和平提案
和平提案
米国西海岸には、ハワイからのラジオ放送が届く。
今日も東京ローズの声が響く。
「皆さん、どうか聞いてください」
因みに英語である。
「どうか戦いを止めてください。皆さんは十分戦いました。」
もう一つの放送では、
「こんにちは、ブレードマスターの高野です。」
「私の放送では、東京ローズさんの意見はおいておくとして、一つ提案したいことがございます」
「すでに、干戈を交えてより2年の月日が流れました。今般SF作戦により、サンフランシスコ攻略の戦いが発生しました。非常に残念なことであります」
「大統領閣下におかれては、ぜひとも我が主、天皇陛下のご希望であらせられる、和平提案にご承諾いただきたいのです。各チャンネルを通じて、お話は聞かれていることと存じます。」
つらつら、停戦条件などを述べるブレードマスター?
もちろん、相手が聞くわけはない。
「ところで、貴国の新聞報道では、サンフランシスコでは被害軽微であったと聞いております。安心しました。我々もついつい興奮して攻撃を加えてしまい、民間人の方々に大きな被害が及んではいないかと心配申し上げていたところでございます」
「被害が少ないと聞き安堵しました」
「ここからが本題ですが、此方の放送はご婦人向けの放送でありますので、皆さんに一つお願いがございます」
東京ローズは兵士向けつまり男向けの放送である。
此方は、普通のプロパガンダ放送であり、婦人向けというわけではない。
「戦争開始より2年間の月日が流れたのであります。どうか、あなた方の愛する夫、愛する子どもたちに、手紙を書いていただきたいのです。是非とも彼らの働きを褒めてあげてください。そして、自分への返事を書くよう勧めてください。そういえば、私も家族のことが今思い出されたので、今日にも手紙を書こうと思います。因みに私の妻はロシア人で美人ですよ、すいません、その手紙が平和へと向かうことを願います。ご清聴ありがとうございました」
ラジオは音楽に切り替わった。
このような茶番をこなしながら、水面下では、激しい外交交渉が行われていた。
交渉相手は、英国であった。
「これ以上、戦うというなら、インドを攻撃するしかありません」
「・・・」
「わが帝国海軍は現在太平洋において敵すべきあいてがおりません」
「・・・・」
「チャンドラー・ボーズ氏も故国独立のために命を投げ出す覚悟を決めています」
眼に見えて、イギリスの外交官の顔色が悪くなる。
「セイロン島くらいなら今すぐにでも、占領できると、あの高野中将が言っておられる」
「・・・・・」
しかし、インド半島を占領することはできない。
「とにかく、女王陛下にお伝えください、高野中将も有栖川宮大将もすでに、貴国の縁戚ですぞ、貴国のことをおもって言っているのです」
ロシア王家と英国王家は濃い親戚である。
英国の状況はかなり悪かった。
バトルオブブリテンでうまく成果を上げられていない。
レーダー網がうまく構築されていないこと、これには、構築の柱となるある人物が、ドイツ工作員により拉致され連れ去られたことに起因する。
レーダー自体の性能がそれほどではない。これは、八木アンテナが世界に発表されていないからである。
ドイツの戦闘機の航続距離が長い事。
Bf109の航続距離は非常に短い、そもそも大陸の国であるため、すぐに着陸できることを前提にしているため、航続距離は600Kmほどである。
だが、この世界では、落下増槽を増設して飛行距離を伸ばしていること、また、星型栄エンジンの設計図がなぜかドイツ帝国に漏れ栄エンジンが開発されていたのである。
星型エンジンのBf109は、航続距離が簡単に三倍になってしまったのである。
このように、なぜか、バトルオブブリテンでは英国はうまく戦えていないのである。
さらに追い打ちをかけるように、米国からのレンドリース物資が思ったほど届かないのである。
これは、米国が太平洋方面で不利が続いていることに起因する。
そう、全ての遠因がある男に集中しているということに気づいた人間はいたのであろうか?
レーダー網構築の柱になる人間の名前をゲシュタポに教えた人間は誰であったのか?
世界に冠たる八木宇田アンテナの特許出願をさせなかった男が誰であったのか?
帝国が開発した落下増槽の設計図を漏洩させた人物は誰だったのか?
中島飛行機の栄エンジン、最小の大きさで長距離飛行に適したエンジンの零戦採用を否定し、直径の大きいDE製エンジンをごり押しした人物は誰だったのか?
