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17 少女たちの戦場

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)




    ◇◇◇




 時はユウヒとスライムたちが散開して迎撃に向かった直後まで遡る。

 戦場となっているニュンフェハイムの中心から西へ向かって伸びる街道をシズクは駆け抜けていた。


(空が一層騒がしくなった……ユウヒちゃんたちがもう戦ってるのかな)


 走りながら空の上で戦う2人を慮るが、すぐに頭を振ると避難のために逆流してくる民間人を避けつつ、自身が出せる全速力で足を動かし続ける。


(今はあたし自身のことを考えないと……)


 そこまで考えたところでシズクの顔が嫌悪感に染められる。


(いやだなぁ……)


 この後、彼女が自分の置かれるであろう状況へ想像を膨らませると彼女にとって非常に憂鬱となる状況しか思い浮かんでこない。


(1人だし、行っても知らない人ばっかりだし。精霊様とかなんとかって絶対話しかけてくるよね……あたし、ちゃんと話せる自信ないし。ああ、何も言わなくてもあたしの考えた通りに動いてくれたらいいのに)


 彼女は自分と親しい関係でない限り、他者が苦手だ。赤の他人など以ての外である。

 これは生まれた直後の経験に起因するものなので、中々に根深く改善には長い時間が必要となってしまう。

 進化を繰り返すことで強くなったシズクは自分自身が持つ力には自信があり、疑うこともない。

 よって余程力に差がある相手以外では怯えて動けなくなるということはないのだが、それと緊張しないで上手く話せるかはまた別なのである。


(面倒だから大型の魔法で一気に終わらせて……あ、でもひーちゃんがいないからやりづらいな……。それに他の人を巻き込むとみんなにも迷惑が掛かるし、結局魔法の前に呼び掛けるか巻き込まないように小型の連発になるよね……)


 シズクの口からため息が漏れる。

 とりあえず彼女は少しでもコミュニケーションに掛かる負担を減らすために幾重にも及ぶ会話パターンを想定しながら戦場へと駆けていった。


 そうして、辿り着いた戦場でシズクは非常に戸惑うことになる。


「え、えと、どうしてここに……」

「それは(わたくし)も共に戦うからですよ、シズク様! 何といっても(わたくし)は聖女ですから!」

「せ、聖女だから……? た、たた、戦えるの……?」

「はい! ミネティーナ様から賜りしこの聖属性の魔力。原初の魔法の力をシズク様にお見せいたしましょう!」


 聖女との会話パターンを想定していなかったシズクの頭の中は既に真っ白になっていた。

 だがその後、初めて見る聖魔法に大興奮だったというのは言うまでもない。




    ◇◇◇




 一方、北へと向かったダンゴはというと辿り着いた戦場で騎士たちにおだてられて鼻がこれでもかというほどに高くなっていた。


「次の1本行くよ!」


 掛け声と共に魔法で生み出した直径5メートルクラスの岩塊を鉄槌で打ち出す。

 緩い放物線を描きながら飛んでいった岩塊は騎士たちの頭上を通り過ぎ、彼らが集めた邪魔(ベーゼ)を押し潰した。

 すると直前の掛け声で退避していた騎士たちから大きな歓声が上がる。


「えっへん、どうだ! キミたちももっと褒めてくれてもいいよ!」


 その声を機に騎士たちの間でダンゴコールが上がり、ダンゴの精神がさらに高揚する。

 そこに顔を赤くして現れたのはこの北側の戦場で指揮を任されている騎士だ。


「貴様ら、何をぼさっとしている! 持ち場に戻らんかぁ!」


 先程まで大きな盛り上がりを見せていた騎士たちが姿勢を正してそそくさと持ち場へと戻っていく。

 怒りの形相を浮かべていた騎士はすぐに佇まいを整えると少し不満そうなダンゴに向き合った。


「お見事でした、ダンゴ様。今度はあちらの部隊です」

「うん、わかったよ。次はあっちだね!」

「申し訳ありません。ダンゴ様には、我々の指示のもとで戦っていだだくような形となり……」

「いいって。そーらっ! ……ボク、戦ってる時に考えるのはあんまり得意じゃないからさ。こういう戦いのほうがやりやすいよ」


 ダンゴは示された部隊のいる場所へ向かって岩塊を飛ばしながら、指揮官の騎士に笑い掛けた。

 その様子に騎士はホッと息をつく。

 聖教騎士団の中には当然魔導士隊も存在し、各隊が先程のダンゴが行ったように前衛の騎士たちが集めた敵に向かって魔法を放つことでまとめて撃破する戦法を取っているのだが、1人でダンゴたち精霊クラスの魔法を簡単に使える魔法使いなどまず存在しないと言っていい。

