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29 魂の存在

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 コウカが進化した次の日。

 私たちは次の目的地へ移動する前に息抜き目的で街へと繰り出していた。


「なんだかこっちからいい匂いがする! ボク、ちょっと行ってくるね!」

「待ってくださいダンゴ! こっちからもいい匂いがします!」

「なら次はそっちね!」


 匂いに釣られて駆け出したダンゴを制止したかと思いきや一緒に付いて行ってしまったコウカ。……子供だ。体が大きいだけの子供だ。


「……いくら何でも雰囲気変わり過ぎでしょ」


 彼女たちを止めることも忘れて呆然とその背中を見送ってしまった私と同じ状態のヒバナが呆れた様子で呟いた。

 やはり私も同じ感想を抱いていて、呆れと多少の困惑はある。

 ダンゴがあんな風に好奇心に釣られていったとしても、これまでのコウカだと澄まし顔で黙っているか制止するかのどちらかであった。

 それが笑顔を浮かべて一緒に走って行ってしまったのだから困惑もするだろう。


 食べ物を両手に持ちながら帰ってきたコウカに早速、そのことについて質問してみた。

 すると彼女は口の中にあるものを飲み込んでから、こう答える。


「前まではずっと気を張っていましたから」


 どうやらコウカは私を守ろうと常に警戒していたらしい。街の中を普通に歩いている人に対しても警戒していたとか。


「わたしはどうやら考えることがあまり得意ではないようでして。それなのにずっと頭を使っていたせいでいつも疲れてしまっていたみたいです」


 それはもう考えることが得意不得意の問題ではない。休む暇もなく、ずっと警戒していたのなら当たり前のことだ。


「もしかして、あんまり喋らない時があったのはそのせい?」


 コウカはコクコクと頷く。

 どうやらこれまでに見たクールなコウカはただの幻想だったようだ。この豹変っぷりが思ったよりも深刻な理由ではなかったので安心したと言えば安心したのだが。


「それじゃあ、今は気を張っていないわけ?」


 私に代わって今度はヒバナがコウカへと問い掛けた。

 それはたしかに気になる。この子の場合だと守ろうとする相手が増えて余計に気を張りそうなものだが。


「ライゼ曰く、どうやらわたしは集中すると視野が急激に狭くなりがちだそうです。だから1人で頑張ろうとするんじゃなくて、みんなを頼ることにしたんです。みんなと一緒にいるならわざわざ集中して警戒する必要もないじゃないですか」


 人数がいれば、それだけ周囲への目が増えて様々なものに目が向けられる。そのことに一度冷静になったコウカは気付いたようだった。


「私の目には気が緩みに緩みきっているスライム様の姿しか見えないけど?」


 呆れた様子のヒバナが食べることに夢中のコウカを見遣る。

 食べ物で両手を塞いで口がパンパンになるまで溜め込んでいるコウカも指摘されて気が付いたのか、バツが悪そうに目を逸らしてから食べ物を飲み込んだ。


「……苦手なことは頼らせてもらう分、戦いでは任せてください」

「苦手とかそれ以前の問題でしょうが」


 そもそも、魔物がいるならまだしもここは街の中。警戒する必要なんか端からないのだ。

 たしかにこの世界には人を簡単に傷つけることができる魔法というものが存在しているが、だからといって他人に暴力的になるわけでもない。

 ヒバナも軽い冗談のつもりだったのだろう、コウカを責める気は毛頭ないようだ。


 そんな緩いやり取りをする私たちの元へダンゴが走ってくる。


「ボクはもう食べ終わったよ。出発の前にやるんでしょ?」

「あ、そうでしたね。やりましょう、ダンゴ!」


 事前に打ち合わせをしていたかのように通じ合っている2人に私たちは首を傾げていた。




    ◇




 街外れの草原でコウカとダンゴがそれぞれの霊器を持って向き合う。


「武器は何がいいとかってある?」

「何でもいいですよ、何なら戦っている最中に変えてもいいですし」


 会話の通り、この子たちが今から行うのは模擬戦だ。

 どうやら2人でいる時にコウカからダンゴへと頼んでいたようで、何なら出発前に一度やってみようという話になっていたらしい。


「魔法と眷属スキルはどうする?」

「魔法はやりすぎない程度にしましょう。眷属スキルは……」


 そこで言い淀んだので何かあったのかと思えば、コウカとダンゴが何か言いたげな様子で私のことを見ていた。

 ――なるほど、そういうことか。


「別に使っていいよ。今は2人分でも大丈夫になったから」


 眷属スキル使用時に掛かる私への負担のことを気にしてくれていたらしいが、日に日に力が増えているおかげで複数人での同時使用でも問題なくなっている。遠慮なく使ってほしい。


