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12 暴君の治政

 ミーシャさんがお世話になっているという町へ向かっていると、案内役を務めてくれていた彼が突然何もない砂漠の真ん中で立ち止まってしまう。

 そこで彼が地面に手をかざして何やら風魔法を使うと、砂の中から取手の付いた板が現れた。


「えぇ!? 何これ!?」

「すごいでしょ、ダンゴちゃん。町にはここから入るのよ」


 ミーシャさんが取手を持ち、板を持ち上げると地下へと続く階段が現れる。

 階段の奥は暗く、その先を見ることはできない。


「……町は砂の下?」

「ん? ああ、違うわよ。これはあくまで町に入るための通路。普通に入ったら兵士に見つかっちゃうでしょ?」


 アンヤが発した疑問にミーシャさんが丁寧に答えてくれる。

 私もてっきりアンヤと同じように街は地下にあるものだと勘違いをしていたものだから、余計なことを言わなくてよかったと密かに安堵した。

 ミーシャさんが私たちを見つけた状況から考えても当然のことだし、変な勘違いをしていると思われるのは恥ずかしい。


「当然ボクは気付いてたよ!」

「…………」

「お姉ちゃんを褒めてもいいんだよ、アンヤ!」


 いつものように些細なことでお姉ちゃんとして振舞おうとするダンゴがアンヤに纏わりつきながらアピールしているが、アンヤはそんな姉から顔を逸らすだけだ。

 ――明らかに面倒くさがられている。


「もう~ダンゴちゃんったら~」


 ノドカがその光景をニコニコしながら見守っていた。

 どう考えても、気合が空回りしているようにしか見えない。

 だがダンゴもあれはあれで満足しているようだし、微笑ましいのでミーシャさんを含め誰もが何かを言うような野暮なことはしなかった。


「少し狭いけどロス達も通れそうね」

「階段は少し気を付けて降りないといけなそうだね……」


 ヒバナとシズクが暗い通路を見て、分析してくれている。

 たしかに、スレイプニルたちが通れる広さであることは私たちにとって重要な要素だ。

 流石にミーシャさんもそこまでは考慮していなかっただろうし、偶然でも広い通路であったことには感謝したい。


「さあ、あまり長居して調査に来た兵士とかち合いたくはないし、早速降りていきましょう」

「分かりました。ダンゴ、アンヤも行くよ。コウカ、先頭で通路を照らしてもらえるかな?」

「ユウヒちゃん。灯りなら心配いらないわ、この魔導具があるから」


 そう言ってミーシャさんが《ストレージ》の中から取り出したのは、全長50センチほどはある銀色の筒だった。


「それ、何ですか?」

「これは小型照光器と言ってね。ここを押すとほら、先が照らせるでしょう?」


 筒の先端のガラス部分から光が照射され、通路の奥が照らされる。

 小型というにはサイズは少し大きいが懐中電灯のようなものだろう。

 それを見たシズクが興奮したように近づいていく。


「わぁ……す、すごい!」

「都に行ったらもっとすごい魔導具があるらしいわよ。この魔導具でも、都から流された格落ち品なんだから」


 ミーシャさんはシズクに魔導具がよく見えるようにしてくれていた。

 ――これで格落ち品ということはもっと小型化に成功したものなどの開発が成功しているのかもしれない。

 シズクは大変興奮しているがこんなものを使わなくても光魔法を使えば、簡単に同じことができるだろう。

 だがそれを魔導具で再現しているというのがすごいことなのだ。

 単純な光で先を照らすことだって光魔法が使えないとできないし、魔導具はやろうと思えば他の属性同士を組み合わせることだってできるのだから、研究が進めば1人の魔法だけではできないことだってできるようになるかもしれない。