 本来ならそこを人数でカバーすることも十分に可能なのだが、大量の敵から包囲を受けている現状ではどうしても手数が足りていない。

 そこでダンゴが視野の広く取れる場所で指揮官と共に行動して、どこにでもすぐに駆け付けて攻撃できるような戦法を取っているのだ。

 そもそもこの聖都ニュンフェハイムの近くには世界樹以外の魔泉も国境も存在せず、敵に攻められることを想定した造りにはなっていないため、世界の都市で一般的となっている城郭都市としての体をなしておらず、当然そこに付随する防衛用の兵器類もほとんど存在しない。

 現在のダンゴはいわば自走可能な投石機として、防衛用の兵器の代わりを担っているのだ。


「いつもは主様や姉様たちに助けてもらえるからさ。ここに来る前は1人で上手く戦えるか、ほんとのところはボクも少しだけ不安だったんだ」

「ダンゴ様……」

「でも1人じゃなかった。キミたちすごく頑張ってるし、ボクも頑張らなきゃって気合が入ったよ。このまま頑張って、ボクたちの手でこの街も街の人たちもみーんな守ろうね!」

「ハッ」


 意図したものではない、彼女の純粋な心が零した言葉に騎士の体は自然と敬礼する形を取っていた。

 それもただの信仰の対象としてではない、共に守るために戦う戦士としての敬意を彼はダンゴへと抱いたのだ。


「さ、次の敵は――ん?」


 突然、ダンゴの顔から表情が抜け落ちる。

 騎士はそんな彼女の様子に疑問を抱いた。


「いかがなさいましたか?」

「いや、何か変なんだ。この感じ……何かが変だよ」


 不明瞭な言葉を呟くダンゴに騎士が困惑を示す。

 彼にはダンゴが変だと示すものが何なのか皆目見当がつかなかった。


(変な感じ。何なんだろう、これ……邪魔(ベーゼ)じゃない何か……? ううん、邪魔(ベーゼ)だけど邪魔(ベーゼ)じゃない)


 実際にダンゴも自身が抱く奇妙な感覚の正体を掴んでいたわけではない。漠然とした感覚に彼女も戸惑っていたのだ。

 ただ、ひとつ分かる事がある――。


「あの人たちを下がらせて! 何か来る!」


 ――新たな敵が近付いているということが。


 地面が僅かに振動する。しかし、それは戦いの余波による振動で掻き消された。

 この振動に気付けたのは事前に感覚で新たな敵の存在を感じ取っていたダンゴだけだった。

 そのダンゴは真剣な面持ちで騎士を急かす。


「早くして!」

「は――ハッ。貴様ら、後方に退避せよ!」


 指揮官の騎士は戸惑いながらも正面に展開する騎士たちに向けて叫ぶ。そこで振動が段々と大きくなり、騎士たちにも感じられるようになった。

 そして夜闇の中から現れたその存在に誰もが絶句する。


「あれも邪魔(ベーゼ)なのか……?」

「で、デカい……!」


 騎士たちの間に動揺が広がる。指揮官役の騎士も部下たちを落ち着かせることを忘れ、目を見開くと大声を上げた。


「バカな……大型のゴーレムだと!?」


 それは10メートルを優に超え、15メートルに届こうとするゴーレムだった。

 黒光りする装甲は何らかの金属でできているようだが、それが何なのかは想像がつかない。


「【ガイア・ノック】!」


 混乱の広がりつつある戦場に少女の声が響き渡る。

 彼女の打ち出した直径10メートルクラスの岩塊は真っ直ぐゴーレムへと向かって飛んでいき、その巨体を押し潰さんとした。

 それにゴーレムは拳で応え――打ち砕く。


「そんな、ダンゴ様の攻撃を……」

「ボクが行くよ。キミたちは危ないから出てこないで!」


 絶望した様子の騎士たちに目を向けた後、標的を見据えたダンゴが走り出した。

 風にはためく赤いマントを呆然と見送った騎士たちだったが、そこに怒号が飛ぶ。


「貴様ら、何をボサッとしておるか! あの方おひとりに戦わせるなど!」

「し、しかしダンゴ様は前に出るなと……」

「なら魔法でも岩でもなんでも飛ばせばいいだろう! 精霊様が我らと共に民を守ろうと言ってくださっているのだぞ、騎士である我々が国の危機に戦わなくてどうするというのだ!」


