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01 異世界へ

 ◇ :一人称視点への切替or場面転換(一人称継続)

◇◇◇:三人称視点への切替or場面転換(三人称継続)

 パパとママは私の全てだった。

 愛していた、愛していたのに。失う時なんて、ほんの一瞬だ。


 5年前のあの日。パパとママが死んじゃった日。私の人生を大きく変えたあの日からずっと、がむしゃらにもがき続けてきた。必死だったんだ。

 でも――。


有明(ありあけ)さん、いつも助かるよ。またお願いね』


 こんな関係を求めていたわけじゃなかった。


『何でもできて優しくて、ホント聖人って感じだよなぁ。俺たちとはオーラからして違うっていうか』


 そんな言葉が欲しかったわけじゃなかった。


優日(ゆうひ)ちゃんは本当にできた子ねぇ。ごはんまで作ってもらっちゃって。おばさん、いつも助かっちゃうわ』


 どうして気づいてくれないの。どうして誰も私のそばにいてくれないの。


『これ以上は付いていけないよ。優日はさ、皆の太陽で……眩しすぎるんだよ……。だから、ごめんね――ごめん』


 そして()()()から拒絶されたその瞬間、私の築きあげようとしてきたものはガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったんだ。

 絶望が募り、心が諦観によって支配された時、人は思いがけない行動をとってしまうという。それは私も例外ではなかった。

 この結末はある意味、当然の帰結だったのかもしれない。




 ――寒くて、とても冷たい世界。朦朧とする意識の中、徐々に体の感覚が失われていく。

 もはや痛みさえも残されてはいない。


「いや……いやっ、優日ぃ!」


 私の鼓膜を震わせる誰かの声。とても耳に馴染む誰かの……。


「どうしてこんな……っ! わたしが――瑠奈(るな)があんなこと言ったから!? 死んじゃったら何もかも意味がなくなっちゃうんじゃなかったの、ねぇ!」


 死んじゃう……私、死んじゃうの。いやだな……いやだよ。


「嫌だよ、死んじゃやだよ、優日っ! 瑠奈は――」


 何も聞こえなくなっていく。

 ――私、なにがしたかったんだろう。

 あぁ、くらい。さむいよ。




   ◇




 気が付いた時、私の目の前に広がっていたのは、何もない白一色の世界だった。


『――――さい』


 どこからか声が聞こえてくる。その声の正体を確かめたくて辺りを見渡そうとしたが、どういうわけか体の感覚が全くない。

 仕方がないので、また声が聞こえてくるのを待つ他ないだろう。


『どうか目を覚まして……! 私の声を聞いてください』


 今度はハッキリと聞こえた。声の主はどうやら女性のようだ。

 そしてこの声は耳というよりも直接、頭の中に響いてきているものだということがわかった。


『ああ……! 目が覚めたのですね、アリアケ・ユウヒさん』


 有明優日(ありあけゆうひ)――私の名前だ。今年で17歳になる高校生だった。今日も普段通り学校に行って、授業を受けて、それから……どうしたのだったか。

 私が記憶を呼び起こそうとしていると、また同じ声が聞こえてくる。


『どうにか間に合ったようで安心しました……私はミネティーナ、あなたが生きていた世界とは別の世界を治めている女神です。あなたの魂は、あなたが亡くなる間際に私がこちらの世界へと導いてきました。……勝手なことをしてしまったことは重々承知しています。ですがどうか……世界を滅ぼさんとする邪神の手からこの世界を守るために、あなたの力を貸してください』


 女神や邪神などという普段あまり聞き慣れないような単語が矢継ぎ早に聞こえてきた。だがそれ以上に耳に残って離れない言葉があった。

 ――私が死んだって?

 なら今こうやって考えている私は何だ。魂を導いてきただとか、訳が分からない。

 ……でもそうだ。今になって思い出すことができたひとつの記憶。学校からの帰り道に小さな子供が車道に飛び出してしまって、私はそれを――。


 ようやく理解できた。そうか、私は死んだのだ。

 なんて馬鹿なことをしたんだ、とは思うがやはりそれが事実だとすると今こうして考えている私の存在を説明できない。


『私が治める世界は、魔法の力が発展した世界です。その世界であなたには邪神の封印を解き、その復活を目論む軍勢に対抗する力を身に付けてほしいのです。もちろん、そのために必要となる力はお渡しします』