 それを期待させるという意味でも魔導具の発展にシズクが興奮するのも分かるのだ。




 地下通路に入って、数十分ほど歩くと目の前に入口と同じような階段が現れた。

 よく見ると階段の上の方からは少しだけ地上の光が漏れている。

 躊躇なく階段を上っていったミーシャさんが光の漏れ出す天井を手で叩いた。

 しばらくの間は何も起こらなかったが、根気よく叩き続けているとくぐもった声で「誰だ」と何者かの声が聞こえてくる。


「ワタシよ。開けてちょうだい」


 ミーシャさんが言葉を返すと数秒の後、天井がゆっくりと開いていく。地下で冷え切った体が外の熱気を感じ取り、少し体が震えた。

 そしてミーシャさんはこちらへと振り返る。


「地上にはスレイプニルを置いておける場所がないの。悪いけど、少しだけここで待たせておくことになるわ」

「えっ、それは……」

「ごめんなさいね。少し地上に戻って話を付けて来るから、それまで待っていてちょうだい」


 そのまま彼は地上へと上がっていき、私たちは地下に取り残されてしまった。

 地下は寒くて、暗い。それにあまり広くないからスレイプニルにとって大きなストレスとなるだろう。

 そんな場所に放置するというのは気が進まなかった。


「なら私は待ってるわ。私の魔法なら暖を取れるし明かりにもなる。この子たちの負担も多少は減るでしょ」


 そう言ったのはヒバナだ。

 彼女が抱いている懸念も私と同じもので、それをどうにかするためにここに残ると言ってくれたのだ。

 しかし、そうもいかないだろう。


「ヒバナ、それは駄目だよ」

「は? どうしてよ」

「だってこんな風通しの悪い場所で火を使うのは危険だし、煙が立って地上にバレちゃうかもしれないでしょ」


 提案してくれたヒバナには申し訳ないが、その案を鵜呑みにはできなかった。

 代案として明かりだけならコウカに任せるという手があるが、彼女の目が頑なに私から離れまいと語っていたのでそれは断念する。

 だが――ここで私たちの会話に介入してくるものが居た。それも物理的に。

 ノドカに抱き着かれたことでヒバナが悲鳴を上げる。


「それなら~わたくしも~残りますよ~? わたくしは~寝られれば~どこでも大丈夫ですし~ヒバナお姉さまに~くっついていれば~寒くありませんから~」

「なに言ってんの!? はーなーれーなーさーいっ!」


 そう言ってギュッと体を押しつけてくるノドカをヒバナが引き剥がそうとするが、一向に2人が離れる気配はなかった。


「だったらボクもっ」

「ダンゴちゃんは~わたくしの代わりに~みんなを守って~? わたくしたちは~大丈夫だから~」

「いや、だから何勝手に話を進めてんのよ!」


 騒ぐヒバナを無視して、ノドカはダンゴを説得する。

 彼女の言ったように地下はあまりいい環境ではないとはいえ危険はない。ダンゴが残る利点はあまりないように思えた。


「私はあなたが残るのも認めてな――」

「ヒバナ、静かにしてください。外に聞こえますよ」

「ぐ、くっ……!」


 まだ騒いでいたヒバナがコウカから注意を受けたことで言葉を詰まらせる。

 悔しそうに表情を歪めた彼女であったが、姉の言葉は正しいと認めたのか言い返すことはなかった。

 そして今度は妹からの追撃を受けることになる。


「ヒバナお姉さまは~わたくしと~2人っきりでいるの~いや~……?」

「嫌、とかじゃ…………はぁ、分かったわよ。あなたの力がないとダメなのは本当のことだしね」


 ヒバナもうるうると瞳を揺らすノドカには勝てなかったらしい。

 コウカ、ノドカとの連続的なやり取りで冷静さを取り戻したヒバナはそのように結論を出した。


「できるだけすぐに戻ってくるようにするから」

「はいはい、期待しないで待っているから好きなだけ楽しんできなさいな」


 そう言って手をひらひらと振って踵を返すヒバナ。もちろん、ノドカが纏わりついたままである。

 言葉ではああ言っているが、顔を背ける直前の伏せられた目を私はハッキリと見た。あれが彼女の強がりであることは明白だ。


「もう~ヒバナお姉さまは~」

「きゃっ! 何で抱きしめるわけ!?」


 でもノドカが居ればあの子の寂しさも和らぐか。改めて彼女を1人でここに置いていかなくてよかったと思う。

 ヒバナは口と手でノドカを拒絶しようとしているが、外から見るとただじゃれているようにしか見えなかった。


 そんな仲睦まじい様子をただ1人、寂しさを宿した目で見ていた子がいる。でも、そんな目をして躊躇する必要などないはずなのだ。

 だから私はその子――シズクへと笑いかける。


「シズクもさ、寂しいって感じた時は遠慮しないで甘えに行けばいいんだよ。今さら遠慮しあう間柄でもないでしょ」

「寂しい……あたし、寂しいのかな……?」

「そうでしょ。いつも一緒にいるとさ、少し離れていくように感じただけでも寂しくなるし不安にもなるよ。ノドカともずっと一緒にいるけど、ヒバナに関しては本当に生まれる前からだもんね」


