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22 不和

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

「いやぁ助かりました救世主どの。これでこの町もこの先100年は安泰ですなぁ」

「あはは……当然のことをしたまでですよ。それにしても町の人たちに笑顔が戻ってよかった」


 町の人との話を終え、私はみんなの待つ場所へと戻る。


「終わったよ。次の目的地まで距離も近いし、このまま移動しちゃおうか……」

「ねえユウヒ。少しは休んでもいいんじゃない? 今日もフラついてたじゃない」

「ちょっと寝不足なだけだって、大丈夫だから。これは私の問題なんだし、巻き込んじゃ悪いよ……」

「そんなことっ……!」


 最近、寝不足なせいで頭痛が酷く頭もうまく回らない。それに疲れもうまく取れない。

 でも、これは夜にちゃんと眠れない私のせいなのだから仕方がない。こんな個人の事情で足を止めてはいけないのだ。

 一度、口を噤んだヒバナがため息をつく。


「……あなたがそういうのならいいわよ……これ以上言ったら、また何かされそうだし」


 そう言って彼女は目線を逸らして誰かを見据えた。

 私は彼女が誰を見たのか予想できたので目を向けない。


「……何ですか」

「ふんっ、別に何でもない」


 語調自体はそこまで刺々しくもないが、やはり冷め切っているというか少しぎこちない。


 コウカがヒバナに剣を向けた日から、ずっとコウカとの関係はぎこちない。

 あの子だけではなく、私のほうがあの子とうまく接することができていないといえるのだ。

 でも仕方がないじゃないか。あの子に一方的な感情を押し付けて傷つけたのに今更どんな顔をして話しかければいいというんだ。

 そんな厚顔無恥なことはできないし、私はその権利も失ってしまっている。


「コウカお姉さま~怖い顔をしちゃ~めっ! ですよ~?」

「そうそう! ボク、笑ってるコウカ姉様のほうが好きだよ?」


 私が今の彼女に寄り添うことができなくても、あの2人は変わらずにコウカと接し続けている。

 あの子たちが不甲斐ない私なんかよりも彼女の居場所となってくれるのだ。


「ユウヒちゃん、本当に無理だけはだめだよ……? あたしたちはユウヒちゃんが倒れちゃうほうが嫌だし、コウカねぇもユウヒちゃんが休みたいって言ったら文句を言わないだろうから……」

「シズク……心配してくれてありがとね」


 感謝の意を込めて、笑いかけると彼女も微笑み返してくれた。

 こうして私を気遣ってくれる彼女もヒバナと同じく、コウカとの関係がぎこちない子だ。

 少なくともあの日以来、私はシズクがコウカと話しているところを見たことがない。


 駄目だ。考えていると余計に頭が痛くなってきた。




    ◇




「ふわぁ……」

「……はぁ、随分と眠そうね」

「あっ、いや、これは違くて……えっと、寝起きだからつい……ね?」


 昨日、アンヤと一緒にミランに跨りながら何とか目的地に着いた私だったが、結局コウカのこととアンヤのことを考えていたらうまく眠れなかった。

 近くにいるのに遠いコウカと近寄ろうとしてもどこか壁を感じさせるアンヤ。

 どっちも同じだけ大切なのにどうしてこう上手くいかないのかな。

 ――本当は分かっている。ただ私が思い切って踏み込む勇気を持てていないだけだ。

 私が踏み込むことで私たちが今いるこの場所が崩れることを怖がっているだけなんだ。




 そうして、今日も救世主としての仕事がやってくる。


「マスターは後ろにいてください。わたしが敵をすべて倒して、マスターを守ります」


 最近、この子はいつもこうだ。


「コウカ姉様、そんなに気負わなくても大丈夫。ボクたちだっているんだよ? それに守るっていうのはボクの信条だからね。コウカ姉様も主様たちもみんなボクが守ってみせるよ!」

「あっ、ちょっとダンゴ!」

「え、あっ」


 ヒバナの言葉にダンゴが慌てているがどんなやり取りをしているのかいまいち理解できない。

 多分、頭が働いていないせいだ。


「わたしはあなたに守られなければならないほど弱くないッ!」


 だが、突然の怒鳴り声に一瞬で眠気が吹き飛ぶ。

 それでも頭が上手く働かないのは変わらないので、理解できたのはダンゴがコウカの脆い部分に突っ込んでしまったということだけだった。


「ひゃっ、ご、ごめんコウカ姉様! ボク、そんなつもりじゃ……」

「ちょっと、いい加減にしてよ! ダンゴに悪気がなかったことくらい分かるじゃない!」


 ヒバナが怒ってる……何か言わないと。

 ――何を?


