第3話:旅芸人と金時計≪事件篇≫
今日は、街の中心の広場で旅芸人たちが曲芸をしています。男の人の肩の上で女の人がまるで地面に立っているようにいろんな技を披露します。バレリーナのようにきれいに片足を上げたり、逆立ちしたり。
片手で逆立ちすると周りの見物人から大きな拍手が上がります。体にぴったりしたきれいな模様の服にも、人の輪のいちばん前で座って見ているルネットはうっとりします。女の人が何回も宙返りしながら落ちてくるのを男の人がお姫様抱っこでふわりと受け止めます。
おや? ピンクのだぶだぶの服を着たピエロがぴょこぴょこ出てきました。ボウリングのピンのようなクラブで、ジャグリングを始めました。最初は二本でやっていましたが、女の人がからかうように一本、また一本と投げるとあわてたようにそれをキャッチして、でもだんだん高く投げ上げて、上手に四本もジャグリングしています。
街でいちばん大きな教会の鐘楼の上の空にくるっ、くるっとクラブが落ちては上がっていきます。口をぽかんと開けて見ているルネットのそばで、『何がおもしろいんだか』って顔をしていたメルメルは居眠りをしています。
「こらー! 誰の許しがあってここでそんなことをしとるんじゃ!」
大きな声が響きます。みんなが一斉にそちらを向くと、立派なひげを生やしたお巡りさんがのしのし歩いてきます。人垣の近くでクラブを投げ上げていたピエロは驚いてジャグリングをやめます。
「これはこれは、お巡りさん。お勤めご苦労様でございます。わたくしども見てのとおりのしがない旅芸人、みなさま方のお慰みにと、こうして街から街へとお邪魔しておる次第。北の新鮮な魚のあふれる港町、南のシトロンの香りかぐわしき農村、東の万年雪を頂いた山々に囲まれた山里、西の王様のおわします繁華な都。どこでもこうした教会の前の広場にて、天の高みにおわします神様の慈しみとお役人の方々のご寛容をいただきまして、拙き芸をばお目にかけておりまする」
ピエロの口上の間に、さっきの二人も両側に並んで、うやうやしく片ひざをついてお辞儀をします。
「何をうじゃうじゃ言っておるんだ! 他の街のことなんぞ知らん。この街ではわしがいかんと言ったら、いかんのだ!」
サーベルをがちゃがちゃさせながら、怒鳴り散らします。
「ほら! みんなも仕事に戻るんだ。復活祭も終わったというのに、こんなところであやしげな芸を見物してるんじゃない!」
見物人がぶつぶつ言いながら、散っていきます。お巡りさんに見つからないようにそっと旅芸人におカネを渡すおばあさんもいますが、いくらにもならないでしょう。しょんぼりしながら道具を片付け始めます。ピエロの子どもでしょうか、小さな男の子も手伝っています。彼らの背中を見ているとさっきは気づかなかった衣装の汚れやほころびがルネットの目に入りました。……
その夜のことです。肉屋さんの隣の居酒屋では仕事を終えたお巡りさんの大きな声が響いています。
「そうなんじゃ。わしがその大悪人を見事捕まえたのをご領主様もいたくお喜びでな。それでほれ、この金時計をごほうびに下さったというわけさ。……どうだ? すばらしいだろ? わはは!」
ワイン樽のような体を揺すりながら、ジョッキでぐいぐい赤ワインを空けて、すっかり赤い顔になっています。同じテーブルの鍛冶職人も仕立て屋も、金時計の自慢話はもう何十回となく聞いているのですが、『ほお、それはすごい』とか『お巡りさんがいればわしらも安心というものだ』とか適当に相槌を打っていれば酒代を奢ってくれるので話を聴いているフリをしていました。
それから一時間以上も経ってから、上機嫌のお巡りさんが外に出てきました。職人たちがぺこぺこお礼を言うのを手で制しながら、ふらふらと歩いていきました。
月は出ていません。またたく星たちがお巡りさんだいじょうぶかしらと目をぱちくりさせながら、いつになくあやしげな足取りを見つめていました。……
次の朝は早くから街は大騒ぎでした。
「え? なんだって? お巡りさんが襲われたって?」
「そうなのよ。昨日の夜遅くに花屋のあたりで、後ろから殴られたんですって」
「一体誰が?!」
「お巡りさんが今、探してるわ。頭に包帯をぐるぐる巻いてたって」
「だいじょうぶなの? そんなケガをしてるのに」
「さあ? 『わしの大事な金時計を盗むとはけしからん。なんとしても見つけて懲らしめてやるんだ』ってすごい剣幕なんですって。家にも帰ってないらしいわよ」
「あら! あのご自慢の金時計が盗られちゃったの? それは大変だわ」
市場のあちらこちらで、おかみさんたちとお店の人が話をしています。お巡りさんが襲われるなんてとみんな不安そうですが、いつも威張ったりしているだけに金時計がなくなったと聞いて、ちょっと口の端で笑っている人もいます。
お昼過ぎにルネットが学校から帰って来たときも、おうちの前に何人も集まってその話をしていました。
「犯人が捕まったんですって!」
「誰なの?!」
「それがあの旅芸人なんだって言うから、びっくりするじゃない? 宿屋にいるところをさっき見つかって、お巡りさんに連れて行かれたのよ」
「あの人たちが? 昨日、広場から追い出されたからって、そんなことするようには……」
「そうなんだけど、なんでもお巡りさんが襲われたところにあの、なんていうの? 放り投げるやつ」
「えっと、クラブ?」
「そうそう、それが落ちてたらしいの」
街の人たちは昨日の一件では旅芸人に同情していたのですが、はっきりとした証拠があるんじゃしょうがない、でも、どうしてそんなことを……そんなことを思いながら、みんな顔を見合わせています。それを聞いていたルネットもどきどきして、胸がつぶれてしまいそうになりました。黙って重い足取りで自分のお部屋に上がって行きます。
ルネットはカバンをベッドに放り出したまま、机にひじを突いて、窓の外を眺めながらぼんやり考えていましたが、ふと思いついたようにキャラメルを箱から出して、床で自分の影と遊んでいたメルメルにあげました。
「なに考え込んでたの?」
「あたしにはどうしてもあの旅芸人さんたちが悪いことをするように思えないのよ」
「人は見かけによらないって言うからね。猫と違って服を着たり、お化粧したりするし」
「でも、大事なクラブでお巡りさんを殴ったりしないわ。それを放り出して逃げちゃうなんて」
「ふむ。……それで?」
「ね? メルメル、手を貸して。昨日の晩に何があったのか教えて」
「あのさ、これから起こることは見えても、昨日の夜に誰がお巡りさんを殴ったかなんてわかんないよ。そんなにあの人たちのことが心配なら、猫の手を借りる前に自分で考えるんだね」
「……いじわる!」
メルメルはそっぽを向いて、窓からぴょんと屋根の上に乗って、お散歩に出かけてしまいました。
さてさて、ルネットは一人でこの事件を解決できるでしょうか? みなさんの推理はどうですか?