第二十七話 天無情
「既にオクスに気づかれているのではないか」
灰色の法衣をまとう者が問いかける。
「かも知れん。だがそれで状況が変わることは無い。今さらオクスにこの状況を覆す事など出来はすまい」
青色の法衣をまとう者が返事を返す。
「だが、ガザルと名乗る者がこの戦争を止めに来ると言う声が、軍部の中にも浸透してきている。実際に兵の間でも反応が起き始めている」
赤色の法衣をまとう者が二人の間に入る。
「兵はオクスの命に背いてまで、この戦争を厭いではいない。むしろ已然、ここまで闘って来た戦果を得ずに終わることに、納得しない者の方が多かろう。何よりオクス自身、ここで止まるつもりはあるまい」
青色の法衣をまとう者は、自信をもって答える。
「たとえオクスが我らの謀略に気づいていたとしても、と言い切れるか」
灰色の法衣をまとう者は、先程より幾分、声を荒げ問い返す。
「そうだ。ここで我らに背けば、烏戎軍内に反乱を呼び起こす。この敵地の真っ只中でな。そうなればオクスもろ共、全軍が崩壊、それは烏戎国の崩壊その物に繋がる。ヤツにその決断は出来まい」
青色の法衣をまとう者は、敢えて自信を強くする語調で、灰色の法衣をまとう者に応じる。
「兵の中にはそのガザルという者の呼びかけに、なびき始める風潮もあると言うぞ。何らかの手を打っておくのも、損には為るまい」
赤色の法衣の人物は、青色と灰色の折衷案を述べる。
「我らが反響を起こすことが、問題になるのだ。その者がここへオクスの説得に来ると言うなら、その時、我らが論破すればいいだけの事だ。ここまで来て手順を誤れば、それこそが取り返しのつかないことになる」
青色の法衣をまとう者は、むしろ自分が声を荒げる。
三人は三人とも、完全には納得しないまま、話し合いを終え、それぞれの天幕へと帰って行く。灰色の法衣の人物は、自身の天幕へと戻ると、座椅子に身を預け、ため息とともにつぶやく。
「しくじったか、アマサ……。それ程の相手だったか、ガザルは」
一分、さらに十分と、分刻みでガザルとの距離を縮めようと、旅急ぐシェエラ達。都市と都市の狭間の、まだらに田園が拓かれた、ビロニアとは色彩の異なる草原。まっすぐに草原に刻まれた幹線道路を、竜馬を駆り立て直走る。
「この分なら、日が沈む前にガザルさんと合流できる」
エトロさんと護衛役の竜馬騎兵、レジスタンスの案内役、同じく土地勘があるらしいイサクが馬上で話し合った結果、現状を判断した。
営農用の物置なのか、かつて住居だったのか、いずれにせよ今は扱う者の居ないらしい廃屋が所々に見かけられる。
「まずいな」
最初に気がついたのは、森の人エトロだった。直ぐにシェエラも気がつく。気温が急激に変動し、風が湿り気を帯びて来る。晴れ上がった天候が、突然、急変する。
「爆弾低気圧だっ!」
案内役のヤジズ人が、解説する。
「この時期には稀にある事です。こうなっては、天候が再び回復するまで、身動きは取れません。どこか、手近な廃屋の影でやり過ごしましょう」
「そんな、いつ止むか分かるんですか」
「早ければ三十分、普通でも一時間、長ければ半日は続きます」
「一時間までなら何とかなるかも知れない。だが半日では確実に間に合わない」
「一時間でも下手したら致命的なタイムロスですよ。雨の中を進めませんか」
「雨量によってはこの平野全てが、激流に変わります。ですがそれより何より一番恐ろしいのは落雷です。遮蔽物の無い平野の幹線道路を駆け抜ければ、確実に餌食です。助かりようが有りません。廃屋の中に避難すべきです」
前置きも無く、まだ晴れ間がのぞいている内に、バラバラと大粒の雨滴が零れ落ちる。皆の行動方針を固める間も無く、重く低い深い闇が空を被い尽くし、重い雨粒は集中豪雨に様相を変える。
一瞬、真っ白な光に視界を奪われ、続いて恐ろしい轟音が響く。
命なら賭けてもいい。だが自然の猛威の前では、賭けは成立しない。在るのは確実な敗北だ。賭けるなら、この天候がいつまで続くかに賭けるしかない。
この旅を現実的に見つめるなら、始めから上手く行かない可能性は在ったのだ。無謀な試みで命は捨てられない。
少しでも勝率の高い方に賭けるのが、現実的にベストなのだ。シェエラもケレンも、ツェルヤも無言で竜馬を下り、廃屋に避難する。
(ここまで来て、やっとここまで来たのに)
天の無情を呪うしか無かった。
一時間十分後、天候は突然に回復した。
「私たちが追い付けなくても、ガザル先生が間に合えば」
「最善を尽くすしかない。烏戎軍の首都総攻撃開始は、明日早朝だ」
シェエラ達は、未だ引かない草原を充たす雨水の流れに、足を取られる竜馬を駆り立て、一秒一秒の時の流れに急き立てられながら、幹線道路を突き抜ける。
一時間が経ち、二時間が経つ。空を被い尽くしていた闇色の積乱雲は、地平線の彼方にのみ見受けられた。
煌々と照り付ける太陽の日差しは、積り切った雨水を蒸気に変え、陽炎となって宙に漂う湿気を、南から吹く乾いた風が押し流す。快いはずの乾いた風も、行く手を妨げる呪いにも思える。
いくつかのヤジズ人の村落や烏戎軍の宿営地を通過する。シェエラ達に向ける人々の目が、希望を託し未来を預ける。さらに速度を上げ、さらに道を急ぐことで、その期待に応えた。
中天に輝いていた太陽は力を失うように地平の側へと傾き出す。ガザル先生も同じく道を急いでいるだろう。追い着くはずが無い。それでも急がなくてはならない。
シェエラ達と、使命と責任を分かち合うように、竜馬は騎手の期待にこたえ続ける。
時の流れを恨みすらして駆け続けたある時、前方に廃街が見えた。珍しいものでは無いはずだが、皆、妙にその廃墟の群れに気を引かれる。
廃墟の入り口に二つの騎影が浮かぶ。
「まさかっ!」
明日も午前、投稿します。よろしくお願いします。