「あの~そろそろ~戦う準備を~……」

「ノドカちゃんの言う通りだよ。切り替えよう」


 戦場がハープによって奏でられる音色に彩られる。


「――ッ!」

「よ、よし! ボクも続くよ、コウカ姉様!」


 コウカが怒号を張り上げながら突出し、敵に剣を叩きつけるコウカにダンゴが追従した。


「ちょっと、揃って前に出すぎよ! ……敵があの2人に集中してくれる分にはいいけど……【ブレイズ・ラプターズ】」


 前衛組が突出していると色々と困るんだ。

 ……えっと、具体的には何が困るんだっけ。


「【アビス・サーペンツ】。こ、このままいけばノドカちゃんの結界だけで問題ないけど。念のためにアンヤちゃんは近くにいてね……?」

「……ええ」


 空を覆うのは炎の鳥。地面を這うのは水の蛇だ。

 それらは前で暴れるコウカたちを避けるように魔物たちを攻撃していく。


「ユウヒちゃん、大丈夫……?」

「……んえっ?」


 呼びかけられたことに気が付いた私は声の聞こえてきた方向へと目を向ける。

 そこには三股の槍を複数生成して飛ばしているシズクがいて、こちらの様子を窺うような目で見ていた。


「もう、どんな声出してんのよ。何もしないなら寝てなさい」

「あ、いや……だいじょうぶ」

「……はぁ、ならトリオ・ハーモニクスよ。…………早く!」


 ――あ……ハーモニクスか。

 怖い顔をしたヒバナの荒げられた声によって何を求められているのか気が付いた私は頭痛に耐えながら、魔力を操る。


「……【ハーモニック・アンサンブル】――トリオ・ハーモニクス」


 戦わないといけない、と思った私は反射的に杖を構える。

 どんな魔法を使えば――。


『シズ』

『うん』


 頭に2人の声が響いたと思った瞬間、私の腕が勝手に下がっていく。


「な、なにを……」


 腕だけじゃない。私の瞼は勝手に閉じ始め、足もついには膝をついてしまった。これは間違いなくこの2人がやっていることだ。

 抵抗しようにも2人分の意思には逆らえなかった。


『そんな状態なのに戦わせるわけがないでしょ。おやすみなさい』

『ごめんね、ユウヒちゃん。ゆっくり休んでね』


 そうして私の意識は奥底へと沈んでいった。




    ◇◇◇




 重力に従い、ぐったりと倒れ込みそうになるユウヒの体に両側から腕が回される。

 彼女は双子に支えられながら安らかな寝息を立てていた。

 目の下に隈を蓄えていながらも静かに眠るユウヒの寝顔を覗き込むとシズクがホッとしたように息を吐いた。


「途中でハーモニクスを解除されなくてよかったね」

「頭が回っていなかったんでしょ。まったく、あんな状態でよく起きていられたものだわ。こっちまで眠気に飲まれそうになったし」


 感覚を共有したことでユウヒのコンディションが手に取るように分かったヒバナが嘆息する。

 ユウヒを強制的に眠らせるために3人でのハーモニクスという手段を用いたヒバナとシズクだが、ユウヒの体を素体にする以上その感覚に飲まれてしまってもおかしくはない。

 そんなリスクは彼女たちも承知の上での行動だった。


「ほら、アンヤ」

「……?」


 ヒバナとシズクが揃ってユウヒの体を近くで佇んでいたアンヤへと差し出す。

 急に呼びかけられたアンヤは何が何だかわかっていない様子だった。


「アンヤちゃんがユウヒちゃんを支えててあげて……?」

「ぇ……アンヤ?」


 表情はほとんど変わらないが、アンヤの纏う雰囲気から僅かに動揺が見られた。

 それに気付いているのかいないのか、ヒバナは構わずにユウヒの体を押し付けようとした。


「生憎、私たちの手は埋まってるの。今日は珍しくノドカのも、ね」

「ヒバナお姉さま~一言多い~!」


 テネラディーヴァを弾きながら、常に風の結界を展開し続けているノドカが抗議の声を上げる。

 ノドカは見ただけですぐに手が空いていないことが分かるが、ヒバナとシズクについてもこうして会話しながらも常に先ほどまでに放った魔法の制御をしているため、どちらかというとそちらのほうに集中したかったのだ。


