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27 色付いた世界

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)


最初にコウカのモノローグのようなものが入ります。

 漠然とした感覚の中で眺めていたのは生物と生物が殺し合う光景だった。

 最初はこの光景にわたしも呑み込まれるのだろうかと恐怖した。どこまでも暴力的な世界、それでもわたしにとってその世界は確かな色を持つ世界だった。

 だがわたしがこの世界に生まれ落ち、自由に動けるようになった時、視界に広がっていた世界はただ風が吹き、木々が揺れるだけの寂れたもの。

 そのときにわたしの世界からは色がなくなったのだ。


 朝が来て、夜が来て、そしてまた朝が来てもずっと変わることがない。

 ――わたしは何のために生きればいい? 何を目的にすればいい?

 分からなかった。ただ何も求めず、生きる為に生きているだけだった。

 でも、遂にわたしは見つけたんだ。一つの理由を。

 この日、わたしはとある生物――人間と出会ったんだ。


 その人間は1人だった。

 何か変わったことをするわけでもなく、ただ歩いているだけ。それでもわたしにとって生まれて初めて見る、わたしを殺し得る力を持った生物との出会いは衝撃的だった。

 わたしはその人間に強く興味を惹かれた。

 あの人間がわたしを見つけたとき、どうするのだろうか。わたしを殺そうとするのだろうか。

 ……別にそれでもいいと思った。それでわたしがもう一度、この世界に色を見つけられるのなら。


 好奇心から、森の木々から気まぐれに取っては体内に吸収している赤い果実をそっと人間の近くに置いてみることにした。

 果たして人間はどんな反応をしてくれるのだろうか。

 やはり警戒して辺りを捜索し始めるのかと、そう予想した。

 だが人間は最初、警戒する素振りは見せたものの予想に反して、果実を拾って食べ始めたのだ。

 違う考え方をする生き物というのは予想ができなくて面白い、などと考えていると人間が3匹の獣に襲われそうになっていた。

 なるほど、誰もいなくなったと思った世界にはまだ他の生物もいるようだ。


 ここで思い出すのは、生まれ落ちる前に眺めていた暴力的な世界。

 今ここで再びその光景が繰り返されるのかと思ったが、そうはならなかった。

 理由としては単純で、人間がその場から逃げ出したためだ。


 この人間は暴力的な世界に抗う力を持たないのだと理解した。だからこのままでは為すが儘にされるだけだろう。

 それが何だか面白くなかったわたしは少し人間を手助けしてみようと思った。

 どうやらわたしの力で獣が怯んでいるうちに人間は上手く逃げ出したようだ。

 わたしは人間が逃げ出した先で何をするのか気になり、獣に気付かれないように人間の後を追った。


 獣たちもわたしを軽く追い抜かして人間の後を追い、遅れてわたしが人間に追い付いたときには、人間は3匹の獣と棒切れ1本で戦っていた。

 いや、それは戦いですらなく一方的な蹂躙でしかなかった。

 弄ばれているのはもちろんあの人間だ。結局、この人間も力を持たぬが故、死んでしまうのだろうか。人間の抵抗はほとんど意味をなさない無駄なものでしかなかった。

 でも、それでも――絶望的な状況の中で必死に生きようと足掻く姿がわたしの目には羨ましく映った。

 ――そんな時だ。

 不意に強い衝撃を受け、わたしの意識は飛んでしまった。


 やがて意識を回復したときには、先ほど戦っていた場所で2匹の獣が死に絶えていた。

 これをあの人間がやったのだろうか。わたしは足跡がさらに続いていることに気付いて、その足跡を辿ってみることにした。


 そしてあの人間を見つけることには成功した。

 坂の下でボロボロになり、少しも動く気配はない。あれだけ必死に足掻いた先に待っていたのがこの結末だ。

