高オクタン価ガソリン
高野邸、人々が言うところのロシア要塞内部は豪華な調度品で整えられている
しかしそこに行きつくまでは、二か所で見張りが自動車の中や人物を確認している
警護というより軍人である、肩には見慣れない機関銃のようなものを下げ、大型拳銃も腰に着けている
(ブラウニング氏に頼んで作ってもらった、UGI短機関銃もどきである)
「今日は、永田さんが来てくれるというので、親友を呼んでいます」
「そうなのですか」と永田鉄山
「ええ、ロシアのスパイよばわりされそうですが、ミハイル・トハチェフスキー将軍、彼はロシア公国の陸軍を仕切っている男です」
通訳を連れたロシア人が永田と悪手する
「初めまして」日本語であいさつしている
永田も恐縮してあいさつを返す
「こちらは、徳川慶久公爵、わが社の金融部門の取締役です」
世が世なら、征夷大将軍だったかもという人である
「アリス宮の妹の夫になります」
「ああ、同期の有栖川宮栽仁王少将です」
「こちらは、やはり同期の南雲忠一少将」
「陸軍では、乃木勝典中将此方はお兄さん、乃木保典中将此方は弟さん、説明はいりませんね」
それから、家族を紹介していく
「本当は、リヒトホーフェン男爵の家族も呼びたかったんですが、急な話だったので」
「いえいえ、圧倒されるばかりです」
「高野君は昔から破天荒ですからね」と宮様
「そうです、永田さん、すごいですよ」と南雲
「はっきり言って無茶苦茶ですが」と岩倉
「おお、岩倉です、私の右手左手です」と俺
「岩倉です、永田さんよろしくお願いします」
「あの、岩倉商事の!」
「今日は、たのしんでいってくださいね」と嫁のスターシャ王女
「はい、ありがとうございます」
「永田さん、遠慮は本当に要りませんよ、この人の友達がカナダでウォッカの製造をやってるみたいで、100箱単位で送ってくれるんです、いくらロシア人といっても飲みきれませんから」
スパルタク・アバレーエフの会社から、売るほど、ウォッカとウィスキーが届くのである
「郷田さん、元気にしているかな」と岩倉
「元気に決まってるだろ、奴が元気でないはずがない」と俺
「永田局長、今日は土産に箱と一緒に家に送るよ、本当に、山ほどあるからな」
「ウォッカ万歳!」とミハイはすでに、かなりのペースで飲んでいた
・・・・
「そういえば、ミハイ、今度シベリアで、演習するとき永田局長を招待しよう」
「ああ、それがいいだろう、いくら戦車をみても、張りぼてと思ってるかもしれないからな」
「いえ、そんなことは思っていませんよ」
「あれはすごいぞ、わが機甲部隊の戦術機動をお見せする」ミハイは酔いまくってご機嫌である
「杉山さんとか、呼んでいきましょう」
「杉山ですか?」
「東条さんでもいいですよ、私は、統制派でも皇道派でもないですから、山下君や今村君でもいいかもしれない」と俺
「さすがに、高野さん、陸軍のことをよく調べておられる」
「実際戦車を動かすのは、陸軍ですからね、ただし、タイムリミットが過ぎるまでは、他言無用で」
「よ~し、シベリアで飲もうぜ!」すでにミハイは間違っている
「おう!牡丹鍋だ!」
「それは、私も参加してよろしいのですか!」と岩倉
「お前、金持ち社長なのに牡丹鍋なんかで興奮するな」
「いえ、総長の鍋の味はいまだに忘れられません、子供のころの感動がよみがえるのです」
「大げさだろう」
「いえ、永田さん、これは本当です総長飯はすごいんですよ」
「そうだ、兵学校の先輩後輩を片っ端から餌付けしてたからな」と宮様
「やはり、さすが総長」
「無茶苦茶です」と南雲
「だから俺たちの世代の前後はすべて神道派になってるし」
「目隠し女神は本当に神だと思いますか?」
すでに、俺もかなり怪しかった
こうして、大量の酔っぱらいが生産され、みなその日はこの館、ロシア要塞に泊まることになってしまったのである
数週間後、陸海軍の要人(将軍)たちがひそかに、シベリアに集められ、ロシア公国陸軍による大規模な演習が行われた、あまりの攻撃力に、両軍の要人たちは声も出ず固まってしまったという
1938年(昭和14年)
俺は艦政本部次長にまだいた、というか、適当な場所がないので存在していた
いろいろやる仕事が存在するので、次長のような職でないとできないというのが本当のところである
その時、珍しい人がやってきた
「兄上、お久しぶりです」
「九十九、久しいな」
山本五十六航空本部長である