「まあ、あなたがどうしても嫌って言うならその辺りに投げ捨てておくけど?」


 ヒバナが事も無げにそう言い放った瞬間、アンヤの目が泳ぐ。


「……それはだめ」

「だったら分かるわよね?」

「……ますたーはアンヤが抱える」

「そ」


 短い言葉で返事を返したヒバナがシズクに目配せすると彼女も同様にヒバナのほうを見ていたので、2人は余計な言葉を交わさずに揃った動きで眠るユウヒを優しくアンヤへと預けた。

 自分よりも身長が20センチ以上は大きいユウヒを支えることになったアンヤは四苦八苦しながらも自分とユウヒの体勢を整える。

 その結果アンヤは地面に座り込み、ユウヒの頭を胸の前で抱くような形となった。

 これでは有事の際に動けるようにというアンヤを待機させていた意味が完全に無為に帰しているのだが、すでにヒバナたちはアンヤとユウヒが戦わなくてもいいように戦いを進める方針へと切り替えていたため、問題としてはいなかった。


「あたしとひーちゃんで一気に殲滅して少し様子を見よう。ノドカちゃんは索敵優先でお願いしてもいい……?」

「はい~シズクお姉さま~」

「消費は度外視でいいのね? 腕が鳴るじゃない」


 あくまで普段のふわふわと気の抜けた調子を崩さないノドカと少し不敵な笑みを浮かべて見せたのはヒバナだ。

 そのやり取りを終えるとすぐにヒバナとシズクが動いた。


 ――だが彼女たちはノドカとアンヤたちから離れると小さな声で会話を始める。


「あれで上手くいったかな……?」

「さあね。そもそも頭の中がぐちゃぐちゃだったのと寝不足に加え、頭痛のせいでよくわからなかったから。シズもでしょ?」

「うん。あたしが分かったのもユウヒちゃんがアンヤちゃんとコウカねぇについて考えてたってことくらいかな」


 シズクとヒバナがユウヒの中で感じたのは彼女の不調だけではなかった。朧気ながらも彼女の寝不足にまつわる悩みにコウカとアンヤが関わっていることを知った。

 だから2人は打ち合わせもなく即興でアンヤにユウヒをくっつけることために行動したのだ。

 どこかぎこちなさを感じる彼女たちの関係を考えてのことではあるが、これで上手くいくというのは虫の良すぎる話だった。


「きっとあの子に任せすぎなのよね……私たちにも何かできるはずだし、落ち着いたらユウヒにいろいろと聞いてみましょ。コウカねぇだけじゃなくて、アンヤもどこか変よ」

「そだね、ひーちゃん。行こ」


 これ以上考えていても仕方がないと考えた2人はその会話を打ち切り、コウカとダンゴが暴れまわる戦場に身を投じていった。




    ◇◇◇




「はぁ……はぁ……」


 戦いが終わり、肩で息をするコウカへとダンゴが近づいていく。


「あーあ、終わっちゃったぁ。お疲れさま、コウカ姉様。ヒバナ姉様とシズク姉様がすごくて消化不良……だっけ。そんな感じだなぁ」


 肩に担いだ戦斧状態のイノサンテスペランスの柄で自分の肩をトントンと叩いているダンゴは不満そうに口を尖らせていた。

 だが、すぐにその表情は浮かないものへと変わっていく。


「ま、何もないならないほうがいいよね。今は主様も調子が悪そうだからすぐに帰りたいし……」


 その言葉にハッとした表情を浮かべたコウカがダンゴを置いて走り出す。


「マスター……!」

「え……あ、ちょっとコウカ姉様! 待ってよぉ!」


 そうしてコウカがユウヒの元に辿り着くとそこには当然眠っている彼女の姿があり、それを抱えているアンヤとノドカのほかに、すでにヒバナとシズクの姿もあった。


「マスター……? 眠っているんですか?」


 少し困惑した様子を見せるコウカにヒバナが薄く笑みを浮かべて口を開いた。


「まあね。トリオ・ハーモニクスでシズクと一緒に眠らせてあげたのよ?」

「ハーモニクスで……?」

「そ。この子、調子が悪いのに戦おうとするんだもの」


 ヒバナの笑みからはどこか誇らしげな雰囲気が醸し出されている。

 もしかすると、彼女はよくやったとコウカに褒めてもらいたかったのかもしれない。

 本心をひけらかすことが不得意な彼女なりのアピールだったのかもしれない。


