第5話:メルメル卿の活躍
今日は、ルネットは友だちとピクニックに出かけました。もちろんメルメルも一緒です。街を出て街道を行くと次第に見渡す限りの草原が広がっていきます。赤や黄色のお花が咲いているところを見つけると、女の子たちは歓声を挙げて花を摘み、ブーケやネックレスを作ります。男の子たちは取っ組み合いをしてごろごろ転がったりします。メルメルはルネットがかぶせてくれた冠をちょっとうるさそうにしながら、蝶を追いかけたりしていました。
取っ組み合いにも飽きた男の子たちが言います。
「ねえ。あの森の中を探検してみようよ」
「あの森は深いから行っちゃダメって言われてるじゃない。森の精がいて、かわいい子を捕まえて帰さないようにしちゃうって」
「これだけいればだいじょうぶさ。ちょっと行ってみるだけだから。……それともおまえら、森の精に気に入られるほどかわいいなんて、思ってんの?」
「なにさ!そんなことないわよ」
そんなふうに言われては女の子たちも付き合わざるを得ません。
森の中はほの暗く、湿った枯葉のにおいがします。道は何回か枝分かれして行くたびにだんだん細くなって、木の根っこが歩くのに邪魔になってきます。
「分かれ道にはこうやって、目印をつけておくのさ」といちばん元気な男の子が小さなナイフで星型の印を木の幹につけていきます。
冒険物語の主人公になったような気分だったのでしょうけど、それもだんだん小さく、浅い彫り方になっていきます。威勢よく歩いていた男の子たちも女の子たちと歩調を合わせて、固まって歩くようになっていました。誰かのおなかがぐーっと鳴ります。まだお昼も食べてないんですね。
すっかり下草に覆われていたので気づかなかったんですが、いつの間にか道は石畳の真っ直ぐな道になっていました。深い森の中のとても古い石畳の道。街道とはつながっていない場所なのに一体誰が造ったんでしょう。
行く手がだんだん開けてきました。森が突然終わって、彫刻を施した大きな石柱が何本も立ち並んだ場所に出ました。そこだけぽっかりと広場のようになっていて、まぶしいくらい陽の光がふりそそいでいます。不安になっていた子どもたちはいっぺんで元気を取り戻しました。わあっと歓声を挙げて石柱の方に走って行きます。近寄ってみると大理石の階段もあるし、水盤のようなものもあります。
「すげえ。これって古い時代のえっと……」
「遺跡よ!何千年も前の!」
まるでカーテンを肩からかけたような衣装の貴族がきれいな肩の出たドレスを着た貴婦人を連れて歩いているところや鎧兜を身に付けた軍人が馬から颯爽と降りてくるところみたいです。――
「姫。今日はことのほか麗しいご様子で」
「おほほ。今宵は楽しい舞踏会ですもの」
「た、大変です! 蛮族が我らが領地内に侵入してまいりました!」
「軍団を派遣して蹴散らしてしまいなさい」
そんなお芝居で笑い合いながら、バスケットからサンドイッチとお茶を取り出してお昼にします。ルネットは、お母さんと一緒に作ったハムとチーズとトマトのサンドイッチをメルメルと食べながら、お姫様よりも戦場を駆け回る騎士の方がおもしろそうだなって思っていました。
お昼が終わってからかくれんぼをすることになりました。倒れた柱の陰や鬱蒼とした草むらに隠れます。何回かオニが代わって、ルネットはもっと見つけにくいところを探して森の方に歩いて行きました。メルメルがスカートの裾を引っ張りますが、「だいじょうぶよ」と言って、道から離れていきました。……
すとん! ルネットは一体何が起きたのかすぐにはわかりませんでした。足の置くところがすっとなくなったかと思ったら、目の前が暗くなって、どすん! お尻を打ってしまって、あわてて上を見上げるとまあるい小さな空が見えます。
「メルメル!」と呼ぶとそおっと顔がのぞきます。どうやら井戸のような穴に落っこちてしまったようです。
失敗、失敗って、照れ笑いしながら、上ろうとしますが、じっとり湿った壁には手や足を乗せるような場所はありません。何度やってもじきにつるっとすべって落ちてしまいます。穴はルネットが手足を伸ばしたよりはずっと広くて、手足を突っ張って上っていくこともできません。
「みんな! 助けて!」とか「かくれんぼじゃないの。穴に落っこちてしまったの!」って叫びますが、いくら待ってもみんなは来てくれません。
