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30 とっておきの切り札

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 時はコウカとダンゴの模擬戦が始まる少し前まで遡る。


「え、コウカねぇに勝ちたい……?」


 街の広場に備え付けられているベンチに座り、開いたままの本から顔を上げてダンゴを見つめるシズクは目をパチパチと瞬かせていた。

 そんな彼女に対して、ダンゴは頷く。


「うん。この後コウカ姉様と戦うんだけど、どうやったら勝てるかシズク姉様なら分かるんじゃないかなーって」


 自分の顔をまっすぐ見つめてくる妹に対して、シズクは微笑んだかと思えば開いていた本を閉じ、代わりに口を開いた。


「そうだね……まずコウカねぇ対策として、ダンゴちゃんはコウカねぇの何に注意するべきだと思う?」

「うーん……スピード!」


 悩む素振りを見せたダンゴだったが、答えを見つけたのか笑顔を咲かせる。

 その答えにシズクは頷く。


「ダンゴちゃん、すごい。そう、必要なのはスピード対策だよ」

「えへへ……でも、コウカ姉様のスピード対策なんてできるの?」


 褒められて気分の良くなったダンゴであったが、シズクの言葉を思い返して今度は疑問を抱いた。

 それに対してシズクは笑みを深くする。その表情からは彼女の自信が表れていた。


「実はあの高速移動魔法には弱点が大まかにも3つはあるんだ」

「3つもあるの!?」


 ダンゴがあまりの驚きに大きな声を上げる。

 コウカが他者に対して持つ圧倒的なアドバンテージの塊であるスピードに弱点というもの、それも3点あるという発言はそれほどの衝撃だった。

 そんな彼女の反応にシズクは口に人差し指を当てて静かにするようジェスチャーをする。

 ハッと気が付いたダンゴが両手を口に当ててぶんぶんと首を縦に振った。

 近くにはコウカたちの姿があるため、この会話を聞かれるわけにはいかないのだ。


「弱点ってどんなの……?」


 一転してつい聞き逃してしまいそうな小声で話すダンゴに、シズクは指を1本立てて語り始める。


「まず1つ目の弱点は速度が速すぎて本人の目が追い付かないこと。自分から相手の攻撃に突っ込んだり、躓いて転んだりしてたのは多分、これだと思う」


 シズクは2本目の指を立てた。


「2つ目は加速を始めてから最高速度に達するまでにごく僅かだけど間があること。最高速度だとあたしたちでの目でも追い続けるのは難しいけど、初速はそれほどでもないんだ」


 さらに3つ目の指が立つ。


「3つ目は予備動作が必要なこと」

「予備動作?」


 首を捻りながらなんとか理解をしようと頑張っていたダンゴの口が疑問を発する。


「うん。コウカねぇがあの魔法を発動する時には決まってある動きをするの。何だか分かる?」

「動き……動き……うーん、わかんないや」


 悩んだものの何も頭に浮かんでこなかったダンゴは素直にそう告げた。

 そんな彼女に対して、シズクは微笑まし気な視線を向けている。


「正解は自分の足で体を蹴り出してあげることだよ。加速を始めてからは必要ないみたいだけど、最初だけは絶対にあの動作が必要なんだ」

「あっ、言われて見ればいつもそんなことをしていた気がする!」


 答えを聞いた瞬間、ダンゴの頭には確かにコウカが魔法を発動させるために予備動作と呼べるような動きをしている光景が浮かんだ。


「対策の軸にしやすいのはその3つ目の弱点。そこから取れる手段も3つ」


 シズクは視線を3本の指を立てていた左手から新たに3本の指を立てた右手に向ける。


「1つ目はコウカねぇを足場のない空中に誘導すること」

「誘導って難しそうだなぁ……」


 物憂げな表情を浮かべるダンゴだったが、シズクはそんな彼女に対して首を横に振る。


「そうでもないよ。コウカねぇって間合いを詰めている時に正面から攻撃されると、逃げ場のある上に跳んでそのまま間合いを詰めようとすることが多いの。だからコウカねぇの来る方向を予測して攻撃すればいいんだ。その時は避けづらい攻撃が一番かな」

「待ってよ、シズク姉様! 予測ってまた難しそうだよ?」

「これもまたそうでもないの」

「そうなの!?」


 打てば響くような反応の良さにシズクも段々と楽しくなってくる。

 彼女は饒舌に語りかける。


「コウカねぇって不意をついて距離を詰められそうな時以外は必ずと言っていいほど、相手の後ろを取りたがるの。それは確かに有効な手なんだけど、同時に読まれやすくもなっちゃう」