 だが、ヒバナを見るコウカの目はどこまでも冷たかった。


「マスターの意思とは関係なく……勝手に……そんなことをしたんですか……」

「な、なによ……別に悪いことじゃないでしょ!?」


 ヒバナの声は震えている。コウカの冷たい眼差しによって彼女が思い出したのは先日、姉に剣を向けられそうになった時のことだ。

 その時の光景が脳裏を走った結果、焦るヒバナは一気に言葉をまくし立てた。


「だ、大体、ユウヒが調子悪いのもコウカねぇが原因なのよ!? そ、そうやって私を咎めるけど、悪いのは全部コウカねぇじゃない! コウカねぇは自分がずっと変になってることに気づいていないわけ!?」


 思いついたままの言葉が口から次々と飛び出していくヒバナに慌てた様子のシズクとノドカが駆け寄る。


「ちょ、ちょっとひーちゃん! それ以上は駄目……!」

「い、言い過ぎですよ~!」


 そんな彼女たちの言葉にハッとしたヒバナだったが、一度口から飛び出した言葉は消えることなく全てコウカの耳へと届いている。


「わたしが……変……? 違う……わたしは正しい……間違っているのはヒバナたちだ……わたしはマスターの眷属として正しい……!」


 激昂することはなかったが俯き、拳を固く握りしめているコウカの全身は震えていた。

 彼女の絞り出したかのような言葉に、ヒバナも頭ではこの場を穏便に収めるには何も言わないほうがいいと理解していたものの言葉を返さずには居られなかった。


「け、眷属がどうとかって……私たちの関係って今はもうそれだけじゃ――」

「分かってない! みんな分かってない!」


 ヒバナの言葉を遮ったコウカに眠っているユウヒを除いたこの場にいる全員が凍り付いた。

 コウカの言葉は止まらない。


「マスターが私たちの仕える主人で私たちはそのマスターの望みを叶える。それだけを考えればいいのに……あなたたちは……みんな……!」

「ど、どういう意味よ。何なのよそれ……」


 どこか呆然としているヒバナの言葉の端々からは彼女の困惑が漏れ出ていた。

 彼女だけではない、この場にいる全員がコウカの言葉に困惑している。


「眷属であるわたしたちはマスターに尽くすだけでいいのに……それがわたしたちにとっての生きる証で、生きている理由なのに……!」

「……!」


 ヒバナが目を見開くが、決してコウカの言葉が止まることはない。


「どうしてマスターを否定するようなことができるんです! ただ眷属らしくマスターの為だけに生きていればいいのにッ!」

「そんなの……! それが私たちの正しい関係で、それがあなたの言う意味のある生き方だっていうの!?」


 遂に堪えきれなくなったと言わんばかりにヒバナが叫ぶ。

 ただユウヒを肯定し、尽くすのが眷属である自分たちの生き方だ。

 彼女はコウカが言い放った言葉を否定する。

 かつて、“意味のある生き方”という言葉に希望を見出した彼女とその片割れ。

 その言葉がそれまで生きてきた中で初めての希望に満ち溢れていた言葉であり、今もその時の想いが心に深く刻まれている彼女にとって、その言葉は到底受け入れられるものではなかったのだ。


 先日の再現のようにヒートアップするコウカとヒバナ。

 その光景に誰もが呆気にとられる中、内心で何時になく慌てふためいているのはノドカだった。


(ど、どうしよう~……まずい空気~……)


 目を泳がせていた彼女は疲れ切って眠っているユウヒへと目を向けた。


(こんなときに~お姉さまが~……でも~……)


 ――これ以上、お姉さまに無理をさせるわけにはいかない。

 それが彼女の想いだった。

 ユウヒがコウカとアンヤに関することで苦心していることを一番よく理解していたノドカは、彼女にこれ以上の負担をかけたくはなかったのだ。

 それにもう1つの理由もある。


(お姉さまに~頼まれたもの~……わたくしを信じて~任せてくれたもの~……!)


 人の機微に敏感で雰囲気を読むのが上手いノドカだからと彼女はユウヒからフォロー役を任せられていた。

 そんな“お姉さま”からの信頼が彼女はうれしかったのだ。


(わたくしの~本気~……ノドカ~やってやります~!)


