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10 辺境の地で

 国境を越え、少し進んだところで誰にも見つからないようにゆっくりと休んだ私たちは、グローリア帝国の帝都へ向けて進みはじめる。


「えぇー! 町には寄らないのぉ!?」

「仕方ないよ。ちゃんと許可をもらうまで私たちは密入国者なわけだし、服を変えたとしてもミラン達に乗っていたら余所者だってバレバレだから」

「でもぉ……もう砂ばっかりは飽きちゃったよ……」


 遠くに見えるオアシスの町を見て、ダンゴが項垂れる。

 残念だが、帝都に行って皇帝に会わせてもらうまで、私たちの立場がこの国において保障されることはない。

 町ではどのような規則があり、住民がどういった反応を私たちに対して見せるか分からない以上、迂闊な行動はとることはできなかった。

 ……この際、勢いのまま国境線を跨いだという事実は気にしないことにする。


「ゆ、ユウヒちゃん、お水だよ。ロス達にはもう出してきたから」

「ありがとう、シズク。……ん、冷たい」

「水分補給はこまめに、だよ。み、みんなも欲しかったら言ってね。少し気分もスッキリするかも」


 シズクが自らの魔法で生み出し、持ってきてくれた水はとても冷えていて美味しかった。

 この地域は空気が乾燥しているうえに日差しが強く、気温も高いことから水分補給を欠かすことはできない。

 シズクが呼びかけたことで各自が水を受け取り、飲み干す。それだけで彼女たちの表情は和らいだ。

 みんなも私ほど頻繁に水分補給する必要はないが、それでもこんなに暑いのだ。冷たい飲み物が欲しくなるだろう。


「そういえばシズクは町に入れなくてよかったの? 魔導具を見たかったんでしょ?」


 町に入らずに帝都へ向かうというのは、私だけで決めたことではない。

 シズクもその方がいいと言っていたのだが、今になって疑問に感じてきた。


「う、うん。どのみち大きな街に入れば見られるから。それにあの町にはそんなに目ぼしい魔導具はなさそうだし」

「分かるの?」

「えっと……まあ、あんな町だから」


 少し言い辛そうにオアシスの街へと視線を向けるシズク。

 彼女の言わんとしていることは分かる。

 ここから見えるあの町、というよりかはこの辺りの土地は辺境にある田舎である。大きな建物もあまりないし、発展しているとは言い難かった。


「少し~寂しい感じ~」

「この国はどこもあんな感じなんでしょうか?」


 見たままの感想を告げるノドカとそこから疑問を持つコウカ。

 そんな彼女の疑問に答えたのは手元の地図を眺めていたヒバナだ。


「そうでもないわよ。ほら、見て」


 そう言ってヒバナはコウカや私たちに見えるように地図を掲げてくれた。彼女の白磁のような指が地図の上を滑る。


「今いるのがここよ。そしてここから進んでいくと国を縦断する大きな川がある。この国の砂漠側では、大きな街はその川の近くに作られることが多いみたいね。これは5年前の地図だけど、たったの5年じゃほとんど変わらないでしょ」