 騎士たちはハッとした表情になり、敬礼した後に各々が対ゴーレムやその周りにいる邪魔(ベーゼ)に対抗するために動き出した。

 そしてそんな彼らと共にある存在も動き出す。

 それにいち早く気付いた指揮官役の騎士の表情が驚愕に染まる。


「なぜ、ラモード王国の!?」


 戦場に現れたのはお菓子を模ったゴーレムの軍団。

 ラモード王国王家に伝わる伝統魔法【フェール・デ・ガトー】によって生み出された無機質な兵士たちだった。




    ◇◇◇




 聖都の東に広がる戦場において、邪魔(ベーゼ)を闇討ちするような形で駆け回っているのはアンヤだ。


「た、助かりました。アンヤ様」

「……次に行く」


 今も騎士たちが戦う邪魔(ベーゼ)の背後から音もなく忍び寄り、彼らの討伐を援護した。

 その後、すぐさま闇の中に消えていったアンヤだが何も素っ気ない対応をしようと思ったわけではない。

 他の方面に展開しているスライムたちと比べて、能力で劣っているアンヤが戦場をカバーしようと思うと、今のように切羽詰まった戦いとなってしまうのだ。

 ユウヒは聖都の東側にいるコウカと合流した時の戦力比を考え、アンヤを東に派遣したのだが未だ合流を果たせていない現状ではどうしても他の方面よりも苦しい戦いとなる。


 また、アンヤが忙しなく動いているのには彼女自身の気質も関係していた。


(多くの人を助ける。それがアンヤのやるべきこと。アンヤは……アンヤだから)


 自分を自分たらしめる1つの理由。そのためにも彼女は戦っている。


(次に向かうのは…………え?)


 その時、ここから遠く離れた場所であるのにもかかわらず、強烈な存在感を放つ存在をアンヤの感覚が捉える。

 そして一度捉えてしまうと釘付けになったまま、目を離すことができなかった。


(でも、アンヤは……)


 強い意思で抗おうとするが、やはり意識が吸い寄せられてしまう。

 幾度もの葛藤の末、遂に彼女は存在感の元へと向かうことを選んだ。それが自分を誘い込んでいると分かっていながらも、確認せざるを得なかったのだ。


 そうして、アンヤが辿り着いたのは大きな湖の畔だった。

 普段は人々の憩いの場として人気であるそこは非常事態であるため、アンヤ以外の人影は見えない。


(気のせいのはずが……ない)


 未だ彼女を縛り付ける存在感は消えていない。

 そのまま注意深く辺りを窺っていたアンヤの耳が女性の声を拾い上げた。


「アンタがカーオスの言ってた子?」

「――ッ!?」

「本当にアンタみたいなのがあの方の力を持っているのかしら?」


 最初からそこにいたかのように切り株の上に腰かけていたのは、紫色に黒いメッシュが混じったような髪色の女性だった。

 彼女は組んだ足に肘を乗せ、嘗め回すようにアンヤを見ている。


「……誰」

「あら、ご存じなぁい? いいわ、いずれは可愛い後輩になる運命なんだもの、教えてあげる。アタシはイゾルダ。人間たちの間では“氷血帝”とも呼ばれていたわね」


 イゾルダと名乗った女性は「ああ……」と言葉を続ける。


「あなたの紹介はいらないわよ。いつか全てが変わってしまう運命を持つ存在に価値なんてないんだから」


 理解できないとばかりに首を傾げるアンヤの目が女性の瞳を捉える。

 ――その、血のように赤い瞳を。


「……ッ! 邪魔(ベーゼ)……!」

「あぁら、あんな獣どもと一緒にしないでくれる? 氷漬けにするわよ」


 その瞬間、周囲の気温がグッと下がり湖が端から急速に凍りはじめる。

 既にアンヤの警戒心は最大まで引き上げられており、抜刀状態の朧月の切っ先をまっすぐイゾルダへと向けていた。


「アタシはアンタの敵ではないのだけど、理解できないのかしら?」

「……どういう、こと」

「あら、本当に分からないの? それとも――」


 女は足を組み替え、赤い目を細めて笑う。


「――分からないフリ?」

「……ッ、違う!」


 アンヤの中にある魔力が吹き荒れ、次の瞬間には刀を女性が座っていた切り株へと突き立てていた。

 ハッとして、刀を向け直すアンヤのすぐ近くに立っていたイゾルダが訝しげな表情で呟く。


「あら、そういえばアイツ……自我はないとか言ってたけど……まあいいわ。アンタにはこれから素敵な運命が待っているのだし。その時が来るまでの間、少しだけ遊んであげる」


