007_死亡しました、とね
――――――――――――――――――――
繋ぎ場には、何台かの馬車と
馬が停まっていた。
そのうち一台では、
馭者が何やら荷台で作業をしていた。
こいつだ。
――――――――――――――――――――
「今すぐ馬車を出せ。
返事はイエスだけだ」
――――――――――――――――――――
俺は剣を突き付け、馭者を脅した。
――――――――――――――――――――
「なっ……!?
あ、あんた、何を……!?」
「今すぐ馬車を出せ。
三度目を言わせるなよ」
「ひっ……わ、わかりやした……」
――――――――――――――――――――
そうは言っても
すぐに馬車が出せるわけもない。
準備ができるまでの少しの間
荷台に乗って待っていると、
――――――――――――――――――――
「いたぞ!
逃がすな!」
「げっ、キース!?」
――――――――――――――――――――
キースが兵を連れて追ってきた。
しつこいな、くそ!
――――――――――――――――――――
「おい、準備はまだか!」
「へい、ただいま!
しっかりつかまっててくださいよ!」
――――――――――――――――――――
あと少しで追いつかれるというところ、
ギリギリで出発した。
危ないな……でもざまあみろだ。
――――――――――――――――――――
「んで、兄さん。
どこへ行けばいいんです?」
「東……いや、西に向かえ」
――――――――――――――――――――
当初街を出たら東のレムールにある
冒険者ギルドに行くつもりだった。
距離も近いし、道も整備されている。
魔法学校を卒業して
ギルドに入るとすれば、
ほぼそこ一択だ。
――――――――――――――――――――
だからこそ、俺が逃げるとすれば
レムールだと思うだろう。
当然警戒も厳しいはずだ。
――――――――――――――――――――
「西ですかい?
でもあっちにゃ何もねえですよ?」
「いや、それでいい。
そのほうがいい」
――――――――――――――――――――
一方西には何もない。
本当に比喩ではなく何もない。
だからこそ、逃げの一手としては
有効に働くはずだ。
――――――――――――――――――――
まずは馬車で距離をとって、
完全に撒いたら一度街に戻って
色々と準備を整えよう。
――――――――――――――――――――
「待て、ニクス!
止まれ、そこの馬車!」
「キース!?
まだ追ってきやがった!」
――――――――――――――――――――
くそ、しつこいんだよ!
というかどうやってこの馬車を、
しかも西に向かっているのを見つけた?
――――――――――――――――――――
「ご主人さま、上です!」
「上?
……ちっ、ハーピィか!」
――――――――――――――――――――
上空にいたのはハーピィ。
鳥の手足を持つ人型の使い魔だ。
ちなみにハーピィは
ほとんどが女性型のため、
魔法学校の最終試験で召喚されると
けっこう大変なことになる。
――――――――――――――――――――
「この僕から逃げ切れるなどと思うなよ!
必ず捕え、正義の鉄槌を下してやる!」
「何が正義だ!
お前らのメンツのために
殺されてやるわけ無いだろ!」
――――――――――――――――――――
「君の意思など関係ない。
ただ君は、その罪を償うだけだ!
親衛隊、使い魔を展開しろ!」
「了解!」
――――――――――――――――――――
「まずい、ステラ!
顕現を阻止してくれ!」
「遠すぎます!
ここからでは無理です!」
――――――――――――――――――――
「同じ轍は踏まない!
行け!」
「顕現せよ、『ハーピィ』!」
――――――――――――――――――――
顕現済みの一体と合わせ、
計四体のハーピィが現れた。
――――――――――――――――――――
「君の奴隷は強い。
それは認めよう。
だが、近接戦闘に特化した
その戦い方では、
このハーピィ隊には
手も足も出ないだろう!」
――――――――――――――――――――
「くそっ!
ステラ、上に出て馬車を守れ!」
「はい、ご主人さま!」
――――――――――――――――――――
「削り倒せ!
『ウィンドアロー』!」
「『ウィンドアロー』!」
――――――――――――――――――――
ビュオォッ!
ガガガガキンッ!
――――――――――――――――――――
大気の矢がステラを襲った。
それを盾でしのぐ。
――――――――――――――――――――
「くっ……!」
「ステラ、大丈夫か!」
「はい、私は平気です!」
――――――――――――――――――――
あいつ、なぜ馬車を狙わない?
馬車を止めれば、
俺たちは逃げる手段を失う。
なのに、わざわざステラを……?
――――――――――――――――――――
「疑問に思っているようだから
教えてあげよう。
馬車だけ壊しても
君たちは抵抗をやめないだろう。
ならばまずは戦闘力を削ぎ、
その後ゆっくり捕えればいい。
そういうことだ」
――――――――――――――――――――
戦い方が陰険だな!
だが、距離を取れば
攻撃されないと思ったら
大間違いだ。
――――――――――――――――――――
「ステラ、ハーピィを堕とせ!」
「はい、ご主人さま!」
――――――――――――――――――――
「堕とすだと?