「ふんふん」

「だからまずはコウカねぇよりも先に攻撃を仕掛けること。多分、防ぐよりも避ける方を優先するから避けた勢いのまま後ろに回り込んで来ようとするはずだよ」

「すごい……すごいよ、シズク姉様! どうしてコウカ姉様がどう動くかが分かるの!?」


 コウカに対して、どのような行動を取ればどう反応が返ってくるかをまるで手に取るように理解しているシズクに対してダンゴは尊敬の眼差しを向けていた。

 妹からそんなキラキラとした視線を向けられて、シズクは照れたように笑う。


「こういうの、考え始めると楽しくて止まらなくなっちゃって……実はダンゴちゃんやひーちゃん対策とかも色々と考えてはいるんだ」

「えぇ!? ボクのも!?」


 相手の動きをよく観察して分析、対策を打ち立てることがシズクの密かな楽しみとなっていた。特に自分とは毛色の違うコウカやダンゴ対策は分厚いものになっている。

 彼女は「こんな時くらいにしか使い道がないんだけどね」と締めくくると話を元に戻す。


「2つ目に行くね。2つ目は足を動かせないようにすること。例えばダンゴちゃんがコウカねぇの両足の甲を上から押さえつけるだけでもあの魔法は発動できなくなっちゃう。それだとさすがに難しいけど、ダンゴちゃんの()()()()なら少しの間だけでも不意を突いて拘束することはできるはずだよ」

「あの魔法……ってもしかしてボクが最近練習してる魔法? あの魔法、シズク姉様が貸してくれた本のおかげで上手く使えるようになってきたよ!」

「役に立てたのなら嬉しいな。ダンゴちゃんがいつも頑張っているのは知ってるよ。今度はもう少し難しいのにも挑戦しようね」

「うん! お願いしまーす!」


 その後、またしても話が逸れてしまったことに気付いたシズクが慌てて話を戻す。


「えっと……次は3つ目だね。3つ目はコウカねぇが移動する先に罠を仕掛けちゃうこと」

「罠? それって後ろから近づいてくるからそこに何かしちゃうってこと?」

「えっとね、そうじゃなくて。実はあの魔法を使ってコウカねぇが最初にどの方向に動くかは簡単に見分けがつくの」


 ダンゴが本日、数度目の驚愕を声に表したので思わずといった様子で笑みを零したシズクだったが、今は話を進めることを優先したようだ。


「“ステップ”の名前が示す通り、コウカねぇも最初だけは蹴り出した方向にしか進めない。そこに魔法を置いておけばコウカねぇは自分から当たりに行く。まあ、簡単な魔法しか間に合わないかもだけど」

「それで、それで!? ボクはなにをすれば勝てるの!?」

「そうだね……ダンゴちゃんは採れる手段が豊富だから、最初は――」




    ◇◇◇




「もちろんシズク姉様だよ!」

「やっぱり……」


 ダンゴに知恵を授けたのがシズクだと分かり、コウカは頭を抱える。彼女の脳裏に「してやったり」とほくそ笑む妹の顔が浮かんできた。

 そうして見事に嵌められる形となってしまったコウカは苦笑いを浮かべる。


「シズクの立てた作戦もですが、ダンゴもさすがです。本当にいろんな戦い方をするから、わたしも驚きっぱなしでした」

「えっへへ……」

「あなたは本当に自慢の妹です……でも――」


 コウカの目に獰猛な輝きが宿る。


「わたしのことを甘く見過ぎです。これくらいで勝てるとは思わないでください」


 そんなコウカに対してダンゴは怯む素振りを見せず、寧ろ挑発的な笑みで迎え撃つ。


「ふふん。そうは言うけど、今のボクにコウカ姉様の攻撃は通用しないよ。それにここから出ようとしても、この壁は戦いが始まった時から準備していたからちょっとやそっとじゃ壊れないように頑丈にできているんだ。あの必殺技なら簡単に壊されちゃうだろうけど、準備中は動けなくなることもボクは知ってる」