「それならよかったです!」

「主様、ありがとう!」


 目に見えて喜んでいるコウカとダンゴに対して手をひらひらと振って応えると、2人が私から正面に立つ対戦相手へと視線を戻した。


「勝ち負けはどう決める?」

「適当で!」

「了解!」


 ――そこは適当なんだ。

 そんな2人に若干呆れているとクイクイと袖が引っ張られる感触があり、そちらの方へと顔を向ける。

 さらに見下ろすとこちらを見上げるアンヤがいた。


「……刃、潰さないと」

「刃? あ、そっか。忘れてたよ、ありがとう」


 あの子たちが使っているのは己の霊器だ。当然、切れ味も抜群なのでまともに切られたら切断される。

 いくらあの子たちが欠損した部分を再生でき、感覚も遮断できるとはいえ気分の良いものではないから、なくせるのならないほうがいい。


「コウカ、ダンゴ! 刃! 刃を魔力でコーティングしておいて!」

「ぶ、武器の表面に薄い魔力の層を作るの! 属性は与えないでね。エンチャントとは別だよ!」


 実際にどうすればいいのかよく分かっていなかった私の言葉をシズクが補足してくれた。

 コウカとダンゴもやはり忘れていたようで私たちの言葉に「あっ」と口を揃えて、慌てて魔力を使っていた。

 剣聖杯では魔導具によって刃を潰していたが、それは選手間での公平を期すためだ。この子たちの魔力量、技術なら自分たちでやったとしても問題はない。


「よし、問題なさそうです」

「ボクも大丈夫! やろうよ!」

「はい! マスターたちは離れていてくださいね。あと誰か、合図をお願いします!」


 私が合図役を担おうと思ったが遠く離れた場所から声を上げるのは何とも締まりがないので、シズクの作った水の球が地面と接触して破裂した音を開始の合図とすることにした。

 事前に決めておくこともなくなり、気持ちも入ったのか真剣な表情で構える2人を置いて、私たちは移動する。

 あの子たちの戦いだ。その余波はどれほどに及ぶのか想像も付かない。

 多少は抑えてくれるだろうが、集中しはじめるとそんなことも気にしていられなくなりそうだ。


 そうして2人と距離を取るために歩きつつ、みんなと模擬戦に関する話をする。


「みんなはどっちが勝つと思う?」


 私の問い掛けに最初に答えたのはシズクだ。


「眷属スキル有りだし、ダンゴちゃんには勝てないんじゃないかな……」


 あの子の眷属スキル《グランディオーソ》は攻防一体の効果を及ぼす。

 霊器だけではなく、自分の体の硬度と質量を増大させられるから攻撃がまず通らなくなるのだ。


「でも負けることもないんじゃない? ダンゴの攻撃だってコウカねぇに当たるか分からないし」


 シズクの意見に対して、ヒバナは勝敗が付かないのではないかと言った。

 その意見はシズクとしても同意できるものであったのか、彼女は頷いていた。


「まあ……普通にやったらね」


 それからボソッと呟いた彼女はほくそ笑んでいた。何か良からぬことを考えている顔だ。


「正直~わかりませんよね~」

「……実力が未知数」


 だが結局、そういう結論になってしまう。

 進化したコウカが実際に戦うところを見るのはほとんど初めてに近い。

 ライゼさんに膝を突かせたところを見たものの、それでコウカがどれくらい強くなったのかを正確に図ることはできないのだ。


「コウカの眷属スキル《アンプリファイア》……だっけ? それが実戦でどう作用するのかが分からないのが一番の問題だよね」

「でも~昨日のあれ~すごかったですよ~」


 昨日あの子のスキルについて教えてもらったので、じゃあ実際に試してみようということになってあの子と私たち、1対1ずつでじゃんけんをした。

 結果はコウカの全勝。だがこれは運ではない。あの子はそのスキルを使って私たちに勝ってみせた。


「眷属スキルはいいけど、霊器の性質には正直ガッカリ感を否めないわ。何よ、絶対に折れない剣って」

「別に壊れてもすぐに直せるもんね」


 本気で肩を落としているヒバナにシズクが苦笑いする。

