第三十一話 夏
「カデシュのギルドと話は付けてある。烏戎国からカデシュの飛行車工房に、契約労働者として出稼ぎに行くといい。工房にとっては労働力だが、事実上の徒弟だ。技術を身に付けて独り立ち出来る様になったら、烏戎国に帰って自分の工房を立ち上げるんだな。
そこで組み上げる輸送用コンテナ付きの中型飛行車を使って、ビロニア高原を中継地とした国家間流通業、つまりは交易による中継貿易へと継なげて行けるはずだ。その先には、ヤジズの小規模農家とウジュ人の消費者を直接結んだ、穀物の契約購入による食糧問題の解決が見えて来るだろ。
そう思い通りに発展するとは言い切れないが、目指すビジョンがあれば、人は前に進める。その時には烏戎国は、カデシュにとっても鉱物資源の輸出先に成っているだろう」
「結局、俺のしていたことは……」
「烏戎国とヤジズ、双方の市民議会により、烏戎国からはお前とゼカリヤ、ヤジズからは内海通行権の停止を烏戎国に要求した議員が、戦犯として糾弾されることになるそうだ。ゲルガルの戦争協力者については、これからアヒヤを尋問することになる。アマサから撃たれた怪我が一先ず、治療を終えたらな」
「そのアマサという男はどうなった」
「逃げたよ。元から裏街道で生きて来たヤツだからな。これからもどこかの国で、主を見つけて裏稼業を続けるだろう。あの男については、お前が責任を感じる必要は無いだろうな」
「俺が居なくても、いや、俺が居なくなればこそ、烏戎の民はやり直せるのか」
「もともとお前が居なくても、歴史の流れは遅かれ早かれ、個人の力では変わらない。テロや謀略で歴史が覆らないのと同じだ。歴史から取り残される人々を、いかにすくい取るか。それだけが政治に出来る、政治の役割だろ」
「俺が烏戎国を救おうという事が、思い上がりか」
「俺に相談しろよ。一人で背負いこみ過ぎたのが、今回の失敗の原因だ」
「たったそれだけの事で、俺は一体、どれ程の人々を死なせた……。死なせたでは無いな。俺が殺した、殺させた」
「議会がお前にどう処罰を下すか、覚悟しておくことだ」
言う事は云い終えた、という態度で、ガザルはオクスの前から去っていく。
工業都市カデシュで、父親が発言力のある地位に就いているシェエラと、カルケミシュ先王とゴブリン王の血胤ツェルヤ、その後見人としてエルフ族のエトロが、ヤジズに抑えとして残っている。
烏戎軍の首脳部が機能を失い、全烏戎軍の軍事行動が行動不能に陥っている今、ヤジズ側にとっては反撃態勢を取る絶対的好機だ。
だが、ここでヤジズが反撃に出れば、この戦争は終結の機会を永遠に失い、ヤジズ国全土を焦土に変えるまで泥沼化する。
今こそ両国を和解させ、和平交渉に打って出る。その為の抑えを、この三名に背負わせている。
一方で、ジェルベ・ガザルと、オクスの異父弟イサク、ビジュアル的な政治力のあるケレンで、烏戎軍総司令部と、ヤジズ首都を包囲する烏戎軍主力軍をまとめ、各地の司令官・旧ビロニア首長層を糾合し、両国総首脳会談を実現すべく動いていた。
すでにヤジズ市民兵と各地の駐屯烏戎軍の間では、停戦態勢が取られている。全国のレジスタンス・リーダーたちも、この地に集うべく行動を始めている。
現在、全烏戎軍において最大の力を持つ者は、末端兵員たちそのものの総意だ。彼らは今、総司令部に対して普通選挙によってえらばれた議員による、市民議会の開設を要求していた。
それに対して各地の駐屯司令官、旧ビロニア体制内の首長層は、当然、末端兵員に対する命令権、既得権益を守ろうとしていたが、もはや彼らにその力は無かった。
もし彼らが特権を保持しようとすれば、烏戎軍の主権者となった末端兵員に、戦争犯罪者として処断されるだろう。
これはビロニアの歴史における、市民革命だった。
そして、すでに彼らの中から推薦され、彼らの意志の代弁者となる代表が、自然発生的に選出されている。彼ら末端兵の連帯と意思統一、そしてその代行者、異土においてビロニアの新しい歴史が始まろうとしていた。
「俺の役割は、本当に終わったのだな」
オクスもまた、歴史に取り残される者の、一人になった。
「もともと俺は、烏戎部族の前族長の血を引いていない。オクスとは母親が同じでも首長の座を受け継ぐ資格は、初めから無いのさ」
「これから、どうするんですか。イサクさん」
この日、全てが終わった後で、シェエラはイサクに訊ねた。
新烏戎国と新生ヤジズ国の暫定市民議会代表による、和平交渉は、新しい時代の幕開けとなるべき話し合いでありながら、卑劣な責任の擦り付け合いへと陥ろうとしていた。
それを叱り飛ばしたのは、意外にも、我らのリーダー、シェエラだった。十代半ばの、それも少女に叱咤されたことで、彼らもついに自らの醜態を自覚し、立ち直った。
経済問題によって引き起こされた両国の争いは、経済問題の話し合いによる解決によって治まった。ガザルが示した新烏戎国のビジョンは、充分に彼らを魅了し、彼らはそれを受け入れた。
ヤジズの小規模農民の救済は、それらの農民から新烏戎国が直接的に買い付ける購入契約を結ぶこと。その資金は、ウジュ人がカデシュで冬季の季節労働者として契約雇用される事で調達される。
目覚ましい発展を続ける新烏戎国は、いずれ、カデシュに頼らずとも自国の産業だけで経済的自立を成し遂げるだろう。
それは新生ヤジズ国に対し、新たな市場を拓くことになるだろう。
「まあそう簡単に、思い通りには行かないだろうが、それもまあ、歴史の事さ」
「ええ、ケレン。夏休み、まだあと半分残ってますね」
「二人とも、俺の今後の行き先、もうちょっと真剣に聞いてくれよ」
「キギッギキ?」
「よくぞ聞いてくれました。俺はまた、旅人に戻るよ。好きな土地に出向いて、気が済んだ場所で野垂れ死ぬのさ」
「カデシュに帰ったら、夏休みの宿題、貯まった分片付けないとな」
「工房の依頼も貯まってるはずですもんね、ガザル先生。遊んでた分、取り戻さないと」
「遊びだったのか……。帰ったら私たち妖精の森のアリシュ河湖畔で、バカンスと言うのはどうだろう」
「ギーキ―ギキ」
「祖父と両親には内緒でか。そういやあの人たちの事、すっかり忘れてたな」
(ガザル先生、やっぱりツェルヤさんの母親の王女様と何か……)
「俺の話、聞いてる?」
こうして、ビロニア高原と内海をめぐる彼らの冒険は終わった。
だが、彼女たちの夏休みはまだ、始まったばかりだった。
次の冒険、北方山脈の彼方、未踏領域探索への冒険が、始まろうとしている事に、この時点で気づいている者はいなかった。
だがそれはまた別の物語。その話はまた別の機会に。
これで最終回です。明日から次回作『俺に出来るのはコレくらいだ』を投稿します。
ウシュムガル伝はその後になりました。
よろしくお願いします。