惨事
「この新型は非常に良い感じです」
夜明け前の時間、発艦予定時刻がもうすぐそこに迫っている
「佐藤特務少佐殿」
「ああ、岩本飛行曹長は、紫電改が初めてか」
「ええ、空母部隊も初めてですが」
「まあ、この空母はガタイがでかいから、それほど気にならんだろう」
「陸からのほうが落ち着きますね」
「そうだろうな、陸からの隊員は皆そういう、しかし、空母隊員は、陸の精鋭を引き抜いていくから、君のような腕利きは、頑張らねばならん」
「それはもちろんです」
「君がもっとも心配している、エンジンはDEの社員がしっかりと調整しているから心配はいらんよ」
「有難いことです、軍属ですか」
「特務員だよ」
「この艦隊は特務員が非常に多いですね」
「まあ、そうだな、高野伯爵の親衛軍というところか」
「海軍中将ですね」
「ああ、そうだ」
日本軍での呼称、第21、22艦隊は、ロシア公国艦隊所属であるが、船員のほとんどは日本人である
そのうちのほとんどが日本帝国海軍の軍人で構成されている
しかし、その2,3割に高野部隊の兵士が各部署に割り振られている
特務~は通常の日本兵より2階級程度上に設定されている
命令しやすくするための措置である
・・・・・
「こちら佐藤ワン、我に続け!」
空母「朱雀」の戦闘機隊は、佐藤特務少佐が戦隊長であり機数40である
空母「青龍」にも佐藤特務少佐がいる、どうも兄弟らしい、此方が「佐藤ツー」である
因みに佐藤特務少佐はかつて、海軍省で高野九十九の影武者として自動車を運転していた少年であった
かつて、軍令部長付きとして隠れて勤務させられていた佐藤兄弟は、今やパイロットとなっていたのである
ロシア艦隊の超空母は現在4隻、搭載機数は合計で480機である
戦闘機40攻撃機は97式艦攻40機、爆撃機は99式艦爆40機の4倍の大編隊を構成することになる
新型の戦闘機紫電改は近ごろ空母部隊に配備され始めたのである
しかし、艦攻と艦爆は開発途中となっている
目下アツタに技術者、資金を大量に投入し製作中である
紫電改は川西飛行機で鋭意量産中である
エンジンは、DEで製作している
もともと、ディーゼルエンジンから始まった同社であるが、今やガソリンエンジンでも日本トップの技術を誇り、ターボ過給機も自前で生産している、ターボ過給機はディーゼルエンジンと非常に相性がいいため、操業当時から、ターボの研究を行ってきた成果であるといえる、この点について、高野が力を入れるよう念押ししていたのである
金属技術は本多金属で開発済みであった
また、星型複列14気筒の航空機エンジンや液冷V12エンジンも素晴らしい工作精度で作り上げ量産する技術が完成されつつある、この時期の航空機エンジンは、まだターボ過給機はついていないので、2歩ほど先を行っている状態といえる(技術がこなれれば、18気筒へと進む予定)
「艦攻・艦爆は空中待機、戦闘機隊は敵戦闘機隊と交戦せよ」
ヨークタウンの戦闘機隊VF17のF4Fが50機が上空を舞っていた
通常よりも戦闘機を多めに積載し、ホーネットの護衛を行う予定であったのが功を奏した形になるはずだった
残りは、艦攻・艦爆各15程度である
日本の空母機動艦隊(南雲部隊)は、オーストラリア攻撃に向かっているため、残された空母は多くないはずであったのだが・・・
当時、ハワイ空襲では、とんでもない数の艦載機がいたという証言もあったが、現場が相当混乱していたため、過剰に反応して、実数よりも多く数えていたのでは?と考えられていた
日本の空母は8隻程度であると確認されているし、財政的にもそれ以上建造することは難しいと考えられていた
まさに、その通りであった
日本の軍事費には、限界があったのである
しかし、個人的に艦隊を建造している人間がいるとは想像の埒外であろう
しかも、世界的富豪のロマノフ家からも財政支出させながら個人的な趣味で艦隊を作るなどとは・・・
まあ、米国人にとっては日本など、たかが知れていると高をくくっていたところが大いににあるのだが
・・・・
「隊長、下方に敵機」岩本は誰よりも早く敵機を見つけた