君の奴隷の遠距離攻撃は、
例の光を放つあの武器だけだ。
距離をとって魔法で攻める限り、
君に勝ち目はない!」
――――――――――――――――――――
ステラが腿のあたりから
『それ』を取り、
――――――――――――――――――――
「はっ!」
――――――――――――――――――――
ヒュッ!
ドスッ!
――――――――――――――――――――
「ギャアアァァ!!」
「なっ!?
ハーピィ!?」
――――――――――――――――――――
ハーピィの一体に投擲した。
そして見事命中。さすがだ。
――――――――――――――――――――
「遠距離攻撃!?
一体何を……!」
――――――――――――――――――――
ハーピィの翼には
一本の刃物が刺さっていた。
――――――――――――――――――――
「これは短剣……
いや、投げナイフか!」
――――――――――――――――――――
大体当たり。
でもちょっと外れだ。
――――――――――――――――――――
クナイダガー。
エーデルワイス初期装備の一つ。
近接戦用の武器しかなかった
エーデルワイスに追加された、
唯一の遠隔攻撃用装備。
装備数は四本。
攻撃能力は物足りないのだが、
長剣では手狭な空間では
サブウェポンとして、
接近してこない相手には牽制用として、
痒いところに手が届く便利装備である。
基本的に使い捨てのため、
運用コストのかかる金食い虫でもある。
上層部からの評判が良くなかったのか、
後続の機体でこれを装備したものは
少ない。
騎士然としたエーデルワイスに
不釣り合いな和風のデザインは、
俺の強い要望によるものである。
――――――――――――――――――――
「まだまだ!」
――――――――――――――――――――
ヒュヒュヒュッ!
――――――――――――――――――――
ステラが残る三本のクナイダガーを
ハーピィに投擲する。
敵残り三体に対して
ダガーは残り三本。
外せば後がない。
――――――――――――――――――――
ドスッ!
ドスッ!
ガキイィン!
――――――――――――――――――――
くそっ!
二体は見事命中。
一体には爪を使って弾かれた。
――――――――――――――――――――
「すみません、ご主人さま!
一体外しました!」
「いや、よくやった!」
――――――――――――――――――――
とは言ったものの、これで弾切れ。
あとは……!
――――――――――――――――――――
「……僕の見立てが甘かったようだ。
少しずつ削って、
最後に決めればいいと思っていた。
だが、君たちはそれほど
甘い相手ではなかったようだな」
「一回負けてるくせに格好つけるなよ」
「……っ!
その通りだな!」
――――――――――――――――――――
……?
これは、魔力の流れ?
仕掛けてくる!
――――――――――――――――――――
「全力全開だ!
ハーピィ、魔力全開!」
「まずい!
ステラ、一気に決める!」
「はい、ご主人様!」
――――――――――――――――――――
「武装召喚、『ビームライフル』!」
――――――――――――――――――――
バシュウウゥゥ……。
ステラの手にビームライフルが現れる。
――――――――――――――――――――
「よく狙えよ!
撃て!」
――――――――――――――――――――
カッッ!
――――――――――――――――――――
ビームライフルから放たれた閃光は、
ハーピィには当たらず、空を切った。
――――――――――――――――――――
「すみません、ご主人さま!
外しました!」
「違う、これは……躱されたのか!?」
――――――――――――――――――――
「タイラントゴーレムを一撃で倒す攻撃、
警戒しないと思ったか!
ハーピィの速度なら、
躱すことなど容易い!」
――――――――――――――――――――
さっきの溜めは誘いか!
――――――――――――――――――――
「あれ程の威力、
そうそう連発はできないだろう!
今度こそこちらの番だ!
ハーピィ、『ストーム・ブラスター』」
――――――――――――――――――――
「ステラ、もう一発だ!」
「まさか、連続使用ができるのか!?
だが、何度撃とうが当たりはしない!」
――――――――――――――――――――
確かに、当たらないかもな。
ハーピィにはな!
――――――――――――――――――――
「ステラ、下だ!
撃て!」
「下……!?」
――――――――――――――――――――
カッ!!
ドオオォォンン!
――――――――――――――――――――
「ぐっ……くそっ!
止まれ、止まるんだ!」
――――――――――――――――――――
ビームライフルから放たれた閃光は
地面に突き刺さり、激しく爆発した。
爆発のあとには、
巨大なクレーターが残った。
――――――――――――――――――――
ハーピィには当たらない。
だが、地面は逃げることがないから
外しようがない。
――――――――――――――――――――
ビームライフルは強力だ。
当たって貫通しなくても、
大爆発を起こす。
それを地面に撃てば、
足止めと目眩ましには十分だ。
――――――――――――――――――――
「兄さん、このままだと
界境に着きますぜ」
「界境の手前まで来たら南に方向転換、
その後しばらく進んだら
東に向かってくれ」
――――――――――――――――――――
「東って、それだと街の方に
戻っちまいますぜ?」
「このまま街を出ようにも準備が必要だ。
一旦あいつらを撒いて、
こっそり街に戻って準備を整える」
「上手く行きますかねぇ……」
――――――――――――――――――――
「そこを何とかするのが……!?