 わたしの内には何とも言えない感情が渦巻いた。

 端的に言うと面白くなかった。

 それを自覚した時、わたしの足は自然とこの森に成る赤い果実を取りに向かっていた。

 その時のわたしの頭にはなぜか先ほど、果実を口にして笑顔になった人間の姿が浮かんでいたのだ。


 再び人間の元に戻ってきても、人間が動く気配はない。

 また、わたしの世界は静寂に包まれてしまった。

 それでもただジッと待つ。何もない時を過ごすのには慣れている。


 そうして待っていると、ついに人間が目を覚ました。

 どれほどの時が流れたかはわからないが、確かに目を覚ましたのだ。

 だが目を覚ました人間は木に背を預けると、そのまま膝を抱えて蹲ってしまった。

 ――何だそれは。どうして生き残ったのにそんなに悲しそうにしているんだ。

 わたしの内側で湧き上がってくるものに突き動かされるように人間へと近付いた。

 でも何も考えずに近付いたため、つい草花を揺らしてしまい、人間に気付かれてしまった。


 不安そうな顔で今にも折れそうになりながらも問いかけてくる人間。

 そこでわたしはハッとした。わたしはその不安を煽る存在なのではないか。

 最初に出会った時は、この姿を晒してもよいとさえ思っていたのに、もうそんな気持ちはわたしの内側にはなかった。

 どうしようかと悩んで、赤い果実を取りに行ったことを思い出した。

 これを渡してしまえばまた笑顔になってくれるのではないかと思い、果実を投げ渡す。

 すると人間は果実を拾い上げて、再度わたしに問いかけてきたのだ。

 ――姿を見せてくれないか、と。

 わたしは驚いていた。先ほどの不安そうで悲しそうな顔は鳴りを潜め、少し微笑んではこちらをジッと見つめているのだ。


 わたしが動けないでいると、人間の顔はまたどんどんと不安そうな顔に戻っていく。もうそんな顔はさせたくなかった。

 だからわたしは思い切って人間の前に飛び出す。

 これで戦いとなって殺されても仕方ないだろう、何もない世界で生き続けるよりも良いのかもしれないとさえ思った。

 でも、人間はわたしの姿を見ても戦おうとはしなかった。そしてあろうことか赤い果実を口にして笑ったのだ。

 そんな人間の様子にわたしは安堵した。知らず知らずのうちにこの人間とは殺し合いたくないと思っていたのだ。

 かと思えばその直後、人間は涙を流してしまった。

 わたしは彼女の頬を伝って流れていった涙のシミが広がっていくのをジッと見ていた。


 傷が治った人間はどうやらこの場所から離れることにしたらしい。また、わたしは何もない世界で生きることになるのだろうかと思った。

 だが人間は言ったのだ、一緒に来て欲しい、と。そして、わたしを傷つけるものを許さないと。

 自分が生きるのも必死で死にそうになっていたのに、わたしを守るというようなことまで言ってくれた。


 理由なんてどうでもいい、この人間と一緒にいたいと思った。すると、人間はわたしに名前をくれたのだ。"コウカ"というわたしだけの名前を。

 気付いた時にはわたしと人間の間に強い繋がりが結ばれていた。


 きっと、わたしの内側に湧き上がる感情は喜びなのだろう。

 だが次の瞬間にはまた人間の目から涙が溢れそうになってしまったため、わたしは衝動的に人間の体をよじ登り、その涙を体で受け止めた。

 きっとわたしは、この人間に悲しんで欲しくないと思っていたのだ。いや、もうずっと前からそう思っていたのだろう。

 この自分の中にある想いを失いたくはなかった。


『ずっとその子のそばにいてあげてね』


 その時、不意にどこからか声が聞こえたような気がした。

 声が聞こえたのは一度きりで、今となってもその声がいったい何だったのかは分からないが、正直余計なお世話だと思ったことだけはよく覚えている。


 それからわたしは誓った。この人間の少女――ユウヒ(マスター)を守ると。

 マスターがわたしを守ると言ってくれたように、マスターを傷付けるもの、マスターを否定するものからマスターを守ると。

