第二十二話 戦発端
都市軍司令官の下を去り、市街へと足を踏み入れたガザルとアセトナ。
これからこの都市内のレジスタンスのアジトを訪ね、中部地区首都圏のレジスタンス・リーダーに面会し、烏戎軍への抵抗活動の一時停止と、オクスとの首都での会談を提案しなければならない。
説得その物も難題だが、そこに至る前にアマサ一党の妨害も警戒しなければならないと、ガザルは見ている。
今まで常に、ガザルはアマサを出し抜いて来たが、決して彼を侮ってはいけないとガザルは考えていた。
ここに至って、ヤツラがどこまで手段を択ばずに手を出して来るか、予測が及ばない。
司令官との面談で、今日一日はレジスタンスとの接触を見逃すとの、了解を得てはいる。だがそれは、司令官一人の胸の内との了解だ。軍部全体を巻き込む策ならば、どういう不測の事態に発展しないとも限らない。
「こっちよ、急いで」
アセトナに連れられて訪れたその場所は、地下下水道の中だった。
「この下水道はこの都市の地下全体に張り巡らされているわ。その経路は烏戎軍もまだ把握しきれていないの」
「すでに俺たちの侵入にも気づいて貰えているようだな」
レジスタンスメンバーの姿こそ見えないが、その、ガザルとアセトナの二人を監視する気配は、そこかしこから読み取れる。
「そこで止まれ。アセトナと……、あなたがガザルか。ここからは俺たちがリーダーの下へ案内する。ついて来てくれ」
照明が消され、完全な闇の中、手を引かれ、背中に手を置かれたまま、見えない道を進まされる。やがて移動が止まり、扉らしきものを潜らされ、何人かがそこを通り過ぎた後、再び少し進み、また扉を潜らされる。
その室内がアジトの本部であった。
「ガザルを連れて来た」
声が掛けられると、照明が点される。その人物は、照明が点された後で、隣室から姿を現した。
「私がこの中部地区首都圏のレジスタンスの束ねを務めさせてもらっている、リーダーのラケルだ」
「……女性とは思わなかったな」
「断っておくが、私たちはバルクとは考え方、目的が違う。ビロニア軍撤退後にバルクが目指すのは、旧ヤジズ政府の復活。だが私たちが求めるものは、新政府の樹立」
「その必要が有るのか」
「今でこそ商業国家ヤジズを名乗っているが、百年前のこの国は農業を基盤とし、それを営む村落共同体からなる、農本主義国家だった。それが、都市経済の発展と農業技術の発達、新たな商品作物や貨幣経済の浸透などにより、商業的農業への構造変革が農民たちに迫り始めた。
やがて商業主義は、それに適応し得た富裕農民により零細化し没落し始めた小規模農民を脅かし、一部の大土地所有者による農地の併合、占有化により、村落共同体を圧迫、崩壊させていった。
同じく商業主義の発展により、急速に力を強めた都市富裕層と、それと結びついた大土地所有者・地主階層の攻勢で、行き場を失った元地方村落民の受け皿として、ヤジズ政府は軍拡による救済へと舵を切った。と同時に、際限なく成長し続ける商業力の為に、ヤジズは新たな市場の獲得を必要とし、植民地政策が提唱される。
一方で、皮革や毛皮の供給源だったビロニア高原で、統一により原始経済から脱し、急速に成長をはじめ、畜産と工業化を同時に発展させだしたビロニアに対し、対等の貿易相手と見なさず、それ自体を新たな市場では無く既にある市場を荒らす競争相手と捉えた結果が、ビロニアの内海通行権の停止命令だった。
つまりがこの戦争の発端は、窮迫する元地方村落民の救済措置だったのだ」
「それで君たちは、新政府を打ち建てる事で、その不平等を解消しようと言うのか」
「そうだ。バルクは結局、都市民の事しか考えてはいない。これを機に社会矛盾を改めるべきでありながら、戦前の政府を復活させたところで、何も救われない」
「だったらその、地方村落民を再び経済的に自立させる手伝いを、烏戎国に頼めばいい」
「ますます、バルクの反発を買いそうな手だな」
「バルクが見ている者が、旧政府の要人、旧権力者でなく、都市市民だと言うなら、彼らの権利を保証すれば新政府の樹立には、反対の余地が無くなるのでは。元農村民の救済措置の為に、都市富裕民の成長を抑えるのではなく、烏戎国との交易により彼らの生活を支えるなら、問題はどちらにも無いはずだろ」
「私たちが目指すのは、彼らの農地を取り戻させることだ」
「土地の独占なんて、いつまでも続くモノじゃない。その時までに彼らを経済的に自立させておけば、自ずと土地を取り戻せるはずだ。改革は焦らず穏当に行うのがコツだ」
「果たしてそれほどうまく事が進むと思うか」
「それはアンタ達の政治手腕しだいだろ。あと一つ気になる事が」
「なんだ」
「バルクは確か、君の事、『彼』って呼んでいたんだが。だから女性だったのが意外に思えて」
「あのやろうっ」
その時、果てしなく遠い距離から、とてつもなく重い何かが、腹の底に響くような衝撃を覚えた。
「爆発音⁉ おい、何が起こったっ」
「ラケル、落ち着いて冷静な判断を頼む。この都市の烏戎軍の司令官から、今日一日は彼らはヤジズレジスタンスに手出ししないと保証をもらっている。信じてくれ」
「ならばこれは、我々が手を出したとでも言うのか」
「レジスタンスと烏戎軍を争わせることで、俺の和平活動を妨害したい連中がいるんだ。そいつらの仕業だと分かれば、占領軍は君たちを弾圧しない」
「…………」
その時、隣室からレジスタンスメンバーの一人が、報告の為、勢いよく扉を押し開き、この室内に飛び込んでくる。
「何者かが、ビロニア軍の宿舎に投擲爆薬を投げ込んだ。ビロニア兵に何人か犠牲者が出たらしい。その何者かは、わざとビロニアのヤツラの目に付くようにして、この地下下水道へ逃げ込みやがった」
隣室から、いや、この地下道全体から、怯えと慌ただしさと、混乱の気配が伝わって来る。もう一人が追加報告の為、この部屋に飛び込んできた。
「激昂したビロニア兵たちが、そいつらの後を追うように、地下下水道へ侵入してきやがったぜ。このままだとこのアジトもいずれ見つかる。今の内に応戦の準備を整えよう」
「ガザル、アンタに罪の無いのは認める。だがこの事態を、この都市のレジスタンス壊滅の危機を招いたのはアンタだ。知恵を、力を貸して欲しい。どうにか出来ないか」
「ああ、ラケル。これはチャンスだ」
午後も投稿します。よろしくお願いします。