実験隊
次の日、陸軍がまたやってきた
契約書はできていたので、渡す
「ところで、一つお願いがあるのですが?」
打ち合わせどおり、岩倉がいう
「なんだ」
「実は、わが社では、新兵器の実証実験を行いたいと考えておりますが、今後ロシアと戦うことがあれば、実験の場としたいと考えているのです」
「貴様!何を言っている」このころの軍人はとにかく偉そうに怒鳴るのがデフォルトなのだろうか?
「わが社の兵器がどのような性能かを試したいのです」
「戦場は遊び場ではないのだぞ」
「もちろん、覚悟があっていっているのです、死んだからと言って文句を言うことはありませんからご心配は無用です」
「我々では、何とも言えないが、どんなものを試すのか」
「はい、機関銃であります」
「そんなものがあるのか!」
「現在、試作中であります、あとライフル銃の実力も評価したいと考えております」
「ライフル銃?」
「もちろんわが社のものでございますが、これらについては、まだ試作中でありますので、お見せできませんが」
「そんなことを言う業者など聞いたこともないぞ」二人の軍人は顔を見合わせている
「わが社は現場での使い勝手も追及するということですよ、いわゆる現場第一主義です」
「それと、もちろん費用などはいただきません、ただ、戦場に混ぜていただけるだけで結構なので、義勇軍みたいな感じの取り扱いで結構です、そうです義勇軍、報国有志の集団とでも思っていただいたら結構です」
「上層部には、一応報告しておく」と麻生
「では、契約の方もよろしくお願いします」
・・・・
「ということで、旅順きました~」
「総長!戦場ですよ」
「ええということで、実戦を経験したいと思います~」
現在日本軍が203高地攻撃を行っているが、うまくいっていないようだ
「203高地!」203番目の高地ということではなく、標高203mだったはず・・・
我々は帝国陸軍の第201実験部隊になりすましている、というかそういう設定である
麻生と住吉は良い働きをした、袖の下を渡しただけはある
総勢50名で、いかにも怪しまれている
まず、格好が違う、現代の常識からすると常識だが、ヘルメットに迷彩服、ブーツで自動小銃を装備している、いかにも現代の兵士であるのだが・・・
しかし、帝国軍人は帽子に剣をさげて、小銃を持っている、軍服もカーキ色の単色である
我々は、現代の兵隊の恰好をほぼ忠実に再現しているのに対し、彼らは大日本帝国なのである
もちろん、我々が異端であるのだが・・・
「お前らが、実験部隊か」若い士官が声をかけてくる
「はい、第201実験部隊、通称マンハンター部隊です」と俺
「マンハンター?」
「いえいえ、冗談であります、第201実験部隊特務少尉、高野九十九であります」
「貴様が隊長なのか?若くないか?」非常に若いので問題はない
「あくまでも、実験部隊ですから、若くても問題ありません」と敬礼を返す
「同じく、特務少尉岩倉であります、銃砲製造業をしておりまして、今回新兵器の性能実験にまいりました」
「そうか、私は、君らの世話を命じられた、乃木少尉だ」
「よろしく少尉」と俺
「お願いします少尉殿」と岩倉
「もうすぐ、203高地への攻撃が開始される、君らは安全を優先して、実験とやらを行うようにとの指示が来ている、俺が君らの案内役を押し付けられた、無茶はしないように」
そういった乃木少尉の顔色はよくない
「どうかされたのですか」
「貴様らには関係ないが、兄がけがを負ってな」乃木少尉の兄もこの戦争で来ているらしい
「それは、大変ですね、見舞いに行かなくては」
「しかし、任務があるのだ、できるわけがなかろう」俺たちのおもりが彼の任務
「乃木少尉の兄上なら、私も見舞いに行きましょう、実験は延期で」
「なぜ、俺の兄が関係があるのだ」
「急ぎましょう、いまならまだ間に合うかもしれません」
そういえば、乃木の兄は、この戦争で戦死している
そして、この弟も戦死する予定の人である
兄は向こうが見える位のけが、弟は流れ弾(榴弾?)を受けて、崖下に落下?で死亡するはずである
野戦病院で乃木の兄勝則少尉を見舞う
顔色は良くないというかほぼ、紫いろで血の気がない意識もほとんどない状態である
「兄さん」保典(弟)が勝典(兄)に声をかけると
「保典、あとを頼む」聞き取れないくらいの声でそういうのがやっとだった
軍医も手の施しようがないとのことだった
「兄さん!」保典が勝典の手を必死に握る
もちろん、そんなことで人が生き返ることはない
「総長!」
「少し、私が見てみましょう」
徐に、俺が前に出る
保典が最後の別れに何をするというような顔で俺を見るが無視する
「少し医学をかじったことがありますから、私が診ましょう」もちろん嘘である
問題は、この世界の魔素は非常に薄く、俺の回復魔法が、この死にかけた状態を回復できるのかということである
「岩倉、全力で行く、あとは任せるぞ」
「は!総長全力でお願いします」
周りを簡易の衝立で覆い周囲から視線が届かないように準備をする
「少尉、このままでは、貴様の兄上は助からない」
保典少尉はこの状態をみて同意せざるを得ないであろう
「そこで、秘伝の術を使う、他言は無用、約束していただけるか」
「そんなことが」
「助かるかどうかはわからないが、やるだけのことはやってみる」
「お願いします」
両手を勝典の腹(銃弾で貫通された)に置く
「臨兵闘者皆陣列在前」もちろん嘘の呪文
置いた両手が強烈に発光する回復魔法最大出力!