 みんなが持つ霊器にはそれぞれ性質があり、コウカも進化したことで霊器が“ライングランツ”という名前の新たな剣へと変わり、性質も得た。

 その性質が『絶対に折れず、刃こぼれもしない』というもの。

 もちろんすごいにはすごいのだが、彼女たちが言うようにそもそも霊器は壊れたとしても私とこの子たちの力を補充してあげればすぐに直せる。

 その消耗もただではないとはいえ、深刻に捉える必要もない程度だ。


「そもそも、前までも壊れてたことなんてほとんどなかったし」


 ヒバナの言う通りで、最高速度で硬い物にぶつけると壊れることもあったが、そもそも最高速度を出せるのが【ライトニング・インパルス】だけであり、それも発動までが非常に長いので使う機会がほとんどない。

 そんな事情もあり、そこまで有用な性質とは言えなかった。

 しかし――。


「私は好きだよ、折れないって性質。霊器ってみんなにとって自分の分身みたいなものなんだよね?」


 前にシズクから少しだけそんな話を聞いたので、それを言葉にする。

 もしこの考えが間違っていないのなら、折れないという性質はあの子の決意の表れのような気がするのだ。


「分身とはまた違うんだけど……」


 説明しづらそうなヒバナ。

 シズクは彼女の言葉を引き継ぎながら説明してくれる。


「ユウヒちゃんが言っているのはあたしが前に話したことだよね。魂が持つ力への影響とその性質」

「そう、それそれ」


 それからシズクはこの前、私に対して話してくれたことを再びこの場にいるみんなに向けて話してくれる。


「女神も言ってたけど、生物が持つ魔力をはじめとする特別な力の性質は体だけじゃなくて、魂からの影響も受けるんだ」


 その性質が何から影響を受けやすいかは種族や個人によってまちまちらしいが、精霊は種族的に魂の側に比重が偏っている。

 だからこの子たちは想いがそのまま力へと直結するのだ。

 また遺伝というものもこの世界においては肉体の遺伝子的な要因だけではなく、魂にも起因するものなのだとか。

 つまり、魂も遺伝するということだ。


「これはあたしたちには関係のない話だけど、子供は生まれる前に両親からとても小さな魂の欠片というものを分け与えられるんだよ」


 そしてその欠片が本質的なところで魂のベースとなって、そこに世界の根源で漂白された無数の魂の欠片が集まり、新たな1つの魂が生まれるのだと。

 この話を最初に聞いた時は、欠片といえど魂を分け与えて本当に大丈夫なのかという疑問も生まれたが、それに関しては寿命が数日程度縮むくらいで大きな問題はないそうだ。

 欠片が意識を持つことはないので、新たな魂へと悪影響を及ぼすことも基本的にはないらしい。

 ごく稀に欠片に込められた想いが強すぎて、声を聞いたとかいう実例もあるらしいが結局はその程度だ。


 その話を聞いて、私は安堵するとともに魂にも親との絆が刻まれるというのは何とも素敵な話だなとその時になってようやく感じることができたのである。


「生まれは大体こんな感じだけど、魂がどう成長していくのかは自分たち次第みたいだよ」


 シズクはここまでの話を簡単に締めくくると本題へと入った。


「魔力と同じでね、あたしたちの精霊力もあたしたちの魂が持つ力なんだ」


 シズクがこの知識を得るために読んだ本は当然、人間に向けて書かれたものだ。

 そのため彼女たちが持つ精霊力に関しては詳しく書かれていないらしいが、私たちは実際に精霊力と魂の関係をミネティーナ様から聞いている。


「あたしたちと違って霊器自体に魂はないよ。でもあたしたちの魂から影響を受けた力を集めた物なんだったら、霊器も自分の魂とある程度本質的なところで似ちゃうものなんだよ」


 そこでどういうわけか、シズクは急にもじもじとし始めた。

 心なしか、顔も赤くなっている。


「あ、あとね、これは関係ないことかもしれないけどっ。霊器があたしたちと違うのは魂の有無の他にユウヒちゃんが持っている魔力や女神の力も含まれているってこと。つまり、霊器はあたしたちとユウヒちゃんが持つ力の結晶体。絆の象徴。何が言いたいかというと――」


