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18 心の叫び

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 ある1点を中心として稲妻が離れた位置から急速に近付いては離れ、また大きな弧を描きつつ別方向から近付いては離れるという動きを短時間に何度も繰り返している。


(どうして、どうして、どうして……ッ!)


 音速に迫らんとする速度で移動しながら攻め立てるコウカの剣は敵の体に掠りもせず、その前に敵の剣によって悠々といなされてしまっていた。

 ただ焦りと魔力消費だけが蓄積していく中で、遂にコウカの攻撃が途切れることとなる。


「はぁ……はぁ……」

「終わりにするか? 正直言ってつまらん」

「はぁ……まだだ。まだ、終わってない」


 荒い息を吐きつつも強がるコウカであったが、今しばらくは満足に動けそうにもなかった。

 稲妻を纏った高速移動による急速な魔力消費に保有魔力量が少なく、ユウヒからの魔力供給に頼っているコウカの魔力量は供給を消費が上回ったことで、一時的に底をついていたのだ。


(どうしてわたしの剣は届かない……どうして……わたしはこんなにも……)


 そうして思考の渦に飲み込まれつつあった彼女の耳に男の声が届けられる。


「キサマの戦い方はまるで素人だ。救世主とやらの眷属と聞いていたが、期待外れだな」


 思考を中断させたその男の言葉をコウカはただ聞いていることしかできない。

 煮えくり返るような怒りを内包していながらも怒りに打ち震えることしかできないのだ。


「キサマにはあらゆるものが不足している。経験も技量も心構えもだ。だが、それ以上に決定的に足りていないものがある」

「それは……」

「――鋭さだ」


 敵から教授される形となっていることに気が付かず、コウカはその言葉を聞いていた。

 呆然としているコウカにロドルフォは軽蔑の眼差しを向ける。


「……こんなことにすら気付いていないようでは、本当に期待外れだな」


 そうして次に続く彼の言葉はコウカの禁忌に触れ、怒りの導火線を一気に燃やし尽くすものだった。


「眷属がこのレベルでは、救世主とやらの程度も知れる」

「なん、だと……!」


 最早コウカには目の前の男に対する怒りしかない。

 未だ魔力は全快とはいかないが、コウカは腰を落とし上段に構えた剣の切っ先を相手に向けた。

 同時にバチバチと帯電させると同時に圧縮した魔力を全身に張り巡らせる。


「鋭さがない……? なら見せてやる……!」


 魔法が発動するまでの長い時間をロドルフォはただ静かに待つだけだった。

 ――そして遂にその時は訪れる。


「【ライトニング・インパルス】ッ!」


 急加速したコウカの体は一時的に音速を越え、光速に達する。それは生物の五感では到底追いきれないものだ。

 そう、本人にさえも。


「がッ……!」


 気付けば、くの字を描くようにコウカの体は折れ曲がっていた。

 ゆっくりと視線を下ろし、自分の腹を支柱に体全体を支えている何かを確認する。


「な、に……剣……?」


 剣だった。1本の黒光りする剣の腹がコウカの体を支えている。

 彼女の視線がその剣身、柄、そして持ち手の腕を辿って顔を見上げた。

 そこにあったのは蔑むように見下ろされている血のように赤い瞳だ。


「過ぎたる力は身を滅ぼす。キサマの力はまさにそれだ」


 ロドルフォはただ剣をその場に置いていただけだ。それをコウカは捉えられず、愚直に突っ込んで自滅した。

 現実を受け止められていなかったコウカの思考がぐるぐると回転する。

 そして現状を確認していくとある事実に気が付いた。


(剣の腹……これが刃なら終わっていた……。わたしはお前の敵じゃないと……取るに足らないと……殺す価値すらないと……!)


 煮えたぎる怒りに呼応し、彼女の全身へと纏わりはじめる稲妻にロドルフォは顔を顰める。


「ふざけるなッ!」


 飛び退いたコウカは稲妻を纏わせながら再びロドルフォへ肉薄した。

 幾度かの再接近を繰り返し、まるでコウカが魔力切れを起こす前の戦いを焼き増したような展開かと思われたが――遂に変化が訪れる。


(もらった!)


 ロドルフォが見せた一瞬の隙をコウカは見逃さなかった。彼女は自慢のスピードでその隙を突く。

 ――それが罠だとは知らずに。


(誘われ、た……?)