 胸の内に確かな熱意を抱いて、ノドカは口を開く。


「お姉さま――」

「だってそうでしょう! 眷属であるわたしたちにとってそれ以上の意味なんてない! それ以外に何が必要だと言うんですか!」


 だが、彼女の声は荒げられた声によって簡単に掻き消されてしまった。


 フォロー役を任せたユウヒだが、ある重要な事実を失念していたのだ。

 ――いくら感情の機微に敏感でも、その対処法に関する経験はノドカも他のみんなと変わらないということを。

 そして何より、この少女は押しが弱い。


「あの――」

「違う……ちがう!」


 最早、ヒバナには自分が何を伝えたいのかすらわかっていない。

 ただ、コウカから放たれた言葉を受け入れることができないことだけが真実だ。

 そして、己の想いが少しでもコウカに伝わればそれでよかったのだ。


「何が違うんです! 何も違わないでしょう!」

「……ッ!」


 己の言葉をバッサリと斬るコウカの言葉に瞠目したヒバナの瞳が激しく揺れる。

 口をわなわなと振るわせているヒバナは浅い呼吸の中で必死に言葉を紡いだ。


「やっぱり私……あなたのことが嫌い……嫌いよ……! 大っ嫌い!」


 それは彼女なりの抵抗だったのだ。

 きっとこう口にすれば、姉の心を揺り動かすことができるという希望に縋った。

 しかし――。


「……そうですか」


 ただ関心がないような冷たい声にヒバナの表情が歪む。

 そして、勢いよく振り返ると彼女を支えていたシズクの胸に顔を埋めてしまった。


「ひーちゃん……」


 シズクが反射的に片割れの体に手を回すと、その体が小刻みに震えていることに気が付いた。

 どこか呆然とヒバナとコウカのやり取りを眺めていたシズクは己の胸を湿らせる感覚に決意を固める。


「コウカねぇ……!」


 シズクがキッと明確な敵意を込めてコウカを睨みつけた。


「ホント最低。ガッカリだから」


 蔑まれようがコウカは表情が抜け落ちた顔でどこ吹く風といった雰囲気だった。

 何を言っても無駄だと判断したシズクがヒバナを抱いてその場を離れようとする。


「みんなもこんなところにいないほうがいいよ。ほら、アンヤちゃんも行こ?」

「……でも……」

「ユウヒちゃんにも悪影響だから。ゆっくり休める場所のほうがいいよ」

「…………ええ。ごめんなさい」


 謝罪を口にしながらシズクに付いていくような形で、アンヤはユウヒの膝と肩に手を回したいわゆるお姫様抱っこをした状態でその場を去る。

 だが時折、後ろ髪を引かれるように立ち止まり、振り返ってはシズクに促されて再び歩き始めることを繰り返す。


 残されたのはおろおろとするダンゴとノドカ。そしてその場にただ佇んでいるコウカだ。


「えっと……ボクは姉様たちに仲良しでいてもらいたいよ……。コウカ姉様もヒバナ姉様たちのことも大好きだから。……ぼ、ボクもあっち行くね。ごめん!」


 ダンゴの目には明確な怯えが見え隠れしていた。

 そんなダンゴまでもが逃げるようにシズクの後を追いかけてしまう。


「どうしてみんな……」


 去っていく彼女たちに向かってコウカは手を伸ばしかけるが、その手はすぐに萎むように落ちていく。


「……ノドカはいいんですか? ここにはわたししかいませんよ」


 未だこの場に残る少女に目を向ける彼女の表情はどこか自虐的だった。


「え~? わたくしは~コウカお姉さまのそば~好きですよ~?」


 お気に入りの抱き枕とぬいぐるみを取り出して顔を埋めるノドカはくぐもった声で言葉を続ける。


「それに~コウカお姉さま~悲しそうだから~……」


 ノドカはぬいぐるみから顔を出し、チラッとコウカを覗き見る。


(どうにもできなかったけど~せめて~寄り添うくらいは~)


 それがノドカの想いだった。

 そして、ここに来て凍り付いていたコウカの表情が動く。


「悲しそう……わたしが……? どうして……」

「ど、どうして~……? 本当に~分からないの~?」


 他者であるノドカが気付いたコウカの気持ち。

 それにコウカ自身が本気で自覚していないという事実にノドカは戸惑う。

 まさか思い過ごしだったのかとノドカは自分を疑うが、何度見てもやはりコウカが悲しそうに見えるのだ。


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