 まだ話しているが、段々聞き取りづらくなっていったので聞いているふりだけをしておく。

 だが、ここまで聞いただけでもやっぱり信憑性のある推論なのではないかと思えた。


「……魂」


 不意にそう呟いたアンヤの様子が気になった私は問い掛ける。


「アンヤ、何か気になるの?」

「……魂って、本当に……あるの……?」


 本当にあるの、か。

 この世界に来る前の私だったら、ないと答えていただろう。でも、私は死んで消えてしまう寸前にミネティーナ様によってこの世界へと連れてきてもらった。

 それにシズクが語ってくれたようにこの世界では魂の存在が一般的に信じられている。女神であるミネティーナ様も魂という言葉を口にしていた。

 だが、だからといって目に見えない物を信じるというのは難しいのだろう。何よりも実感が湧きづらいのは事実だ。


 目に見えないのなら感じるしかない。

 邪龍となった聖龍ミティエーリヤ様の件にしてもそうだ。魂が浄化され最後に消えゆく瞬間、確かに魂の存在を感じられたのだ。


「あるよ。死後の世界はなくても、魂はきっとある。アンヤもミティエーリヤ様が遺した最期の光景を覚えてるよね」


 この世界にもきっと死後の世界なんてない。でも、私はこの世界で魂の存在だけは信じてもいいと思えるようになったのだ。


「魂はあるわよ」


 私の言葉を補うようにヒバナが言葉を続ける。


「私とシズはこの体が生まれる前のことを覚えてるわ。まだ私たちが1つの存在だった時のことよ」

「前に言ってたね、それ」


 そんな私たちの言葉にアンヤは僅かに頷くが、どこかスッキリしていないのか思慮に耽っているようだ。

 だが、やがて彼女は決心したかのように私を見上げてある疑問を口にする。


「……それは、アンヤにも?」

「そりゃあ、あるでしょ。生きてるんだから」


 私の言葉ではない。アンヤの言葉をすぐさま肯定したのはヒバナだ。

 そして彼女はそのままこの小さな妹へと語り続ける。


「感じたり、考えたりするのも魂があるからできることよ。だからアンヤにも魂はある」


 どうしてそんなことを聞いてきたのかは分からないが、こうしてアンヤが疑問に感じることができるのも魂があるからだ。


「……そう。なら、これが……本質」

「アンヤ?」


 アンヤがどこか思い詰めたような表情をしているように見えた私は彼女と目線の位置を合わせて、首を傾げた。


「……何もかも……」

「何? なんて言ったの、アンヤ」


 背を向けてしまった彼女の言葉を最後まで聞くことはできなかった。

 そんなアンヤの肩を掴んで振り向かせたのはヒバナだ。


「何か悩みがあるなら、自分だけで抱えていないでちゃんと言いなさい」

「……何でもな――」

「言いなさい」


 有無を言わさぬヒバナの物言いにアンヤがたじろぐ。私にはできなかった強引な手段だが、今は彼女の存在がありがたい。

 そして、観念したのかアンヤは若干目を伏せながら口を開いた。


「……アンヤの魂は……あなたたちとは、違う」

「はぁ?」


 ヒバナが私に顔を向け、無言で問い掛けてくる。だが私もアンヤの発言の意図が掴めなかったので首を振った。

 彼女は真剣な表情で何かを考え始めたようだったが、やがて静かに語り始めた。


「そうね……あなたが求めている答えとは少し違うかもしれないけど、私なりの考えを話すわ」


 静かに息を吐いたヒバナがアンヤの頬を両手で挟み込むようにして持ち上げる。


「それって当たり前のことでしょ」

「……え?」

「誰もが皆違って当たり前。違う存在だからこそ一緒にいて心が温かくなったりするんでしょ。もし全部が全部同じだったら、それって1人でいるのと同じで寂しいじゃない」


 ヒバナの出す声はどこまでも優しい声色だった。

 彼女は自分の話をアンヤに語り聞かせる。


「きっと私たちの心って、1人でいて満たされることはあっても温かくはなれないようにできているのよ。私とシズはあなたたちと出会うまでは二人一緒だけど独りぼっちだった。でも、今はあなたたちがいてくれるわ」