 自分が死んだことを理解しようとしている間にも女神様の話はどんどん進んでいく。

 衝撃的な話ばかりなので、正直なところ理解できる範囲を逸脱しているように思えた。


『本当はもっと事の詳細を説明しなければならないのですが、私も事態の対応に追われているのです。ご容赦ください』


 どうやら説明はここまでのようだ。

 依然として分からないことが多いけれど、理解できた範囲だけでもこれはそこまで悪い話ではないと判断できる。

 一度は失うはずだった命だが、別の世界でならもう一度生きることができるということなのだから。

 それに女神様とはいえ、助けを求めている人が目の前にいるのなら私は助けてあげたい。

 前の世界では失敗したが、新しい世界でならもう一度頑張れば、今度はきっと上手くいくはずだ。


『それでは――えっ、またですか!? ちょっと待ってください、すぐに私も向かいます!』


 そうして私が思案していると女神様の様子に変化があった。誰かと会話をしているのか、なんだか慌てている様子が窺える。


『えっと、えーっと……ユウヒさんのスキルですが……ってこれはどうするんでしたっけ……? ……あら、こんなもの作ったかしら? まあ、いいでしょう。えー、あとはこれも必要ですね。あと……あと……』


 徐々に雑な対応になっている気がすることだけが、すごく不安ではあった。


『は、はい! すぐですよ、すぐに向かいますから! ……ごめんなさい! これから貴女には様々な苦難が待ち受けているでしょうが、必ず乗り越えて行ってくれると信じています。地上界に飛んだら、まずは私の巫女を務めてくれている聖女のティアナちゃんを頼ってください。それではあなたに愛の導きがあらんことを、アリアケ・ユウヒさん!』


 そんなことを口早で捲し立てられた私だったが、どうやら女神様は考えをまとめる時間さえも与えてはくれないようで――。


『……転移!』


 一瞬のうちに私の視界は暗転した。




   ◇




「……うーん…………んっ!?」


 目が覚めると、地面にうつ伏せで倒れこんでいるという状態だった。そのおかげで顔が土まみれになっていて、口の中にも土が入り込んでしまっている。

 それらを必死に吐き出したのち、まずは状況把握に努めることにした。


「体の感覚がある。それに声だって」


 先ほどまでは全くなかった身体の感覚が、今ではハッキリと存在していた。私は体中に付いていた土を払い落としながら立ち上がる。

 そして自分の体を見下ろしてみると服装はどうやら事故に遭う前のもので、高校の制服であるブレザーにスカート、靴はローファーを履いていた。

 その時、不意にとある存在が私の脳裏に過る。


「ッ……ペンダント!」


 私は首元を探り、ワイシャツの中に入れていたペンダントを引っ張り出す。

 これは太陽を模ったようなデザインで作られているペンダントで、私の大切な宝物だった。


「よかった……」


 1つの懸念が解消されたため、胸をなでおろす。


「というかここは……」


 冷静になった私は次に周囲を見渡してみることにした。

 ――森だ。私が視線を向ける先全てに木が存在していた。

 女神様はたしか“ティアナ”という巫女を頼れと言っていたが、どう見ても人が住んでいるような場所ではない。

 転移場所を間違えているのではないか、という疑惑が浮かんでくる。……いや、あの時の女神様の慌て方を顧みると、あの時の彼女なら間違えるだろうとこの時には既に確信に近い状態ではあった。


「しっかりしてよ、女神様ぁっ……!」


 私の悲痛な叫びは森の中に木霊し、やがては吸い込まれるようにして消えていった。

 これこそが、私にとって新たな世界で送る生活の始まりである。




   ◇◇◇




 ユウヒが新世界へと転移して早々、絶望感を味わっている頃。

 煌びやかなドレスに身を包んだ、ローズゴールドの長髪にまるでグリーンフローライトのように明るい緑色の目を持つ女性――女神ミネティーナの腕を、背中から透き通った水色の翅を生やした小柄な少女が引っ張りながら歩いていた。