破壊された内臓が急速に修復されていくが、すぐに効果が落ちてくる
やはり、魔素不足である
「は~!」最後の気合を入れなおす
目の前が輝き、揺れていく
は~!自分でも叫んでいるのだが、声は出ていなかったようだ
そして、意識が途絶える
・・・・・・・・・・・・・
目を覚ますと、野戦病院の屋根がそこにあった
「総長」岩倉が顔を見せる
「どうだ?」
「乃木少尉は山を越えたそうです」
「そうか」俺は再び意識を失った
結局俺は3日間意識を失っていたようである
乃木勝則少尉はもう少し養生をしてから、日本に後送されることになったらしい
その数日後、俺たちはやっとのことで、旅順に帰ってきた
「高野特務少尉、本当になんとお礼を言っていいのか」
「乃木少尉、これからが本番です、気を引き締めていきますよ」
「ああ、もちろんだ、だが本当にありがとう」
現在、日本軍は旅順要塞を攻撃しているが、うまくいっていない
俺たち実験隊は、旅順要塞の枝城ともいうべき203高地を実験の場として設定している
203高地には、ロシア軍が有刺鉄線を張り巡らし、場所場所に機関銃を配置して、頂上と要塞までの間を守備している状態であり、史実通りにいけば、大量の戦死者を出す予定の場所である
機関銃に向けて、突撃すれば当然そうなるのだが、このころの戦法はそういうものである
「第三軍の一部の兵を借りて、塹壕戦を開始します」
俺たちは実験のため、乃木大将の第三軍の一部を借りて、203高地に塹壕を掘って進むようにお願いしていた
すでに、高地(203m)の下から斜めに塹壕が掘られ始めている
実験日は何日間と決めているわけではないが、やっと倦怠感も収まり、塹壕も上に向かっているので、俺達201実験部隊が活動を開始する
「おい、俺も貴様らのような恰好するのか、その変な色の服」乃木は非常に困惑している
「当たり前でしょう、あなただけその恰好だと目立つでしょう」と岩倉
彼らは帝国の軍服に誇りを持っているので当然かもしれないが、このような恰好では目立つ
実験当日、まだ夜も明けやらぬうちから俺たちは、行動を開始している
「うげ」顔に、緑いろや黒の塗料を塗られる乃木少尉
「夜が明けるまに行きますので、早く」と岩倉
全員準備終了、塹壕に入り銃器をもって、高地を登っていく
敵陣地のできるだけ近くまで塹壕を行く、その後、準備していたギリースーツをかぶり塹壕を出る、あたりはまだ夜明け前で暗いので、狙われる心配はほとんどない
適当なくぼみ(砲弾のさく裂あと)で、機関銃を設置する(機銃にも迷彩がらを塗り付けている)
ブローニングM1917重機関銃の試作品を組み立てる、この銃は、空冷式を採用している
別の場所にも、4か所設置する、陰から射撃できるような位置取りを行っており、銃にも迷彩塗装を施している
試作品は計5台を持ち込んでいる
三脚も含めて50kgを超えるため4人1組で装備を運ぶ
実験隊の隊員は半分が百瀬組のヤクザである(大丈夫なのか?)残りは、長岡部隊の隊員である、皆が戦争初体験で若干不安が残るところである
日本光学に特別に依頼していたスコープが間に合ってよかった
先端のカバーを外して様子を見てみるが、さすがにまだ暗くて見えん
M1917重機関銃は本来水冷であったが、問題になることはわかっていたので、放熱ジャケットを提案しておいたので、空冷式となっている、さらに長距離射撃可能なように、スコープをセットできるようマウントをつけて改良を施しているし、単発での発射も可能である