 シズクが抱いている寂しさはふとした瞬間に訪れるものだ。

 決して仲間外れにされたわけでもなく、あの子たちがシズクを蔑ろにしようとしたわけでもない。

 でもどこか置いてけぼりにされたような気持ちになってしまっているのだろう。

 ――しかしだ。


「相手はすぐに触れ合える場所にいるんだよ。そんなことで迷惑に思うはずもないんだから迷うだけ損だし、もしも――」

「え、えいっ」

「は……えぇ!?」


 それは突然のことで私の口からは素っ頓狂な言葉しか出なかった。

 軽いパニックになる中、冷静に状況を確認しようとする思考が何とか働いている状況だ。

 それで何とか理解できたのは、シズクが抱き着いて私のうなじに顔を埋めているという状況だった。


「ひ、ひーちゃんはノドカちゃんとくっついてるみたいだから……その代わり。今はユウヒちゃんで我慢する……っ」


 ――こ、この言動。この子は間違いなくヒバナと双子の姉妹だ。

 彼女が喋る度に温かい吐息が首に掛かってこそばゆい。さらにこの子は、私のうなじに鼻を押しあてたまま息を深く吸い込みはじめてしまった。

 こんな状況で何とか彼女の身体を抱き留め、頭を撫で続けている私を誰かに褒めてほしい。




    ◇




「紹介するわ。このおじいさんが魔石採掘グループのリーダーよ」

「フンッ……」


 ミーシャさんが紹介してくれたその人は如何にも偏屈そうな印象のおじいさんだった。

 だが、人を見た目で判断してはいけない。町の人は外の人間に対しても歓迎的だそうだし。


「リーダー、この子がさっきも話したユウヒちゃん。女神ミネティーナ様から遣わされた救世主よ」

「はじめまして、ユウヒ・アリアケと言います!」


 立ち上がり、腰を90度に曲げる。

 元気な挨拶は相手への印象を良くしてくれるはずだ。


「救世主か。胡散臭い話だな」


 駄目だ。この人には全く通用しない。


「コウカ姉様、抑えて抑えて」

「……ややこしくなるだけ」


 私の後ろにいたコウカたちが小声でやり取りしている。どうやら気が立っているコウカをダンゴとアンヤで宥めてくれているようだ。

 その間にもミーシャさんはそのおじいさんと会話を続けている。


「リーダー。彼女が救世主というのは聖女だって認めているの。それに見たでしょう? あんな竜巻を起こせる人間がどれほどいると思ってるの」

「……フン」

「実際に彼女たちの活動は世界を良くしてくれているわ」

「ならこの国のことも少しでも良くしてほしいものだな、救世主殿には」


 ――どう見ても歓迎されているようには見えないな。どういうことなのだ、ミーシャさん。


「ユウヒちゃん、あまり気を悪くしないでね。こうやって匿ってくれているんだから、良い人であることは保証するわ」

「まあ……そうですね」


 良い人というより打算ありきな気がするが。いや、むしろそっちの方が信用しやすいか。

 このおじいさんはきっとこの国を変えてくれる人を待っているのだろう。

 それが救世主だろうが、冒険者だろうがきっと関係がないのだ。


「リーダー、この子たちの事情はさっき説明した通りよ。どうにか帝都へ入って皇帝に会わせられないかしら」

