第五話 峡谷工房
その山脈の、一つの稜線をたどると、幅五百メートルにも達する大河に行き着く。
再びアリシュ河へと合流した。川沿いに飛行して行くと、ついに巨大な大絶壁が目の前にそびえる。その大岩壁を前にすれば、幅五百メートルの大河の通り道も、わずかな切れ込み、か細い裂け目かと錯覚するだろう。
大型輸送飛行艦は、その峡谷の隘路ではなく、岩壁の上空へと乗り越えて行く。軽飛行車では、出来ない芸当だ。
飛行艦はそのまま、峡谷の行き着く先に君臨する、エバル山の尖頭に築かれたターミナル空港へと接舷するのだろう。
その巨体を仰ぎ見ながら、少女の駆る軽飛行車は峡谷都市カデシュの谷をめぐる。壁に穿たれた坑道の入り口から、木製の桟橋が幾つも突き出ていた。
アリシュ河の削り開いたこの都市の大動脈、メインストリートとも言うべき谷の隘路も、大分、奥まった辺りにある坑道の入り口の一つに、少女は軽飛行車を横付けする。
ちょうど木製の桟橋に、収まるように軽飛行車は乗り入れられた。坑道の入り口はレンガで補強され、あるいは飾られ、シャレた雰囲気の門構えをしている。
この坑道内に、少女の住居が有るらしい。
カツッカツッ、と磨かれた石床を踏みしめながら、少女は坑道の奥へと向かう。一定の距離ごとに壁や天井にはめ込まれた発光金属に照らされ、岩壁の中の通路は、意外にもかなり明るい。
また、その光は相当の熱量も含んでおり、坑道全体を一定の温度に保っている。季節を問わず、快適な生活が可能なのだ。
ほんの少し進んだところで、通路の壁に開き戸がはめ込まれていた。ここがこの少女の居室、生活空間であった。
四角四面の空間で、真っ白な土壁に塗り込まれ、床はすっきりとしたフローリングが施されている。天井だけが石壁のままで、中央に大きな発光金属が吊り下げられていた。
ベッドや机、椅子に本棚と、生活に必要な家具類は、おおよそ揃い、使い込まれているのがうかがえる。入口から見て左右の壁に、隣室に通じる扉が設けられ、キッチンやバスルーム、トイレなどの生活に必要な部屋が備わっているらしい。
クローゼットを開け、制服から機能的な作業着へと着替えるや、少女は自室を出る。再び通路を奥へと進み、横道に折れるとそこは階段の踊り場だ。
一階層分、階段を下るとそこには、少女の自室とは比べるべくも無い程、広々としたスペースに、雑多な資材や工具、大型機械に複雑な部品を、これも意外なほど、効率的かつ機能的な配置で整理整頓された、工房が現れた。
「先生、只今戻りましたァ」
少女の挙げた大きな声が、静かな工房に反響しながら広がる。
「おう、すぐにこっち、手伝え」
二十歳を少し過ぎたばかりの年齢と見受けられる、意外と若々しい青年だった。
彼がこの工房の主の様だ。
恰幅の良いバランスの取れた身体のこの青年が、実はドワーフの血を引いているとは、誰にも見抜けまい。
「ガザル先生、新作エンジンですか」
ガザルと言うのが、この青年の名前らしい。
「どうだ、シェエラ」
シェエラと言うのがこの少女の名前であるらしい。
「スリーブバルブエンジンの欠点であるオイル消費を解決する為に、シリンダーは無論、摩擦が邪魔になる部品は、徹底的に磨き上げ、摩擦抵抗を極限まで減らしてみた」
「そこまで表面ツルツルだと、返ってオイルめぐり悪くならないですかね?」
「ま、やってみれば分かるだろう」
「私も考えてみたんですけど、コンロッドをスプリングに通して、バネの力でピストン運動とクランクシャフトの回転運動の力を強化できないでしょうか」
「どういう機械構造にするかは一先ず置くとしても、それ、逆にスプリングが運動エネルギーを奪い、力の損失にならないか」
「やっぱり、そうですよね……」
「試しに造ってみるか?」
「いえ、結果はもう分かりましたから。それより先生の新作、組み立ててみましょう」
「おお。よし、ツェルヤ起きろ。仕事するぞ」
この工房にはもう一人、住人が居た。
「ギキッ、ギーッ」
動物の鳴き声のような返事が響き、ツェルヤと呼ばれた人物がやって来る。
「シェエラ、いまの話、コンロッドをスプリングに通すアイデアな、スプリングバネを上下二段にするってのはどうだ」
「?」
「つまりな、吸気行程と燃焼・膨張行程の時には、上の段のスプリングに伸びようとする力を働かせ、下の段のスプリングに縮もうとさせる力を働かせる。そして、圧縮行程と排気行程の時には、上の段のスプリングに縮もうとさせ、下の段に伸びようとさせる」
「あ!」
「ただし、これもな。エンジンの回転数は一分間に二千回転以上の速度だろ。その速さに合わせて伸縮運動するようなスプリングって、可能かどうか」
「じゃあ、スプリングバネでは無くて、油圧バネ、空圧バネって手はどうですか」
「コンロッドの長さに合わせて、ピストン工程のストローク幅ほどの伸縮性を持った、油圧バネか、それも工夫次第だろうがな」
「考えさせてください」
「それは、オマエの自由だから好きにするさ」
「ギッ、ギッ」
ツェルヤと呼ばれた人物は、眠気眼を擦りながら、二人の前にやって来た。
「ギィ」
金髪碧眼の美少女だった。
(凄い綺麗だなァ)
知り合ってから既に長い年月にもなるが、それでもシェエラは未だにツェルヤに見惚れることが有る。三人は工房の中で作業を始めた。
予定を繰り上げて、投稿します。申し訳ありません。
明日も投稿します。