 ヒバナもきっと私と同じで、孤独に堪えられないんだ。

 ……いや、きっと私たちは皆そうだ。だからお互いに居場所を求めて寄り合った。


「あなたたちと出会えたことで私とシズも変われたんだと思う。あなたたちのおかげで、私たちは本当の意味で“二人”になれたのよ。……そのせいで最近はあの子の考えていることに驚かされる時もあるけどね」


 呆れと慈しみを込めた目でヒバナが見つめる先には、散々語って満足したのかりんごのように赤くした顔を手で覆っているシズクと、彼女に纏わりつきながら何かを話しているノドカの姿があった。

 だが、今回の場合だとヒバナが主に見ているのはシズクだろう。


「まあ、それが楽しくもあるのよ。通じ合えているっていうのは嬉しいけど、相手の何もかもを分かってしまってもつまらないじゃない」

「…………」


 そこでヒバナはアンヤの顔に視線を戻した。


「あくまでこれは私の考え方だから、あなたとしては納得できないものかもしれない。私とアンヤは違うんだもの、仕方ないわ」

「……それでも、いいの……?」


 言葉足らずだがあの子は多分、理解できない事実をそのまま「仕方ない」で片づけてしまっていいものなのかと疑問を抱いているのだろう。

 私としては仕方ないで終わらせてしまうのはよくないとは思う。そうしてしまった時、きっとその相手と分かり合える機会を永久に失ってしまうのだから。

 果たしてヒバナの答えはどうだろうか。


「そこで終わらせることも終わらせないこともあなたが自由に選んでいい……と言いたいところだけど、私としては良くないかしら。あなたには私のことを理解していてもらいたいし、理解だってしていてあげたいから」

「……どうして?」

「どうしてって……それは……えと……」


 アンヤの問い掛けに対して、急にしどろもどろになるヒバナ。

 ここに来て、またあの子の恥ずかしがり屋な面が出てきたかと私が頭を抱えていると、横合いから先程まで話していた彼女とそっくりなようで違う声が割り込んでくる。


「それはね、アンヤちゃんのことが大切だからだよ」

「し、シズ!?」

「愛しているって言い換えてもいいかも」


 声の主はシズクだった。彼女のさらに隣ではノドカがヒバナの顔を見て「わぁ~真っ赤~」とはしゃいでいた。

 そして勢いよく振り向くヒバナを無視して、シズクはアンヤへ歩み寄るとその頭を撫でる。


「相手のことを分かってあげたい、自分のことを分かってほしい。前にね、ひーちゃんがそんな気持ちについてあたしに相談しに来たことがあったの。その時にひーちゃんが見つけ出した答えは愛だったんだ――いひゃっ、いひゃいっ!?」

「シズぅ! 恥ずかしいこと勝手に話さないでっていつも言ってるでしょ! ほんっとうに信じられない!」


 自分の過去の話を掘り返されていたヒバナは震えていた状態から正気を取り戻し、シズクの頬を引っ張ることで無理矢理その発言を遮った。

 シズクもヒバナの手を両手で引き剥がそうと頑張っているが火事場の馬鹿力というものなのか、羞恥心でヒートアップしたあの子の力には敵わないらしい。

 ……まあ自業自得だ。


「あーもう! とにかく、あなたが私たちといて少しでも楽しいとか嬉しいとか心の中にそういう熱を感じる時があるのなら、悩んでいないで積極的になりなさい! はい、私の話はこれでおしまい!」