 気づいた時には、コウカの態勢は前のめりに崩れ、両腕を前に突き出すような形で無防備な姿を晒していた。

 加えて、その突き出された腕には肘から先が付いていなかった。彼女の両腕は宙を舞っていたのだ。

 バランスを崩し、そのままうつ伏せの状態で地面へと倒れ込むコウカの数メートル先に腕と共に空中に投げ出されていたグランツが音を立てて落ちる。

 やがて倒れ込んだコウカの背中に右足を乗せたロドルフォが地面に落ちたグランツを見遣った。


「……あの剣は実に見事な物だがな。剣も無念だろう。その輝きを生かすどころか、曇らせることしかできない者に振るわれるのだから」


 茫然自失となっている今のコウカにロドルフォの声は届かない。

 現在の彼女は魔力切れで腕を再生することすら叶わないが、ただそれでもグランツへと手を伸ばそうと藻掻き続ける。

 だが、ロドルフォに踏みつけられている体は1ミリたりとも動かすことはできなかった。

 その姿をロドルフォは冷淡な目で見下ろし、持ち替えた剣の切っ先を真下へと向けた。


「もうキサマに用はない。オレと戦った者に対するせめてもの手向けだ。楽に逝かせてやる」


 彼が剣を振り下ろそうとした――その時だった。

 静かなこの場に馬の鳴き声らしきものが響き渡る。


「コウカ殿!」


 スレイプニルに乗り、その場に現れたのは司令官としてニュンフェハイムの防衛を指揮していたはずの聖教第一騎士団団長のヨハネス・フォン・シュッツリッターだった。

 戦場に現れた新たな戦士の姿に、ロドルフォは眼下の敗者に興味をなくしたかのように振り下ろそうとしていた剣を止めると、ヨハネスへと振り向いた。


 スレイプニルから飛び降りたヨハネスが剣をロドルフォへと向け、強い口調で問う。


「何者か!」

「……オレの名はロドルフォだ」


 問い掛けに対して、ロドルフォは誤魔化すこともせずに答えた。

 そして、その名前と身体的な特徴から邪神に連なる者だと確認したヨハネスの表情が変わる。


「ロドルフォだと……まさか、爆剣帝ロドルフォか!」

「……ふっ。まさかこの時代においても、その名で呼ばれることになるとはな」


 不敵な笑みを浮かべるロドルフォに対して、即座に剣を構えたヨハネスが斬りかかる。

 それを難なく受け止めてみせたロドルフォが笑みを深めた。


「……この時代の騎士は相手に名乗られても名乗り返すことすらしないのか?」

「こちらは要人の保護を頼まれている。その方を足蹴にしている者に名乗る名など持ち合わせてはいない!」

「ああ、こいつか。なら、好きにするといい。だがそれよりも今はオレと戦ってもらう!」


 不敵な笑みを獰猛な笑みへと変えたロドルフォは踏みつけていたコウカを蹴り飛ばし、ヨハネスとの鍔迫り合いを演じる。


「貴様ァ!」

「ハハハ、いいぞ騎士!」


 幾度かの剣戟を繰り返し、互角に打ち合ってくるヨハネスに対してロドルフォはある確信を得る。


「ああ、そうだ。もっとキサマの力を見せ、昂らせろ! そうすればオレも本気で戦える!」

「手加減をしているとでもいうのか!」

「簡単に潰れてもらっては面白くないのでなッ!」


 ヨハネスの剣を力で押し返し、ずっと受けに回っていたロドルフォが攻めに転じようとした――その時、彼の表情が歪む。


「……チッ、時間切れだと……ミネティーナめ……! この勝負、預けるぞ。楽しみにしている、騎士よ」


 ロドルフォが言い切るとすぐにロドルフォの体が霞むようにして消える。

 女神ミネティーナが邪族(ベーゼニッシュ)対策に調整した結界の効果が作用したのだ。これでロドルフォは強制的に元の隔離空間へと返送される形となった。

 それを見送ったヨハネスは剣を鞘に納めると、即座に蹴り飛ばされたコウカの元へと駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。


