた通りに私は杖を横なぎに振るい、獣たちを薙ぎ払っていった。先ほど放っていた炎の鳥と水の蛇もこれに合わせ、瞬時に殲滅を完了させる。

 後に残るのは火の海なので、すぐさま消火したのちに水流の上を滑るようにして次の標的がいる場所まで移動した。




「【アビス・シュトローム】!」


 巨大な渦が一帯の傀儡たちを飲み込む。


「【ブレイズ・キャノン】!」


 そこに炎弾を数発撃ち込み、まとめて倒しきることに成功する。


『これで8箇所目。お疲れ様、ユウヒちゃん』

「ありがとう。2人もお疲れ」


 次の目的地まで移動している最中、シズクが労いの言葉をかけてくれたので私も同様に言葉を返す。

 実際に動いているのは私の体とはいえ、2人には本当に色んな所で頑張ってもらっている。その疲労は決して、私に劣るものではないだろう。


『もっとまとまってくれていると楽なんでしょうけど。ここまで広いと移動にも一苦労だわ』


 実際に殲滅自体はそこまで時間の掛かるものではない。だがヒバナの言葉通り、移動の方に時間が掛かってしまっているのが現状だ。

 敵は前回同様ニュンフェハイムを囲むように展開している。だというのにどの場所も敵の数は圧倒的だった。


『この物量で攻め込まれて、まだどこも突破されていないのは奇跡だよ』

「ううん、奇跡なんかじゃない。みんなが頑張ってくれているから持ち堪えられているんだ」

『あ……そうだね。ダンゴちゃんもコウカねぇも頑張ってくれているもんね』


 時折、聞こえてくる轟音や振動。そして目に映る閃光は彼女たちが今この時も必死に戦っている証拠だ。

 それに――。


『ノドカの歌は皆を支えているわ。アンヤだって私たちのように進化できていないのに一端を担ってくれている』

「騎士団の人たちや冒険者たち……それにティアナやミーシャさんもどこかで戦ってくれているはずなんだ」


 だからこれはここにいる全員がそれぞれ自分のできることを全力でやっているからこそ、生まれている状況だ。

 決して、奇跡などではないのだと思う。


「【アビス・スプラッシュ】!」


 敵の集団が見えてきたのでそれらの足元から勢いよく水を噴出させ、一掃する。

 これでここはもう終わりだろうかと息を吐いた――その時だ。防衛線の内側から大きな喧騒が耳に届けられた。

 突破されたとでもいうのだろうか。いったいどこから。


『考えるのは後よ。面倒なことはさっさと片づけてしまいましょう』


 たしかにそうだ。ここで考えていても仕方がない。私はすぐに音が聞こえてきた方向へと足を延ばした。

 ――そうして辿り着いた先で私たちが見たのは、宙を浮かぶ半透明のローブを被った骸骨と魔法による攻防を繰り広げる人々の姿だった。


「ご、ゴースト!」

『それだけじゃないよっ! あの人たちの足元を見て!』


 幽霊が大の苦手なヒバナがパニックにならないようにすぐに視線を逸らすのとほぼ同じタイミングで、シズクが声を上げたので、言われるがままに下を見ると大小様々な穴が地面に空いているのを発見した。