「さすがだな、岩本、お前が一番機をせよ」
2機で一隊、それが二つで小隊の編制である
形としては、フィンガー4の体形を組むように訓練されている
攻撃できるのは、そのうちの2機編制の一番機のみである、2番機は、1番機のカバーのみに徹することになるので、撃墜数を伸ばせない宿命にある
佐藤にとっては、撃墜数を気にする必要はない、彼は高野部隊であるからである
この世界の日本では、エースは一階級昇進する要件になっているので、エースになるかどうかは大きな問題になる、給料的に
岩本機が背面飛行から急降下を開始する、佐藤機がそれに続く
恐ろしいほどの速度で落下する、史実の零戦では構造的に無理であったであろう速度での急降下にも機体はびくともしない(機体は紫電改ですが)
あっという間に照準器一杯にF4Fが大きくなる
ブ式20mm機関砲が数発火を噴くとF4Fが砕ける
今度は、低空から一気に上昇を図ると、2000馬力のエンジンが猛然とうなり機体を引っ張り上げていく
恐るべきことに、岩本はその上昇局面でも、F4Fを打ち砕く
そのような圧倒的局面がそこかしこで発生していた、ロシア艦隊の航空隊の戦技は米国海軍戦闘機隊を圧倒していた
さらに、戦闘機自体の能力も圧倒していた
ついでに、言うと機数も圧倒していた、どのようにやっても、負ける理由が見当たらないのであった
ランチェスター法則に乗っとても圧倒的な優位を確保していた
岩本が2機撃墜で高空に遷移した時、敵機のほとんどは撃墜されていた
そのこと自体が、岩本を戦慄させた、「隊長、敵機がいません!」
「残念だが、そういうことだ、次の機会を待つことだ」と佐藤
「次の任務だ、敵艦隊を機銃掃射するぞ!」
こんなことなら、爆弾を積んでくるんだったと岩本は残念におもったのである
圧倒的パワーを誇るエンジンで、紫電改には、200kg爆弾すら搭載可能であった
後世の日本軍人が語る、高野部隊(特務隊員)の特徴とは、情け容赦が一切ないことであり、「武士の情け」、「武士道精神」と言おうものなら即、袋叩きであると
そして「高野九十九常在戦場語録ではそのように書かれていない」と
・・・・・
交戦から20分で、味方戦闘機隊からの連絡が途絶える、残りの艦爆・艦攻が発進している
空母「ヨークタウン」の艦橋でフレッチャー提督は青ざめていた
「敵、大編隊接近中」すでに、ガラス越しに航空機の黒い点が見えてきている
ヨークタウンのレーダーでは敵が接近しているのがわかる程度であるため、目視の報告であろう
「対空戦始め!」
号令一過、対空砲が火を噴き始める
しかし、敵の数が明らかに多すぎる
煙を引いて墜落している航空機が見えるがこれは、こちら側の艦爆・艦攻であることは知る由もない
敵戦闘機が果敢に機銃を駆逐艦に浴びせている、駆逐艦上には、可燃物がかなり置かれており、爆雷などがさく裂する
輪形陣の外側の駆逐艦が集中砲火を浴びており、火災が発生している
「敵は、なぜ、駆逐艦ばかり攻撃しているのだ!」
別に自分の乗るヨークタウンを攻撃してほしいわけではないが、彼らの攻撃の対象は明らかに、駆逐艦を目標にしているのであり、自分の常識では、大型艦こそ狙うべき相手なのである
敵戦闘機隊の攻撃がようやく終わるころ、駆逐艦部隊と巡洋艦2隻は、ハチの巣状態にされていた、しかし、空母は全く無傷である
「いかん!ヨークタウンを拿捕するつもりだぞ、ホーネットに打電!わが艦は全速力で当該海域から脱出する」
しかし、その電信もむなしく、急降下爆撃機の部隊が、ヨークタウンを襲い始める
対空機銃が、一機の艦爆を火だるまにかえるが、その後方の3機が250㎏爆弾を投下する
命中率70%以上を豪語する海軍航空隊の急降下爆撃を援護の少ない状態では、よけきれるはずもない
しかも、艦攻が同時攻撃の魚雷を発射してしいる
彼らは、戦闘機隊による、機銃掃射が終わるのを上空で待っていただけである
「くそ!」艦長が大きく舵を切るが、飛行甲板で大爆発が起こる
爆風が艦橋のガラスをたたく
続いて、魚雷の命中により更なる大爆発が舷側でおこる、その衝撃で、フレッチャー提督は投げ出される