 その瞬間、わたしは世界に色を見つけたのだ。


 ――でも、いつしかこの誓いを理由にして、自分の生き方を縛り付けてしまっていたのかもしれない。

 盲目的に信じることで誓いの本質を見失ってしまっていたのかもしれない。

 ライゼに何を言われようとも、わたしが抱く生きる理由の本質が変わることはない。

 マスターを悲しませたくないのも変わらない。そのために強くなりたいと願ったのも変わらない。

 それ以上に守りたいものが、大切なものが増えていただけだ。

 ヒバナ、シズク、ノドカ、ダンゴ、アンヤ。みんな大切なわたしの家族なんだ。


 ――答えはすぐそこにあった。ただ見えていなかっただけ。

 言葉は表面上のものでしかない。

 誓いの本質は……あの時抱いていた想いは大切なものを失いたくない、守りたいというものだった。

 だから、言葉通りにマスターのことだけを考えようとしていたわたしの心が迷っていると言われるのは当然のことだったのだ。


 生きる理由を見つけたくて、心に刻みつけた誓い。

 本当はもうこんなものがなくても、きっと迷うことなどない。世界が色を失うことだってない。

 わたしはただ、家族と一緒に未来へと歩んでいけたらそれでいい。

 ――みんなに立てた誓いは、誓いという名の祈りだ。

 わたしはこの祈りを胸に戦う。

 そうしなければならない、と何かに突き動かされるわけではない、自分自身の意思で。

 これから訪れる未来が輝かしいものであるように。確かな輝きを持つものにさせるために。


 生きる理由すらも見出せなかった灰色の世界だったのに。

 マスターというわたしに世界の色をくれた存在、家族という共に生きたいと願う存在。

 大切なものがどんどん増えていき、その度にわたしの世界は鮮やかになっていく。


 ――そして色付いた世界の中から見る外の世界もまた、輝いて見えた。




    ◇◇◇




 今日は彼女がコウカとして生まれ落ちた記念日だ。そんな日の夜にコウカはヒバナただ1人を呼び出していた。


「ごめんなさい。どうしても2人きりでちゃんと話をしたくて」

「そんなのはいいわ。話って何?」


 訝しげなヒバナの視線を受け、コウカは襟を正す。

 そして彼女はヒバナの顔をまっすぐ見据えると直角に体を折り曲げた。


「すみませんでした、ヒバナ!」

「……謝罪はさっき聞いたわ」

「それでも謝らせてください。何度も傷つけたこと、そしてちゃんとあなたと向き合っていなかったことを」


 頭を下げるコウカを見下ろすヒバナの表情はやや硬い。

 彼女は左手で自分の右肘を握りしめた。


「……どうして私なの? それは私たちのうちの誰にでも当てはまるわ」

「もちろん一人一人にちゃんと謝ります。でもヒバナを最初に呼んだのは……多分ですけど、一番傷つけて泣かせてしまったのがヒバナだったから」


 眉間に皺を寄せたヒバナが震える右腕をさらに強く握りこむ。


「赦してくださいなんて、とてもじゃないけど言えません。あなたの心を傷つけ、あろうことか剣を向けようとしたわたしを姉だと思えなくても当然です。でも近くにいることだけは……そばであなたのことを守ることだけは許してくれませんか」


 ヒバナの視線を向ける先。そこにはスカートの裾をギュッと握りしめるコウカの手があった。

 それを見ながら思いに耽るような表情をしていたヒバナはやがて、決心したかのように口を開いた。


「顔を上げて……


 バッと勢いよく顔を上げたコウカの表情は驚愕に染まっている。


「今なんて――」


 問い掛けようとしたコウカの顔目掛けてヒバナが手を伸ばす。そして左手、右手とその手をコウカの頬に当てて挟み込むと、その顔を持ち上げて自分から顔を近づけていった。

 お互いの吐息が感じられるほどの距離で見つめ合う2人であったが、やがてそれはヒバナが軽く突き放すようにコウカの頬から手を離し、自分の口元を腕で覆い隠したまま離れてしまったことで終了となる。


