【第6話 運命の出会い】
ソデから説明を聞き終え、なかなか面倒な役割を果たさなければならないことがわかった。ここで抜けるのも手だったのだが、もらえる報酬額を聞いてみると、これまたなかなかのものだった。結局、引き受けることにして、
「禁止事項を守るのも大変そうだ」
と溜め息をついていると、事務机から翔び立ったソデがあっさりといった。
「エリ様、深く考えることは御座いません。こまごまと申し上げましたが、要するに、リンゴを普通のプレイヤーとして扱っていただければそれでよいのです。テストプレイの趣旨を踏まえて、個人の特定に係る禁止事項はすべてのプレイヤーに徹底されますので」
「なるほどね。なんか人狼みたいだな」
「人狼とは? 狼男のことでしょうか」
「いや、ちょっとしたゲームってことさ」
「では、準備ができましたらお声がけください。チュートリアルマップへ御案内します」
ということで、リアルの方の用事を片付け、トイレに行き、飲み物も用意してテストプレイに挑むのであった。
簡単な世界観だけ紹介しておくと、ウィズは王道のファンタジーゲームだ。スライムやらゴブリン、エルフなんかは出てこないが、冒険者として剣と魔法の世界で魔物を倒しながらストーリーやイベントを進めていくという点に目新しいものは何もない。
ただ、仮想現実の質が高められ、操作性も格段に向上しているので、それだけでも楽しい。そこにソロプレイの極致とも言えるAIプレイヤーとの冒険が組み込まれれば、それなりの需要は見込めるのかもしれない。
簡単なチュートリアルを終えて、ようやく最初のマップに向かう準備が整った。ソデも付いてきてくれるらしい。
「一緒に来てくれるんだね。他の人から聞かれたら何て答えたらいい?」
「何も。裏データですので、他のプレイヤーからは見えません。他のSMと出会っても、互いのサポート妖精を認識することは不可能です」
「そっか。独り言には気をつけないとな。さて、まずはソロプレイで慣らしていこうか」
「いえ、すぐにリンゴと会ってもらいます」
「すぐにって。互いにプレイヤーとして出会わなきゃならないんだろ。どうするんだ?」
「自然に出会えるよう調整します。お任せください。妖精スキル〈ゴッツゴー〉により、劇的な出会いを演出しますから」
「なんか不安」
言ってるうちに転送が始まり、気付くと、風になびく初夏の草原に立っていた。そして、そこで僕はリンゴに出会ったんだ。
「……って、死んでんじゃん!」
ソデの言う通り、出会いは劇的なものだった。ゲーム開始地点のその場所からほんの数歩離れた場所で、リンゴは死んでいた。半透明の影のようになって倒れている。
僕のツッコミにソデは答えようともしない。心なしか視線を逸らしているような気もする。もしかして、危ないところを助けに来る予定が思ったより早くやられてしまったのだろうか。
だが、まあいい。正確には、ただのデスペナルティーに過ぎない。ほかのオンラインゲーム同様、魔物にやられると、最後に立ち寄った町あるいはマップで、復活するまで少し待機させられるだけなのだ。
とはいえ、最初期のマップに危険な魔物が出るわけもない。やられる方が難しいと思うが、どういうことだ。ソデの仕業なのか。
「もしかして、妖精スキルで特別な魔物を呼び寄せたりした?」
「いえ、まったく。試しに、妖精スキル〈ジゴクノグンゼー〉を使ってみましょうか」
「なにそれ、こわい。それはいいから、この辺りの魔物を教えてくれるかな」
「先ほどからいますよ」
「え?」
ソデが示した方を見ると、愛らしいウサギのような生き物が数匹いた。
「序盤のモンスター、ウサウサです」
「ネーミングセンス! まあいいや。強いの?」
「まさか。ただのウサギですから」
「認めちゃった!」
気を取り直して、弱々しく身を寄せ合っている魔物に近付くと、一匹のウサウサが飛びかかってきた。が、まったく痛くない。そのダメージは、
0、0、0、0、1、0、0、1、0……
と、ほぼノーダメージだった。自然回復の方が早く、なんとなくマッサージを受けているような気分だ。
「これ、倒さなきゃダメかな」
「もちろんです。設定上、人々を恐怖に落とし入れる凶暴な魔物ですから」
仕方なく、初期装備のメイスを振り上げてウサウサを殴りつけてみた。
会心の一撃! エリはウサウサに999のダメージを与えた。ウサウサは木っ端微塵になって死んだ。経験値を999獲得した。エリはレベルが999上がった。
「弱い! 表現と数字がおかしい!」
「おかしくありません。最初が肝心なので、高ダメージ、高経験値が設定されています。ウサウサ10匹までこんな感じです。レベル10000以降、通常設定に戻ります。なお、それまでステータスアップはありません」
「ただのインフレ詐欺だし」
製作陣のセンスを疑いつつ、メイスを持ち上げてみると、ねちょりと嫌な効果音が。
「ぐはっ! えぐい。ウサウサが潰れてる」
「リアルさを追及してみました」
「しなくていいよ」
「そんな方のために、表現を和らげたポップモードもあります」
「基本をポップモードにしてくれ」
ホラーゲームじゃあるまいし、なんの因果でウサギのリアル死体に耐えなきゃならんのだ。と、そんなことをやっている間にリンゴの復活タイムが近付いて来ていた。
このまま出会ってもいいが、ちょっと離れて様子を見てみるとしよう。新世代AIの実力を知る良い機会だ。