 コウカが持つ必殺に近い【ライトニング・インパルス】はダンゴの言うように発動するまでにかかる時間が長い。

 そのうえ、発動までは魔力の圧縮に集中しなければならないため、動くことすらままならない。

 これもシズクが彼女に教えた情報ではあるが、それは以前のコウカだったらの話だということをダンゴは知らない。いや、忘れていると言った方が正しいか。


「そして、この中ならわたしの動きを封じられるからあなたの攻撃は当てられると……そう言いたいんですね」


 頷くダンゴに対して、コウカは剣を構えて再び口を開いた。


「ダンゴ、その作戦には大きな見落としがあります」

「見落とし?」

「はい。それは……わたしが以前のわたしとは違うということです! 言ったでしょう、ここからは本気だと!」


 ダンゴは目を見開いて、シズクの最後の言葉を思い出していた。

 ――注意してほしいのは、今のコウカねぇに関するデータがほとんどないこと。この対策の中にも、もしかすると通用しないものがあるかもしれない。

 シズクはコウカの【ライトニング・ステップ】に関して唯一、加速度は前よりも向上していることを掴んでいたが、ダンゴには前と今の違いが理解できていないので関係はなかった。

 彼女としてはどちらも途轍もなく速いという印象しかない。


(シズク姉様はああ言っていたけど……信じない理由にはならないよね)


 それでもここまでは上手くいったのだ。なら最後までその対策を信じて戦うことにした。

 

 コウカが魔法発動前の予備動作を見せる。


(構えからしてまっすぐ向かってくる。正面から攻撃されたコウカ姉様が逃げるのは空の上。その時に有効なのは避けづらい攻撃!)


 コウカの動きを見逃さないように注意深く観察していたダンゴは、心の中で何度も反芻させてきたシズクの言いつけを思い出しながら、右手に持ったイノサンテスペランスを鞭状に変化させた。


「【ブリッツ・アクセル】」

「速――ッ!?」


 これまで見せていた物よりも速く、加速力に関しては明らかに違う。

 コウカが発動させたのは【ライトニング・ステップ】の派生ともいえる魔法だ。

 この魔法は魔力消費が激しく、移動可能な距離が極短かつ方向転換もできないが、それと引き換えに圧倒的な加速力を得たものだ。

 流石に【ライトニング・インパルス】には及ばないもののそれでも驚異的ではある。


 発動のタイミングは分かっていたので、ダンゴは何とか鞭を振るうことができたもののコウカの動きは予想とは違ったものだった。


(上じゃない――下!?)


 コウカは正面から迫る鞭に対して、しゃがみ込むように態勢を低くすることで回避するが、その進行スピードは全くといっていいほど衰えない。

 そして、その勢いのまま下から振るわれたコウカの剣を防ぐ手立てが今のダンゴにはなかった。


「ぐ……ッ!」


 直撃した攻撃は直接的なダメージを与えることはなかったものの、凄まじい衝撃をダンゴへと与える。

 質量や硬度を強化しているとはいってもそれには限度がある。

 今のダンゴの実力では、受けた衝撃を殺し切ることができなかったのだ。


「このっ!」


 直後に反撃したものの攻撃圏内にはすでにコウカの姿はない。

 そこから数メートル離れた位置で剣を構えたままの状態で現れたコウカとダンゴが再度向かい合った。


「……こんな魔法、絶対に使うことなんてないと思ってたけど……本気で来るんならボクも本気だ! 本当に痛いから絶対に防御しててよ! ボク、コウカ姉様に怪我をさせるのは嫌だからね!」