 氷血帝イゾルダ。邪神が擁する四邪帝第二席と呼ばれる女は敵意を向けられていながら、黒い翼を広げて嗤う。

 ――その運命の時が訪れることに心を焦がしながら。




    ◇◇◇




「なんであなたがここにいるのよ」

「あら、ワタシがここにいちゃいけないのかしら?」


 ヒバナは自身の隣に立つ長身の男をジトっとした目で見上げる。それに男はしなを作り、応えた。

 男の様子にヒバナはため息をつく。


「悪いなんて言ってないでしょ。ただ、帝国にいたはずのあなたがなんでこの国にいるのか気になっただけ」

「だってあなたたちが全部自分たちで済ませちゃったおかげで、ワタシのやろうとしてたことぜーんぶ無駄になっちゃったんだもの。落ち込んで里帰りしたくもなるわ」

「……知らないわよ」


 あからさまな態度で肩を落としてアピールする男――ミハエルことミーシャにヒバナは素っ気ない態度を示す。

 彼は本当に落ち込んでいたのか怪しいほどの速さで表情を変え、肩を竦める。


「あら、冷たい。落ち込んでいる人には優しくしないとダメよ」

「ならもう少し落ち込んだ姿を見せなさい。そんなのいいから、あなたはさっさと前線に行って」


 シッシッとヒバナは手で追い払う仕草をする。

 そうして渋々といった様子で前線に向かって歩き出すミーシャと入れ替わりに、騎士の1人がヒバナの元へと駆け込んでくる。


「精霊様! 南東から現れた敵の増援に対して、至急対応が必要なのですが……」


 焦った表情ながら、ヒバナの様子を窺うように話しかけてきた騎士に対して彼女は目もくれずに言葉を返した。


「知らないわ。あなたたちで勝手にやってて」

「そう言いながらちゃんとあの鳥を差し向けるだなんて、ヒバナちゃんも素直じゃないわね」

「ちょっ、あんたはさっさと行ってよ!」


 まだその場に残っていたミーシャは、南東に向かって飛んでいく鳥を模った炎を見ながら微笑んだ。

 ヒバナの元に向かってきた騎士はホッとした表情を浮かべるが、ヒバナの表情はそれとは反対に少しだけ沈む。


「私は私でちゃんとやる。でも、あなたたちに構っていられるほど余裕がないの……こっちは気が気じゃないんだから、放っておいてよね」

「……やっぱりみんなのことが心配なのね、ヒバナちゃんは」

「あーもう、うるさいわね! さっさと行ってってば!」


 何故かまだその場に残っていたミーシャの温かく見守るような目に晒されたヒバナは、追加で生み出した数体の炎の鳥を彼に向かって飛ばす。

 彼はその鳥たちに追い立てられるように戦場へと全速力で向かっていった。


(みんな、大丈夫よね……)


 戦場を観察しながら、ヒバナは心の中で不安を零した。


 そうして戦況は動き出し、戦場を俯瞰していたヒバナは邪魔(ベーゼ)の動きが変わり、さらには殲滅スピードが落ち込んできていることに気が付いた。


(私の魔法はちゃんと効いてる。魔導士たちの火魔法だって。敵の動きも良くなってきているけど、それだけじゃないわね)


 火魔法で燃やせば、敵は跡形もなく燃え尽きる。しかし、どうにもそのほかの攻撃手段で敵が倒しきれない。

 頭部や脚部を破壊しても奇妙な動きで戦い続けるのだ。

 直後に胴体の魔蔵器官に位置する場所を貫けば倒せると気が付いたミーシャが団員たちに情報を共有するが簡単にはいかず、押され始める戦場が出てきた。


(少しずつ押されてる……ここにシズがいればもっと楽だったのに……!)