『地中にも何かいるみたい』

『あの一番大きな穴、敵の中には相当大きいのもいるんじゃない?』


 地中から攻められるというのは非常にまずい。そういった敵は対処が困難なのだ。

 ゴーストは物理的な攻撃に強いとはいえ、魔法があれば対処できる。だがここまで人々が追い込まれているのは地中に別の脅威があるからなのだろう。

 何か手は……いや、あるじゃないか。そうと決まれば――。


「【ブレイズ・ヒート】!」


 穴の中を熱してしまえば、敵も堪え切れなくなって地上に出てくるはずだ。そこを狙い撃ちにすればいい。

 ――狙い通り、地中から激しい揺れを感じる。


『出てくるっ!』

『ここはあなたの腕の見せ所よ! 外さないでよね!』


 私は杖を連結させ、水属性主体の形態“フィデルティア”へと変化させた。

 そうして身長を超えるほどの長杖を構え、その時をジッと待つ。


 ――来た。


「【アビス・ランチャー】!」


 地中から飛び出すワーム型の敵一体一体に水の塊をぶつけていく。

 直撃すれば、その衝撃で敵が破裂するような威力を持った攻撃だ。それを確実に当てていく。


「これで全部?」

『いいえ、まだよ!』


 一際大きな揺れが地面から伝わってきた。土煙が舞い上がり、その巨体が姿を現す。


『き、気持ち悪い!』

『狙われてるよっ!』


 地上から飛び出したその全長数十メートルはあろうかという大型ワームは、宙に飛び出したままこちらに口を向けて飛び掛かってきていた。

 逃げるか、いや――。


「撃ち抜くッ! 【アビス・ブラスター】!」


 杖先に先ほどとは別の術式を構築し、激流を放射する。

 放たれた魔法が尋常なものではないと感じ取ったのか巨大ワームは避けようと体を捻り、私の頭上を通り過ぎようとする。

 ――だが構わず私はその体に魔法をぶつけた。

 胴体部に直撃した激流はその体を食い破り、貫通する。そのまま横なぎに振るってしまえば巨大ワームの体は真っ二つとなった。


『ユウヒ、ノドカが危ないわ!』

『そのまま空の上にいる敵を撃ち抜いて!』


 見れば、数体の巨大な昆虫が空の上にいるノドカを目掛けて飛んでいく姿が見えた。このままでは、たしかにノドカの身に危険が及ぶ。そんなことはさせられない。

 私は術式を維持したまま、その昆虫たちを撃ち落とそうとした。

 水を放つ時間が長ければ長いほど維持することも困難になっていくが、あの距離ならまだ大丈夫だ。

 やれる、私は1人じゃないから。


『胴体は硬いかもしれないから、翅を狙おう』

『大丈夫よ、魔法の維持は私とシズでやる。ユウヒは狙うことに集中して』


 魔法を維持する負担がグッと軽くなる。私の分も2人が担ってくれているのだ。


「ありがとう!」


 2人が私に託してくれたというのなら、私は自分のやるべきことを全力でやろう。

 こう見えて、目は良いのだ。とはいえ、ハーモニクスで視力が強化されていたとしても肉眼でこの距離を狙うのは大変である。

 それでも絶対にやり遂げてみせる、と私が遠くの標的に意識を集中させた――その時だった。私の周囲に数発の魔法が撃ち込まれる。


『ひっ、ゴースト……っ!』

『今はこの場所から動きたくないのに……!』


 ゴースト型の邪魔(ベーゼ)のせいでヒバナの魔力制御に乱れが生じる。それにこの状態では反撃も回避もできない。

 すぐにでも空の上の敵を撃ち落としたいがこのままではこちらがやられる。

 だがやむを得ないかと魔法術式を解除しようとしたその時だ。こちらに迫る魔法が横から割り込んできた魔法によって相殺されたのだ。


「救世主殿はそのまま砲撃を!」

「俺らだってこの鍛えた肉体で壁ぐらいにはなってやらぁ!」


 そうだ。ここにいるのは私たちだけではない。

 彼ら騎士団や冒険者たちが私たちを守ってくれていた。そして近くに寄ってきてくれた大柄の男のおかげでゴーストが視界から外れる。

 これでヒバナの精神状態がすぐに良くなるわけではないが、これ以上悪化することはなくなるだろう。


