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20 最強の自分

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 コウカが強くなる手伝いをしてくれるとティアナが言った翌朝、私たちはティアナや数人の騎士、神官たちと共に世界樹へと向かって歩いていた。


「ねえティアナ。私たち、これから何をするのか聞いていないんだけど」


 勿体ぶってなかなか話してくれないティアナへとそう問いかける。いい加減、教えてくれても良い頃合いだろう。

 問い掛けに対してティアナは足を止めることはなかったが、答えてはくれるようだ。


「これから(わたくし)たちはダンジョンへと向かいます」

「ダンジョン? でもこの聖都の近くにはダンジョンはないって聞いたけど……」

「正確に言うと、ニュンフェハイム周辺には魔物が生まれるダンジョンがないんですよ」


 つまり魔物が出ないダンジョンはあるということか。

 わざわざそんなところに行っていったい何をするというのだろうか。

 そう疑問に思っていると、私とティアナの元に年老いた神官が近づいてくる。


「ティアナ様。ダンジョンではなく“修練の間”ですぞ。お間違いなきよう、気を付けなされ」

「あ……ごめんなさい」


 口元を押えて謝るティアナに初老の神官は満足した様子で離れていった。

 それを見送っているティアナが口を押えたまま小さな声で私に話しかけてくる。


「自然に生まれるダンジョンとは違い、(わたくし)たちが“修練の間”と呼んでいるその場所はミネティーナ様が直接お作りになった神聖な場所なのです。実態はダンジョンと変わりありませんが……」

「ティアナ様」


 先ほどの神官が咎めるような目でティアナを見ていた。なんという地獄耳だ。

 これには流石のティアナも完璧に口をつぐんだ。




 世界樹の前まで来ると聖の霊堂を横目に樹の裏側へと回り込む。そこには荘厳な門構えの建物が鎮座していた。

 門を潜り抜け、左右に見える彫刻たちに出迎えられながら建物の中に入っていくと、今度は地下へと続く階段が私たちを出迎えてくれた。


「ここを降ります」

「だろうね。階段以外何もないもんね」


 どうしてこんな立派な建物を建てたのかと首を傾げたくなるが、神聖な場所だというのならこんなものか。

 疑問を自己解決した私がその階段を一段一段降りていくと、今度は目の前に広大な空間が現れた。

 そう、それはまるで――。


「闘技場みたい」


 広大な円形の広場を囲うように質素な観客席が設置されているため、見た目は闘技場のようだった。

 騎士と神官が準備のためとか言ってどこかへと消え、ティアナがこの場所について説明してくれる。


「ここではダンジョンが独自に持つ固有の性質と各魔法属性を組み合わせることで最高級の特訓ができるようになっています」

「最高級の特訓?」

「はい。これから騎士によるデモンストレーションが執り行われますので一緒に観戦いたしましょう」


 私たちは膨大な数が並んでいる観客席の一角にポツンと座る。そこから広場のほうに目を向けるとちょうど1人の騎士が歩いてくるところだった。

 そうして騎士が立ち止まると、その対極側に黒い靄が現れる。


「何だろう……あれ……」

「……影?」


 目新しい物を見て、前のめりになっているのはシズクだ。

 そしてアンヤの発言の通り、その黒い靄は対極側の騎士の姿を模した人影のような姿へと変化した。


 騎士が腰から剣を抜き、まっすぐ構える。


「始まりますよ」


 ティアナの発言の直後、騎士と対極側の影が同時に動き出した。

 火魔法を放ちながら両者ともに距離を詰める。


「影なのに火魔法を……!?」

「あれ、でも何か変だよ」


 驚くシズクと疑問を発するダンゴ。

 たしかにどこか違和感を覚えるがそれについて考える暇もなく状況は動く。魔法が相殺される中、影が放った魔法が騎士の元へと届いたのだ。

 剣でそれらを打ち払った騎士だが当然、その動きは鈍る。

 そこに急接近したのは手に黒い剣を携えた影だ。

 勢いづいたままの影と何とか対応する騎士。どちらが優勢なのかは一目瞭然だ。

 対応しきれなくなった騎士の剣がついに取り落とされ、影が持つ剣ががら空きとなった胴体へと迫る。


「危ない!」


 その先の凄惨な光景が脳裏に浮かび、思わず口から悲鳴が上がってしまう。

 そんな私の言葉は全く意味を為さずに、剣は胴体に触れると――すり抜けていった。

 同時に影の姿が消え、斬られた騎士がなだれ落ちて地面に転がっている。


 すかさず駆けつけてきた同僚の騎士たちによって彼は回収されていった。


「あれ、本当に痛いんですよね……」

「ちょっと。ちゃんと解説してくれないと全くわからないんだけど」


 ヒバナの言う通りである。

 私たち全員がどこか遠い目をしているティアナからの説明を求めていた。


「あの騎士が戦っていたのは自分の影なんです。ここでは相手の体格や能力を完全に模した自分自身の影と戦うことができます。とはいっても見せかけでしかなく、実際に影は攻撃しているわけではないんです」