「ヒバナ……?」

「……やっぱり、許せるわけないわよね」

「――ッ!」


 その言葉にショックを受けるコウカであったが、ヒバナが浮かべている慈しむような笑みが腕の隙間から見えて、理解が追い付かなくなる。

 そんなコウカのどこか間の抜けた顔を見て、ヒバナはフッと鼻で笑った。


「守ることだけは許してくれませんか、ですって? そんな一方的な関係、許すわけがないでしょ。そんな関係が許せるような時期はとっくに過ぎてるの」

「えっと……」

「あーもう、まどろっこしい! ……私たちは家族なんでしょ? ユウヒが教えてくれたそれはそんな一方的な関係なんかじゃなかったはずよね――お姉ちゃん?」

「お、お姉ちゃん……」


 呆然とするコウカの瞳が揺れる。そしてジワッと両目から涙が溢れだした。

 それにはヒバナも思わず、ギョッとする。


「なんで泣くのよ……」

「だってぇ……もう、あなたの姉にはなれないと……思っていたから……」

「……バカ。最初は強引に押し付けてきたくせに。今さら弱気にならないでよね」


 そう言って、ヒバナは泣きじゃくるコウカの顔を胸に抱き込んで慰める。




 泣き止んだコウカとヒバナは芝生の上に並んで座っていた。

 そして互いに意味もなく星空を眺めているとヒバナがある秘密を打ち明ける。


「……実はね、私も謝らないといけないことがあるの」

「それはわたしに……ですか?」


 ヒバナは頷く。


「コウカねぇに剣を向けられそうになったわよね。でもそれよりもずっと前に私もコウカねぇに杖を向けたことがある」

「えっ!?」


 自分が剣を向けようとしたことを思い出して、すっかり沈み込んでいたはずのコウカが今度は仰天する。


「……怖かったのよ。別人のように冷たい目をしたコウカねぇのことが」

「冷たい、わたし……?」

「ユウヒのことしか見ていないコウカねぇと一緒に凍えるような目をするコウカねぇもいた。それがいつか私のことを何とも思わずに切り捨ててしまうんじゃないかと思ってしまったの」


 語り続けるヒバナとそこから何かを思案するコウカ。

 ……そうして答えを見つけたのか、コウカは顔を上げてどこか不安そうに俯いていたヒバナの肩を抱き寄せた。

 ヒバナから悲鳴が上がるが、コウカはその手を退かせようとはしない。


「怖がらせてしまってごめんなさい」

「こ、こう、コウカねっ……!?」

「実を言うと、わたしにも心当たりがあります」

「ふぇっ?」


 顔を真っ赤にして間抜けな返事しかできなかったがヒバナにはそれを気にする余裕はなく、コウカ自身も特に気にはしていなかった。

 赤い顔のまま固まったヒバナにコウカは語り始める。


「ヒバナとシズクはわたしたちと出会う前の話をしてくれました。だから、わたしもヒバナに話したいと思います。世界に意味を見出せなかった頃のわたしのことを――」


 それは暴力的な世界を垣間見て、恐怖を抱いた自分と何もない灰色の世界に直面して生きる理由を見つけられずにいた頃の話だった。

 そして最後にコウカは大切な存在(ユウヒ)を守ることを自分の生きる意味としたのだと語った。

 その本質を見失い、時が経つごとに歪んでいって、眷属という形に拘るようになったことも。


「多分、冷たいわたしの正体は色のない世界に取り残されてしまっていたわたしの心です。その世界を思い出す度にわたしの中で何かが変わってしまっていた」

「……今は?」


 不安そうに見上げてくるヒバナの視線に気付いたコウカが彼女の不安を和らげるために微笑みかけ、抱き寄せるために肩を掴んでいた手をそっと彼女の頭まで持っていく。

 少女の赤い髪を撫でながらコウカはその問い掛けに答えた。


「今はもうわたしの心はそこにはありませんよ。そんなこともあったな、くらいのもう過ぎ去っていったものでしかなくなりました。きっと、みんながわたしの世界に色を見つけてくれたからです。みんなのおかげでわたしは前を向くことができたんです」


 気付くまでに時間が掛かり過ぎてしまいましたが、とコウカは寂しそうな顔で締めくくった後に苦笑する。


「……コウカねぇはユウヒのことばかり見ていたから。でも今は私たちのことをまっすぐ見つめてくれる」

「集中したら極端に視野が狭くなる……ライゼの言った通りでした。やっぱりわたしとヒバナは対照的です。マスターしか見えていなかった私と違って、ヒバナはいつもわたしたちみんなのことを考えていた」