 ダンゴが持っているイノサンテスペランスの形状が杖へと変化し、彼女はそれを頭上に掲げた。

 そして頭上に現れたのは巨大な球状の岩だ。だが、その岩の内部にはさらに強大な魔力が内包されている。ただの球体ではないことは明らかだった。

 それを感知したコウカだが、怯むことはなく啖呵を切った。


「防御なんて必要ない! 全て避けてみせます!」

「危ないと思ったら絶対に防いでよ! 【ガイア・キャニスター】!」


 ダンゴがその魔法の名前を告げた瞬間、岩の内部の魔力が膨張し破裂する。

 そしてその内側から無数の小さな破片が凄まじい勢いで飛び出して、周囲一帯へと無差別に降り注いだ。


「眷属スキル――《アンプリファイア》!」


 降り注いだ破片が周囲の土を巻き上げ、視界が一瞬にして土煙に包まれる。

 ドームの中に安全な場所などなく、当然ながらダンゴもこの破片の雨に晒されているのだが、そこは自分の硬度を強化しているため問題はない。


 ――やがて雨は止み、静寂だけが残された。


「……コウカ姉様! ちゃんと防いでくれたよね、ねぇ! ……ッ!」


 自分の想像以上の魔法。そのあまりの威力に泣きそうになっているダンゴが声を響かせる。

 視界が未だ晴れない中、ダンゴは煙の中を走り出した。姉の姿を探すために。

 ――そんな彼女に背後から何かが抱き着き、そのまま地面へと押し倒す。


「え!?」

「優しすぎますよ、ダンゴは」


 急な出来事に反応できなかったダンゴを地面に押し付けているのはコウカだ。

 彼女の体は巻き上げられた土によって汚れているものの、怪我ひとつしていなかった。


「いくら心配してくれたからといって、スキルを解除するべきではありませんでしたね」

「どうして、ボクが《グランディオーソ》を解除したってわかったの……!?」

「重くしている場所は満足に動かせないんでしょう? そんなのすぐにわかりましたよ」


 そこでダンゴはハッとする。

 自分のスキルに纏わる制約に気付かれたこともそうだが、無意識にも自分がスキルを解除して足を動かしてしまっていたことに気が付いたからだ。

 彼女はうつ伏せの状態から首だけを動かして、自分を上から押さえつけているコウカを見上げる。

 そして姉の無事を確認したことで安堵すると同時に驚愕した。


「全部避けたの……!?」

「……悔しいですけど、避けきることができずにいくつか防いでしまいました……」


 自信満々に宣言した手前、素直にそう認めるのはコウカも不本意だった。

 本当に悔しそうだが、ダンゴにとっては無傷で切り抜けられたことに対する驚きしかない。

 傷つけたくはなかったが、それはそれとして無傷で済ませられるものではないと考えていたこともまた事実だ。

 ダンゴがコウカを睨みつける。


「ボクは……まだ負けてないよ」

「……そうですよね。ここからどうしましょうか」

「考えてないの!?」


 質量操作をしていなかったとはいえ常に硬度強化は維持しているため、ダンゴが持つ絶対的な防御力は健在だ。

 さらに会話中に体の表面に纏う魔力量を引き上げた今の彼女には物理的な攻撃はおろか雷魔法による攻撃もほぼ通用しない。

 相手の体内まで電流が流れてこそ効果を発揮する雷魔法の性質はこのような強固な魔力防御(レジスト)とは単純に相性が悪いのだ。


「このままダンゴの力が尽きるまで粘る……?」

「それやったら、主様の力もなくなってみんなが困るからね!」

「たしかに」


 彼女たちの力の供給源は等しくユウヒからのものだ。

 アンヤ以外はそれぞれが体内に貯蔵できる魔力量もそれなりにあるが、源泉が一時的にも枯れるというのは避けなければならなかった。

 それも原因が模擬戦だというのなら、これほど馬鹿らしいことはない。

 だが直後にコウカはいかにも名案を思い付いたといわんばかりの笑顔を浮かべた。


「なら魔力量勝負でもしましょうか」

「ボクの言ったこと本当に分かってる!? ボクたちの魔力は――」

「マスターから供給してもらったものがほとんどです。もちろん分かっていますとも。でもわたしが言っているのはそういうことじゃありません」


 地面に押さえつけられた状態で器用にもダンゴは表情だけで疑問を示す。

 そんな妹へとコウカは告げた。


「わたしたちが勝負するのは一度に出せる魔力の量ですよ」


 コウカの発言にダンゴは目を見開く。

 たしかにコウカたちスライムは契約者であるユウヒから生命活動に必要な純度の高い魔力を供給してもらっているが、彼女たちが一度にどれほどの魔力を貯めておけるかというそれぞれの魔力保有量には差がある。

 魔力保有量とどれくらいの魔力を一度に扱えるかという最大魔力放出量は同じとは限らないが、最大魔力放出量が魔力保有量を上回ることは理論上ありえない。


「あはははは…………本気?」


 引き攣った笑みを浮かべるダンゴが渇いた声を上げる。


「それしか思い浮かびませんでした。【ライトニング・インパルス】の発動まで待ってはくれないでしょう?」

「それは当然」


 今は魔力を防御に回しているとはいえコウカが無防備を晒した瞬間、ダンゴは拘束されているこの状態から、防御に回している魔力を転用した魔法を放ってコウカを攻撃するだろう。

