第二十六話 悪漢
アマサは死を覚悟した。
「一か八か、わざと斬らせて刺し違えるしかない」
かつての住民がすべて姿を消し、駐屯軍すらおかれていない完全な廃街に、アマサは軽飛行車で先回りし、ガザルを待ち受けていた。
やがて視界の前方に、二頭の竜馬の影が映る。
距離にして一キロほどに迫った頃、アマサは竜馬にまたがる騎乗者に向け、拳銃を撃ち放つ。拳銃の射程距離など精々三十メートル。当然命中するはずも無い。
だが、二人の騎乗者にアマサの存在を気づかせる効果はあった。アセトナが騎兵銃を構えたまま、二人は五十メートルまで近づき、ガザルは竜馬を下りた。
「ガザル、知っておくべき最悪の情報を先払いで教えてやる代わりに、俺との決闘を受けろ」
「いいぜ。そいつは恐らく、今の俺に最も必要なものだ」
「決闘方法はサーベルでの斬り合いだ。いいな」
「構わん」
「ふん、オクスの側近、俺の雇い主、三公のゲルガル人は烏戎軍の乗っ取り、オクス総首長の傀儡化を目論んでいる」
「まさか、ゼカリヤがかっ」
「ほう、ゼカリヤを知っているか」
「俺はジェルベだからな」
「なァッ、おまえが、ビロニアの英友っ!」
「知らなかったのか。聞かされていない訳か」
「前々から人事権を使い、烏戎軍の命令系統の要職に、ゲルガル人に繋がるウジュ人やゲルガル人その者を配し、指揮系統を侵食する。この戦争によりその計画を一気に加速進行させ、オクスに気づかれる前にヤツから実権を奪い、傀儡に落とす。
このヤジズを占領統治する段階に至れば、計画はほぼ達成される目論見だったんだ。だからこそ、この戦争を止めさせる訳には行かなかったし、それは烏戎国の為では無い。その為にお前をどうあっても、阻止しなければならん」
「それを事前に知っているかいないかで、オクスの説得にどれ程有利に運ぶか。にもかかわらず、何故俺に教える」
「ここでお前が死ねば、全ての意味は消える」
「なるほど、その成功率が最も高いのが、捨て身の決闘ってことか。アセトナ、絶対に横槍を入れるなよ」
「…………」
「アセトナっ」
「……分ったわよ」
アマサはガザルに、自分の用意して来たサーベルを放り投げて渡す。少しでも卑怯な素振りを見せれば、連れの女アセトナが騎兵銃でアマサを撃ち抜くだろう。
そうでもしなければ、この期に及んで決闘など受けてはもらえまい。反対にガザルの方がアマサに対し卑怯な手段を用いたとしても、それを裁く方法は無い。
この決闘はそれ程、アマサにとって分の悪い駆け引きだった。
だがそれも、ガザルが卑怯なマネをしない、という前提に立てば、アマサとガザルの間の条件は五分と五分。その目論見の上では、アマサにとって都合の良すぎる決闘ではある。
ガザルはアマサから渡されたサーベル刀を鞘から引き抜く。その動作を見ただけでも、ガザルが相当な手練れであることがうかがえた。
「悪くない拵えだ。勝ったらこいつをもらっていいか?」
「好きにしろよ」
アマサも軍刀を抜き、すかさず構える。
「いつでも掛かってきていいぜ」
ガザルは敢えて構えを取らず、一見、無造作に立ち尽くして見える。
「――――っ」
その先の戦闘は、完全に一方的な形勢だった。二人の技量の差は、腕に覚えのあるただの悪漢と、歴史に名を留め伝説に数えられる英雄ほどの開きがあった。
わざと斬らせて隙を作り、その一瞬に逆転の一撃を打ち込むと言う、事前に建てた勝ち筋など、丸で成立する余地が無い。
腕力や体格で劣っている訳でも無いのに、刀術の技術の差だけで、いつでも切り捨てることが出来る。ガザルは暗にそう言っているのだ。
アマサは遂に諦めた。力なくその場にひざを屈した。ガザルが実はジェルベであると予め名乗ったことで、諦めに屈する覚悟が出来た。
「ふ、は、所詮、敵う相手では無かったか」
暗い天幕の中、玉座の席に着く男。
「烏戎国にとって、この戦争の主目的は食糧問題、食糧生産力の安定的確保だった。ヤジズからの輸入食糧、食用農産物はこの国の生命線だ。主食となるべき炭水化物を他国からの輸入に依存しているのが、烏戎国の弱点。そしてヤジズで進行する商業営利農業により、商品作物のみならず、穀類、コメや麦の価格は高騰を続けている。
所詮、皮革と毛皮だけでは、中継貿易を行うだけの資本にすらならない上、狩猟という生産手段は安定的な収益をもたらさない。雪に閉ざされ、交易も狩猟も行えず、夏の間の貯えだけで食いつなげなければならない、ビロニアの冬。それを克服するためには、ヤジズの穀倉地帯を取り込まなければならない。
冬に飢え、凍え死ぬビロニアの民を救うために、俺はこの戦争に賭けた。この問題を解決できない限り、この戦争を終われない。あと一歩、あと一歩で、同胞たちを冬の凍寒から救い出せる。それまで俺は、止まれない」
今日中にもう一話、投稿します。よろしくお願いします。