メルメルもみんなを探しに広場に行きましたが、ずいぶん経ってから、首を悲しげに振りながら戻って来ました。そう、友だちはてっきりルネットが一人で先に帰ったものだと思って、そこを引き揚げてしまったのです。
だんだんルネットは自分がとんでもないことになっていることがわかってきました。この穴から出られなくて、誰も助けに来てくれないと喉が渇いて、お腹が空いて、しまいには死んでしまう。死んじゃっても誰にも見つけてもらえない。
絵本の挿し絵にあった牢屋の中で骸骨になった人みたいになっちゃう。……そんなことを想像すると、さみしくて、悲しくて、しくしく泣き出してしまいました。ルネットを励ますようにメルメルは「にゃあ、にゃあ」といつになく強く鳴きます。
泣き疲れてルネットは少し眠り、夢を見ました。ルネットがお姫様で、悪い継母の差し金でお城の地下牢に閉じ込められていました。すると騎士になったメルメルがそっとやって来て言いました。
「お姫様、希望を捨ててはいけません。わたしがきっとお助けしますから」
「メルメル卿、あなただけが頼りです」
ルネットは本当は『あたしが騎士になりたかったのに』って、思っていたんですけどね。
「はい、お任せください。ただ、お姫様のその……愛をいただければわたしも一層がんばれるのですが」
「あら、それってキスしてほしいってこと?」
「いえ、そんなのよりキャラメルが」
そこで、目が覚めました。もう夕暮れがせまっていました。ああ、やっぱりこんな穴の中にいるんだと悲しかったのですが、ポケットにキャラメルが一つあるのに気づきました。
「メルメル! 受け止めて!」と叫んで、キャラメルを心配そうに見ているメルメルに向かって思いきり投げ上げました。ころん、ころん。穴の上まで届かないで戻って来ました。でも、夢の中のメルメルの言葉を思い出して、何度も何度も投げます。からん、からん。そんないじわるな音が何回続いたでしょう。すうっとキャラメルが消えて、音がしなかったと思ったら、メルメルの声が聞えました。
「ルネット、よくがんばったね。もうだいじょうぶ。待ってて」
そう言うと、メルメルは身を翻して、駆けて行きました。まるで本物の騎士のように素早く走って行きます。すっかり日が暮れていましたが、メルメルは迷うことなく森の出口を目指します。すると遠くの方でたいまつがいくつか見えてきました。
街に戻った友だちは、ルネットが戻っていないことを知ると親たちにそのことを告げました。ルネットのお父さんを先頭に捜索隊が編成されて、森まで来たのでした。メルメルはネコがしゃべったりしたらみんなびっくりしてしまうし、気味悪がられてルネットの家にいれなくなるかもしれないと思いました。……木に登って、大人たちの掲げるたいまつがすぐそばまで来るのを待ちます。
「おまえらは何者じゃ」
無理に低い声を出します。大人たちは驚いて立ち止まります。
「ここは森の精が支配するところ、こんな夜に大勢来るとは何ごとじゃ」
「こ、これは森の精様でございましたか。実はわたしの娘のルネットがこの森で迷っております。どうかお返しください。お願いでございます」
いつもメルメルのことを『ねずみ一匹捕らないで、役立たずだ』とけなしているお父さんがうやうやしく答えるので、おかしくなってしまいます。
「ふぉふぉ、今度だけは許してやろう。娘ならあちらにおる。ついて来るがいい。しかし、わしの姿をそのたいまつで照らしたりすれば娘は戻らんからな」
メルメルは木の枝から枝に飛び移りながら、案内します。大人たちは本当に森の精がいたんだとすっかり信じ込んでついて行きます。
「さあ、そこに深い穴がある。その中に娘はおる。気をつけんとおまえたちも落ちてしまうぞ」
キャラメルが全部溶けて口の中から消えてしまう寸前にメルメルはそう言いました。……こうして、ルネットはロープにつかまって引き上げてもらうことができました。
すっかり身体が冷えてしまい、寒さに震えていたルネットにあたたかいスープが差し出されました。何食わぬ顔で現われてルネットのひざに乗ったメルメルに小さな声で「メルメル、ありがとう」と言って、二人でスープをふうふう言いながら食べました。