「どうしたんですか、兄上から来ていただけるなんて珍しい」
兄弟ではあるが、なかなか会うのも難しい、どちらも忙しいのである
「うむ、これから空母の時代だからな、お前もその方向で力を貸してくれんか」
「戦艦は不要ということですか」
「そうだ、大和などは、ほおっておいて、空母を作る方がいいのだよ、お前は、航空学校を自分で作ったといっていたから、その重要性は認識しているのだろう?」
「兄上の言うことはごもっともです、今度、その航空学校へ行きませんか?」
「それより、空母のことだ」
「翔鶴、瑞鶴が起工していますよ」
「足らんだろう、多数の空母で、一気に敵をたたくのだ」
「兄上、まあ。そう慌てずに、もちろん兄上の言うことはわかります、わかりますがね」
「では、本部長、軍令部総長にもお願いしてみてくれんか」
「まあ、兄上、北海道とウラジオストクに行きましょう」
「航空学校とかいうやつか」
「そうです、現場を見るのも勉強です」
「お前は、アメリカを見たことがあるのか?」
「もちろん、行きましたよ」映画撮影だったような気がするが
「ならば、わかるであろう」
兄はどうも、興奮気味である
「とりあえず、話は現場視察を終えてから伺いましょう」
「しかし、北海道とウラジオストクなど、旅費が出んぞ」
「私が手配しますので、旅行の準備だけしといてください」
「わかった」
「では、準備できましたら、知らせますので」
「頼むぞ」
「兄上?」
「なんだ」
「ウィスキーは好きですか?」
「何を言っている、わしが酒好きなのを知らんのか?」
おかしい?五十六兄は甘党で酒を飲めないはずなのだが?
「小さいころから、あんまりあっていませんから」
「そういえばそうだな」
同じ海軍にいながらも、俺は大体海外を放浪したり、日本を放浪したりしているので、会う機会が少なかったかもしれないというか、五十六さんの出番すくなくねえ?
「ウィスキー差し上げますよ」
「いいのか?」
「いまから家に箱ごと送りますよ」
「すまんな」
甘党だったはずの兄(史実)が酒好きになっている、やはり歴史は動いているのだ!
(本当?)
・・・・・
模擬空中戦が展開されている
リヒトホーフェン航空学校では、常に4機編隊で行動するロッテ2組からなるシュバルム(4機の編隊)である、海軍航空隊は、3機編隊である
4対4の戦闘は2対2と2対2に分かれて格闘戦を繰り広げる
「なんだ、これは」山本が驚くのも無理はない、自分が鍛えてきた部隊など歯牙にもかけぬほどの技術力があるはずだ
彼らは、この学校の飛行教官であるので技術がすごいのは当然であろう
それに、ほかに様々な機種の航空機が滑走路に並んでいる
倉庫では、生徒が航空機の整備を行っている
生徒は3年の間に、空戦、航法、整備などパイロットに必要なことを学ぶ
成績優秀者はさらに航空大学校に進みさらに4年間研鑽を深めるのである
「兄上、航空戦力は一朝にしてはできません、パイロットの養成機関が必要なのです」
「うむ、それはもちろんだ」
「ここは、ドイツ軍エースが校長をしてくれて、彼らは、その初期の卒業生です」
「なんだと」
「北海道にも少年兵用の分校を作りましたので、あとでそちらを見ていただきましょう」
「お前はなにをしようとしている」
「兄上、しかし、もっと重要なことがあります」
「なんだ」
「飛行機が飛ぶにはガソリンがいるのです」
「そうだな」
「ガソリンはどこから来るのですか」
「アメリカだ、そんなことも知らんのか?」
「我々は、誰と戦うのでしょうか」
「仮想敵国は、ソ連、アメリカ」
「航空用ガソリンを直ちに、大量に輸入する必要があるのです」
「パイロット、航空機が優れていても、ガソリンが悪ければ負ける、これからそういう時代なのです」
「わかった、海軍の総力をあげて、ガソリンを輸入しよう」
「私には、陸軍にも友人がいますので、協力して行ってくださいね」
「わかった」兄は少しいやそうな顔をしたのだった
しかし、この時点で、高オクタン価ガソリン製造は目途がついていたのだが、両軍には協力して頑張ってももらおう
・・・・
一年ほどさかのぼる
総長は何を考えているかわからん人間だ
俺は、難しいことを考えるのが嫌いだ
だから、言われた通りにするだけなのだ
アバレーエフ(カナダ人、元偽ロシア人)は、米国のとある会社の会議室にいた
「それでわが社のプラント技術を買いたいと?」
横柄な白人がにやにやという
「そうだ、金ならある」
