第6話:青のクレヨン
何日も雨が降り続いています。春とは言え、冷たい雨が窓をぬらし、下の通りを行き交う傘もまばらです。外に出ることも、友だちと遊ぶことも、ずっとできないでいるルネットはちょっとご機嫌ななめです。
「お姉ちゃん。トランプしない?」
弟のレオンくんが部屋に来ても、
「いやよ。あんた負けるとすぐ泣くから」って、相手にしません。
「泣かないよ。一回でいいからさ。いいじゃない。ね?……」
「ほら、もう泣き出してるじゃない」
メルメルのぷにぷにした足をいじりながら、窓の方を向いてしまいます。
「泣いてないもん。なんだよ、ケチ!」
レオンくんは泣きべそをかきながら、出て行きます。メルメルもルネットの手の甲をひっかくと、トンっと床に降りてレオンくんの後を追います。
よけいに退屈になったルネットは絵を描くことにしました。この前のピクニックの絵です。古代の遺跡をグレーのクレヨンで、周りの森を深みどりのクレヨンで、みんなで青空の下でお弁当を食べているところを……あれ? 青のクレヨンが見つかりません。せっかくこの雨の気分を晴らそうとしてるのに青空が描けないなんて。さては……
「レオン! レオン!」
ドアを開けて、下に向かって弟を呼びます。
「なあに? お姉ちゃん」
「あんた、あたしのクレヨンまた使ったでしょ? ちょっと来なさい!」
おそるおそる階段を上がってきたレオンくんは、落ち着かない様子でメルメルを抱きしめています。
「青のクレヨンがないのよ。あんたって自分の顔だって、船や飛行機だって、なんだって青で描くじゃない。どこにやったの?」
「知らないよ。使ってないよ」
レオンくんは『昨日の昨日、お姉ちゃんがいないときに使ったけど、ちゃんと返したよね』って思いながら、下を向いています。
「ちょっとお姉ちゃんの目を見なさい! 怒らないから正直に言いなさい!」
ルネットちゃん、その言い方っていつもお母さんに言われてるのと同じだね。怒らないからって言いながら、もう怒ってるところまで。
「知らないよ。ちゃんと返したよ」
「ほら! やっぱり使ったんだ。ホントにあんたって子は。……探してよ! 今すぐ」
ぷんぷん怒って、また泣き出したレオンくんからメルメルを取り上げて、バタンとドアを閉めました。
もう絵を描く気も失せてしまったルネットは、ベッドに横たわってメルメルの背中を撫でています。『あの子ってすぐに物をなくしちゃうんだから。ちょっとベッドの下を見れば見つかる靴下だって探せないんだもん』
そんなことを考えながら自分のベッドの下をのぞき込みますが、もちろんそんなところにクレヨンはありません。少し気持ちが収まって、キャラメルをメルメルと食べることにしました。……
「ね? どこにあるの?」
「さあ、この家の中にあるんじゃない?」
「そんなのわかってるってば」
「じゃあ、探せばいいじゃない?」
「それが大変だから訊いてるのに……最近、予言してくれないのね」
「ん。……クレヨンは見つかるぞよ。ちゃんと探せばな」
メルメルは森の精の声を出して、ゆっくりと部屋から出て行きました。
ルネットはお母さんからシチューに入れるマッシュルームを買ってきてくれと頼まれました。雨なのにお使いに行くのは嫌だったんですが、マッシュルームの入っていないシチューなんてもっと嫌なので仕方ありません。
赤い長靴を履いて、赤い傘をさして出かけました。レオンくんはまだクレヨンを探しています。おもちゃ箱をひっくり返して探しました。ちょっと積み木でお城を作ったりしましたけどね。居間のあちこちも探しました。棚の上のくるみ割りの兵隊で戦争ごっこをしましたけどね。……どうしても見つからないんです。
するとメルメルがレオンくんのズボンの裾を引っ張ります。
「どうしたの? ぼくはいそがしいんだけど」
でも、メルメルがにやっと笑ったような気がしたので、後をついて行きました。台所に入ると食器棚の裏を首をかしげるように見て、「にゃあ」と鳴きました。レオンくんがつられて覗いて見ると……ぼんやりと棒のようなものが見えるじゃないですか!
「あった! すごいや、メルメル!」
大喜びで床にしゃがんで手を伸ばしますが、ずっと奥の方にあるので、レオンくんの小さな手でもなかなか届きません。もうちょっと。肩に食器棚の角が当たって痛いです。でも、お姉ちゃんの大事なクレヨンを取らないと。指先に触れます。確かにクレヨンです。かえって奥の方に転がりそうです。
ああ、どうしよう。手を引っ込めて、床にお尻をつけて座り込んでしまいます。メルメルはお行儀よく座って、レオンくんを見つめています。
がんばらなくっちゃ。大きく息を吸って、食器棚に顔をくっつけ、腕をいっぱいに伸ばして……やった! 指に触れると同時に爪でひっかいて、こっちに引き寄せます。まるでネコがそうするように。暗がりから青いクレヨンが出てきました。
「ただいま」
ルネットが帰って来ました。
「お姉ちゃん。あったよ。ほら!」
クレヨンを持って、うれしそうに自分を見たレオンくんを見て、ルネットははっとしました。昨日、お留守番をしているときに台所でお絵描きをしていたことを思い出したのです。あのときクレヨンが落ちたのに気づかず、全部揃っているかよく確かめないで片付けてしまったんです。だのにこの子は腕をほこりだらけにして、顔に食器棚の跡までつけて……
「レオン。ごめんね」
ぎゅっと弟を抱きしめました。
「どうしたの?」
「あたしが探さないといけなかったのに。……疑って本当にごめん」
「見つかってよかったね。メルメルが教えてくれたんだよ」
「うんうん。ごほうび上げなくちゃね」
メルメルが片目を細めてるのを見て、ルネットはわかってたんだって思いました。
「ぼく、ガムを持ってるよ」
レオンくんはポケットのガムをメルメルに上げました。メルメルはちょっと変な顔をしながら、噛み始めました。
「ね。トランプしようか?」
「いいの?……でも、お絵かきしようよ?」
仲直りをした二人は屋根裏部屋でクレヨンを半分に折って、青空と青い船を描き始めました。
「ふぎゃ」
変な声が天窓から聞こえたので見上げると、メルメルが顔いっぱいにねばねばくっついたガムと格闘していました。
「あはは。メルメルったら」
「あ、ほら。お姉ちゃん、虹が見えるよ」
陽が差してきて、もうすぐ雨もあがりそうです。