なおかつそのエンジンの設計図を漏洩させた人物は誰だったのか?
そうその男とは、きっと元老の田中太郎兵衛にちがいない。
いや、山本五十六軍令部総長に違いない!
残念ながら英国情報部でも、そのような荒唐無稽な人物が存在するということはつかめていなかった。
かくして、英国とは、水面下での停戦がなされた。
英国は、米国に対し、太平洋方面での戦闘を中止するように、米国側に働きけることになった。
「非常に残念だ!インドはともかく、セイロンから南アフリカへの飛び石作戦はやりたかったな」そんなことをいう男が帝国海軍にいたという。
男は、南アフリカの鉱山資源に眼を付けていた、かといって英国が完全に死に態になれば、ドイツを止める者がいなくなることも危惧していたのでやることができなかったのである。
・・・・・
英国がひそかに日本と停戦したことは、米国にもすぐに伝わった。
表面上はまだ戦いをしているという態にはなっていたが・・・・
英国の外務大臣が米国外務省に頻繁に、太平洋方面は停戦し、ヨーロッパ方面に戦力を集中するように再三の要請を行うようになった。
しかし、負けるだけ負けて、黙っている訳に行かない。
それが、アメリカという国である。
日本の外務省からも、バチカンからも、第三国(日本により独立したアジア諸国やスイスなど)からも停戦するようにと要請がやってきていた。
そして、今国民からも、太平洋戦争に疑問を呈する声が上がり始めていた。
ことの始まりは、例のラジオ放送であった。
西海岸では、ハワイ島の山頂から発せられるラジオを聞くことができる。
いわゆる、日本のプロパガンダ放送である。
その中で、手紙を書こうキャンペーンが始まると、無知な国民の一部が本当に、息子や夫に手紙を書き始めたのである。
だが、手紙を送られた当人の中には、MIA(Missing In Actionの略。「作戦行動中行方不明」)の者が多数存在することが発覚する。
今までMIAにも関わらず、軍がそのことを家族に知らせていなかったのである。
母親が手紙を書くと、本人からではなく軍からMIAの通知がきたから、さあ大変である。
そういう事例があることが巷で噂になると、自分の夫や息子は大丈夫なのか?と心配になった親族達が一斉に手紙を書き始めたのである。
米国内で次々とMIAの通知が届く状態が発生したのである。
そういえばサンフランシスコで日本が攻撃に来たが、撃ち払ったというニュースがあったことを思い出した人々だが・・・
そういった情報を集約する新聞社が調査を行うと、優に万を超えるMIAが発生しているという自体が発覚したのであった。
世論の風向きが一気に変わった。今までは、ハワイこそ盗られたものの、いずれ時期がくれば、それを取り戻し、日本を叩き潰すというのが大体の流れであった。
しかし、ハワイを奪取するには、帝国の大連合艦隊を叩き潰し、ハワイへの攻撃を行い、占領する必要があった。
ここまでで、2年程度の時間が必要であり、大量の艦艇と航空機、しかもハワイに常駐する日本軍3個師団約10万人を駆逐する場合、上陸兵力は50万人以上が必要であり、要塞に立てこもる日本軍を倒すには、同程度かそれ以上の犠牲が必要なことは明らかであった。
簡単に言うとハワイ奪還だけで、後2~30万人が死ぬ必要があるということである。
「あなたの夫、息子さんが、ハワイを奪還するために、30万人ほど死ぬのです。あなたたちは、それを望むのですか?」東京ローズは今日も絶好調だ!
世論は反戦へと向かい始める。
もちろん、ハワイ奪取後もミッドウェー島、ジョンストン島、オーストラリア、ニューギニア島、フィリピン、グアム島、サイパン島など日本軍は要塞化工事を十全に行って、準備を行っている。
台湾、沖縄、硫黄島も万全の態勢を整えている。
これらの島々を占領するには、さらに多くの、少なくとも数十万人は戦死する必要があるように設計されている。
ハワイ占領後に策定された、「米国兵100万人殺戮計画」により、少数で長らく抵抗しながらいかに米兵を殺せるかを目的に要塞築城を行っているのであった。
しかも非情なことに、この作戦に参加する日本人兵士は、徹底抗戦し、最後の一兵まで戦い抜かねばならないという任務を帯びることになっていた。
つまり日本兵の生死は度外視されているのであった。
ただし、武器弾薬食料は想定される戦闘期間の3倍は備蓄されることになっている。
このことだけが唯一の救いであったと言えるのかもしれない。