「あ……違和感の正体……」


 ダンゴが抱いた疑問と私が覚えた違和感、その正体に気が付いた。

 影が放った魔法と騎士が放った魔法は見た目が鏡写しのようになっていたのに、私の持つ感覚では違う捉え方をしていたのだ。


「ダンジョンが幻を映して(あたか)も火魔法を使ったように見せていました」

「でもそれだと相殺できたのはどうして? それに騎士が避けた魔法は地面を確実にえぐっているわ」

「それはダンジョンが魔法のぶつかった瞬間に計測した魔法の威力から計算して、予測に基づいた事象をあらゆるものへと反映しているんです。体に当たれば痛みや衝撃も感じる他、相応のダメージを受けた場所を動かせないように魔法で無理矢理固定してきたりもします」


 複雑すぎて、もう何が何やら分からない。

 多分、様々な属性の魔法がダンジョンによって管理されているのだろうが、どの事象がどの属性の魔法によって表しているのかは理解できなかった。

 ……多分、自慢げに語っているがティアナもわかっていない。

 シズクならあるいは、と思っているが彼女は深く考え込んでしまっている。

 そんな自分の世界に入ってしまった彼女の代わりに、ヒバナがティアナへとさらなる疑問を呈する。


「へぇ、あと1つ聞いてもいい? そもそもの話、自分の能力を再現した相手と戦って意味なんかあるの? さっきは影の魔法が騎士に迫った時から流れが変わって騎士が負けたけど、あなたの言葉の通りなら決着はつかないものなんじゃないの?」


 たしかに。自分を模した相手と戦ったところで決着がつくとも思えない。一方的に騎士が負けたというのはどうにも腑に落ちないところがある。


「ふふふ、ヒバナ様。よくぞ聞いていただきました。その一見意味があるのか、と疑問を抱かれた点こそがこの修練だけが持つ最大の利点ともいうべきものなのです。影は能力をほぼ完璧に模倣します。しかし思考や戦い方を模倣しているわけではありません。そんな影が模倣した能力を使って取る戦い方は――」

「――最適解」


 そこまで説明してもらえば、私にも答えは導き出せた。

 要は影は能力を最大限に生かした戦い方をしてくるのだ。戦う側はそれを参考に自分の戦い方を見つめ直せばより良い戦い方を身に着けられるというわけだ。

 これは他者との戦いとはまた違う方法で強くなれるいい方法だと言えるだろう。

 勿論、状況が大きく変わっていく実戦では常にその場その場の最適解を見つけていかなければならないが、自分の今出せる限界を知るという意味でもこれは意味のある練習だ。


「ここが聖教騎士団の強さのルーツなんだね」

「あ、いえ……人道に反するということでここはほとんど使われることはないので……」

「え……」


 ばつの悪そうなティアナは勝手に納得しそうになっていた私の考えを否定した。


「本当に痛いんですよ……影もこちらが戦闘不能になるまで徹底的に攻め立ててくるので……」

「それは……まあ問題になるよね……」


 ミンネ聖教団の教え。それは要約すると人に対する愛に基づいた行動をしましょうというものだ。前に熱心な神官がそれはもう数時間にかけて熱く語ってくれた。

 そんなわけでこんな激しい痛みが伴う訓練を他者へと課すのが教義的に問題となるのは何らおかしなことではない。

 愛の鞭とか、歪んだ愛情だとかを持ち出されると何とも言えないのだが一般的には好ましいものではないだろう。

 愛に基づけば何でもいいというわけでもないのだ。

 それだと愛を免罪符になんでもできることになってしまうのでミンネ聖教団全体としては柔軟性を持ちつつ教えを広めている。他人に迷惑をかけるようなことは駄目だとか、そういったことだ。