「ぁ……熱……」


 そう言ってヒバナは片手でシズクの頬を引っ張りながら、もう片方の手でアンヤの胸をとん、と押す。

 それほど強く押したようには見えなかったが、アンヤは胸を抑えて蹲っていた。


「そ、そっちのほうがひーちゃんも嬉しいもんね」

「……っ、あんたはぁ!」


 そこにまた余計な発言が飛び込み、ヒバナの怒りを買う。まるで自分から地雷原に突っ込んでいっているみたいだ。


「ち、ちがっ、あたしはひーちゃんが誤解されないようにと思って……。ほら、ひーちゃんってなかなか素直に――い、いひゃいっひぇ!」

「余計なお世話よ! それにあんたが私をからかって楽しんでいるのもこっちは知ってんの!」


 ヒバナに対して、いつも失言が多いと思っていたがどうやらシズクはわざとやっていたらしい。

 ――あの子って結構、悪戯好きなのかな。

 その悪戯心の被害にあうのはヒバナばかりだけど。


「え~い」

「わわっ」


 彼女たちのじゃれ合いを見て笑っていると、肩回りに衝撃が走る。

 首を回して後ろを見るとニコニコとしたノドカと目が合った。


「誤解もなにも~ヒバナお姉さまって~わかりやすいですよね~」

「そうだね。素直じゃないだけで結構単純だよね」

「はい~」


 体に回された腕を撫で、その温もりを感じながら私は思っていることをそのまま口にした。

 仮に私たちの関係が家族と呼べるものなら、あの子は家族想いの恥ずかしがり屋さんだ。




    ◇◇◇




 ユウヒたちが距離を取るために歩いて行った後、向かい合った状態で待機していたコウカとダンゴがある程度緊張を保ったまま会話に花を咲かせている。


「コウカ姉様と戦うことになるなんて思わなかったなぁ。でもいい特訓になりそう! もっと早くやっておけばよかったね」

「そうですね、わたしもそう思います」


 今のコウカだから素直にそう思えているが、進化する前の自分の心と向き合えていなかった彼女ならそうは思えなかっただろう。

 それはコウカ自身がよく理解しているため、彼女は自身の妹へ同意を示しつつも苦笑していた。

 遅くなったが今からでもきっと遅くはない、とコウカは頭を振ると一転して好戦的な光を瞳に宿して微笑んだ。


「でもダンゴ、これは特訓とはいえ真剣勝負です。勝たせてもらいますよ」

「言ったね。でも勝ちたいのはボクも一緒だよ。昨日やったすごろく、忘れてないからね」


 挑発的に両者が睨み合う中、時間だけが経過していく。


「……それにしてもやけに遅いですね」

「うん、立ち止まって何か話しているみたいだけど……ボクたちのこと忘れてないよね?」

「なんだか楽しそうです……」


 そのままさらに時は流れ――やがて両者がハッと何かに気付いたかのように空を見上げた。

 そこにはシズクが作った大きな水球が浮かんでいる。あれが地面に落ちた時が開始の合図だ。

 コウカは長剣を、ダンゴは巨大な戦斧と盾を構え直す。


 そして重力に従って落下し始めた水球が徐々に地面へと迫っていき――弾けた。


「【ロック・シェル】!」

「ッ! 【ライトニング・ステップ】!」


 開戦の合図と同タイミングで動いたのはダンゴだ。彼女は自分の正面に巨大な岩塊を生み出すとともに、右手に持った戦斧の形状をハンマーへと変化させる。

 その傍らで左手の盾も短杖の形へと変化させていた。


 ダンゴが両手で持ったハンマーを使って岩塊を叩くのとコウカが稲妻を全身に纏ったのは同時だった。

 衝撃を受け、砕け散った破片がコウカの居た場所を目掛けて飛んでいくが、そこには光の軌跡が残されているだけで既にコウカの姿はない。


(やっぱり、言ってた通りだ)


