閑話 ターボプロップとネ
閑話 ターボプロップとネ
種子島時安はあの種子島氏の末裔である
鉄砲の種子島である
海軍航空技術廠で新型エンジンの開発を行っている
同僚の永野と、このエンジンの開発にいそしんでいる
そんな彼らは、浮いていた
通常は星型エンジンの開発を行う部署である
しかし彼らは、自分のしたいことを優先している、ほかの同僚からは白い目で見られているというか、触らぬ神に祟りなしという扱いであった
そんな時、航空本部次長がやってきた
ぼろい、工場建屋というより掘っ立て小屋という方がよいかもしれない
「やあ、頑張ってるね」
次長は、日本人離れした顔をしている、しかも長身である
「これは、次長閣下このようなところに来ていただくとは」
意訳:何か用か?文句あるのか?
「そんなことはない、現場は大事だからな、一度見ておこうと思ってな」
「閣下は噴進式エンジンをご存じなのですか」
「ああ、知っている」
驚きである、この男はロシア伯爵と呼ばれているが、軍人であり政商でもあるが、技術方面の知識は持ち合わせていないと聞いていた
「では、今後このエンジンこそ必要であるということを」
「わかっている、私は、ジェットエンジンを発展させるために、力を貸したいと思いやってきたのである、そうだな岩倉」
次長は横に立っている細い男に声をかける、いわゆる高野親衛隊の軍服(風)を着ている
巷にはびこるロシア皇女親衛隊と呼ばれる奴である
「はい、総長」
高野の右腕と呼ばれる高野財閥のナンバー2である
公私混同がとても得意な軍人として有名な高野次長であった
「今日は、私事で来られたのでしょうか」
「私は、個人のために活動してきたつもりは一切ない」高野次長の眼には、なんの感情も浮かんでいない
「ところで、君らの研究は、私のところでやっている研究とかぶるところがあるのだ」
だから、それが私事というのだが・・・
「ぜひ、一緒にやってくれんか」
「私は、海軍軍人です」
「私も海軍軍人だ」
「わたくしは、海軍軍属です」と岩倉、特務大佐であった
「何をせよと?」
「資金の提供と研究場所の提供、耐熱合金の提供、人員の提供等を行うので、わが社の研究部門と合同で研究してほしい」
「耐熱合金?とは」
「ああ、熱に強い金属だ、本多金属で研究されている」
「聞いたことがありませんが」
「軍機で社外秘だから当然だ」
「うまい話しすぎます」今までも、予算の制限でうまく進められなかったのである、もちろん彼らが、勝手にやっているのだから予算がつくはずもないのだが
「そうか?私は、今までもこのように、やってきたのでそうは思わないが、そうなのか?岩倉」
「総長、予算に苦しんでいる人間にはそのように思えても仕方ありません」
「では、君ら、DEの仙台工場に行ってみてきてくれ、いま、星型のほかにもターボプロップの研究をしている部門があるのでそこを見てくるといい、馬があわなさそうだったらあきらめる、そうだ、彼らは主にドイツ人が多いので言葉は通じにくいかもしれん」
「私は、国外留学もしましたので大丈夫かと思います」
「そうかでは、早速行ってくれ、これは次長命令である」
「大尉、港に、飛行艇が用意されていますので、それでいかれれば、明日には帰れると思います、いまから準備をしていかれますように」と岩倉という男が言う
「飛行艇は川西の新型の試作機だが、たぶん大丈夫だろう」となんとも不吉なことをいわれる
彼らは、基地内で有栖川自動車の新型車に乗せられ、港まで連行、それから飛行艇で仙台港、仙台港からまた別の新型車これは、横須賀の時よりも小型車、GE仙台工場まで連行と強行軍でつれてこられてしまった
通常は、汽車が普通で2,3日はかかりそうなものである
「ようこそ、わが社へ」年若い外国人が迎えてくれる
日本語である
「私は、クルツ・ディーゼルです」思わず手を握り返して
「種子島時安です」
「永野です」
「今、ターボプロップの研究をしています、こちらへどうぞ」