「コウカ殿、しっかりするんだ!」


 仄暗いコウカの瞳が星の光すら見えない夜空を見上げている。そんなコウカの顔にポツポツと水滴が落ちてきた。

 ――雨だ。

 その雨に自失状態だったコウカの意識が少しだけ戻ってくる。

 そして肩を震わせて浅い呼吸を繰り返したコウカは――()いた。

 それはもう小さな子供のように。唯々泣いていた。


 頬を流れる涙は雨と混ざり合い、高く大きな泣き声は夜の闇へと飲み込まれるように消えていく。




    ◇




 空の上の敵を殲滅し、竜騎士隊の隊長さんを治療班へと送り届けた私はヨハネス団長から戦況を確認するために司令部へと立ち寄った。

 ヨハネス団長からは空の上の脅威がなくなったことに感謝されるとともに、東部以外は順調に戦線を維持できていると教えてもらった。

 曰く、ある時点を境に邪魔(ベーゼ)の統率が乱れ始めたのだとか。

 原因は分からないが、それは好都合だった。みんなもすごく頑張っていることを聞けて誇らしい気分にもなったものだ。

 しかし、戦況が芳しくない東部に送り出したアンヤとそこに辿り着くであろうコウカのことが気になった私はそのことをヨハネス団長に尋ねようとしたが、ある感覚が私の頭に走ったために中断せざるを得なかった。


 それはコウカが魔力を急速に消費しているということ。

 元々、高速移動でニュンフェハイムに戻って来てくれていることは知っていたし大きく魔力を消費していたのだが、それと比べてもこの減り方は異常だった。

 何かと戦っていると予想した私はノドカとのハーモニクスで急行しようとしたが、それはヨハネス団長に止められてしまった。

 彼としては私に各地を飛び回り、地上を援護してほしかったらしい。

 コウカが心配だった私は断ろうとしたが、指揮を副官に任せてまでヨハネス団長自らがコウカの救援に向かってくれるというので、私はコウカのことを彼に任せることにして各地の援護へと向かった。


「えっ、アンヤが?」

「はい。お姿が見えず……」


 まずは状況が芳しくない東に向かうと、騎士たちからある時を境にアンヤの姿を見掛けていないという話を聞いた。

 だが魔力の繋がりを確認すると、そこから離れた場所にある湖の近くにいるアンヤの存在を確認できた。

 魔力の消費もなく、何かと戦っているわけではないようだった。

 あの子が自分の役割を投げ出す子ではないと知っていた私は何があったのか非常に心配に思ったが、戦っていないということは緊急を要するものではないと判断し、邪魔(ベーゼ)の殲滅を優先した。




 そうしてほぼ全ての邪魔(ベーゼ)を殲滅し、残りはヒバナたちや騎士たち、ティアナやミーシャさんに任せてアンヤがいる湖へと飛んでいった私はその畔で佇んでいた彼女を見つけた。


「アンヤ、大丈夫? 何かあったの?」


 アンヤの傍に降り立ち、その肩を抱いた。すると彼女の肩が濡れて冷たくなっていることに気が付く。

 そして周りをよく見てみるとアンヤが愛用している黒塗りのナイフが所々に刺さっており、それは彼女がここで戦っていたことを示していた。

 だが――。


「……なんでもない」

「アンヤ……?」


 何もないはずはない。だから彼女は明らかに嘘をついていた。でもどうして嘘をついているのかが分からない。


「……とりあえずさ。ここは少し冷えるからみんなのところに戻ろう、ね? ……痛っ」


 アンヤの手を取ろうとした時、手に鋭い痛みが走る。

 見ると血が指先から地面へと滴り落ちており、指についた傷跡からそれが刃物による切り傷だと分かった。

 ――そっか、朧月だ。

 あの刀は私には認識できないから、気付かずに刃に触れてしまったのだろう。

 だがこれくらいの傷なら少しだけ魔力を回せばすぐに塞がるので何も問題はない。


「あ……ぁあ……」

「ごめん、不用心だったね。さ、改めて帰ろ」


 傷を治した私は震えるアンヤの肩に手を置き抱き寄せようとしたが、彼女は私の手を振り払うかのように体ごと反転し、振り返ることもなくニュンフェハイムに向かって歩き出してしまった。

