表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第二部
43/53

第二十一話 殺街

 この日、七月三十日の早朝、ガザルの出発とほぼ同時刻に、シェエラ達一行も内海海上都市から旅立った。昼前にはヤジズ本土にたどり着ける。


 そのまま、ガザルと同じ道筋をなぞり、最終的にはガザル先生に合流し、その後の役割を話し合って、ヤジズ首都を目指すか、レジスタンスあるいは烏戎軍への、折衝工作を請け負うだろう。


 とにかく時間との闘いだ。


 この時、シェエラ達一行は、ケレン、エトロ、ツェルヤ、イサクの他、烏戎軍の護衛役竜馬騎兵隊員たち、レジスタンスの案内人一名、で構成されていた。


 今この一団は全員、竜馬による水上騎行中である。思えば、季節的にちょうど乾期の時期に旅をしているとは言え、これまで一度も雨に当たらないのは、実に運が良かった。


 この幸運はもうしばらく続くようだ。


 湖面は夏日の陽光を乱反射させ、気をつけなければ目を焼きかねない。内海は湖とは言え、波もある。


 竜馬は水平に真っ直ぐに切り裂くように、水上を走る。高波と言っても高が知れ、頭から水を被る様な懸念はいらない。


 程よい風と陽光に、衣服に掛かる水しぶきも、その場から乾いて行く。だが、誰も快い気分にはなれなかった。


 ガザルの時と同様、焼け落ちた資材の鼻を刺す臭気に混ざり、腐臭が漂い出す。その正体ももはや、人型からかけ離れた残骸でしかない。


 かつては祝福されて生まれて来たその正体が、いまこうして人々から忌われ目を背けられる漂流物となり、墓所に弔われ生前を偲ばれる事も無く、朽ちて消えて行く。


 ガザル先生が、この旅に赴くことが無ければ、シェエラはこの国のこの現実に思い及ぶことも無く、平穏な日常を続けていただろう。


「人生ってなんだろう」


 そうつぶやいたのは、シェエラでは無くケレンだった。


 そうか、ケレンも同じ思いを懐いたんだ、シェエラはそこにも不思議を感じた。


 そう、自分たちもこの先、この骸たちと同じように、異土に屍をさらし、歴史の闇に埋もれて行くかも知れない。


 虚しさも恐れも無かった。


 シェエラもケレンも、ツェルヤやエトロも、誰に知られる事の無いまま消えるかも知れないこの使命に、誇りを持った。


 昼前にヤジズ本土に上陸する。予定より一時間は早く、目的地へと上陸できた。このまま午後も、さらに夜間にも駆け続ければ、明日の朝にはガザルに追い着ける。


 だが、夜間の移動は戒厳令で禁じられていた。ここまで来て、軍法違反で捕らえられる訳には行かない。


 はやる気持ちをどうにか抑えて、シェエラ達一行は、まずはこの上陸拠点基地で手続きを済ませる。


 基地内は、これから戦地へと送り込まれる新兵と、戦傷を負い、後方へと移送される負傷兵、補給兵站兵や、衛生兵、多くの軍兵が行き交っていた。


 明らかな異国人、それもまだ十代の女性という事で、シェエラとケレン、ツェルヤは注目されている。エトロさんもエルフで、ケレンもウジュ人には理想の容姿として非常に目立っている。


 しかし、烏戎軍には女性兵士が少なからず居り、彼女たちが気を利かせてかばってくれている。


 別に男性兵が何かして来ると言う訳では無いのだが、奇異な視線を向けて来るだけでも失礼な仕打ちだ、と、女性兵は気を利かせてくれるのだった。


 ウジュ人が決して争いを好む人達では無いのは、こうして見れば分かるのだ。この戦争は何かが間違った弾みで起きただけなのだ。オクスにそれを納得させるだけの話では無いか。


「まだ間に合う」


 シェエラ達は同じ思いを確認し合い肯く。



 一行は基地内で昼食を振る舞われた。なに不足無い物だった。だが、今では皆、その意味が分かっていた。


「これ、ヤジズ人から徴発した食料だったんですね……」


 基地外に一歩踏み出せば、そこには飢餓に瀕したヤジズ人と、そのヤジズ人に食料の供出を強いるウジュ人たちが、直ぐに目に入る。


「それでも、食べておくしか無いんだ」


 エトロの言う通りだった。食べ残したところで廃棄されるだけで、ヤジズ人の下に戻ることは無い。それよりいよいよこれからに備え、体力と気力を確保しておかねばならない。この先、何がどうなるか予断を許さない状況に突撃する。


 人生最後の食事のつもりで、食べきった。



 手続きを済ませ、旅装を整える。


 オクスに招聘されたガザルを追い合流を目指すのみならず、シェエラたち自身もオクスとの面会を希望し許可されたと言う、証書と通行許可書を得た。


 護衛役一行とイサクの口利きに依るものだ。レジスタンスの案内人もシェエラたちのメンバーの一人として許可を得ている。


 態勢は整った。正午と同時に出発する。



 民兵の掃討戦の話は、至る所で聞かされた。正しくここは戦場の真っ只中なのだ。直接、戦闘に遭遇する事こそ無かったが、それ相応の物を目撃した。


 ヤジズの重要都市の一つだった廃墟を通り過ぎる時のことだ。


「そんな…………」


 全員が息をのむ。殺戮の行われた後だった。まともな軍隊同士の戦闘の後でないことは、見るからに明らかだ。


 無抵抗の市民であったかは分からない。だが、そのほとんどは確実に丸腰だったろう。素手か投石、よくて火炎瓶ていどの抵抗を行った、無力と呼ぶには激し過ぎただけの暴徒たち。


 もはや、放置することも説得することも、威嚇だけで鎮圧することも敵わないにせよ、何か他に方法は無かったのか。


「手遅れだったのか」


 エトロさんが力ない嘆きをつぶやく。


 この惨状は、ここ一ヵ所だけではすむまい。ヤジズの主要都市の多くで、同じ惨状は繰り返されている事だろう。


 護衛役の騎兵隊員たちは、シェエラ達と目を合わせられない。


(知っていたんだ)


 シェエラ、ケレン、エトロ、ツェルヤ、あるいは同じく知っていたと思われるイサクの五人とも、それが悪意からでは無い事は理解できる。言うべきでない事を言わなかっただけなのだ。


 絶望的な無気力と思考停止に堕ちる前に、


「進もう。一秒でも早く、一人でも多く救うために」


 エトロが皆を叱咤する。


 シェエラは、絶望感の次に、猛烈な力が湧いて来るのを感じた。


 怒りでも悲しみでも無いそのエネルギーに、叫びたい様な衝動に駆り立てられ、その力が乗り移ったかのように疾駆する竜馬と共に、悲劇の大地を駆け抜ける。

明日も午前中に投稿する予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