「第2波きます!」
「うお!」自分が意味のない言葉を叫んでいることすら気づかなかった
ドーンという音と同時に自分が飛び上がった
「被害報告!」血まみれの右手を机にかけて何とか立ち上がる
「ダメコン急げ!」
「各部浸水、速度落ちます」
「全速力、回復急げ、海域より離脱だ!」
そのころ一方の、空母「ホーネット」ではB25が全機発艦していた
急速回頭し、ダッチハーバー方面か西海岸に逃走しようとしていたが、とりあえず南方方面に敵艦隊をかわそうと考えていた
「敵機です」
「ヨークタウンは何をしている、エアカバーは彼らの仕事ではないか!」
キンケード提督は不機嫌に言ったが、それを突破してきたのが事実であろうとおもった
「対空防御準備!」
戦闘機が駆逐艦に銃撃を浴びせ、そのすきをついて、艦爆が爆弾を投下する、たちまち爆破炎上する駆逐艦に今度は、雷撃である
「奴らは、なぜ、駆逐艦ばかり攻撃するのだ!」
すでに、2隻が撃沈、2隻が大破している
空母の対空砲火からは届かないところである
その時、突然「ホーネットの右舷で水柱が吹き上がり、キンケードは突き飛ばされたように海図台に体をぶつける
「被雷!浸水しています」
「司令大丈夫ですか」艦長が彼を引き起こしてくれるがしこたま、体を打ち付けてしまったので、全身に力が入らない
「ダメコン急げ、対潜哨戒」
空では、ホーネットが被雷したのがはっきり見えていた
「雷爆同時攻撃を行う!」
「鹵獲の可能性はどうですか」
「薄いとみるべきだろう、撃沈する」
「了解」
艦爆の隊長と艦攻の隊長が短い通信を行う
艦爆が急降下の姿勢に入り、艦攻は編隊で低空飛行を開始する
魚雷で穴のあいた右舷からの艦攻隊が4発の魚雷を投弾し、空母をすれすれで超えていく
空母は取り舵をとるが動きは鈍い、その舵を見極めて、突撃する艦爆の爆撃を逃れる事は不可能であった
「きます!」
「衝撃に備えろ!」
甲板に、いきなり火柱が吹き上がり、続けて2回爆発が起こる
キンケードは手に力が入らずまたしても床に叩きつけられた
「発光信号!敵が降伏勧告を行っています」と通信員
「打ち落とせ!」キンケードが吠える
「司令!」と艦長
「艦長!自沈の用意を」
「司令」
「勧告機に発砲!確認」
「戦意は衰えず、攻撃続行」
「殲滅せよ!」
黒煙をもうもうと噴き上げる、ぼろぼろの艦隊が南へ向けて走っている
そのうち一隻が突然、炎を噴き上げて轟沈する
SX潜水艦からの酸素魚雷攻撃を受けたようである
「こちら大日本帝国連合艦隊所属、ロシア公国義勇軍艦隊副司令官、高野である、直ちに降伏せよ、直ちに降伏せよ」流暢な英語で通信が入る
「それは、できん」とキンケードが答える、すでに血まみれで立っているのもやっとの状態である
「では、ここで海の藻屑となり果てるつもりなのか」
「貴様!」
「絶対に逃げられん、駆逐艦2隻のみ退避を認める、降伏条件である」
「貴様、空母を鹵獲するつもりか!」
「君たちの国は、いくらでも空母を作れる裕福な国だ、命のほうが大切ではないのかね?」
「それはできん、厳命されている」
「そうか、ならば、最後に言おう、頭と体は泣き別れだな」
それは、有名な映画のラストを飾るセリフであった
キンケードはその特撮映画を見たことがあった
「貴様は?一体何者だ!」
「さらばだ、キンケード提督、文句はあの世で聞いてやろう」
通信が切れた
「敵襲!」見張り員が叫ぶ
空でゆっくりとぐるぐる回っていた航空機が一斉に総攻撃の態勢に入っていくのが見える
すでに、此方の対空兵器はほとんどが動かない状態であった、しかも、速度も大幅に落ちている
ホーネットには、次々と急降下爆撃の小隊が突っ込んで来る、水面を観れば、雷撃隊が様様な角度から、低空飛行で向かってくる
20分後海上には、重油と浮遊物のみが浮いている状態となる
全ての艦は、沈没し姿を消していた
海の藻屑とはまさにこのことである
こうして、ドウーリトル空襲に参加した艦船がすべてついえたのである
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