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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第一部
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第八話 恋文

 その日の作業を終え、昨日と同じスケジュールの生活習慣を繰り返す。シェエラも単調な暮らしの素晴らしさを、この年齢で理解している。


 就寝前、部屋の照明を点したまま、ベッドの上で仰向けにひっくり返り、ここまでずっと気に掛けながらも、怖くて空けられなかったラブレターの封を切る。


 もちろん、ケレンからの恋文だ。手書きの、女性らしくない硬い筆致でつづられた文章だった。


『つらい人生を歩んでまいりました』


 出だしで目を疑った。

 これ程、ときめかないラブレターが在っていいのか。


『幼い頃からずっと、記憶には無くても多分、生まれた時からずっと、心の中にさみしさを抱えておりました。

 いつも、どんな時も、何をしていても、誰かと一緒に居ても、心の中にポッカリとした欠落が、常に冷たい隙間風の通り抜ける空白が、埋められない空洞が、胸の中を貫いていたのです。


 私の一番古い記憶は、幼子の時に両親から、私への慈愛と自身への幸福感で満たされた、優しい笑顔を向けられた記憶です。

 でも、記憶の中に有るその時の私の気持ちは、さみしさに囚われた、両親の幸福を裏切る気持ちだったのです。

 まだ、幼い私には、母と父のその満たされた心が理解できず、孤独に耐えられず、その場で泣き出してしまい、

 また、私の苦しみが分からず、何故泣き出すのかと途方に暮れ、オロオロとする二人の姿に申し訳なく、さらに深いさみしさにさらされた、


 そんな記憶が、私の人生の始まりでした。


 成長するにつれ、大人達から、または教育によるものか、さみしさとは孤独、あるいは周囲から愛されない事が原因だと、私は学習しました。

 ですから私は、いつでもどこでも、誰かから、愛されていよう、せめて好かれていようと、努力しました。


 ですが、私の心の中のさみしさは、どうしてもふさがりません。


 本当は誰もかれも自分のことを嫌っていて、本当は誰からも愛されていないから、さみしさから逃れられないのではないか、

 と、疑う日々を過ごしました。


 でもその日々の中で、私は気がついていました。


 本当は私こそ、誰からも愛されたいと願っていなかった。

 私こそ誰も愛していなかったのです。


 私は恐らく、一生、独りで生きて行くのだな、と覚悟を決めておりました。


 なのに、それなのに、あの日、


 今年の新学年の始業日、クラスの自己紹介で初めて貴女を知った時、私の心の空白が突然、癒されました。

 見る見る傷口が塞がるように、痛みが、苦しさが、悲しみが、満たされたのです。


 今でも私には、自分に何が起きたのか分かりません。

 ただ貴女の側にいる時にだけ、私はさみしくなくなるのです。


 そして、貴女に愛されたい、好かれたいと願わずにはいられないのです。


 どうか、私のこの思いを汲んでください。

 どうか、慈悲をもって私をお救い下さい。

 私は必ず、一生、貴女に誠意を捧げます』



「……重い」


 この、ラブレターらしからぬ文面のラブレターでは、なおさら本気なのか冗談なのか、分かり難い。


 からかっているだけだったのに本気の返事を返しても、笑われるだけで済む。だが、ケレンさんがもしも本気だったのに、からかわれているつもりで返事を返してしまったら、笑い話では済まない。


 本気の返事を送るしかない。


 そもそもエトロさんがいる身で、了承の返事などあり得ない。それが無くとも、この手紙の内容からすれば、つき合いたくない。


 可哀想な人だなぁ、とは思うものの、可愛そうな人だなぁ、と、思うだけである。


 大体、さみしさを癒して欲しいだけなら、交際などしなくても友人として一緒に居てあげれば、それで解決では無いのか。


 第一、女性同士、同性なのに。


 しかし、このタイプ、友人として付き合っていくうちに、やがて段々と、要求がエスカレートしていくタイプなのは、シェエラにも予測がつく。


 ただの友達から、一番の親友、無二の親友、掛け替えのない親友、そしてただならぬ親友から行き過ぎた親友、もう友達じゃない関係を求めて来る親友になるまで、それ程、時間はかからないだろう。


 うかつに、まずは友人から、とも言い難い。


 悪い人では無いだろう。見てくれだって悪くはない。


 でもやはり、自分にはエトロさんがいて、エトロさんより優先できる付き合いになれるか、と言えば、それは無理なのだ。


 女学生のラブレターとなれば、相手の気を惹く為に、内容を誇張して書くのは当然だ。この手紙の内容もその手の誇張表現だろう。


 と、思うのだが、もしこの内容が嘘偽りなく、大げさに言い立てているのでも無いとしたら、これは人生に関わる問題だろう。


 自分も、もし、エトロさんに捨てられたら、この手紙よりもっとつらい喪失感、心の欠落に陥るだろうと思うと、全く他人事として、無下にも出来ないのだった。


「明日、返事を伝えますって、言ってあったんだ……」


 いまから結論を出さなくてはならない。


 一定限度以上の友人関係にはなれない事を、分からせたうえで、さみしいなら友人として側に居てあげますと、分かり易く誤解の無いようにハッキリと伝わる返事をするしかない。


 ただの友人の一人として接するなら、悪い相手では無いのだ。


 スクールカースト、学内ヒエラルキーで言ったら、本来、ケレンさんの方が自分より格上なのだから、この上からっポイ言い方では、勘違いしている人みたいだが仕方が無い。


 これでやはり、ケレンさんにからかわれているだけだったら、相当な恥ずかしさだが、本気の可能性を否定できない以上、止むを得ない。


「寝る前に具体的なセリフを決めておこう」


 こうして、シェエラの悩ましい夜は過ぎて行った。

明日もがんばります。よろしくお願いします。

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