 それに対してダンゴは表情を歪めることもなく、むしろ微笑んですらいた。

 彼女はハンマーを振り抜いた体勢から、振り向きざまに杖を持った左手を振るう。

 ――甲高い音を立て、2つの力が激突した。


「容赦ないね!」

「どっちが!」


 そこにはやや信じられないような光景があった。

 一見、鍔迫り合いをしているように見えるがコウカが振り下ろした剣を受け止めているのはダンゴの前腕だ。

 彼女は痛みを感じている素振りを見せるどころか腕に傷すらも付けておらず、その上じりじりとコウカを押し返し始めていた。

 無論、これはダンゴが持つ眷属スキル《グランディオーソ》によるものだ。

 体重を増加させたうえで左腕全体の硬度を高めているため、勢いが乗った状態のコウカの剣すらも容易く受け止めることができているのだ。


「【ロック――痛ッ!?」

「させない!」


 魔法で反撃しようとするダンゴの企てを察知したコウカが、妹の腹を蹴ってその場を離脱する。

 その蹴りですらダンゴの体を揺るがすことはない――が、蹴られた部分は硬度を強化していなかったため蹴りの痛み自体は感じてしまう。

 ユウヒに気を遣ってスキルを制限していたのが仇となった形だ。


「コウカ姉様! 普通、妹を――っていないし! もう!」


 目尻に涙を浮かべたダンゴが抗議しようとするが、コウカは既にその場から去った後だった。

 口で文句を言いつつも、ダンゴは次にどうするべきか考えている。

 そして一瞬だけスキルを解除すると同時に右手のイノサンテスペランスを剣の形状へと変化させて、それを背後に振り向きながら構えた。

 ――再度、両者が激突する。


「なっ!?」

「それも言ってた通り!」


 驚くコウカに対して、ダンゴは強気な笑みを浮かべる。

 その瞬間、ダンゴの剣がうねりを帯びるように変化し、コウカの持つライングランツに絡みつこうとする。

 それは既存のどの武器にもできない、自由に形状を変化させられるダンゴの霊器だからこそできる芸当だ。

 虚を突かれる形となったコウカは阻止しようと咄嗟にダンゴへ電撃を浴びせるが、それは判断ミスだった。

 というのも、全身を眷属スキルで強化したうえに魔力を纏っていたダンゴは、構築の甘い雷魔法に対して怯みもしない。

 その間にライングランツに纏わりついたイノサンテスペランスは完全にコウカの得物を捕らえ、そのまま手にも絡みつこうとするので、咄嗟にコウカは剣から手を放してしまった。

 霊器を奪われるような形となってしまったが、コウカの顔に焦りはない。

 彼女は囚われているライングランツを消失させると、再び右手にそれを生み出す。


「まさか、そんなことができるとは思いませんでした」

「ふふん、どう? これがボクのイノサンテスペランスの力だよ!」

「驚きましたけど、霊器の性質を見誤っていましたね。前の自分との違いも分かってきましたし、わたしもそろそろ本気で行けそうです」


 コウカは自分の手のひらを見つめながらさらに一段階、集中を高めようとする。

 それに対して、ダンゴは強気な笑みを崩そうとはしない。


「やっと本気のコウカ姉様を見れそうなのは嬉しいけど――遅かったね」


 その言葉と同時に2人の周囲を囲むように地面から岩の壁が隆起して、さらに天へと向かって伸びていく。

 この先、何が起ころうとしているかを察知したコウカは瞬時に離脱しようと試みるが足に何かが絡みついていたため、一瞬だけだが動くことができなかった。


「ッ!?」


 絡みつくそれらを電撃で焼き払って、地面を蹴ると再度離脱を試みる。


「うわっ!?」


 だが今度は高速移動中に何かに躓き、その場で転倒してしまう。

 それは不自然にも一か所だけ地面から50センチほど飛び出た岩であった。その岩に躓いたことで彼女は離脱するタイミングを失ってしまったのだ。

 そうして、彼女たちの戦場は暗闇に包まれた。



 光すらも届かなくなった壁の中。閉じ込められたコウカが明かりを灯す。

 その光に照らされたコウカとダンゴは再び向かい合っていた。


「さっきのは……植物魔法ですか?」

「そうだよ。まだあんまり使えないけどね。それにコウカ姉様が躓いたのだってボクが作った岩だよ」


 先程、コウカの足を捕らえていたのは地面から伸びる植物の根だった。

 ここは草原であり、植物魔法の媒体はどこにでも存在する。さらにダンゴの魔法によって転ばされたと分かっては、コウカは悔しそうに顔を歪めるしかない。


「最初に言ったけど、ボクが勝つよ! これもそのために作ったんだ!」


 ダンゴが岩の壁で作ったのは、狭いドーム状の建物だった。

 胸を張る彼女は自慢げに説明を始める。


「動きがすっごく速いコウカ姉様だけど、狭い場所だとすぐ壁にぶつかっちゃうからあの魔法は使えない。コウカ姉様は今、最大の武器を失っているんだ」

「なるほど…………それって、誰の入れ知恵ですか?」


 流暢に解説するダンゴであったが、普段の彼女のことを考えるとあまりにも不自然だった。

 そんな違和感を当然のように抱いていたコウカは、解説は二の次としてそれが誰かから授けられた知恵だと察する。

 それに対して、ダンゴも隠す素振りも見せずにひけらかした。


「もちろんシズク姉様だよ!」




 コウカは頭を抱えた。


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