 生まれてから1年も経っていないヒバナが5年をたったの5年と表現するのは少し面白い。

 そんなことを考えていて思わずにやけていると、訝しげな目で見られていたので慌てて表情を取り繕う。


「ということは橋を渡らないと帝都には行けないよね。そういう橋とかって軍の検問所とかありそうだけど……いっそのこと見つかってみるとか……」

「そこの兵士に私たちのことが伝わっていればいいけど、絶対にそんなことはないでしょ」

「まあ、だよね」


 勢いで飛び込んでみたはいいが、問題は続く。

 とりあえず悩んでいても仕方がないし、その川まで進んでみるとしよう。




    ◇




「うわぁ……」


 目の前を流れる川に思わず、感嘆の声が漏れる。想像していたものとは明らかにスケールが違い過ぎたのだ。

 地図で見るとあまり実感が湧かなかったが、こうして見るとその大きさがはっきりと分かる。

 パッと見た感じ、対岸まで数キロメートルはくだらないだろう。


「すご~い。大きい~」

「これは……さすがに圧倒されますね」

「……想像以上」


 ノドカやコウカ、アンヤだけではなく、全員が大なり小なり驚いているようだ。


「この川、あんまり深くはなさそうだけどボクが足場を作っていくには長すぎるよ」


 幅の狭い川ならダンゴの魔法で簡易的な橋を作ることも可能なのだが、こんなに長いと消費も激しい上に時間が掛かる。

 泳ぐのは当然無理だとして、対岸に渡る良い方法を何か考えなければならない。

 人のいる場所を避けてきたので、当然のことながら橋は周囲を見る限り存在しない。


「シズク、何か思いつく?」

「そ、そうだね。あるにはあるけど、ロス達スレイプニルができるかどうかは――」


 分からない、と続くであろう彼女の言葉は突然の騒ぎによって遮られることとなる。


「エルガー、何を……!?」

「コウカねぇ!? 何してんのよ、エルガー!」


 コウカを乗せたまま前足を大きく上げたエルガーが目の前にある川に向かって駆け出す。

 呆気に取られて誰もが動けない中、エルガーを抑えようとするコウカごと川に突っ込み、大きな水飛沫を上げる――はずだった。


「え……嘘……」


 エルガーは水面に足を立て、まっすぐ立っていたのだ。

 すぐに陸地へと戻ってしまったが、彼は己の背中の上で慌てふためいていたコウカを嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

 コウカたちの無事にみんながホッと息を吐く中、シズクだけはその意味が違ったようだ。


「よかった……使えるんだね、スレイプニルにも……」

「シズク。使えるって、何が?」

「水の上に立ってるよね。あれって水と足の間に魔力を集めて足場にしているんだよ。ほらコウカねぇも似たようなことはやったことあったし、あたしたちスライムはみんなできると思う。試してはいないけど、コウカねぇにはできたんだし……」

「コウカがやってたって……?」

「水龍と戦った時なんだけど……覚えてないかな?」


 ピンと来ていなかったのだが、水龍という単語からゲオルギア連邦で水龍と戦った時のことを思い出した。

 たしかにあの時のコウカは短時間だが水の上を跳ねまわるようにして戦っていた。

 記憶では着水時に無理矢理水面に向かって魔力を放出しているような感じだったが、足に魔力を纏わせ、魔力の足場を作ることで水面に立つことも可能ということなのだろう。


「ロス、随分落ち着いていると思ったら……あなたはこうなることを知っていたんでしょ」

「……ミランも」


 私と会話しているシズクの後ろに座っているヒバナが自身の跨るロスの背中を軽く叩いた。

 アンヤもどうやらミランが慌てていないことに気が付いていたらしい。

 彼らにとっては、水の上に立つのはあまり難しいことではないということだろう。


「こ、これで何とかなりそうだけど、スレイプニルの魔力量じゃ向こう岸へと渡るにはギリギリかもしれないね……ユウヒちゃんが調和の魔力で補ってくれたとしても、辿り着いたら長い休憩が必要だと思う」

「渡ることができればそれで十分だよ。渡り切る頃には夜になってそうだし、今日は向こうで野宿だね」


 シズクの抱える不安は深刻なものでもない。とりあえず川を越えてしまえば、あとは何とかなる。


「わぁ、すごい! みんな、早く早く!」

「風が~気持ちいいですよ~?」


 ダンゴとノドカから催促の声が飛んでくる。

 既に2人を乗せたヘルムートは水の上に立っており、まだかまだかと私たちを待ち構えていた。


「こら、むやみに魔力を消費させちゃダメじゃない!」

「姉様たちが早く来たらいいでしょ? 早く行こうよー!」

「まったく……もう」


 目を細めたヒバナがそっとロスに前進の指示を出したので、私もそれに倣う。


「ロス、頼むわよ」

「ミラン、頑張ってね」


 コウカがエルガーによって水の中に叩き落とされるようなトラブルが無ければいいなと思いながら、私たちは広大な川を渡り始めた。




 横断するだけで数十キロはある川の上を進むと、思わず周囲が砂漠であるということを忘れそうになる。

 だが、そんな水の上の旅もあと十数分ほどで終わってしまうのだろう。

 非常に優秀なスレイプニルはいつものように踏み込みが効かずに走りづらい水の上でも、ある程度のスピードは維持できるらしい。

 水の上を走るという珍しい体験をしたが、流石に何もない風景が続くと飽きてきていたので丁度良かった。


「ボク、帰りはちゃんと橋を渡って帰りたいなぁ」

「どうして~? ダンゴちゃんは~楽しくなかったの~?」

「最初は楽しかったよ、でもすぐ飽きちゃった。ノドカ姉様は?」

「わたくしは~気持ちよく眠れて~快適でした~」

「あ、そっか……ノドカ姉様はそうだよね。ボクもそうしてればよかったかなぁ」

「今度は~ダンゴちゃんも一緒に~お昼寝しましょうね~」


 昼寝のことをそう言っていいのか甚だ疑問ではあるが、周りに何もない移動中でも何かやるべきことがある子はいいな、と少しだけ思う。

 シズクとヒバナだって移動中は読書に勤しんでいた――スレイプニルは移動中、魔法で前方に風の層を作るので風の抵抗をほとんど受けないため、読書も可能である――のに私には何もない。