 自虐のような言葉であったが、実際に受ける印象としては唯々前向きなものだった。

 それはコウカの目が淀みなく、まっすぐヒバナを見つめていたからだろう。


「相手を思いやり肯定しているからこそ、その間違いを否定する時だってある。生きる限り、わたしたちはそうやってお互いに支え合っていくんですよね」

「コウカねぇ……」


 肯定の言葉をただ押し付けるだけだったコウカ。だがそれは表面上、相手を肯定していたとしても自分本位な想いでしかなかったのだ。

 生きている限り誰しも間違いを犯すことがあり、それを正してやるのは大抵周囲にいる者だ。

 だが倫理的に正しいことが相手にとっても正しい道だとは限らない。相手の望むがままに事を進めることが正しいこととも限らない。

 自分の心に嘘をついて行動してしまうことだってあるのだ。

 正しい道など本当は誰にもわからないものだ。個々が抱く正しい道のイメージも同じものを目指しているようで少しずつ違うことだろう。

 でもそれでいいのだ。全く同じ存在などいない。

 だからこそ、一緒にいることに意味が生まれるのだから。


 大切なのは互いが互いを想う純粋な気持ち――いわば愛なのだ。


「……対照的なんかじゃない。コウカねぇが持ってる私たちへの気持ちと私がコウカねぇたちに抱く想いはきっと同じようなものなの」


 熱い想いが込められた瞳がコウカを射抜く。


「一度しか言わないわ。大嫌いなんて嘘……本当はあなたのことが好き」


 そこでヒバナは目を閉じ、ここにはいない大切な人たちの顔を思い浮かべる。


「コウカねぇだけじゃない。ユウヒもノドカもダンゴもアンヤも。もちろんシズもよ。みんなのことが大切で、これからもずっとみんなと生きていきたいと思ってる。この関係の中から……私たちの居場所から誰にもいなくなってほしくないの」


 そこで目を開いたヒバナは再度、コウカの目をじっと見つめる。


「多分、私が抱いているこの気持ちは、人が“愛”と呼んでいるもの。コウカねぇの心にあるのもきっとそうよ」

「愛……これが……」


 胸の前で握りしめた右手を左手で包み込んでそう語るヒバナの顔には自然と笑顔が浮かんでいた。


「私はあなたたちを愛している。だからコウカねぇが私をちゃんと見てくれて嬉しかった。私を……私たちを家族だって言ってくれて嬉しかったの。ユウヒが家族というものを教えてくれて、コウカねぇがこの温かくて愛しいものにちゃんとした名前を与えてくれた」


 胸の内から溢れ出てくる彼女の想いは止まることを知らない。

 そして今の彼女はそれを止めようとすら思ってはいなかった。

 普段から口にするほどの勇気はまだ持てないでいたが、コウカと向き合えた今日という日がそれを後押ししてくれた。熱に浮かされているだけとも言える。


「言っておくけど、コウカねぇが今の私になるきっかけをくれたのよ。私とあの子しかいらないと思っていた私たちの世界からこの世界に、私たちを引きずり込んだんだから」

「えっ!? わたしですか!?」


 ヒバナの熱い想いに呆けていたコウカが仰け反りそうな勢いで驚く。

 まさか自分がそれほどの影響を彼女に与えているとは思っていなかったのだ。


「コウカねぇが最初にくれた言葉、覚えてる?」

「……はい、もちろん」


 ――意味のある生き方を。

 言葉が重なり、共に笑い合う。

 一頻り笑った後、コウカが穏やかな声で問い掛ける。


「意味は見つかりましたか?」

「ええ。みんなと一緒に生きていくことが私の生きる意味よ」

「わたしと同じですね」


 その言葉を聞いて、ヒバナが悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「あら、眷属としてただ服従して生きるのがその意味だって言ってなかったっけ? ずっとコウカねぇの言葉に憧れて、支えにしていたのに……あの時は傷ついたな……」

「うっ、それは……」

「……ふふっ、冗談よ。もうコウカねぇはあんなこと微塵も考えていないみたいだから、綺麗さっぱり水に流してあげる」

「……水に流す? 水に流すのはシズクじゃないですか? そもそもどういう意味です?」

「ユウヒが教えてくれたけど、たしか――」


 星の降る夜。肩を寄せ合った2人はこれまでの溝を埋めるかのように語り合う。

 それは彼女たちがこれまで過ごしてきた中で最も和やかな2人だけの時間であった。


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