「ふん、無理だな。この町の人間が帝都に入ることはできん。アリエーテが精々だ」

「伝手とかもないの?」

「あるわけがなかろう。魔石を運ぶ駒でしかない我々は町の外にいる人間と接触することすら叶わんのだからな」


 ――魔石を運ぶ駒って。

 辺境の町に住む人々の待遇は想像していた以上に悪そうだ。

 彼の言葉からは現状を好ましく思ってはいないという感情をありありと感じ取ることができた。


「そもそも、あの皇帝が外の人間を呼び寄せたというのが疑わしい話だ」

「そうは言っても本当のことだもの。今、世界は大変なことになってるの。皇帝も世界が滅茶苦茶になるのは困るんでしょう。だったら我儘言うなって話なんだけど」

「相手の事情など関係がないのだよ、あの裏切り者の暴君にはな。他人を自分の都合の良い駒としか考えておらん」


 事実、皇帝が救世主の来訪を条件として提示したことで私は他の国での活動を制限されているわけだ。

 救世主の活動としては、この国に拘束されているような現状はあまり好ましくはなかった。


「す、すごい不信感だね……それだけ酷い人なのかな」

「多分それだけじゃなくて前からの積み重ねなんだと思う。前の皇帝が十数年でこの国の基盤を滅茶苦茶にしたらしいし。それで現皇帝がこんな感じじゃ、無理ないよ」


 疑問を口にしたシズクに私の考えを告げる。あくまでこれまでに聞いた話からの推測でしかないが、それほど間違っているとは思えなかった。

 前皇帝はこの国の基盤を破壊し、周囲の国との関係も悪化させた。現皇帝が即位した時期には本当に戦争が勃発する直前まで行ったらしい。

 そんな国の皇帝の座、私なら就きたいとは到底思えない。


「それにしてもさ、シズク。なんか距離近くない?」


 ずっと気になっていたのだが地下通路の一件以降、かつてないほどにシズクとの物理的な距離が近い。嬉しいと同時に困惑が浮かび上がってくる。

 シズクは私の問い掛けに対して、事なげに答えた。


「言ったよね、代わりって。そ、それに甘えていいって言ったのはユウヒちゃんだから」

「私、ヒバナに対して甘えてきたらいいって言ったつもりだったんだけど……」

「え――か、関係ない。それにひーちゃんがいない今だけだからっ。そ、それとも……やっぱり迷惑だった?」

「そ、そんなことないよ! 嬉しいから」


 いつにもなく強気なシズクだと思えば、急に弱気になるものだから慌てて弁明する。

 嬉しいのは事実だし、迷惑なんてとんでもなかった。

 たとえ本当にヒバナの代わりだったとしても、それは私のことを頼ってくれているということにほかならないのだから。

 私の想いがちゃんと伝わってくれたのか、シズクは目を伏せてはにかんだ。


 私たちが全く関係のない話をしている間もミーシャさんとリーダーの話はずっと続いている。

 その中で少し気になる話題が聞こえてきたので注意深く耳を傾けることにした。


「前から気になっていたけど、現皇帝が“裏切り者”って呼ばれているのはどうして?」

「…………」

「答えられないことなら別にいいのだけれど、町の人もみんな事あるごとに裏切り者って口にするでしょう? ワタシ、現皇帝周りの情報ってほとんど持っていないのよね」