 シズクに本を借りることはあるが、生憎今回は何もなかった。

 スレイプニル達は非常に賢いので、騎手と言っても本当にやることがないのだ。乗り心地も良く、それこそ読書や睡眠も可能なほどである。

 唯一、コウカだけはずっと四苦八苦しているのを確認できていたが、それは例外とする。

 私のすぐ前に座るアンヤも投擲用のナイフの手入れを簡単に済ませた後、じっくりと朧月の手入れをしていた。

 私にはその刀身を認識できないので空中を撫でているようにしか見えなかったが。




「夕飯の準備をするわ。悪いけど、ロスのことはよろしく頼むわね」


 そうシズクへと言い残し、ロスの背中から降りるヒバナにアンヤが声を掛ける。


「……チョコレートケーキ」

「え? ……ああ、昨日約束したやつね。ケーキはさすがに難しいけど、チョコレートを使って何か作ってあげるから我慢して」


 急にアンヤが食べ物の単語だけを発して疑問に感じたが、合点がいった。

 約束というのは国境を越える際に頑張ったら好きな食べ物を作ってあげるという約束のことだろう。

 アンヤの言葉を聞いたヒバナは次にダンゴの元へと向かった。


「ダンゴは朝に聞いたけど、ハンバーグでいいのよね?」

「うん! 前に主様が言ってたのをヒバナ姉様が作ってくれたよね? あれ、すごく美味しかったからまた食べたい!」

「了解。待ってて」


 《ストレージ》の中に大量の食材を貯め込んでいるのは知っていたが、本当に何でも作れるんだと感心する。

 料理の腕も上げ、レパートリーもどんどん増やしていっているし、いつかはハンバーグのように前の世界で食べていた食べ物を作ってもらいたいものだ。


「えっと~ヒバナお姉さま~わたくしは――」

「ノドカは駄目よ。明日ならいいけど」

「うぅ~……分かりました~……」


 ――明日ならいいんだ。やっぱりヒバナはみんなに甘いなぁ。


 そうして振舞われた夕飯にダンゴとアンヤは大変ご満悦な様子だった。当然、私たちも同じメニューを食べたのだが、十分に美味しかったと言える。

 その後はスレイプニル達を休ませるために、私たちもテントの中で眠りに就くことにしたのであった。




    ◇




「みんな、起きてください!」

「んぅ……コウカ……?」

「起きて! 何かが近付いてきています!」

「ん……え!?」


 コウカの声に私は飛び起きる。

 外から漏れる光から推測するにまだ朝日が昇ってそれほど経ってはいない。周囲を見渡すと全員が私と同じような状態らしい。

 ただひとり、コウカだけは既に寝間着姿ではなく服装を整えていたので、また鍛錬へと出掛けていたということだろう。

 だがそれよりも今はコウカが私たちを起こした原因についてだ。


「あの~わたくしは~何も感じませんよ~?」

「の、ノドカちゃんの風に引っ掛からないなら勘違いじゃない……?」


 どうやら、索敵のプロフェッショナルであるノドカには一切その気配は感じないらしい。

 近付いて来ている存在がいるというのなら、ノドカの魔法に何かしら反応があるはずなのだ。

 勿論、コウカが嘘をついている可能性など微塵も感じていない。だからこそシズクも勘違いじゃないかと問うているのだ。

 しかし、コウカは力強く首を振ることでそれを否定する。


「違います、砂の中です! 何かが砂の中を移動しているんです!」


 砂の中。たしかに砂の中ならノドカの風に引っ掛かることはない。

 ――待てよ。砂の中ということはだ。


「それって魔物ってこと……!? でも、ここは魔泉じゃ……」

「ごめんなさい……多分、わたしが引き連れてきてしまいました……」


 どうやら鍛錬の為に離れた場所まで移動していたコウカがその魔物に捕捉され、魔泉の外まで連れてきてしまったようだ。

 わざとではないし、起こってしまったものは仕方がないので対策を練るために話の続きを聞き出すことにする。


「敵の姿はほとんど見えませんでしたが、僅かに揺れを感じました。振り切ってここまで来ましたが、追跡されているかもしれません……」


 何かが近付いてきている、とコウカは言っていたがそれも確定ではないのか。