 ここにはいない片割れを追い求めるが、すぐに無駄だと思考を振り払う。今はこの状況を打開することだけが自分の考えるべきことだと切り替えたのだ。


 ――その時だった。

 自陣の奥深くから撃ち出された金色の光が夜闇を照らしながら奇妙な邪魔(ベーゼ)たちの元へ飛んでいったのだ。


(まさかコウカねぇ……じゃ、ないわよね)


 あの姉は魔法を飛ばす前に突撃しそうだと表情を改め、ため息をつく。

 そして次にあの魔法について考える。


(大きな光魔法……あれで倒しきれるといいけど)


 強力な魔法ではあったが、上手く胴体部分を破壊できないと敵は止まらない。これが通常の敵であれば非常に頼もしいものであったが、今回はそうではない。

 だが、ヒバナの予想は簡単に覆されることになる。

 ――そう、それは普通ではあり得ない事象によって。


(光魔法、じゃない……?)


 その光景を見ていたヒバナは目を見開く。


「金色の炎だっていうの!?」


 着弾した場所から燃え広がる炎は敵を焼き尽くしていった。




    ◇◇◇




 遥か東から聖都ニュンフェハイムに向かって、1本の稲妻が駆けていた。


(こんな時にマスターの側にいないなんて……!)


 数日間、ニュンフェハイムから遠く離れた魔泉で魔物相手に戦い続けていたコウカであったが、突如としてニュンフェハイム方面に現れたうねりを感覚が捉え、慌ててユウヒたちの元へと戻ろうとしていた。


 そして世界樹のそばに戦場の光を確認できるほど近付いたところで、1つの大きな邪な気配がニュンフェハイムへと近づいていくことに気が付く。


(どうする……いや、あれは脅威となる。行かせるわけにはいかない)


 方向を変え、今度はその邪な気配に向かって一直線に接近していった。

 ――そしてコウカは気配を頼りに標的へと勢い付いたままの一閃を叩き込む。


「な……ッ!?」


 しかし、コウカの剣は狙った対象が構える長剣によって正面から受け止められた。

 防がれるとは思っていなかったコウカの顔が驚愕に染まるが、すぐに平静を取り戻すと後ろに飛び退いて、受け止めた敵へとその切っ先を向けた。


「人間……いえ、邪魔(ベーゼ)!」

「確認する前に切ったのか。とはいえ、その獰猛さは好ましいな」


 赤い髪に黒いメッシュが入った短髪の男。その目は血のように赤い。

 コウカの感覚がうるさいほどの警鐘を鳴らすので、彼女はその感覚に従い、警戒心を最大限まで高めた。


 男が再び口を開く。


「だがオレは邪魔(ベーゼ)ではない。人間はオレたちをこう呼ぶ、邪族(ベーゼニッシュ)とな」

邪族(ベーゼニッシュ)……」

「オレの名はロドルフォ。礼儀だ。精霊よ、キサマの名も聞こう」

「……コウカ」


 戦いの緊張が高まりつつある中でのこのやり取りにコウカは不意を突かれるが、ロドルフォは己の得物を構えたまま動かなかった。

 戸惑いながらも簡単に名乗り返したコウカは再び感覚を研ぎ澄ます。


「そうか。ならばコウカよ。キサマの戦いがどれほどのものか、オレに感じさせろ」


 火種さえあればどちらが先に動いてもおかしくない状況だった。

 そんな2人の間を一陣の風が吹き抜け――止んだ。


 それを合図とするように両者は同時に動き出す。

 最初にコウカは敵へと急接近し、剣を振るった。

 そしてロドルフォの方もそれを予見していたかのように既に防御の構えを取っている。


「キサマの剣は見えやすい」

「くっ……!」


 剣戟を弾き返されたコウカは咄嗟にその場で回し蹴りを放つが、それも簡単に受け止められてしまう。

 隙を晒している状態のコウカに男はただ冷ややかな目を向けていた。


「愚直な攻め方だな。獰猛なのは好ましいが、自ら不利を呼び込むなど獣以下の戦い方だ」

「離せッ!」


 意外なことにも彼女の要求は通った。

 抵抗など最初からなかったかのように脚を引き抜こうとすると簡単に抜けてしまったので、そのまま勢い余って後ろに倒れてしまいそうになったほどであった。

 だが、その間も男は攻撃してこない。


(この男……わたしを馬鹿にして……!)


 コウカの剣を握る手に力が入り、魔力が高まっていく体は電気を帯びる。

 ロドルフォは彼女に冷淡な目を向けたまま口を開いた。


「次は何を見せてくれる?」

「ナメるなっ!」


 プライドを傷つけられた少女は怒りのままに吼え、男へと飛び掛かった。


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