 裏切り。それは信用や信頼が無ければ成立しないものだ。

 現皇帝が即位してからと前の皇帝の時代、どちらも酷い物なのにリーダーをはじめとする人たちが裏切られたと感じているのは何故なのだろうか。


 ミーシャさんの問い掛けに対して、難しい顔をしているリーダーがゆっくりと口を開いた。


「……かつて栄光の国と呼ばれていたこの国は39年前から、その輝きをくすませた」

「39年前……先々代の皇帝が崩御し、先代皇帝に皇位が継承された年ね」


 現皇帝の話を聞いたのというのにその前の世代の話が始まったことにミーシャさんは眉を動かしたが、大人しく続きを聞くことにしたらしい。

 そんなミーシャさんの発言に対して、リーダーは鼻を鳴らした。


「ふん、継承などと生易しいものではなかったがな。あの忌々しい王は賢王とすら呼ばれていた自らの父親と3人の兄を殺してその地位を奪い取ったのだよ」


 思わず息を呑む。

 皇帝の座を手に入れるため、たったそれだけのために親も兄弟も切り捨てるなんて私には考えられなかった。


「そんな話、聖教国でも聞いたことがないわ。それにもしその話が本当なら、国民からの反発もちょっとやそっとじゃ済まなかったはず」

「……この事実を知っているのは、当時王宮に努めていた一部の人間だけだ。その大半は死んだか、事実を事実と認識することすらできなくなったがね」

「ちょっと待って、リーダー。あなたがそれを知っているということは……」

「そうだ。儂はかつてこの国の高官だった。それが今ではこのザマだ。逃げたのだよ、全てを捨ててな」


 そう口にするリーダーの顔には自嘲の笑みが浮かんでいた。

 恐らく、先代の皇帝によって王宮に努めていた人の大半は殺されてしまったか相当酷い目に遭わされたのだと思う。

 だから、殺されたくなかった彼は逃げたのだ。


「告発しようとは思わなかったの? 当時はまだ外との繋がりは残っていたでしょう。国から出ることも可能だったはずよ」

「最初はしようと思ったさ。しかしな、外との繋がりがあるとはいっても国民の行動は国民番号によって厳しく管理されていた。燻っているうちに周辺国との関係は急激に悪化だ、儂も疲れてしまったのだよ」


 目を伏せていたリーダーは「だが」とまた語り始める。


「そんなある日のことだ。主要都市に住む者、儂ら辺境に住む者、誰もが皆1つの希望を見出した」

「希望……」

「王宮に教育係として召集されていた賢者が1人の姫を連れて国中を巡り始めたという噂が流れたのだ。実際に儂がいた町にも彼女たちはやってきた。幼いながらに美しく気高さすら感じられる姫だった。黄金の髪と燃えるように赤い瞳、かの暴君と同じ色を宿しているはずなのに憎しみなど欠片も湧き上がることなどなかった」


 その姫について語るリーダーの表情はこれまで見たことがないくらい和らいでいた。

 目を瞑り、当時を懐かしむかのように彼は話を続ける。


「それはかの姫が美しいというだけではない。この国を取り巻く現状を憂い、国民一人一人にその優しさを示してくれたからだ。そして姫は約束してくれたよ、いつかこの国に栄光を取り戻してみせると」