『ご、ごめんなさい……迷惑掛けちゃってる……』


 ヒバナが謝ることではない。誰にだって苦手なものくらいあるのだから。

 私はひとつ深呼吸をして、体を落ち着かせる。それと同時に杖の矛先を移動させて標的の翅を薙ぎ払っていく。

 シズクの懸念通り、本体へのダメージはあまりないようだった。とりあえず撃ち落としはしたが、まだ活動停止まで追い込めてはいないだろう。


『あとは任せよう、ユウヒちゃん』


 あの方角にはコウカがいるはず、なら大丈夫だ。


 ――さて、これで一先ず空の上の問題も解決した。次はこのゴーストたちだ。

 フィデルティアを天に向け、新たな魔法を放つ準備をする。上空に現れた大きな魔法術式は辺り一帯を覆えるほどのものだ。


「【アビス・レイン】」


 一見、ただの雨に見えるが貫通力が比ではなかった。

 周囲の人間たちが被害を受けることがないように細心の注意を払って制御しつつ、ゴーストたちを殲滅していく。

 湿った土の匂いが辺りに広がる中、私たちは反転して再び外部から迫ってくる敵の討伐へと向かった。




『すごい数ね……』

『ほんとだ……あっちには谷があったはずだからこっち方面の敵が一方向に集中しちゃってるのかも』


 谷間を通ってきたということか。

 防衛隊も大分苦しそうで戦線が押し込まれてしまっている。


『ユウヒちゃん、あの光……聖魔法だ』


 防衛線の奥で6色の魔力光が規則正しく煌めいているため、非常に目立っている。

 あれが聖魔法……全ての属性を司る原初の魔法か。ということはあそこにはティアナがいる。


『さすがに手が足りないみたいね』


 ティアナの魔法は他のどの魔術師と比べても遜色ないどころか、優っているといってもいい。

 しかし、あの群れを捌き切るには足りていなかった。


『今ならすぐにでもあの魔法を使えるね……あたしの魔導書、3から12ページだよ』

『私のも同じよ』


 目の前に2つの魔導書を浮かべ、該当するページを開く。

 合計10ページにかけての魔法……見れば複雑な術式の構成がびっしりと書き込まれていた。

 非常に読みやすい文字なのだが目が滑る。魔法の理論に疎い私には難解すぎたのだ。

 今までのようにイメージでどうにかならないのだろうか。


『まあ最後のページに完成形の図を載せてるし、今はあたしとひーちゃんの眷属スキルが補助してくれるからさっきまでやっていたみたいにイメージだけでも大丈夫だよ』


 ページを捲り、図を見てみたものの複雑すぎてげんなりしていたところにイメージだけでもいいと言われたため、ホッと息を吐く。

 そういうことなら早く言ってほしい。


『シズはユウヒに見てもらいたかったのよ。ずっと頑張って考えていた魔法だから』

「あ……」


 そう言われて改めて見ると完成形の術式は複雑なだけではないことに気付く。構成などもしっかりと練り込まれているのか非常に美しくもあったのだ。

 思えば、今までの魔法もただ形になっているような術式ではなかったように思う。そうとは知らずに軽率な発言だった。

 全体で見ればまだまだだが魔法で全てのページを埋めるという宣言通り、この子はたくさんの魔法をこの魔導書に書き込んでくれているじゃないか。

 この魔法だってこの子の努力の証。私との絆の証明なのだ。


「ありがとう。頑張ったね、シズク。ヒバナも」


 私にはこの術式を読み解くことはできないけど、大変だったことはわかる。

 シズクとヒバナがこの2冊の魔導書に記されている術式を元にした明確なイメージを同時に送り込んでくれる。

 だったら私も応えてみせよう。


「顕現せよ、炎獄より蘇りし不死鳥【ブレイズ・フェニックス】! その対になるは、海淵より出でし魔王【アビス・リヴァイアサン】!」

『ちょ、ちょっと待ってユウヒちゃん』

『……その詠唱みたいなの、何?』


 術式を構築しようとしていた膨大な魔力の流れを一時的に止める。

 何って――。