「ところで、カナダ人ということですが、本当なのですか?」
どう見ても、アジア人だからであろう
「私は、もともと、ロシアのでだ、革命のときにカナダにわたり、事業を起こしたのだ、だから、ロシア人が元ということになるか」
「ロシア人?」
「そうだ、ロシアにもモンゴロイドはいるのだが、それがなにか、問題があるのか」
「いえ、近ごろわが国では、黄禍論が盛んでして、それであなたに売って、大丈夫なのものかと?考えるわけですよ」と白人
「吹っ掛ける、条件でも作っているのか」
「そんなことは、ありません、人はみな平等ですよ」しかし彼らのいう人とは、白人種でキリスト教徒のことである
「そうか、貴様の国では、黒人は奴隷にしていたがな」
「昔の話ですよ」
「インディアンを居留地に押し込めているとおもったが」
白人たちの顔が赤くなってくる、怒っているのであろう
「まあ、そんなことはどうでもいいことです」自分から仕掛けておいてそんな落ちはないだろうとおもいつつ
「1千万ドルでどうでしょう」
さすがにそれはぼりすぎだろう
「少し高くないか、普通のパテントで50万程度だろう」
「いえいえ、それほどこの装置に価値があるということです」
「しかし、高オクタン価ガソリンなど、自動車でも使わないだろう」
「では、あなたはなぜほしいのですか」と白人
「今後発展しそうなところに投資家として投資するためだ」本当は、言われたから買いに来ただけであるが・・・
本当は、高野という男がどうしてもこの技術を手に入れてくれと頼んできたからだが・・・
「でしょう?これから発展するのですよ、この技術が」
くそ!
「500万が限界だ」
「半値では、売れませんよ」黄色人種には!と聞こえてきそうな気がする
「600万ドル」
「800万まで下げましょう、無理にお買いいただく必要はありません」
「わかった、しょうがないな、契約等は彼が行うので、話を詰めてくれ、条件が整い次第金は振り込もう」とロシア人の副官を指す
会社ビルを出た後
「ボス、思いっきり吹っ掛けられましたね」
「ああ、むかつく!しかし、総長のご命令だ仕方あるまい」
「ですが、800万ドルなんて無茶苦茶ですよ」
「いいじゃないか、足りない分はもっといただけば、貸しといてやることにするよ、奴らに」
高野石油化学では、永年に渡り石油精製技術の研究を推し進めていたが、高オクタン価ガソリン等の生成にはまだ成功していなかったが、アバレーエフから届けられた書類ですべてが一瞬で解決してしまった、ガソリンの改質に関する機器の設計図であった
「これで、高オクタン価ガソリンが製造できます」
そして、副産物として高品質オイルも製造できることになるのである
連絡係の男にそう告げると
「では、そう総長に伝える」
「よろしくお願いいたします」
・・・・・
大金を振り込んだアバレーエフ
彼はとある街の飲み屋街の一角にいた
赤ら顔の太った白人が出てくる
「よお、儲かってるみたいでよかったな」
うむ、という感じで白人がこちらを酔眼で見上げる
車に乗ろうとしていたのである
「お前!」その時俺のこぶしが白人を殴りつけた
気を失った男を助手席に押し込み、車を走らせる
荒野の真ん中、人気はない
アメリカは広いのですぐに人気のない場所に行くことができる
おっさんを引きずりだす
「うう」
「お前、この前は、ずいぶんと粋がってやがったな」
「お前は、カナダ人の」
「値段ぐらいなら、そんなに文句もなかったがな、ここまでなめられたらな」
「貴様、私を殴ったな、訴えてやるぞ」
「お前みないなやつを馬鹿っていうんだぞ」
「何を私は、大学を出ているんだ」
「だから、誰に訴えるんだよ」蹴りが男の顔をとらえる
ぐへ!
「高い買い物だったんで、少しでも元を取ろうとおもってな」
「ひ~、許してくれ、あの値段は私が出したんじゃない」
「そうかい、ところで、お前ずいぶん自分を買っているみたいだが、あんた自分にいくら値をつける」
「ひ~、百万ドルです」
「へ~案外高いな」
「いえ、1万ドルです」
「そうなのか、じゃあ、1万ドルな」
男がうんうんとうなずく
「じゃあ、一万ドル回収させてもらうな」
バンバンバンと三発の銃声がこだまする
久しぶりに、デトロイトの友達に会いに行くか
あの黒人ギャングとインディアンの友がどうなったか、気になったのだ
『アバレーエフ』決して怒らせてはいけない人間である
いつも読んでくださりありがとうございます。