対物狙撃仕様に対応可能に仕上げてもらっている
日が昇り始める、ロシア兵たちが機関銃陣地に見える、まだ攻勢前なので、明らかに油断している
だが、しかし、ダダ、ダダ、ダダ、M1917が傲然と火炎を噴き上げる
血しぶきと肉片が飛び散る
次々と別の陣地も同様のことが起こる
ロシア兵は混乱の極致にいたり、大声をあげて立ち上がるが一瞬で肉片をまき散らしで倒れる
がむしゃらに、機銃を撃ちまくるロシア兵の頭がさく裂する
あっという間の出来事だった
機銃陣地に動く人影がなくなり静かになる
俺は、機銃そのものを狙撃して破壊していく
マキシム対ブローニングの機関銃対決はすぐにブローニングの勝利に終わった
それを見たのか、見てないのか、突撃命令が下る、大砲が響く
「うわー」吶喊の叫びをあげて、日本兵が突進する
その時、警報音が頭の中に響き渡る、いわゆる野生の勘のようであるが、これは、スキルの一種である
「伏せろ!」思い切り、近くにいた乃木注意を押さえつける
ドカーンと近くに砲弾がさく裂する!
キーンと耳がなって周りの音が聞こえない
「おい!大丈夫か」乃木を殴りつける
「大丈夫だ!」
「どうだ、被害はないか?」あたりを見回す
まだ、もうもうと煙が立ち上っていてよく見えない
その時頭の中で、赤い点が突進してくるのが見えた
これも、スキルの一種であろう
背中の自動小銃を腰だめにしてフルオート射撃を浴びせる
「ぐわ」弾が肉に食い込む音で、当たったことを確認する
煙が消えるとようやく各機銃陣地が無事であることがわかる
・・・・・
乃木少尉の視点
ふざけたやつらだった、見たこともない珍妙な恰好をしていた、彼ら曰く迷彩服というらしい、しかし、靴は皮張りだし、拳銃も最新式のごく一部が軍から支給されているものだった
なんと、この拳銃を作った会社の人間だという、それなら俺にも分けてくれんか?と言ってしまった
「ああ、おんなじ恰好してもらうから?いいよ」年齢でいえば一番若そうな子供!明らかにまだ子供だろう?背は俺より高いくらいだが、顔つきは中学生といったところか
なぜ、子供が一番えらいのか?とにかく何から何までおかしな部隊?だった
それに、高野特務少尉と名乗った子供と中学を卒業したばかりのような岩倉特務少尉以外はこれまた、絵にかいたようなヤクザ顔の人間が半分、残りは、やはり愚連隊(不良少年)のようなの奴ばかりである
しかし、彼らのおかげで兄が助かったのは僥倖というしかないであろう
「新兵器の実証実験をおこないますので、お願いします」
新兵器ってなんだよ、そんな感じだったが、攻撃の日が決定される
なぜ俺が、こんな珍妙な恰好をせねばならんのだ、栄光ある帝国軍人のこの俺が!
しかし、このヘルメットというやつは鉄製だ、銃は最新式自動拳銃だった、任務後は返さねばならないのか?
「さ、早く」岩倉が何かの塗料を顔に振り付けてくる
「何をする」ぐっとつかまれると、まったく動けなかった
全員が目だけぎょろぎょろする土人の様になった
顔にも、迷彩用の塗料を塗られているのである
夜もまだ明けきらないうちから出発する
ごついヤクザが機関銃と台座を運んでいるそれとその弾薬らしきものを担いでいる
機能的な背負子(大型のリュックです)を背負っている
何から何まで、帝国軍とは違う集団だった、まさに異形の集団!
塹壕の最先端まで来ると今度は、草がいっぱいついた網をかぶらされる
障害物競争の真似もしないといかんのか?