「こ、コウカねぇ。大きさや形は分かる……? こんなのじゃなかった?」


 シズクが1冊の本をコウカに見せる。

 コウカはその本に顔を近付けて声を上げた。


「これです! たしかにこんな形だったと思います」

「……サンドワームだね。目は見えないけど魔力を感じ取る能力に優れているから、コウカねぇの大きな魔力に惹かれたんだと思う」

「魔力を感じ取るなら、やっぱり……」

「うん。ここまで追ってくるはず」


 コウカが苦々しく顔を歪める。

 そんな彼女の背中が後ろから強く叩かれた。


「しっかりしてよ、コウカねぇ。今さら悔やんでも仕方ないじゃない。それに相手が魔物ならいくらでもやりようはあるでしょ。人じゃなかっただけ断然マシよ」

「ヒバナ……」

「そうだよ、コウカ。もし戦うことになるんだったら、その時はコウカの力を頼りにさせてもらうんだから、落ち込んでいないで……ね?」


 コウカの表情が和らいだので多分もう大丈夫だろう。

 まずは急いで寝間着から着替えつつ、どうするかを相談しながら決めよう。逃げるにしても戦うにしても準備が必要だ。


「シズク、逃げられるかな?」

「うん、逃げられると思う。砂の中のサンドワームは速いけど、スレイプニルが出す速度よりも圧倒的に劣るから」

「なら逃げよう」


 コウカには戦いになったら頼りにすると言ったが、何も自ら戦いに行く必要はないだろう。

 戦いによってこの国の人に私たちの存在が気付かれる場合もあるし、逃げられるのならここは逃げるべきだ。


「魔泉を迂回しつつ西に向かうよ」

「ボク、ヘルムートたちを連れて来る!」


 一斉に動き出し、出発の準備を1分足らずで終わらせる。


 そしてダンゴが連れて来てくれたスレイプニル達にそれぞれが騎乗し、駆け出した。

 だがその直後、大きな揺れが私たちに襲い掛かる。


「……後ろ!」


 アンヤの声に突き動かされるように振り返ると全長10メートルはありそうな巨体が地中から、数秒前まで私たちがいた場所へと飛び出してきている光景が目に映った。


「あれがサンドワーム……!」


 まるでカブトムシの幼虫を大きくしたかのような姿だ。それに思っていた以上に大きい。


「この子たちに乗っていると敵が移動しているときの揺れも分からないわ! 魔力感知に集中して!」


 ヒバナの声を受け、相手の魔力を感じ取れるように感覚を研ぎ澄ませる。

 すると確かに地面の下から大きな魔力反応を数体分、感じ取ることができた。


「1体じゃないのか……」

「……挟まれる」


 アンヤの声にハッとして、すぐに進路を変えるように指示を出す。

 あのまま行くと危うくサンドワームに挟み込まれて移動できないところだった。


「ありがとう、アンヤ」

「……どういたしまして。まだ増える、ますたー」


 逃げるのも楽じゃない。厄介なことに私たちの魔力が強すぎるせいでサンドワームが寄ってきてしまうらしい。


「みんな、囲まれないように――えっ」


 ――突如、襲い掛かる浮遊感と温かいものに包まれる感覚。


「……ますたー!」


 そしてそのすぐ後には地面へと強く叩き付けられてしまい、私の肺から空気が吐き出されていた。


「がはっ……何が……」

「……ますたー、大丈夫?」


 倒れ込んだ私の身体の下を見ると、アンヤの小さな体が下敷きになるような形で受け止めてくれていた。

彼女と砂の柔らかさによって、私自身はそれほどダメージを負っていない。

 何が起こったのかすぐに状況確認を始めようと振り返り、視界に映り込んだその光景に私は愕然とした。

 私たちを乗せてくれていたミランが砂の中に半分ほど埋まってしまっていたのだ。


「流砂!? くっ、そんな……」


 流砂に足を絡めとられたミランは抜け出そうと藻掻いているが、一向に抜け出せる気配はない。

 魔力を使い、水の上を歩くこともできる彼らスレイプニルだが、流砂に対しては踏ん張りが効かずに上手く抜け出すことができないらしい。

 こんな場所で足を止めるとサンドワームの餌食になりかねない。