 あの子の歩いた後には朧月から垂れたであろう私の血の跡が点々と残る。


「……ごめんなさい」


 ショックだった。アンヤは私の手を拒んだことなんてなかったのに。私の中にいるノドカからも困惑が伝わってくる。

 だが引き留めなければならないと思っている間にアンヤは逃げるように影へと潜り、どんどん離れていってしまった。


 流石にそのままにはしておけないとあの子の残していったナイフを回収していると、雨が降り始めた。

 そういえばコウカは無事だろうか、と気になった私はすぐに繋がりを確認する。

 魔力消費は止まり、今は緩やかに回復しつつあった。どうやら無事にあちらの戦いも終わったようだ。




 そう思っていた私は、戦いの終わったニュンフェハイムに戻ってきたコウカの姿に衝撃を受けることとなる。

 ヨハネス団長に抱きかかえられている彼女には両二の腕の真ん中あたりから先がなかったのだから。

 魔力が足りないわけじゃない、ならどうして治さないのか。


「コウカ……ねえどうしたの、コウカ!」


 ヨハネス団長から私の腕の中へと移されたコウカの顔を覗き込んで愕然とする。

 虚空を見つめていた仄暗い瞳が私を見て、揺れた。


「マスター……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「コウカ!」


 何がこの子をこんな風にしてしまったのかは分からないが、今のコウカを見ると動悸が止まらなくなる。

 だが今の私ができることなんて、この子のことをただ強く抱きしめてあげることしかなかった。




    ◇




 コウカを自分たちの部屋のベッドに運んだ私はみんなとティアナ、ミーシャさんが集まっている部屋の扉を開けた。

 するとすぐにみんなが駆け寄ってきて、真っ先に縋りついてきたダンゴが口を開く。


「主様、コウカ姉様は!?」

「眠ったよ。腕も治ってるし、後は心労だろうって」


 みんなが一様に不安そうな表情を浮かべている。彼女たちの不安をどうにかして和らげてあげたいが、今はその手段が思い浮かばない。

 そんな私を見兼ねたのか、ミーシャさんが1つの提案をした。


「少し今回の襲撃で分かったことを整理しましょう。そのためにワタシとティアナもここに集まっているのだし」

「……そんなの別に後でいいじゃない。こっちはそんな話をしたいわけじゃない。あんたたちにとってはそっちのほうが重要でも私たちはそうじゃないの!」


 ヒバナが声を荒げる。

 私もそれには同意したい。私もこんな時に情報の整理なんてしたくはない。ティアナとミーシャさんがいなければ、すぐにでもコウカの元に戻りたいくらいだ。

 優しいミーシャさんも私たちの気持ちを汲んでくれる――そう思っていた。


「甘ったれたことを言わないで! コウカちゃんが心配? そんなことは分かってるし、ワタシだって同じ。でもあなた達は救世主で、あなたたちの代わりなんていない。ここで立ち止まるようなことをしてはいけないの!」


 私は驚愕した。まさかミーシャさんが叱ってくるとは思わなかったからだ。

 たしかに彼の言うことは分かる。分かるけど。でも、そんな言い方では反感を買うだけだ。現に私だってイラついている。

 そして、彼の言い方にヒバナたちは我慢できなかったらしい。


「何が『ワタシだって同じ』よ。私たちがどんな想いで一緒に過ごしてきたかなんて知らないくせに!」

「そうだよ! ボクたちの気持ちはボクたちだけのものだ。キミにとやかく言われたくなんてない!」


 オロオロしているノドカとティアナに申し訳ないので、ここは私が仲裁役を務めるべきだろう。

 いや、私はヒバナやダンゴ側の人間なので仲裁役にはならないか。でも、とりあえず言い争いを止められればそれでいい。

 ここで空気を悪くするのは私とて本意ではないのだ。


「ええ、それはそうでしょう! でもね――」

「やめてください、ミーシャさん。2人も」


 この場にいる全員の視線が私に集中した。

 ちゃんと私の話を聞いてくれる形となって助かる。


「ミーシャさんの言いたいことは分かりますし、その通りなんだと思います。私たちには世界を救う義務があるから」

「義務なんてっ!」


 反論しようとしたヒバナに視線を送り、制止する。

 すると彼女はバツが悪そうに押し黙った。


「でもそんな厳しい言葉をみんなに向けないでください。みんな大人びているようだけど、まだ1歳にもなっていないんですよ。不安で感情に振り回されて当然じゃないですか」


 精神的にある程度成熟しているように見えても、経験が伴っていないために情緒も未発達だ。感情に振り回されることもあるし、それを理性で制御する術も日々勉強中だろう。

 むしろ、みんなはよく頑張っている方だと思う。でも未熟だ。


「それを免罪符にして、許せと言っているわけではありません。だから叱るなら、私だけを叱ってください。でももし許してもらえるのなら、コウカの目が覚めるまではそっとしておいてくれませんか。これも甘ったれていると言われても仕方のないことだけど、お願いします」