「いや、これだけすごい魔法を考えてくれた2人の為に私からも何か付け加えられないかと思って即興で考えたんだけど……」

『恥ずかしい……というかダサいからやめて』

「だ、ダサい……」


 かっこいいと思っていたのに……どうやらお気に召さなかったようだ。

 少しショックではある。


『えっと、気を取り直して早く撃っちゃおう?』


 そうだ。今は少しでも早く敵を倒さなければならない。詠唱は受け入れられなかったが、それぞれの魔法がすごいということは本当だ。

 今まで2人が見せてくれたどの魔法を取ってもこれほど大掛かりな魔法は存在しないだろう。

 攻撃力に特化させた最強の魔法。それが【ブレイズ・フェニックス】と【アビス・リヴァイアサン】だ。

 術式の構築を再開すると私の前方にとてつもない大きさの術式が2つ浮かび上がる。

 そこに眷属スキル《アッチェレランド》によって操作された魔素が組み込まれていき、あっという間に術式は完成した。


「行っけぇ!」


 術式の中から2体の巨獣がその姿を現す。

 《クレッシェンド》によって集まった魔素を巻き込みつつその規模を拡大させていったそれらが過ぎ去った後に残るのは破壊の爪痕のみだ。

 炎が全てを燃やし尽くし、蹂躙する。水が全てを削り取り、押し流す。

 この2つだけだ。この2つの魔法だけで蔓延っていた魑魅魍魎が跡形もなく消え去ったのだ。

 ヒバナとシズクに加えてノドカの眷属スキル、世界樹、トリオ・ハーモニクスと様々な好条件が重なっているとはいえ、圧倒的過ぎる。

 だが今の私は別の理由で声を出せなかった。


 ――きれい。

 その炎に模られた巨鳥も水に模られた海竜も思わず見とれてしまうほど美しい造形だったのだ。


『えへへ……褒められちゃった』

『2人で考えた甲斐があったわね、シズ』


 穏やかなやり取りをする2人を感じていると私まで笑顔になる。

 早くこんな戦いが終わってずっと今みたいな時間が続けばいいのに。




 それからも私たちは戦場を駆け回り、遂には侵攻する敵戦力の撃滅に成功した。

 これは決して私たち3人の力だけではない。防衛隊の人たちも頑張っていたし、私たちが足を運べなかった場所に迫る脅威もあの子たちが対処してくれていた。

 途中、敵の増援が現れた地点もあったそうだがアンヤが対処してくれたそうだ。

 力に劣るあのアンヤが、である。本当によく頑張ってくれたものだ。


「さすがに疲れたわね……」

「そうだね……いろんな魔法を使えて楽しかったけど……」


 ニュンフェハイム中央にある司令部に辿り着きハーモニクス状態を解除した途端、座り込んだ2人はそう言って笑いあっていた。

 その光景をしっかり自分の心に刻み付けながら、私は2人に声を掛ける。


「私、みんなを出迎えに行ってくるね」

「え? もう終わったんだし、このまま待ってても戻ってくるでしょ?」

「そうだけど、誰かが出迎えてくれた方が嬉しいと思うから。大変なことがあって疲れている時とかは特に」


 キョトンとした顔でこちらを見る2人にそう言って笑いかける。

 みんなが無事なのはみんなとの繋がりが教えてくれているので心配するところではない。

 でも一早くあの子たちの顔が見たいし、安らいでもらいたい。


「あ、そういうことならあたしも……」

「ううん。シズクとヒバナは休んでて。また何かあった時に動けないと困るのは私よりも2人のほうなんだからさ」


 立ち上がろうとしたシズクを手で制止させる。

 今の2人は本当に疲れた様子だった。まだ予断の許されない状況であるのは確かなので、戦う力がある2人にはいざという時に動けるように元気でいてもらいたい。

 渋るシズクも私の言っていることは十分理解してくれているはずだ。そして最後はヒバナの助力もあって彼女は折れてくれた。

 そうして2人を置いて、改めてほかのみんなを出迎えに行こうとした時、後ろからヒバナが声を掛けてくる。


「あんまり遠くには行かないでよ? 本当はあなたにも休んでいてほしいくらいなんだから」