ぐっ……ごほっ!」
「兄さん!?」
「ご主人さま!?」
――――――――――――――――――――
口から血がこぼれた。
目が回る。
――――――――――――――――――――
パシュウゥ……。
――――――――――――――――――――
「あっ、ビームライフルが!?」
――――――――――――――――――――
ステラの手から
ビームライフルが消失した。
――――――――――――――――――――
「これは……魔力欠乏……か?」
「ご主人さま、しっかり!」
――――――――――――――――――――
くそっ、頭が働かない……。
まさか、ビームライフルの召喚と、
射撃二回で魔力が尽きたのか?
前世でも初期型のビームライフルは
かなりの大食らいだったが、
まさかそれがこっちでも
反映されてたってのか?
――――――――――――――――――――
「ご主人さま、
少し、休んでください。
私が……警戒していますから」
「ステラ、お前……」
――――――――――――――――――――
ステラも顔色が優れない。
おそらく俺からの
魔力供給が減っているせいだろう。
――――――――――――――――――――
だが、キースももう
追ってくることは……。
――――――――――――――――――――
「待て、待つんだニクス!」
「まだ来るのかよ、しつこいな……!」
――――――――――――――――――――
撒いたと思ったのにまだ追ってくる。
――――――――――――――――――――
「もうすぐ界境だ!
逃げ場はない!
大人しく投降するんだ!」
――――――――――――――――――――
あいつがついてきては、
街に戻ることもできない。
万策尽きたか……。
――――――――――――――――――――
「兄さん、このまま曲がりますぜ!
もう界境に着いちまう!」
――――――――――――――――――――
ここで曲がっても、あいつは撒けない。
逆に速度を落とした隙に追いつかれる。
――――――――――――――――――――
「……駄目だ」
「へ?」
「曲がるな……!
そのまま真っすぐ突っ込め!」
「ええええぇぇぇぇ!?」
――――――――――――――――――――
界境に突っ込めば99%死ぬ。
だが、キースたちに捕まれば
100%死ぬ。
ならば、わずかでも可能性のある方へ!
――――――――――――――――――――
「いやいやいや、死にますって!」
「じゃあ今すぐに死ぬか
界境に突っ込んで死ぬか選べ!」
「どっちでも死ぬじゃないですか!?」
「ごちゃごちゃうるせえ
いいから行けええぇぇ!」
――――――――――――――――――――
「キース様、
奴らスピードを落としません!」
「まさか、このまま界境に
突っ込むつもりか!?」
「絶対に逃がすな!
界境に突入する前に、
馬車を破壊して止めろ!」
――――――――――――――――――――
ハーピィのもとに魔力が集う。
まずい、攻撃が来る!
だが、俺の魔力もない。
ステラも限界だ。
一体どうすれば……。
――――――――――――――――――――
「ご主人さま、
あとどれくらい耐えればいいですか」
「……あと一撃、
奴らの攻撃を防げればいい」
「わかりました。
あと一度だけ、防いでみせます」
――――――――――――――――――――
ステラがメイスソードを構える。
まさに、担ぐように。
――――――――――――――――――――
「ハーピィ、『ウィンド
「はああぁぁ、せいっ!」
――――――――――――――――――――
ゴッ!!
――――――――――――――――――――
「ギィヤアアァァ!!」
「まさか、剣を投げた!?」
――――――――――――――――――――
担ぐ姿勢から、メイスソードを
ハーピィに投げつけた。
剣は真っ直ぐにハーピィを捉え、
魔力の塊を貫いて
ハーピィを弾き飛ばした。
――――――――――――――――――――
「えへへ、やりました、ご主人さま……」
「ああ、よくやったぞ、ステラ」
――――――――――――――――――――
「界境だ!
界境に突っ込んじまううぅぅ!」
「止まれ、ニクス!
止まれ!」
「突っ込めええぇぇ!」
――――――――――――――――――――
ドプン。
――――――――――――――――――――
粘性の高い液体のような
妙な感触に飛び込んだ。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「くそっ、まさか本当に
界境に飛び込むとは……」
「取り逃がしましたな……。
キース様、どうされますか?」
――――――――――――――――――――
「準備なしに界境の先へ進めば、
僕たちもただでは済まない。
追跡はここまでだ」
「では、このことは」
「父上に報告する。
ニクスとその奴隷は」
――――――――――――――――――――
「我々が手を下すまでもなく
界境を越え死亡しました、とね」
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
「本当に来ちまったな……」
「あああああ、もうダメだ、
もうお終いだああぁぁ」
「うるさいぞ、
来ちまったものは仕方ないだろ。
さっさと切り替えろ」
「いや兄さんのせいで
巻き込まれただけなんですけど!?
文句くらい言わせてもらっても
良くないですか!?」
――――――――――――――――――――
「ご主人さま、ここは……?」
「ああ、そうだよな。
俺も来たのは初めてだし、
そもそも人間でここに来た奴なんか
ほとんどいない。
いや、いるのかもしれないが、
情報は皆無だ。
何せ戻ってきた奴が
ほとんどいないからな」
――――――――――――――――――――
「ここは、『魔界』だ」
――――――――――――――――――――