008_魔界
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「魔界って……あの魔界ですか!?」
「ああ、多分その魔界だな。
……っていうか魔界知ってんだな」
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魔界とは、魔族が住む世界のことだ。
人間が住む世界とは
界境で隔てられていて、
基本的に人間と魔族の往来はない。
人間が魔界に紛れ込むこともあるが、
戻ってきた話はほぼ聞かない。
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「ああああ、もうお終いだああぁぁ!
こんな所で野垂れ死ぬなんて!
この世の終わりだああぁぁ……」
「うるさいな。
入っちまったもんはしょうがないだろ」
「あんたのせいなんですけど!?」
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「ご主人さま!
魔界って、魔王がいて、四天王がいて、
たくさんの魔物が住んでいて、
勇者たちと魔王軍が血で血を洗う
争いを繰り広げる
あの魔界なんですか!」
「いや、まあ、うん。
大体あってるけど、
何だその魔界のイメージ」
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「こっちに来る前にインプットされた
世界の常識です!」
「ずいぶん偏ってんな。
スケベジジイの趣味か?」
「何かの漫画の設定だって言ってました」
「スケベオタクジジイか」
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「ともあれ、
さっさとここを抜け出さないとな」
「いや、無理に決まってんでしょ!?
ここをどこだと思ってんですか!?
魔界ですよ、ま・か・い!」
「……今まで世話になったな。
達者でな」
「いやここで置いていく流れなんです!?」
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「……」
「ご主人さま?」
「ああ、いや……」
「兄さんあんた、顔色がよくないぜ。
大丈夫かい?」
「大丈夫だ。
少し、魔力を使いすぎただけだ……」
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さっきの戦闘でビームライフルを
2発撃ったのが効いてるな。
前世から大食らいだったが、
むしろ悪化してないか、これは。
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「ったく、しょうがねえな。
ほれ」
「……?」
「食いなよ。
腹が減ってちゃ戦はできねえんでしょ?」
「……いいのか?」
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「よかねえさ!
けどよ、
何もしなくてここで死ぬくらいなら、
食えるもん食っとかなきゃ損ってもんよ」
「……悪いな」
「そういう殊勝な態度するくらいなら、
やる前に思いとどまってくれませんかね」
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「万が一生き延びることができたら、
わかってますよね、兄さん?」
「……もぐもぐ、何のことだ?」
「いやわかるでしょ流れで!
高くつきますよ!」
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くううぅぅ~……。
やけにかわいらしい音がした。
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「……ステラ?」
「~~!!
な、なんでも!
なんでもありませんから!」
「何だ、嬢ちゃんも腹減ってんのか?
ほれ、食いな。
一人が二人になったって
大して変わんねえからよ」
「あ、ありがとうございます。
では、お言葉に甘えて」
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ステラはよく食った。
それはもうよく食った。
一人で俺の3倍は食った。
「そ、そんなに食べてません!
せいぜい2倍です!」
……俺の倍は食った。
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「さて、じゃあここを抜けるぞ」
「抜けるって、入ってきた方に
戻るんじゃダメなんですか?」
「界境は一度抜けるとしばらく
戻ることができないんだ。
だから、もう一度結界の中に戻るには、
しばらく時間をおいてから
界境に入りなおすか、
別な結界に入るしかない」
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「だから、この魔界を突っ切るしかない」
「ま、無理筋だけどな。
嬢ちゃんは知らねえかもだが、
魔界に入って生きて帰ったって話は
聞いたことがねえ」
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「魔界にはどんな魔物がいるかわからない。
なるべく目立たず、
見つからないように進むぞ」
「はい!」
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「ああああぁぁぁぁ!」
「!? 何だ!?」
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声の方を見ると、
黒髪に黒服の男が立っていた。
見かけはほぼ人間だが、
この雰囲気は、まさか……。
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「お前ら、もしかして人間か!?」
「そう聞いてくるってことは、
つまりそういうことだよな……!」
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この男、おそらく魔族。
くそ、いきなり方針が瓦解したな……!
なるべく魔族に会わないように
進むはずが、これか!
しかもこいつ、ただの魔族じゃない。
おそらく相当上位の……!
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「だったらどうする?
俺たちを殺して食うか?」
「いやああぁぁ!
俺なんか食ってもうまくねえぞ!
ほら、そっちの嬢ちゃんの方が
柔らかくてうまそうだろ!」
「なんてこと言うんですか!」
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襲われたらおそらくひとたまりもない。
せめて話が通じてくれよ……!
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「いいかお前ら!
何でも頼みを聞いてやるから俺を匿え!
今すぐにだ!」
「……は?」
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「はい、同意! 同意したよな!
じゃ、ちょっと失礼するぞ」
「匿うって、お前魔族じゃ……
あっ、なに勝手に馬車に入って」
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何だこいつ。
魔族のくせに
人間に匿うように頼むって……?