できるだけ音を立てないように指示され、網をかぶったまま、岩陰まで移動し、機関銃をセッティングしている、銃にまで、迷彩の色塗りをしている、よほどこの色が好きらしい
だが驚いたことに、伏せて待っていると、夜明けとともに仲間?がまったく何処にいるかわからなくなってしまう
「消えた」「声を出すな」
「太陽の光に気をつけて、これを使え」渡されたのは双眼鏡だった
指の差す方を見ると、機銃座にロシア兵がいる
スコープというらしい照準器を覗いていた少年が撃った
ここからでは、遠すぎる!と思ったがロシア兵が後ろに吹っ飛ぶ
次々と射撃音が開始される
眼前で殺戮ショウが始まった、双眼鏡で見るものではなかった
ここからでは、まったく射程外のはずだったのだが、数百メートル先の敵兵は次々なぎ倒されていく
「うわー」わが軍の吶喊の叫び声がとどろく
大攻勢の開始である、28センチりゅう弾砲の砲声が聞こえる、ロシア軍も打ち返す
「伏せろ!」一瞬なにがおこったのかわからないままに押し倒された
大爆発が起こる
「おい!大丈夫か」思い切りヘルメットをたたかれる
「大丈夫だ!」耳がいかれたので、自分では大声だと思っていなかったが返事をした
それからは圧巻だった、突撃をする日本軍を援護するために、機関銃がうちまくる、十分届いていた、次から次へと、機銃座に群がるロシア兵が肉片に変えられていく
他の方面では、うまくいっていないようだが、こちら方面は障害であったロシアの機銃を完全に無力化し進撃を後押ししている
「よし、重機部隊は分解後続け、残りは前進、行くぞ」少年なのに、部隊を仕切る子供
全員が網を取り払う、頂上へと向かって、頭を低くしながら、各々が遮蔽物を探しながら前進していく
有刺鉄線も難なく切断していく、驚いたことに切断用の器具を持参している
いつの間に取り出したのか、少年はライフルを構えていた
膝うちの姿勢になる
敵ははるか向こうだが、少年はお構いなしである
次々とはるかに遠方の敵を射殺していく
岩倉があたり判定を双眼鏡で確認している、おそらく向こうの小銃では、こちらに届かない、いや正確に当てることはできない
少年が膝うちしている間は、ヤクザ隊員が四方を防御する形がとられている
それ以外にあと2組が同じような陣形で三角形を構成しながら前進を繰り返していくのである
なんだ、この動きは、なぜか知ってはいけない何かを見せられている気分だった
その日、こちら方面から攻めた部隊の活躍で203高地は一日で陥落した
頂上方面から、ロシア軍への重機関攻撃がとてつもなく効いた
少年はライフル銃を容赦なく打ちまくる、すでに人を撃っているという感覚はないのではないか
「よし、任務完了だ、少尉、これでも食え」
渡されたのは、クッキーだった、とても甘くてうまかった!こいつら一体何者なんだ
彼ら曰くレーションという携帯食らしい、もっとくれ!
・・・・・・
203高地陥落後、彼らは帰っていった、拳銃はプレゼントだとくれた
「少尉、命は大事にしろよ」少年が大人のように俺を諭そうとするのが、むしろ面白かった
「ああ、お前に助けられた、ありがとう」俺は手をだした
強い力だった、そして熱が伝わってきた
「俺は、高野九十九だ」
「俺は、乃木保典だ」
「死ぬなよ、乃木」
「ああ、むろんだ、高野」
・・・・・
203高地を占領されたことにより、旅順のロシア艦隊は大打撃を受けることになる
1905年5月には東郷元帥が活躍する日本海海戦で圧勝する
7月樺太作戦により樺太の占領が行われる
「しかし、陸軍は本当にウラジオストク攻略を行うというのか」
「はい、なんでも乃木大将がどうしても、講和を有利にするためには、ウラジオストク攻略が必要だと頑強に抵抗しているそうです」
「だからといって、なんで海軍がウラジオストクを攻撃せねばならんのだ」
「大本営の決定ですから、まあ、逃げた艦隊の残りもいますし」
「全砲門、撃て」
連合艦隊の各艦からもてる限りの砲弾が発射され、ウラジオストクに残るロシア艦隊、海軍基地が炎に包まれる
まさに、連合艦隊はありったけの砲弾を浴びかけるのであった
同年8月ウラジオストクのバルチック艦隊の残存部隊、海軍基地が壊滅、町が占領される
事態となる
同年9月ポーツマス条約がアメリカの斡旋で結ばれることになるのだが
日本は頑強に賠償金及びウラジオストク及び樺太全島の領有を主張した
しかし、ロシアそれを受け入れなかった
結局、賠償金とウラジオストクはあきらめたが、満州鉄道の権利と樺太全島は日本が実行支配することになった、灰燼に帰した海軍基地は樺太を得るためのおとりだったのだが真実はだれもしらない
こうして歴史の歯車がまた少し狂い、違う方向に回っていくのである




