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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第二部
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第二十四話 歴史

 ビロニア人を名乗っていた頃、その国は狩猟と採集から成り立っていた。


 いや、その当時そこには国など無く、その地域に、その地域の環境に根差した共通の生活形態を取る集団が、限られた猟場の中を移動生活しているに過ぎなかったか。


 彼らは、我らは、効率的に獲物を狩る為、実に小規模な共同体を創った。それは完全に平等な組織だった。


 収穫物を貯蔵・保存しておくことが出来ず、ただその日費やす分の狩りを行うだけであったが故、収穫物は集団員の間で完全に等分配されていたのだ。


 無論、その組織の中には、獲物の等分配を仕切ったり、狩りの際に役割を指示する族長はいた。血族を基礎に置き、族長を頂点とするその組織集団は、ビロニア高原に氏族制社会を形成して行った。



 それからの変化の兆しは、外から訪れた。


 我々の狩猟物から出る副産物、毛皮や皮革を、外から訪れる交易商により、農産物、穀物、塩や織物と物々交換し、富の貯え、私有財産の蓄積が始まると、貧富の差が生まれた。


 それは氏族の内部と外部の両側で、同時に軋轢を生み育てた。


 氏族構成員の間で、より多くの富をもたらせる役割を担える者とそうでない者、部族への貢献度の差に応じ、配分される富に格差が設けられ、やがて役割は世襲制になり、階級が発生した。


 氏族の外部、即ち他の氏族との間で、部族間の規模やその能力の差を元に、より豊かな猟場を巡り争いが起こった。


 この部族間の争いは、氏族の指導者である族長に、より強い指導力、より大きな権限を与える必要をもたらした。部族間の争いは、氏族の枠を超えた大部族への拡大を促していく。


 他氏族の祀るトーテムを武力で奪い、自氏族の祀るトーテムの下に置き、自身が合祀を執り行うことで、他部族を併合し支配する方法を編み出した。


 そうしてしばらくの間、ビロニア高原では大部族内外で、分裂と吸収支配が繰り返される。それをさらに加速させたのは、やはり外部からの影響だった。


 貨幣の浸透と銃火器技術の流入、それはさらに巨大な統一組織を形成させる原動力となる『合理主義』という思想の萌芽となった。


 大部族は内部の各氏族を軍事力の基礎に置いた。


 共同で狩りを行う家族を末端とし、その幾つかの家族をまとめる血縁の長を宗長とし、そして幾つかの宗族を束ね支配する司祭により共通の自然霊を祭る縦型の社会が、そのまま軍制と成り得ていた。


 合理的思考は、それまで政治の中枢に深く食い込んでいたシャーマン教団を無力化し、大部族の首長権力を強め、人が人を支配する理論へと展開する。



 最終的にビロニアを九大部族までまとめ上げる直接的要因も外部からもたらされた。


 この時点でもはやビロニア人には欠くことの出来ないものとなった外世界との交易は、各部族の領有圏内の通行権の確保を要求した。


 西方のカデシュをはじめ、東方諸国、南方内海を渡る大商人たちは、中継交通路としてのビロニアの安全保障を求めた。


 銃と食料と生活物資と貨幣をもたらす交易商こそが、ビロニアに統一権力の誕生を必要とし、それを推し進めた。



 軍制において、司令官たる首長と下級士官たる族長の、中間結節点を務めるシャーマン教団の僧兵を無力化し排除する代わり、中間指揮官を果たす人材が必要となる。


 その人材を育てるにあたり、旧烏戎部族の有力な若者たちを海外に留学させ、士官教育を学ばせた。その際、伝手として頼んだのが、烏戎部族によるビロニアの統一を求めた、ゲルガルの交易商商会だった。


 思えばこの時点で既に、彼らの中にはゲルガル人によるビロニアの傀儡政権という構想が思い描かれていたのだろう。


 中間指揮官となる将校たちに、ゲルガルの息の掛かった者を密かに潜り込ませると言う計画も、この時点から仕組まれていたのであれば、それと覚られない事のみを気遣えさえすればよかったのだ。



 もとよりビロニア統一戦争には、事の発端から、大海軍国ヤジズの支持する大部族と、大陸交易商国家ゲルガルの支持する連合部族との、貿易権をめぐる代理戦争という側面があった。


 無論、ヤジズは大国であり、ゲルガルは国力をほとんど持たない小国に過ぎず、その対立が歴史と国際社会の表面に浮上し、目に映ることは無かった。



 目下、俺が果たすべき使命は、軍の末端兵員の直接的な掌握。それも意識的または自覚なく無意識的にゲルガルに通じている中間指揮官たちから気付かれぬように。


 命令系統さえ乗っ取られなければ、烏戎軍内に、ゲルガルによる烏戎国の傀儡化を望む軍人などいるはずが無いのだから。


 末端兵員を再掌握し、俺から直接命令を伝達できれば、三公により将校を操られても、軍団内の実権を奪われずに済む。


 ヤツラとてそれくらいは想定し、警戒している事だろう。ヤツラがそれを避ける為には、このままこの戦争を継続して行く以外は無い。



 俺は烏戎国の発展の為、烏戎人が争い合うことなく豊かで文化的かつ平和な生活を享受できるために、ビロニアを統一し、今、それを阻もうとするヤジズに攻め込んだ。


 断じて自己権力の強化、それによる自身の支配欲を充たすためなどでは無い。それこそ三公が俺の理想をかわりに実現してくれるなら、俺の地位を譲ってやってもいいくらいだ。


 だが、ヤツラを使ってみた限り、ヤツラにそんな理想も志も無い。それが有るなら、俺を傀儡にするより、俺と共に理想を目指せばいい話なのだからな。


 烏戎人の幸福の為には、ヤツラの傀儡になる訳には行かない。この強大な烏戎軍を、ヤツラの玩具にさせれば、ビロニアとヤジズだけの問題では済まなくなる。


 ガザルがもし、この戦争を終わらせるよう提言に及ぶならば。



「それでも、それでも今、ここで止まる訳には行かない」

明日も午前、投稿します。よろしくお願いします。

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