周りには、あの軍属の軍服をまとった、小銃を下げた兵士が何人も警戒している
「ああ、軍機の塊らしいので、どうしてもこうなってしまうそうです」
まずは、事務所に案内される
「やあ、ようこそ、ヤポンスキー」男は何気にロシア語だ
「博士、せめて英語でお願いします」
「コロリョフだ、よろしく」ロシア人は、コロリョフというらしい
「シコルスキーだよろしく」別の男もロシア人だった
ドイツ人優位と聞いていたが
「彼らは、隣の航空機メーカーの方です」シコルスキーACのことである
「ターボプロップの研究ということですが?」
何とか、紹介を終えて、現場にやってきた
最新式の工作機械が贅沢に配置されて、何台かのエンジンの試作品が置かれている
紹介の中で、ドイツ人が多く登場してきたし、日本人は、東北大学の卒業生や学生が多いことが分かった
今でいう軍産学の複合体である
「もちろんご存知かと思いますが、ターボプロップとは、ジェットの流れをプロペラ回転に変化して動力とするものですので、種子島さんの研究が基本に必要になるわけです」
「ええ、」もちろん初めて聞く話だが、ここはプライドが許さなかった
「ということで、ここで研究していただくのが良いのではと高野総帥はお考えなのです」
「総帥なのですか、総長と呼ばれていましたが」
「人によりけりですね、僕らはおじさんと呼びますが、昔からの人は総長が好きですね、僕ら、第2世代は「おじさん」と呼びます」
「第2世代?」
「おじさんに連れてこられた外国人の息子娘たちのことです」と苦笑いする青年
「総帥呼びをするのは、高野企業群の社員の関係の人が多いです、あと、高野学校系の卒業生ですかね」
本当にいろいろな人がかかわっているらしい
噂では、私利私欲が優先する人間で、敵には容赦しないということだったが、案外人気があるらしい
「では、研究の方ですが、金属、特に特殊な金属、主に耐熱合金は、近くにある本多博士の本多金属にお願いすれば、いろいろと出してくれると思います、でも、我々も使ってるので、同じものをつかうのが良いと思います、おじさんは、できるだけ同じものを使うようにといつも言っています、大量生産するには、とにかく規格の統一が大前提になるといってますから」
「ところで、種子島さんは会社を興すんですか?」
「え?私は軍の研究をするためにといって連れてこられたんですが?」
「まあ、そうですか、ここではとにかく個人的に会社を興す習慣みたいなものがあって、大体、会社化しますので、その例に習うのかなと思いまして」クルツ青年は日本語がとても上手だ
「そうなんですか?」
「ええ、コロリョフさんやツポレフさんもゆくゆくは会社を立ち上げるらしいですし、おじさんが連れてくる人はだいたいそうなるんです」
会社を持っていないのは、生粋の軍人か貴族くらいである
開発環境は申し分ないというか、今までと比べるべきところがまったくないので、一も二もなくここで研究することにした
種子島・永野研究所という看板が工場にかけられる
次の日のことである
いくつも、工場建屋をすでに作っているのでその一棟が彼らの研究所ということに割り振られることになっていた
「では、研究員が必要なら、岩倉さんか私に行ってください、海軍さんならおじさんに言えばなんとでもしてくれると思います、必要な機械と資金、材料は資料をまとめて提出してください、岩倉さんが何とかするはずなので」
「では、現在研究中のものをまとめてこちらに移ろうと思います」
「私の方が年下なので、そんなにかしこまっていただかなくても結構ですよ」
かくして、ネ式エンジンの開発は仙台で行われることになる
しかも、高速に進むことになる、基本的なところはターボプロップの方で進んでいるし、そのターボプロップすら、ドイツからひそかに持ち込まれたものが存在したからである
あとは、改良や耐熱部品への交換などが行われるだけで、十分に使えるものとなっていくのである
仙台には技術や経験がすでに集積され企業城下町の下地ができていたのである




