【第8話 リンゴ】
復活したリンゴに声をかけ、まずは呪文を唱えないように促し、聖職者の謎仕様について伝えた。思ったより受け答えはまともで、NPCとは思えなかったが、やはりポンコツなのは間違いなかった。話を聞くや、
「アドバイスありがとう。ウサウサ、ぶっ殺してくる! あたしの仇だぁ」
と、制止する間もなく突っ込んでいった。目をつぶって杖を振り回している。
さっそく命中したのか、ウサウサをぶっ殺し、その死体を見て、ぐはっと同じようなリアクションをしていた。やはりポップモードが基本設定ではないらしい。
閑話休題。続きは、リンゴが落ち着くのを待っての話だ。
自分と同じ魔法系のキャラクターで、二人とも初期値のアバターのため双子のように見える。どちらも銀髪の美少女なのである。一人はネカマ、一人はAIだが、バ美肉的に考えて問題はない。そう思う自分の頭に問題があるような気もするが、まあいい。名前だけの自己紹介の後、リンゴは涙目で嬉しそうに言った。
「うぅ、ベテランさんに会えて良かったぁ」
「何がベテランだ。いま始めたばかりだぞ。まだレベル999しかない」
言ってて違和感しかない。
「同じキャラクターだね。この子、かわいいよね。女の子に出会えて良かった」
その表情はくるくると変わり、とてもNPCとは思えない。それはさておき、こちらは男だと伝えようとしたが、
「呪文を唱えたら魔物を倒せると思うじゃない。逆に向かってくるとかないわよ」
などと喚いて、まるで聞いちゃいない。設定上、若い女の子のように思える。それもオンラインゲーム初心者かな。別に男だと伝える必要もないか、NPCなんだし。
チームを組んで、ウサウサを倒してレベル上げに励んだ。リンゴがウサウサを呼び寄せ、僕が倒す。効率よく経験値を稼ぎ、それぞれレベル10000に到達した。体感的にはレベルゼロだけれども。
ドロップ品をより分けながら、普段から抱いていた疑問をソデに投げかけてみた。
「なぜ、魔物は金とアイテムを持っているんだろう」
「公式設定に記載はありませんが、死んだ冒険者から奪いとっている、あるいは喰われた村人の持ち物などではないでしょうか」
「一気に萎える設定」
「デスペナルティーは、その反映と思われます。ポップモードを解除すると、ドロップ品の本当の姿を見ることができます」
「血まみれだったりするんかな。やだよ、そんな生々しいの」
と小声でやりとりしていたのだが、気付いたら、そばにリンゴがいた。不思議そうに首を傾げながら聞いてくる。
「エリちゃん、誰と話してるの?」
「えーと、妖精、じゃなかった。見えない使い魔かな。魔法使いなので」
「わぁ、すごい。いいなぁ」
ん、あほの子で助かった。
「ね、ね、あたしも使い魔をもてるかな。同じ魔法使いだし」
「リンゴちゃんは魔法使いじゃないよ」
「はい?」
「ジョブは聖職者だね」
「ええ、そんなぁ。魔法使いが良かったのにぃ。同じキャラクターでしょ、どうして?」
「この子の職業は、黒魔法、白魔法、補助魔法の三系統から選べるみたいだね。いわゆる魔法使いは黒魔法系だよ。ちなみに僕は補助魔法系だからどっちも使える」
「そんなのずるい!」
「いや、魔法戦士みたいなもので、なんでもこなせるけど飛び抜けた物がないから、まあまあ器用貧乏になると思う。白魔法系の聖職者は、聖属性の魔法を使えるよ」
「やった!」
「ほとんど攻撃魔法はないけど」
「えぇ!?」
ころころと変わる表情は見ていて飽きない。しかし、これが新世代のAIなのだろうか。思わず、ぼそりとつぶやいていた。
「あほ寄りのあほの子か。多少のおかしな発言をしても天然扱いになるからかな」
「エリ様は我が社の最新AIをポンコツ呼ばわりの上、あほの子扱いと。要報告」
「ああ、ああ、なんでも報告してくれ」
などとソデと戯れていると、リンゴが、もうログアウトしなきゃと言い出した。設定なのだろうが、なかなか芸が細かい。
友達登録と次回のチーム狩りを約束して僕もログアウトした。リアルではかなりの時間が経っていて、夕暮れにセミの声が響いていた。仮想現実に酔ったような、船から陸へ降りたような、世界が揺らいでいるような気分だった。