 あとはミンネ聖教の教えを盾に好き勝手にやると異端審問官が飛んでくるとか。


 それはさておき、この場所の問題点を聞かされてはこれから行われるであろうことに対して不安になる。


「まさか、コウカにやらせる気なの?」

「いえいえ。もちろん、コウカ様次第です。ですがきっと何かきっかけは掴めるかと思いますよ」

「そんなこと言っても……」


 激痛が伴ってまでやることではないと個人的には思う。いや、それ以上にコウカに痛みで苦しんでほしくなかったのだ。

 だが私がそばにいたコウカへ目を向けると同時に、彼女はそっと私から離れてしまった。


「やります。それで強くなれるのなら」

「コウカ……でも……」

「いざとなったら痛みを遮断します。それに慣れてますから」

「あ……」


 完全に頭から抜けていたが、コウカたちはあらゆる感覚を遮断できるのだ。これでその問題はまあ解決だろう。でも慣れているという発言には正直顔をしかめてしまう。

 とはいえこの子が苦しまなくて、納得しているのなら止める必要はない。


「……頑張ってね、コウカ」


 結局、私は彼女を見送ることにしたのだった。

 ――この場所でコウカが何かのきっかけを掴めると信じて。




    ◇◇◇




 広場の中心でコウカは佇んでいる。


「コウカねぇがどこまで戦えるのか見物ね」

「コウカ姉様なら絶対に勝てるよ。頑張れ、コウカ姉様!」


 応援の声にコウカは少しも反応を示さない。

 集中しているため、彼女の耳に声が届いているものの意識がそこには向いていないのだ。

 ダンゴはコウカの勝利を確信しているが、己が持つ技量と最良の戦い方を取ってくる相手と戦うことになるこの戦いはまず勝てないように設定されている。

 そもそもこれから起こる戦いは勝つためのものではない。たとえ負けたとしても負けの中で学ぶことが大切なのだ。

 だから負け方というものも非常に重要になってくるだろう。


 コウカは唯々まっすぐ前を見つめる。そこには例の黒い靄があった。

 挑戦者が構えて戦う意思を示した時が開戦の合図だ。


 そして彼女が《ストレージ》から取り出した霊器“グランツ”を構え、地面を蹴るとその姿が――掻き消えた。

 いや、【ライトニング・ステップ】という魔法で全身に稲妻を纏い、肉眼では捉えられないほど高速で移動したのだ。

 閃光となったコウカが駆け抜けていく先は先ほど影が現れた場所。


(いない……!?)


 しかし、すでに敵の姿はそこになかった。先制を取ったと思われたコウカの行動に影は反応し、対応してみせたのだ。

 標的を見失った結果、移動先で立ち止まり影の移動した先を探る様子を見せていたコウカにもう1本の稲妻が迫る。

 迫ってくる敵の存在に気が付いたのか、コウカは瞬時に体を捻って回避行動を取った。

 稲妻が彼女の側を通り過ぎた時、コウカは傷を負っていない。見事、敵の斬撃を回避したのだ。


 だが直後にそれが間違いであったと知る。

 どうやら影は避けられたと認識した瞬間に回避された方向へと雷魔法を飛ばして、コウカを追撃していた。

 幸いにも、小規模な魔法であったことに加えてコウカが全身に魔力を纏わせていたため大きなダメージを負ったわけではないようだが、その攻撃を受けてコウカの反応が少しだけ鈍ってしまう。


 そして息をつく暇もなく、閃光をまとった影は次の行動へと移っていた。その場で体を反転させ、再びコウカを狙ってきたのだ。

 コウカはダメージを残しながらも、迫ってくる影の反対側に無理な体勢のまま全力で逃げる。

 閃光をまき散らしながら戦場を駆け抜ける2つの稲妻だが、優劣はすでにはっきりとしていた。


(何とか隙を――ッ!?)


 敵の猛攻に晒されながら反撃の糸口を探すが、影は隙を見せようとはしない。

 それどころか相手はまっすぐ逃げるコウカへと追い付き、剣を振るってきた。

 瞬時に剣の腹でその斬撃を受け止めるが、相手の勢いを殺しきれずにコウカは後方へと勢いよく吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた直後にコウカは敵の背後に回り込むように移動して剣を振るったが、それも反応した影によって逆に背後を取られてしまう形となってしまった。

 直感が囁くままにすぐさま回避行動を取ったので攻撃は受けなかったが、何とか掴んだ反撃の機会を不意にしてしまったコウカの表情は苦しい。


 逃げても追い付かれては攻撃を受ける。

 ――そんなコウカの脳裏に“敗北”という単語が浮かぶ。


「そんなことぉッ!」


 すぐにネガティブな考えを打ち払ったコウカは足の裏でブレーキをかけると同時に反転し、迫る敵へ己の直感が告げるままに剣を振るった。

 回避しつつ立ち止まったコウカの背後を取るために回り込もうとしている影の軌跡をコウカも目で追いかける。


(速すぎる!?)