 そんな選択をするほどコウカは愚かではない。


 またそれは逆のことも言える。

 力が姉妹の中で一番強いとはいえ、体格差のあるコウカに上から押さえ込まれている今のダンゴはほぼ身動きが取れず、コウカに対して攻撃することができない。

 ダンゴが拘束を抜け出すために少しでも魔力を攻撃に回そうとすると、コウカはすぐにでもダンゴに対して全力の雷魔法を使うだろう。


「全力で防御していてください。ダンゴが少しでも痺れたらわたしの勝ちということで」


 先程自分が言った言葉を返される形となったダンゴが言い慣れない言葉を使って抗議の声を上げる。


「そ、そんなの横暴(おーぼー)だ! 勝手に決めないでよ!」

「さすがに魔力がなくなったら戦えないでしょう? 本当に魔力を空っぽにするわけにもいきませんし、わかってください」


 そう言われてしまっては、ダンゴは悔しそうに唸るしかない。

 体が痺れるということは雷魔法がダンゴの防御を上回ったということだ。それ以上続けた時、これまでの魔力消費を鑑みても魔力が先に尽きるのはダンゴの方なのだ。

 これはあくまで模擬戦であり、自分の存在が危ぶまれるほど無理をする必要など一切ない。


(そんなの分かってるけど……ここまで頑張ったのにこのまま負けるのは嫌だ、絶対に嫌だ!)


 ダンゴが心の中で悔しがっている間にもコウカは「それでは行きますよ」と言い、妹に対して雷魔法を行使し始めた。

 徐々に出力が上がっていく電流に対して、ダンゴも歯を食いしばって防御を維持するが、このまま続けばいずれは貫通してくるだろう。


(シズク姉様が考えてくれたボクにしかできない作戦なんだ。コウカ姉様1人に……! あ、そうだ……シズク姉様……姉様はたしか――)


 点滅を繰り返す光の中において、ダンゴはシズクからもらった最後の言葉には続きがあったことを思い出していた

 ――それを踏まえて、とっておきの切り札も用意しておこう。ダンゴちゃんだから実現できる2つ目の罠だよ。

 その言葉を思い出した時、ダンゴの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


(やっぱりシズク姉様はすごい。コウカ姉様、ボク()()の勝ちだよ)


 何も見えない雷光の中、ダンゴは姉を信じたことへの充足感を胸に抱きながらここまで維持してきた魔法の制御を手放した。




    ◇◇◇




 草原に積み上がっていた瓦礫が魔素へと還元されていく。

 全ての瓦礫が草原から消えた後、そこには2つの人影が残されていた。

 1人は経ったまま右手を天に向かって突き上げた姿、そしてもう1人は地面にうつ伏せに倒れている。


 だがやがて、立っていた方の人影も膝から崩れ落ちたかと思うと、今度は倒れていた影が飛び上がるようにして立ち上がった。

 立ち上がった少女は笑みを浮かべて走り出すと、崩れ落ちたまま倒れているもう1人の少女の近くまで行き、その姿を見下ろす。

 そして右手に持った杖を戦斧へと変形させて突き付けた。


「ボクの勝ちだね、コウカ姉様!」

「……しい」

「ん?」

「うぅ、負けました! 悔しいです! あともう少しで勝ってたのにぃ!」


 寝返りを打ち、うつ伏せから仰向けとなったコウカが悔しそうに叫び声をあげる。

 そんな姉に対して、ダンゴは勝ち誇った笑みで胸を張る。


「えっへん、どうだ! あの中に入っちゃった時点でボクの勝ちは決まってたの! 【ガイア・キャニスター】は避けられちゃったけど、完全に逃げ場がないと避けることなんてできないでしょ!」


 そう。勝敗を決したのはあのドームだった。

 ダンゴは最後にドームを形作っていた地魔法の制御を手放し、それを決壊させたのだ。

 一斉に崩落してくる瓦礫の間には隙間などなく、コウカの避ける余地すら残されてはいない。

 迎撃しようにも簡単に脱出されないために強固に作られたそれらの瓦礫を崩落までの時間でどうにかできるわけもなかった。

 音を立てながら崩壊を始めるドームに慌てふためくコウカを、ダンゴはスキルで自分の硬度および質量強化を維持しながら見ていた。

 ただそれだけで勝てるのだから。


 ――これがシズクからダンゴへと授けられた、とっておきの切り札だった。


「最後まで立っていたのには驚いたよ。ボクの勝ちには変わらないけどね!」

「悔しい、悔しい!」


 最後の抵抗として、コウカは自分目掛けて落下してくる瓦礫を破壊しようと雷魔法で強化した剣で突き上げた。

 折れない性質の剣なので瓦礫を貫きはしたものの全身は全く守れていなかったのだが。


 自分が本気になれた時点でほぼ勝敗が決まっていたと言われたコウカは、じたばたと地面をのたうち回ることで悔しさをこれでもかと表現していた。

 最初から全力を出せなかったとはいえ、進化して最初の戦いで負けたのだ。悔しさは一入だろう。


 満足そうに胸を張って笑い続けるダンゴと悔しがるコウカだが、この模擬戦で魔力を使い過ぎたせいでしばらくの間は動けなくなり、ヒバナにしこたま叱られることになる。


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