【第3話 エリ】
最新技術を駆使しているというだけあって、ウィズの完成度はなかなかのものだった。視覚、聴覚、嗅覚に限って言えば、ほぼ再現されている。正式サービス後のプレミアムモードでは、味覚と触覚も再現できるらしい。
とりあえずお試しでキャラクターを作り、適当な名前をつけて始めてみた。
最初の街への転送が開始される。
設定では南国の港街らしい。綺麗な海を見ながら潮の香りに包まれるというのも悪くない。釣を楽しむ機能くらいあるだろうし、魔物なんて倒さないで、VRリゾートを楽しもうか。
などと思っていても、一向に潮の香りなどしてこない。転送が終わったという合図もメッセージも何もない。おずおずと目を開けてみると、そこは飾り気のない事務室で、豪華な革張りの椅子に腰掛けた仏頂面のオッさんがこちらを睨んでいた。
「目をつぶって、キスでもしてほしいのか」
なにこれ? もう始まってる? イベント? 頭の中を「?」が駆け回っていた。その感じが顔に出ていたのだろう。オッさんが溜め息をつきながらいう。
「やれやれ、またか。注意事項を読んでないな。ええ、なになに、男子学生さんね」
「えと、これは……」
「本来のゲームには存在しない場所だ。クローズドベータテストだぞ。それも、初めて第三世代のAIを使うのだから慎重にもなる」
「あ、ああ、テスト用の説明ですか」
「そうだ。きみはまだテストプレイヤーとして本採用されていない。改めて注意事項に目を通すことをお勧めするよ。一定の条件下では仮想現実での契約も法的拘束力を持つことは知っているだろう?」
「はい」
「よし、じゃあ後はサトーに説明させる。それにしても……」
オッさんがジロジロと見てくる。何が言いたいのかはわかる。選んだのは銀髪の美少女キャラクターなのだ。いわゆる受肉状態であり、
「名前はエリね。ネカマか」
と言われても否定はできない。でも、ちょっと待ってくれ。なんとなくお試しで作っただけだし、魔法系のキャラクターがほかになかったから選んだだけだ。
そう説明してキャラクターを再作成しようとしたが、戻ることはできなかった。オッさん、本人はGM〈ゲームマスター〉と言っていたが、それが言うには、
「クローズドベータテストで作れるキャラクターは一体のみだ。再作成はできない」
ということらしい。まじか……。
ちなみにオッさんは触れてもくれなかったが、エリという名前は、洗濯物の襟が汚れていたなと思いながら付けただけで、彼女とか何とか、そんなこととは全く関係がない。
ウィズの世界ではエリとしてやっていくしかなくなってしまった。少なくとも、正式サービス開始までは。