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「いいか。
銀髪の優男が来ても、
絶対に俺に会ったって
言うんじゃねえぞ。
絶対だからな」
「何を勝手なことを……」
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「どうすんだい、兄さん?」
「どうもこうもないが、
どうしたもんかな……。
その辺に捨てて行ってもいいが、
ちょっと心が痛むな」
「おい」
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声の主は背後だった。
銀色の髪の長身の男。
この男が、この黒髪が言っていた
『銀髪の優男』か。
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「お前たち、人間だな。
ここで何をしている?」
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まあ当然の疑問だな。
人間だとわかって匿えと頼んでくる
魔族の方がおかしい。
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「何も。
ちょっと揉め事があってな。
結界の外まで逃げてきたんだ」
「結界の外へ?
人間が?」
「仕方なかったんだ。
そのままいたら殺されてた」
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さて、どう出る?
出方によっては戦うしかない。
まあ、最悪この黒髪を引きずり出して
おとりにして逃げるしかないな。
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「そうか。
そんなことより」
えっ、それだけ?
いや助かる、助かるが。
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「お前たちに尋ねたいことがある。
黒髪に黒服の男を見なかったか」
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やっぱりそうか。
馬車の中で黒髪が懇願するような目で
こっちを見ている。
どういう関係かわからないが、
よほどこいつに居所を
知られたくないらしいな。
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「……いや、見てないな」
「そうか。
時間を取らせてすまなかった。
ついでと言ってはなんだが、
もし黒髪黒服の男に会ったら
『シルバが探していた』
と伝えてもらえるか」
「わかった。覚えておく」
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「いやー、助かった!
マジで助かった!
ありがとな!」
「それはいいけど、お前、何なの?」
「ああ、悪い悪い。
自己紹介もしてなかったよな」
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「俺はレイヴン」
「俺は二クス。こっちがステラで、
おっさんだ」
「誰がおっさんだ!」
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「まあ大体察してると思うけど、魔族だ」
「やっぱりそうか。
シルバ(さっきの銀髪)も魔族だよな?
なんで魔族が魔族に追われてるんだ?」
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「いやそれはまあいろいろあってさ……」
「ふーん?
ま、言いたくなければいいけど」
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「で、なんでも言うこと聞く
って話だったよな」
「あー、やっぱ覚えてるよなー、
そうだよなー」
「当たり前だ。
何分前の話だと思ってるんだ」
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「わかった!
俺も男だ、二言はねえ。
何でもやってやるから、何でも言え!」
「言ったな?
じゃあまずは」
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「脱げ」
「ふえぇっ!?」
「兄さん、そっち系だったのか……。
いや、趣味は人それぞれだけどな!」
「何勘違いしてんだぶっ飛ばすぞ」
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「レイヴンの服、見かけは普通だけど、
魔法かなんかかかってるんじゃないか?」
「お目が高いねえ。
こいつは魔法の糸で作った服だ。
軽いし着心地も普通と変わりねえが、
それでいて強度は鋼鉄以上だ」
「やっぱりな」
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「ここを抜けて隣の結界に行くには、
使えるものは全部使う必要がある。
とりあえずレイヴンの身ぐるみ剥いで、
魔界突破の準備をする」
「なんか、盗賊みたいですね」
「何でもやるって言ったレイヴンが悪い」
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「何だ二クス、ここを抜けたいのか?」
「そうだ。
いいから脱げ」
「じゃあさ、結界にたどり着くまで
俺が二クスたちを護衛してやる
って言ったら、どうする?」
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護衛?
魔族のレイヴンが、俺たちを?
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「どういうつもりだ?」
「いやいやどうもこうもねえって。
隣の結界まで行きたいなら、
俺の服を着るより
俺を護衛につけた方が確実だろ?」
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「信用できない」
「酷え!」
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「魔族が人間を魔族から守るって
構図がまず信用できない。
さらに言えばレイヴンの実力もわからん」
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「まあ前者に関してはそうだな。
俺も人間が人間から魔族を守る
って言われたら、
こいつ脳味噌腐ってんじゃねえかと思う」
「俺はそこまでは思ってない」
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「会ったばっかりの奴の力を
信用するのも無理筋なのはわかるが、
何もしなけりゃお前ら多分死ぬぞ。
たまには一か八かの勝負ってのも
いいもんだぞ」
「俺は賭け事はやらない」
「そうかよ。
ノリが悪いな……」
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「だが、何もしなければ
ほぼ確実に死ぬのは理解できる。
レイヴン前の提案が嘘で、
結局最後には殺されたとしても、
何もしなかったのと結果は変わらない。
だったら、少しでも可能性のある方を
選ぶだけだ」
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「それは……交渉成立ってことでいいのか」
「ああ。
交渉成立だ」
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「オーケー。
じゃあ、お前らのことは俺がちゃんと
次の結界まで守ってやるぜ。
安心して飯食ってな」
「大丈夫だ。
信用はしていないから安心もしない」
「ブレないな」
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