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腐れ縁

作者: 青葉

 腐れ縁、という言葉をご存じだろうか。

 はたまたそう呼べる仲の友人はいるだろうか。

 俺にはいる。

「センパイ、タバコは体に悪いですよ~。いい加減禁煙したらどうです~?」

「うるせーバーカ。んなこと百も承知で吸ってんだよ。俺の趣味なの。邪魔しないでもらえますかねお嬢さん」

 中学、高校、大学。そして社会人になっても後輩で居続けた女がいる。

 これを腐れ縁と呼ばずになんと呼ぶのか。知っている人がいたら教えてほしい。


 阿武隈 霞(あぶくま かすみ)―それが彼女の名だ。


 2つ下の後輩で、前述したとおり中学のころからの付き合いである。

「北上センパイ、いい加減タバコ辞めましょうよ~。また値上がりするんでしょ~?そんなのお金の無駄遣いふぇす……って噛みました……。」

「俺に説教したいなら、もうちょい滑舌良くなってから説教してくれって前にも言っただろーが。ったくもう。さっきも言ったが、タバコは俺の趣味で、癒しで、生き甲斐なの。俺からタバコ取っちまったら、なーんも残んねぇよ。」

 前述したとおり、俺―北上 洋貴(きたかみ ひろき)は、日々のタバコ休憩だけを生きがいにするような、ヘビースモーカーである。

 一日に最低でも一箱は必ず空にしてしまう。

 タバコは”百害あって一利なし”とよく言うが、そんなことは俺の知ったことじゃない。

 タバコを吸うことで寿命が縮むんなら、それもすんなり受け入れよう。

 俺が今吸ってるのは、パーラメント・クリスタル・ブラスト・8。清涼感あるメンソールが特徴的なタバコだ。

 これを吸うと頭が芯から冷え、何事も冷静に考えられるような気がした。

「いいか阿武隈。お前はもう俺みたいな30過ぎのおっさんなんか相手せずに、いい男見つけなさい。というか頼むからタバコ休憩についてくんな」

「センパイそれセクハラですよ~?というかセンパイ、私が相手しなきゃ、いったいどこの誰が相手してくれるんですかね~?」

「俺は年下は守備範囲外なの。んで今は恋人とか結婚とかにいっっっさいキョーミ無いの。腐れ縁の女からアピールされ続けても困んのさ」

 本心だ。3年ほど前にとんでもない地雷を踏みぬいて以来、色恋沙汰には一切手を出さないことにしている。

「別にそういうのじゃないです。私はただ、センパイの身体が心配で……。」

「それじゃあなおさらだ。俺はタバコでストレス発散してんの。どっかの後輩さんがミスった案件の尻拭いだとか、どっかの後輩さんの代わりに部長に怒られたりだとか、いろいろストレスたまってんの。そっちのほうがよっぽど身体に障るでしょーが。わかったならデスクに戻りなさい」

「むむむむむ……。」

 珍妙な顔をして黙る阿武隈。いやちょっと顔が面白すぎる。

 カシャッ(シャッター音)

「なに撮ってるんですかもう!!!!!」

「この顔は写メらねば損だぜ。後で部長に送りつけて機嫌取ろう」

「部長よりも!!!目の前の!!!!私の機嫌を!!!!取りなさい!!!!」

「おー怖い怖い。ちょっとは落ち着けよ」

「誰がここまで怒らせたんですかもう!!!!!!!」

 顔を真っ赤にしながら、ぷんすかと擬音がつきそうな表情で怒る阿武隈。

 そんな面白い顔を見たせいか、俺は余計なことを言ってしまった。

「まーまー落ち着けって。これ吸うか?頭が冷えるぜ」

 9割9分9厘冗談で言ったつもりだったんだが、意外にも乗り気っぽい阿武隈。


「じゃあ、試しに、一本だけ……。」


 箱のふたを慣れた手つきであけ、タバコを一本取り出し、彼女に手渡す。

「ほらよ。そいつ持ってフィルターのとこ咥えろ」

 咥えたのを見てライターを差し出すが、彼女はそれを拒んだ。

「お嬢さん、タバコってーのは火をつけねぇと吸えねぇんだぜ」

「火ならあるじゃないですか。センパイの口元に。」

 そう言って彼女は徐に顔を近づける。

 俺の吸っているタバコの先に、彼女がタバコを押し当てる。


 お互いに、ほぼ同時に、息を吸う。


「……ゴホッ!!ウェッホ!!!なんですかこれ……。喉が痛い……ゴホッ」

 途端に咳き込む彼女。

「あーあー言わんこっちゃない。いきなり肺まで煙吸いこむから。一回口の中で煙を溜めてから肺まで入れてみろ。まだマシになる」

 初めて吸った時のことを思い出しながら、俺は苦笑交じりに言った。

「あー……さっきよりは全然マシですね。なんかミントガムを直接吸い込んでるみたいな……。」

「それがメンソールだ。すっきりするだろ?だから好きなんだ」

 その後、彼女がタバコを咥えることは無かった。

 くすぶり続けていた火は、ひっそりと消えた。


「ま、これに懲りたらとっとと仕事に戻るんだな。ほれほれ」

 喫煙所から出ていくよう促すが、彼女は動こうとしない。

「俺まだ2,3本吸ってくから、先戻れよ」

 俯いたままの彼女。

 大丈夫かと顔を覗き込んだ瞬間―。


 唇が、重なった。


「センパイ、やっぱり禁煙したほうがいいですよ。タバコ臭いのは嫌いです」

 そう言い残し、彼女は去っていった。




「……禁煙するか」


 ぽつりとつぶやき、タバコの火を消した。

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