 振り返ると困ったように微笑むヒバナの顔があった。これは多分、私も疲れていることが見抜かれているのだろう。

 表情には気を使っていたはずだが気付かれて当然か、さっきまで2人とはハーモニクス状態だったんだから。


「うん、そうするよ。心配してくれてありがとう、ヒバナ」

「んっ」


 これは本当に遠くまでは行けないな。さすがに心配してくれるこの子に申し訳ないし。

 そんなことを考えながら外に出た私は、みんなとの繋がりを辿ることでその位置を探知する。

 ノドカは上からゆっくりと降下中。恐らく聖竜騎士団にエスコートされながら戻ってきているのだろう。ダンゴとコウカも別方向からこの司令部を目指して戻っている最中か。


「アンヤは……動いていない?」

 

 そんな事実に対して疑問を抱いていたその時だ。

 ――アンヤとの繋がりが消失する。


「アンヤ!?」


 気付けば疲労など忘れて走り出していた。目指すのはさっきまでアンヤがいた場所だ。

 

「うそだ……うそだよ……っ」


 そんなことがあるわけない。アンヤは無事だ、絶対に無事のはずなんだ。お願い、アンヤ……お願い。

 ――そうして心の内に巣食う不安感を振り払うように無我夢中で走り続けていた私であったが、見慣れた背中が見えた途端に大きな安堵感に包まれる。


「アンヤ……よかった……」


 彼女は無事だった。でも、ならどうして繋がりが無くなってしまっているのだろう。

 そう思い、近づきながら彼女の背中を見ていると私の記憶と彼女の姿に差異があることに気が付いた。少し、大きくなっている。

 それにこの気配。……いや、きっと何かの間違いだ。大方、先程までこの戦場にいた敵の気配が色濃く残っているだけに違いない。


 ――だってそんなこと、ありえないのだから。


「アンヤ……もしかして進化、できたの?」


 私はその背中に声を掛ける。

 進化したときに何かの間違いで契約が解消されてしまったのだろうか。なら、もう一度契約できれば平気だろうか。

 未だ振り返ってその顔を見せてはくれないアンヤ。私の脳裏に一抹の不安が過る。

 ――その時、彼女の体に視線を向けた私は異様な()()()を目にしてしまった。


「腕が……」


 アンヤの露になっている右腕が真っ黒だったのだ。それもまるで光を吸い込んでいるのではないかというほどの絶対的な黒だ。

 さらに目につくのは手首から先が一回りも二回りも肥大化していることだろうか。

 それに加えて右腕全体からは時折、黒い稲妻のようなものが大気中に飛び散っていた。


「どうしたの、それ。アンヤ……?」


 逸る気持ちから何度も彼女に問いかけてしまう。早くその顔を……いつもの優しい目を私に見せてほしかった。

 ――あ、そうだ。《鑑定》のスキル。

 これを使えば今のあの子がどうなっているのかという手がかりが得られるのではないだろうか。


「ます、たー……?」


 私は《鑑定》をアンヤへと行使する。

 ――えっ、名前が……ない?

 真っ先に知ることができるであろうはずのものなのに、彼女について流れ込んでくる情報のどこにも“アンヤ”という名前がなかった。必死に探しても見つからない。

 カースドスライム・エクリプス、それが彼女の持つ唯一の名前と呼べるものだった。

 それどころか信じられない文字列が脳に叩き込まれる。


 種族――邪族(ベーゼニッシュ)

 ゆっくりと右回りに振り返った彼女の瞳と私の瞳が交わる。

 その――血のように淀んだと。


「あ――」


 その声は果たして私のものか、彼女のものなのか。

 確かなことは私と彼女は同じような表情を浮かべているということだけだった。


 ――次の瞬間、激痛が一瞬にして神経を巡り、脳内を駆け抜ける。

 意識が闇の中に沈んでいく中、私は最後までその瞳から目を逸らせなかった。


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