 狙いを絞らせないよう、頻りに左右へと蛇行しながら迫ってくるその動きはコウカを振り回し、ついには反応しきれなくなる。

 雷魔法を掻い潜りながら尚も接近し続ける影。苦し紛れにコウカがとった行動は剣を振るうことだ。

 そんな精細さに欠ける剣だが運よく敵を捕らえることができた。

 コウカの剣を黒い剣で受け止めた影が最初に現れて以来、初めてその姿を彼女の前に見せる。


 どうやら影もコウカと正面から打ち合うつもりらしく、構えを取った。

 だがその直後、睨み合う時間ももったいないと言わんばかりに両者ともに動き出す。


(このまま仕留めれば……!)


 そんな淡い期待を打ち砕くかのように初撃からコウカの剣は押され始める。

 慌てて飛び退いたコウカを追撃する影の一撃一撃は鋭く、速い。

 すでにコウカは防戦一方となっていた。


「どうしてッ!」


 下から巻き上げるように振り上げられた剣によってコウカの剣は上方向へと打ち上げられ、無防備な彼女の体に影が繰り出した蹴りが突き刺さる。

 地面を転がった勢いのまま起き上がったコウカはただ我武者羅に剣を振るった。


「わたしと同じなのにぃッ!」


 叫びは悲鳴へと変わる。最早コウカの目は敵の動きを追うことすらできていなかったのだ。

 前方から、後方から、側方から。斬撃に、打撃に、雷撃に晒され続けるコウカはついに抵抗する力を失った。


「こんな、にも……」


 背後から現れた影によって黒い剣を突き立てられたコウカが膝から崩れ落ち、その頬に涙が伝う


 終わってしまえば、唯々一方的な敗北。惨敗だったと言っていい。




    ◇




 コウカの戦いを見守っていた私たちの間には沈黙が訪れている。

 誰もが今、決着がついた戦いに唖然とし言葉を失ったまま、騎士たちに助け起こされているコウカの姿を眺めていた。


「ちょっと……どういうことよ。聞いてないわよ、こんな結果になるなんて」


 困惑したようなヒバナの声。私もまさかこんな一方的な戦いになるとは思っていなかった。

 速すぎて、また眩しすぎて戦いの全貌を把握しているわけではないが剣も魔法もコウカの力は影に全くといって及ばなかった。

 そもそも逃げるコウカに影が追い付いた時点でおかしい。あの子も全速力で移動していたはずなのに。


(わたくし)もまさかこのような結果になるとは……」

「ねえ、本当にコウカ姉様と同じくらいの力だったの? ボクにはもっと強かったように見えたよ」

「それは間違いないはずです。能力の模倣に異常が出たことなんて一度もありません……」


 なら、あれが能力を最大限に発揮したコウカだとでもいうのだろうか。

 ――それじゃあ、あまりにも……。


「わたくし~時々~見失ってしまいました~」

「う、うん、速かった。あたしも普通に狙うだけじゃ当てられないだろうな……」


 人間よりも優れた認知能力を持つみんなも追い切れていなかった。それほどまでに速い。


「ごめんなさい。(わたくし)、コウカ様のお手伝いをするどころかむしろ……」

「……謝らないで、ティアナ。目指す場所は見つかったんだ。きっと悪いことだけじゃないよ」


 そうは言ったものの、今のコウカの状態を考えるとこんな場所に来ないほうがよかったのは事実だ。

 でも、だからってティアナを責めてどうする。

 ここに来るまで何をするか教えてくれなかったとはいえ、やると決めたのはあの子で止められなかったのは私だ。

 こんなことになると知っていたら全力で止めていた……なんて言い訳に過ぎない。

 結果が全てで、ちゃんとこの結果を予測して私は対応するべきだったんだ。


 ――結局、私があの子を追い込んでいる。


「ねえねえ、早くコウカ姉様のところに行こうよ。ボク、心配だよ……」

「そうだね、ダンゴ」


 今はみんなであの子の元へと向かおう。


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