「そう……じゃあ、やっぱりその姫がイルフラヴィア・ドォロ・グローリア。現皇帝のことなのね」


 後ろの方で「えっ!?」という2つの声が聞こえてくる。

 いつの間にか現皇帝の話になっていたらしく、それに薄々気付いていた私も正直驚いている。

 だが、これで何故“裏切り者”と呼ばれているのかが分かった気がする。

 かつての約束と現状。その落差こそが皇帝への強い疑念の正体だ。期待が大きかった分、裏切られたときの揺り戻しも大きい。

 でもどうして現皇帝は国民を裏切るような治政を行っているのだろうか。リーダーは優しい姫だったと言っていた。

 元々、それが全員を騙すための仮面だったとでもいうのだろうか。


「皇帝はどうしてこんな約束を反故にするようなことを?」

「結局、血は争えんということだろう。現皇帝は先代の首を取って即位したのだ」


 それは前皇帝のやり方と同じだった。

 穏やかとは程遠い皇位継承だが、反発が大きくないのは前皇帝がろくでもない人だったのとそもそも圧倒的な暴力を翳す現皇帝の前に誰もが口を噤んでしまっていたからだろう。

 たった1人の圧倒的な力で戦争を回避した現皇帝に逆らおうなどと考えることなどできはしなかったのだ。


「誰も止められなかったの? 教育係だっていたのでしょう?」

「賢者殿も恐らくは既に殺されておる。皇帝が即位して以降、誰もその姿を確認できておらんようなのだ」

「ちょっと待ちなさい。あなた、町の外の人間と接触はできないと言っていたわよね。なら、どうしてそんなに外の状況にも詳しいのかしら?」

「…………」

「どっちが嘘の話なのかしら、それともどちらも?」


 矛盾を指摘されて言い淀んだリーダーをミーシャさんが追及した。そんな強気な対応で相手の機嫌を損ねでもしたらどうするのかとヒヤヒヤしてしまう。

 ここで軍に通報などされるものなら、ミーシャさんも私たちもただでは済まないような気がするのだが本当に大丈夫なのだろうか。

 だがリーダーが機嫌を損ねた様子はない。いや、常にしかめっ面なのでよく分からないのだが先程の表情と大きな変化はなかった。

 やがてリーダーは観念したかのように口を開く。


「水面下で活動している同志がいる。連絡も取り合っておる」

「だったら、帝都に入るための伝手もあるんじゃない?」

「いや、それは無理だ。あれは魔導具研究の最前線にして帝国最後の砦。管理の厳しさは他の都市の比ではない」

「……嘘じゃなさそうね」


 結局、リーダーのコネはあてにはならなそうだ。だったら今後の方針は固まった。


「みんな、もう行こうか。ヒバナたちも待ってる」


 隣のシズクと後ろにいた3人へと振り返りつつ、声を掛ける。

 数瞬の迷いもなく、彼女たちは力強く頷いてくれた。

 すると立ち上がった私にミーシャさんが慌てた様子で詰め寄ってくる。


「ちょ、ちょっとユウヒちゃん。今の話を聞いてなかったの? 帝都に入る手段はまだ見つかっていないわ」

「だから正面突破します。そもそも私たちは皇帝に呼ばれてここに来たわけですから帝都に入って騒ごうが、その外で騒ごうがちゃんと認識してもらえばそれでいいわけですし」


 ミーシャさんは「無茶苦茶よ……」と頭を抱えてしまった。


「状況から判断するに皇帝はあなたたちを歓迎していないわ。最初から首脳会議に出席するつもりもなかったんでしょう。まず間違いなくあなたたちは敵対勢力と見做されて攻撃されるか、拘束されるわ」

「そんなことをしてくるようであれば、国の外に逃げて教団に報告します。逃げ切れるのかが心配のようなら言っておきますけど、私たちはやろうと思えば国を滅茶苦茶にすることもできるんです」


 自分で言うのもなんだが、ハーモニクス状態の強さは異常だ。

 やろうと思えば、それこそ街の1つを壊してしまうくらいわけないだろう。だからこそ躊躇してしまうのだが。

 この話を聞くと、先程の竜巻でその片鱗を見たであろうミーシャさんの顔は引き攣っていた。

 流石にそこまでやるつもりなどないし、ミーシャさんを脅しても仕方がないのだが、これも彼からの理解を得るためである。


「はぁ……あなたはよく無茶をするし、少し短絡的なところがあるのが玉に瑕だけど周りのことはよく考えられる子だから大丈夫よね」

「短絡的……」

「だからこそシズクちゃんたちにはユウヒちゃんのことをよく見て、場合によっては諫めてほしいのだけど……あなたたちにはこの子が決めたことにそのまま突き進んでしまう危うさがあるわ。それでどうにかなってしまうのはあなたたちの絆が為せる美点だけど、一方が相手の全てを肯定することだけが信頼関係の本質ではないということも覚えていてね」


 ミーシャさんはそこまで語ると「これ、シズクちゃんからヒバナちゃんとノドカちゃんにも伝えてあげてね」と口にした。

 どうやらミーシャさんは私がこれからやろうとしていることを認めてくれたみたいだ。

 なら早速、と地下通路に繋がる階段に向かおうとした私たちに相変わらず難しい顔をしているリーダーが「待て」と語り掛けてきた。


「1つだけ……この方法なら帝都に入るどころか皇帝に謁見することもできるかもしれん」


 それは私たちを“黄金郷(エルドラード)”へと(いざな)う言葉だった。


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