「ティナ様、早く来てくださいって!」

「ちょ、ちょっと……そんなに引っ張らないでください、レーゲンちゃん」


 先を急いでいるのか、歩くたびに二つ結びにした紺色の髪を激しく揺らす少女は振り返ることもなく、女神の言葉に反論する。


「なに言っているんですか! 邪魔(ベーゼ)が多くて手が足りていないんですから、ティナ様にも来て頂かないと!」

「それは分かるけれど……。ところでレーゲンちゃんは“スライム”という生き物をご存知かしら?」


 急を要する事態だと言っているのにもかかわらず、藪から棒にそんな問い掛けをしてきたミネティーナを少女は怪訝な顔で見上げる。


「スライム? さぁ、聞いたこともありませんけど……それがどうかしたんですか?」


 今度はレーゲンと呼ばれた少女が問いを返す。

 ミネティーナは顎に人差し指を当てて思慮に耽っているようだったが、すぐにそれを切り上げると少女へと視線を戻した。


「いえ、ユウヒさんに授けた力の中にそのスライムに関するものがありましたので……私も名前さえ知らなかったものですから」

「ああ」


 合点がいったと頷いてみせた少女は視線を正面へと戻し、ミネティーナの手を引っ張りながら再度歩き始めると、言葉を紡ぎ出す。


「大方また世界の調整機能が働いて、あたしたちの与り知らぬところで生まれた生物なんでしょう……って」


 自分の推測を述べたところで、はたと立ち止まる少女にミネティーナは首を傾げた。

 流石におかしいと感じた彼女がその少女へ呼びかけようとしたとき、少女は勢いよく振り返ってミネティーナへと縋りつく。

 縋りついた相手を見上げるその顔に浮かぶ表情は驚愕とも焦りとも取れるようなものであった。


「何しれっとそんな訳分からない生物関係の力なんて渡しちゃってるんですか!?」

「えっと、私の勘がそうするべきだと囁いてきたので……ほら、私の勘って当たるときはいつもピッタリじゃないですか」

「ティナ様の勘はその当たる時がほとんどないのが問題なんですよ……! 外れる時はいつも在らぬ方向に外れるじゃないですかぁ! あぁ……アリアケ・ユウヒ様、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 ここにはいない異世界から来てくれた少女へと謝り倒すレーゲンに、ミネティーナは困った表情を浮かべる。


「レーゲンちゃん、もう少し信用してくれても……って、あっ!」


 突然大声を上げ、顔色がどんどん悪くなっていくミネティーナをレーゲンはまたか、と言わんばかりの冷めた目で見上げた。


「……今度は何ですか」

「レーゲンちゃん……私、やってしまったかもしれません……」

「はい?」

「ユウヒさんの転移場所……指定し忘れてしまいました……」


 流石のミネティーナも顔を青くするほどの衝撃的な告白に、思わずレーゲンは足を止める。

 そして次第に顔を青ざめさせ、表情を驚愕の色へと染めていった。


「え……ええ!? な、なな、何しちゃってるんですか貴女は! 彼女は世界の希望なんですよ!? もし何かあったら……」

「だ、だって……これから細かい調整をしていこうという時に呼び出されたんですよ!? 仕方なくないですか!?」


 自分の失敗を何とか正当化しようとしたミネティーナであったがレーゲンが取り合うことはなく、目の前の女神を超えるほど青ざめた顔は反転して、長く尖った耳の先まで赤く、表情も怒り一色へと染まっていく。

 ただ、小柄な体を精一杯動かして怒りを表現する様子は微笑ましく見えるものであったが。


「仕方なくなんかないですよぉ! 何時もいーっつもティナ様はやるべき事を先送りにして! 今回だって、早めに準備しておいてくださいとはずっと前から言っていたのに! どうしてもっと余裕がある時にやらなかったんですかぁ!」

「……えへへ」

「えへへ、じゃないっ!」


 とても反省しているようには見えない態度のミネティーナに対して、レーゲンの怒声が飛ぶ。小さな体で力一杯に叫んだことで息も絶え絶えの様子のレーゲンだったが、なんとか息を整えた後に言葉を紡いでいく。


「とにかくっ! ティアナさんに神託を下してください! アリアケ・ユウヒ様の捜索と保護が最優先です!」

「……そうしたいのは山々なんですが、次元を超えて魂を引っ張ってきたので思った以上に力を使ってしまっているようで……昔のように力を使えるわけではないのはレーゲンちゃんも知っているでしょう?」

「うっ……それはもちろん分かっていますけど……」


 突然、神妙な顔をしたミネティーナ。それにはレーゲンも決まりの悪そうに言い淀む。


「そもそも私がミスをしたのだって、力を上手く使えなかったせいという理由があるような気がしますし。仮に転移場所を間違えていたとしてもユウヒさんならこの程度の困難、きっとどうにかしてしまいます。これも私の勘ですが、彼女なら大丈夫です」

「……適当なことを言って自分の責任を軽くしようと企んでなんかいませんよね」

「えぇ? まさかぁ」


 調子の良いことを言い始めたミネティーナに対して、レーゲンの中の何かが再び弾けそうになるが、彼女は深く息を吐くことでどうにかそれを鎮めようとする。


「……いいでしょう、そういうことにしてあげます。でもなんにせよ、これはティナ様の責任です! だから力が回復し余裕ができ次第でいいので神託は下すこと。絶対ですからねっ!」


 プンプンと怒りを振りまきながら歩き始めたレーゲンの背中を追うミネティーナは、心の中で異世界から連れてきた少女へと詫びつつ、ある1つの思考を脳内に浮かび上がらせる。

 ――怒っている姿もかわいいわね、と。

 こうしたやり取りは2人の間では日常茶飯事であった。

 流石にこの日ばかりは女神ミネティーナといえど肝を冷やしていたようだが。


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