 最後は彼に対して懇願する。

 本当は私の心もそんなに強いものじゃないことは分かっているんだ。みんなと比べて成熟しているなんて胸を張って言い切ることはできない。

 今だって気を抜いたら涙が溢れてしまいそうで、怖くて不安だから。


「……頭まで下げさせて、これじゃあ悪者そのものね、ワタシは」


 頭の上からミーシャさんの自嘲するような声が聞こえてきた。


「はぁ……駄目ね、一番の大人なのに冷静でいられないなんて」


 彼は全員が冷静に話し合えるようになるまで話し合いの延期を告げると部屋から出て行ってしまった。

 怒らせたわけではないだろうが、呆れさせてしまっただろうか。

 そんな考えを否定してくれたのはティアナの言葉だった。


「ミハエル兄さんも悪気があったわけじゃないんです。少し昔のことを思い出してしまって冷静ではいられなくなったせいで、ついあんなことを……」

「……昔?」

「はい。竜騎士時代の……あ、ごめんなさい。これは許しもなしに話してはいけませんね」


 ティアナは両手で口を押えた。そして苦笑する。


「それでは(わたくし)も失礼いたします。ユウヒさん達もよくお休みください。皆様に女神ミネティーナ様のご加護があらんことを」


 そう言って彼女も退室し、私たちだけが残された。


「とりあえず部屋に戻ろっか」


 誰も何も言わず、私の言葉に従ってくれた。




 部屋に戻るとちゃんとベッドの上にコウカの姿を見つけて、胸をなでおろした。

 起き上がり、また勝手にどこかに行ってしまっているのではないかという嫌な想像をしてしまっていたからだ。

 そうして部屋の中にあった椅子を持ってコウカが眠るベッドの傍へ行く。よく眠っているようで私の気配にも気付くことがない。


「コウカ……」


 私は彼女の長い前髪を手で横に流し、その寝顔を覗き込んだ。

 こうして眠っている彼女の顔をちゃんと見たことはあったかな。逆に何度か覗き込まれていて朝起きるとビックリしたことはあったけど。

 そのまま私にそっくりだというけどあまりそんな実感のない顔を眺めていると、コウカの枕元に大きな影が掛かる。

 ユルマルのぬいぐるみ――ノドカか。


「コウカお姉さまに~貸してあげる~」

「ありがとね、ノドカ。きっとコウカも喜ぶよ」

「えへへ~」


 前にもこんなことがあったが、あの時は私だった。

 困惑したけど、何だかんだで嬉しかったことをよく覚えている。この子の優しさに触れ、心が温かくなるから。

 ノドカが現れるとそれを契機として他のみんなもコウカのベッドに近寄ってきた。


「ボクの《ストレージ》にはコウカ姉様にあげられそうな物はないなぁ。でもコウカ姉様って何をあげたら喜ぶんだろう。アンヤはどう思う?」

「……え、あ……チョコレート」


 いや、それはアンヤが嬉しい物だろうに。それに枕元にチョコレートを置くのもやめなさい。

 だが普段の様子を取り戻しつつあるアンヤを見て、密かにホッとしている自分がいる。

 私の心も今は平静とはいえない。もう少し落ち着いたら改めてあの子と話をしたいと思う。


「私、よく考えたらコウカねぇのことちゃんと知らないのね。何が好きなのかとかも」

「コウカねぇ、本とか読むかな? あたしはあんまりコウカねぇと話したことないから……」


 シズクはコウカが苦手だったのか、昔は少し避けている節があった。今は慣れたのかそうでもないようだが、話しかける機会が中々掴めないのだろう。

 でもこうして関心を持ってくれているのなら焦ることはないはずだ。


「ずっと一緒にいるけど、それでもまだ1年も経っていないんだよ。だからこれからだよ、私たちにはたくさん時間があるんだから。コウカが起きたらまずはみんなで一緒にご飯を食べて、お風呂にでも行こうか」

「ここのお風呂広いもんね! またみんなで入れるの楽しみだなぁ」


 ――ねぇ、コウカ。

 強くなりたいっていうあなたの想いを否定するつもりなんてないけど、あなたが強くなくてもみんなは受け入れてくれる。

 もちろん私だってコウカがそばにいてくれるだけで良いの。

 だから1人でどこかへ行こうとしないで、ちゃんと私たちのことを見ていてね。


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