 私とアンヤは流砂の外に投げ出されたことで無事だが、ミランを置いて行くことなどできない。

 すぐにどうにかしなければならないが、下手に動くこともできずに思考だけが巡っていく。


「マスター! 無事ですか!?」

「ミランが……!? ユウヒ、アンヤ、大丈夫なのよね! 何があったのよ!」


 すぐにみんなが駆け付けてくれるがあまり近付き過ぎないように手で彼女たちを制止させる。

 ここで他のみんなまであの流砂に飲まれるわけにはいかないのだ。


「ミランが流砂に飲まれたの! 足が取られて動けないみたい!」

「と、とりあえずすぐに引き上げないと――」


 シズクの言葉は推移した状況によって遮られ、彼女を含めた全員の視線がある方向へと集中する。

 サンドワームが数体、こちらへと接近してきていたのだ。

 ――彼を置いて行くしかないのだろうか。

 そんな暗い考えが浮かんだ時、小さな影が飛び出していった。


「ボクが引きつけるよ!」

「だ、ダンゴちゃん~……!?」


 ノドカを置いてヘルムートの上から飛び降りたダンゴの手には既に大盾と戦斧が握られている。

 彼女は私やアンヤをも飛び越えてサンドワームが接近してきている方向へと走っていくと、己の内側にある魔力を大量に放出し始めた。

 サンドワームは魔力を頼りに標的を狙う。あの子の宣言通り、彼らは大量の魔力を放出し続けるダンゴに引き付けられていた。


「なんて無茶……! シズ、援護よ!」

「コウカとアンヤもダンゴのところへ! 私はノドカと一緒にミランを引き上げる!」


 全員が挙って、再び逃走するための行動を開始する。

 サンドワームの相手をみんなに任せた私はノドカへと近寄っていくと【ハーモニック・アンサンブル】を発動させた。


「デュオ・ハーモニクス――ミラン、暴れないで」


 自分も流砂に飲み込まれないように魔力の翼を展開しながら、ミランへと近付く。

 こちらの言葉を冷静に聞き入れてくれたことで藻掻くのを中断したミランの身体を掴み、引き上げようと試みるが上手く持ち上げることができない。

 これがダンゴとのハーモニクスなら違ったのかもしれないが、もしものことを考えていても仕方がない。

 今は砂に飲まれたスレイプニルを持ち上げるために何をするかを考えなければならない。


『お姉さま~どうしましょう~』

「無理矢理だけど、風で砂ごと持ち上げるしかないかな。ミラン、怖がらないでね」


 取り出した霊器“テネラディーヴァ”を弓の形へと変え、ミランの足元に向けると同時に魔力の矢を番える。この矢を基点に小さなつむじ風を発生させるのだ。

 キリキリと引き絞った弦を離し、放たれた矢は狙い通りミランの足元を穿つ。


「巻き上がれ!」

『【ウァール・ウインド】~!』


 渦を形成するように巻き上がった風は砂ごとミランの体を持ち上げる。

 そして彼の体が少し持ち上がった瞬間、彼と私の周囲に風の膜を張ることも忘れない。

 周囲の砂が取り除かれたことで彼は私の補助を受けつつ、無事に流砂の外へと脱出を果たした。


 後は逃げるだけだとみんなに伝えようとした時、私の感覚が警鐘を鳴らす。


『すぐ下まで~来てます~!』


 1体や2体どころではないサンドワームたちがすぐ近くの地中にいて、そのうちの1体は今まさに私たちを食らおうと地上近くまで近付いてきていたのだ。


「ミラン、逃げて!」


 慌ててミランを他のスレイプニル達が避難している場所を目掛けて走らせ、私も魔力の翼で空へと退避する。

 狙いは間違いなく私だ。

 ダンゴたちが引きつけてくれていたサンドワームだが、その一部が私とノドカがハーモニクス状態になったことで高まった魔力に引き寄せられてしまったのだろう。

 ミランが逃げるのを見届けつつ、何とか自分も安全圏に逃げられた私は他のみんなが戦う場所へと目を遣る。


「こ、これは……」

『すごい数~……』


 わたし達の感覚が訴えかけてくる。

 ダンゴたちの周囲、その地中には無数のサンドワームたちが蠢いていたのだ。


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