第二十九話 策謀
ガザル達は、司令官室を後にした。
「アマサが大騒ぎしてこの事件を明るみにしたのは、事件を暗黙裡に終わらせ、司空の死を有耶無耶のまま無かったことに済まされるのを、阻止するためだろうな。でなければ、自分の雇い主が余りに無念すぎる」
「事件を無かったことにして終わらせる場合、目撃者であるアマサ自身も口封じで消されかねないからな」
アマサの高評価を唱えるガザルと、アマサの低評価を唱えるイサク。
「それよりこの暗殺事件、どう読み解く? オクスがゲルガルの陰謀を阻止するため、粛清を行ったと、三公の他の二人に見なされる危険がある訳だが」
エトロが皆に問いかける。
「だからこそ、オクスが首謀者で無いとも、その裏をかいたとも取れるが」
ガザルが一先ず、順当な推測を述べる。
「三公の仲間割れの可能性は在りませんか? ゲルガルの謀略達成後の権力闘争が、すでに先んじて始まっているとか」
シェエラが事態の新しい切り口を啓く。
「それと、幾らアマサが明るみにしたと言っても、それだけでここまでこの事件が烏戎軍全軍に広まってしまうのは不自然を感じる。軍部内の実権の中枢に近い者、恐らくオクスか、三公の残り二人、の誰かが意図してこの事件の情報を広めたとしか思えない」
ケレンがさらに疑問を投げ掛けた。
「オクスが首謀者であった場合、残る二人は危機感を募らせ、すでに掌握した命令系統を操って、烏戎軍内部で反乱を呼び起こしかねない。それが分かるオクスが、首謀者であったとは思えないな」
エトロがオクス主犯説を否定した。
「ガザル、お前、これゼカリヤだと思ってる?」
「イサク、ゼカリヤならイザという時にはコレくらいはやる男だ。問題は今がそのイザという時だと言う根拠だ」
「必ず明白な根拠が有るはずだと」
「俺たちに分かる根拠が無いなら、この事件は俺たちと関わりの無い、別の理由に基づく事件だ」
イサクとガザルが応答していると、
「ガザルさん、すでにその根拠に心当たりが……」
そう問いかけたエトロにも、心当たりが有るのかも知れなかった。
「これがゲルガルの謀略に沿った権力闘争の布石なら、最終的な目標は、オクス暗殺」
「⁉」
「アマサに冤罪を被せて偽の犯人に仕立て上げなかったのは、犯行者が誰か分からない状況を創り出したかったからだろう。アマサの無実を証明した目撃者も、この犯行に及んだ実行者も、その実行者が誰か不明な事も、すべて首謀者の手の内ならば、それはその人物の軍内部における支配力を、オクスに対して示威することになる。
しかもその人物が残る三公の二人の内、どちらかも分からない状況。すでにオクス自身も、いつでも暗殺できると見せつけている様なもの。そして三公が掌握していた命令系統の頂点が、三者から二者へと絞られている。
そして今、生き残っている三公の内、首謀者では無い方の一人は、自分が首謀者では無い事は分かっているんだから、もう一人の方が首謀者だと分かっているはず。まあ、当たり前の話なんだが、それはその首謀者では無い方の三公の一人に対しても、強烈な牽制に為っているだろう。
つまり事実上、命令系統は首謀者一人の手に掌握されてしまっている。総司令部内で、オクスが無力化されている事態だという事だ。オクスを抹殺し、烏戎軍全軍を乗っ取る、最高のチャンスが訪れている」
少しばかり長い説明を終え、ガザルは一息つく。
「その首謀者が、ゼカリヤという人物かも知れないんですね」
三公に付いては完全に無知なシェエラが、確認の為に尋ねる。
「アマサの雇い主は、政略顧問・司空のナタンだった訳だしな。ナタンがガザルの排除を画策している間、ナタンを踊らせていたのも、それが失敗に続き、ゲルガルの謀略に加担する将校たちの支持をナタンが失い、ナタンを暗殺したのち、将校たちが自分を支持するよう仕向ける算段だったのかもな。
だからこの計画を建てるには、事前にガザルの実力と過去の経歴を知る者でなくてはならない。そりゃ、ナタン自身かゼカリヤだろう。お互い相手には知られていないつもりだったみたいだが」
三公に詳しいらしいイサクが、シェエラの問いに答える。
「ガザル先生とイサクって何者なんだ」
さらなる謎に、今度はケレンが尋ねた。
「う~ん、まあ、その、なんだなァ。それより急いで進まないと、到着前にオクスが暗殺されかねないぜ」
「イサクさん、そんなに露骨に誤魔化さなくても……」
「実際、今から夜通し駆け続けても、間に合う目算はほとんど無い。どうする」
エトロが打開策の必要を訴える。
「さて、一つだけ方法がある。使いたくない手段だが、他に思いつかないからなあ」
こんなに状況が追い詰められるまで、出し惜しみしていた手段がまだ在ったことに、一同を呆れさせたイサク。
「なるほど、これか」
「最初からこれを使う訳には行かなかったんですか」
「いろいろと、条件が要るからな。まず民兵と烏戎軍の抗争が停止していないと、互いに疑心暗鬼から未確認飛行物体を敵かも知れないと見なして、撃ち落とされかねない。それにある程度、総司令部に近づかなければ、手続きに時間と手間を取られる。無線通信だけでは認可証明書が通らない。さらに一番重要な項目だが、特命特権が認められるかどうか、俺の立場とか複雑な経緯があって」
「やっぱりイサクって何者なんだ」
説明を聞いている内に、ますます謎が深まって行くイサク氏にケレンがつぶやく。そんな一行の前に置かれたそれは、
「カデシュ職人製の飛行車か、八人乗りだな」
ためらいもなく、操縦席に乗り込むガザル。
「護衛隊員とは、ここでお別れか」
ケレンがこの時になって初めて、申し訳なさそうな声音と表情をした。
(ちゃんと、この人達の気持ちに気づいていたんだ。ケレンさんが居なかったら、この人達もここまで真剣に着いてこなかったかも)
だが騎兵隊員たちは、ここまで来て離れることになっても、未練や感傷的な態度や素振りを一切見せず、むしろ爽やかな表情で、ケレンたちを見送った。
「祖国の為に使命を果たせたことを、何よりそれを自分たちの意志で行動できたことを、あなた達に感謝します」
国家を持たないカデシュ人からすると、真顔で本気で『祖国の為』などと若者が言う事に、滑稽と言うか珍妙な気がしてしまう。
そういう所を治すのが、その国の為では無いか。
「で、俺とエトロとイサク、シェエラとエレンとツェルヤ、それからアセトナとそこの案内人、それでちょうど八人か」
「これなら、夜明けまでには余裕で間に合う。急ごう」
エトロが皆に乗車を急かした。
今日、もう一話投稿します。よろしくお願いします。