第二十話 説話
翌、七月三十日。
アマサ達がガザルへの妨害工作に及べるのは、今日がラストチャンスになる。
アマサにして見れば、ガザルとレジスタンスの会見現場を押さえてから軍に密告したかったが、何度挑んでもその手はガザルに巻かれてしまう。
まして今回は、最後にして一度きりの機会だ。
この際もはや、ガザルをレジスタンスのスパイとあらかじめ密告しておき、軍を自分たちで誘導する形で、レジスタンスとの接触現場を押さえさせ、拘束させざるを得ない。
アマサがそこまでの企てを意図していた所を、ガザルも予測していた。
「あるいはアマサの雇い主自身が、自らの権限で軍を動かし、俺をレジスタンスの内通者に仕立て上げようとするかもな。いや、それは無理か。それはいずれ確実にオクスに知られる。雇い主を危うくする」
ガザルはまだ、三公によるオクス傀儡化計画を知らない。
もし首都総攻撃が実現されれば、次はヤジズ全土への占領地統治へと移行する。それにより、ゲルガルによる烏戎軍の乗っ取りが、一気に進行する。
反対に、もし烏戎軍がヤジズから撤退し、ビロニア高原へ引き上げれば、ゲルガルの乗っ取り計画は潰える。
三公もまた、その事がすでにオクスに覚られているとは知らない。知られたとしても、何も出来ないと読んでいた。オクスが撤退を決断するはずが無いからだ。
だが、三公の一人は、その決断の唯一の可能性がガザルだと、警戒をあらわにしている。
ガザルはこの七月三十日早朝、アセトナを伴い竜馬を用いて、首都への通過点にある、中部地区首都圏のレジスタンスリーダーが潜伏する、アジトの在る都市へと向かっていた。
「アマサ達は軽飛行車を使い、竜馬に乗る俺たちの先回りをするだろう。俺たちがこれから向かう都市に駐留する軍部に、俺を密告するとしても、オクスからの指令書と通行証を持った俺を、その場で拘束することは出来ないはずだ。それでも、密かな監視を付けて俺を泳がせる程度の事は、軍部も承知するかもしれない。そしてその監視官に、レジスタンスとの合流現場を見破られる訳には、絶対に行かない」
「どうするの?」
「都市に入る際の手続きの時、軍司令官に面会を申し出て、全てを打ち明け説得する」
「本気で言ってるの、それ……」
「ああ、部下すら説得できないようで、オクスを説得できるはずが無い。いい予行演習だ」
ガザルは昼前に、目的の都市へとたどり着いた。
都市の中へと続く街道上に検問が敷かれ、ガザルとアセトナは検問所へと通され、そこで身分証明書と目的を問われる。
総首長オクスへの面会許可は直ぐに証明され、それに関する重要事項について軍司令官に相談がある、との要望は十五分ほどで認められ、三十分後には軍司令官との面談がかなった。
もっとも、それはガザル一人に許され、ヤジズ人であるアセトナは、都市にすら入れず検問所での待機となった。
ガザルが司令官の説得に失敗すれば、反逆者として処断され、アセトナの命もそこまでで終わるだろう。
だが、アセトナの胸中に、不思議と不安は無かった。
ガザルは司令官室へと案内され、司令官との一対一の面会となる。 まさに期待通りであった。
「掛けたまえ」
「失礼します」
ガザルが席に着くと、司令官は手短に用件を述べるようガザルに促す。
「よろしいのですか」
「何がかね」
「私がレジスタンスの内通者だという密告があったはずですが」
「私が君の面会を承諾した理由が分かるかね」
「オクス総首長直々の招聘命令と、レジスタンスとその協力者を摘発しなければならない自分の職責との、どちらを優先すべきか、自ら見定める為でしょうか」
「楽観論だな。私が君の逃亡を確実に防ぎつつ処分するために、ここまで招いたとしたら」
「拷問にかけ情報をはかすならともかく、処分ですか。私一人を処分した所でレジスタンス壊滅の糸口には成り得ません。監視を付けて泳がせるか、私を拘束したことを都市民に公表して、レジスタンスの動向をうかがいつつあぶり出すか、の方が余程有益な選択肢だと思いますが」
「私を見透かしたつもりか。不愉快だな」
「私と話し合いに応じる気が有るのでしょう」
「私の直属の諜報部から、最近、ある噂が流れて来る。しきりにな。我々烏戎軍とヤジズの和平を実現させようとしている男の噂だ。もはやヤジズの全面降伏目前に迫りながら、今さら我らに和平など有りえん。戦果を目前にして、それを白紙撤回する意味がどこにある」
「烏戎国の歴史の為ですよ。このまま軍国主義を推し進めれば、やがてこの国は軍隊の階級序列に基づいた身分階級制度を布く、階級社会化してしまうでしょう。そして上層階級はさらなる身分分化を果たし、烏戎国は貴族領主体制へと移行します。その未来に待ち受けているのは、ビロニア史に暗黒の中世史を書き記すことです。
軍事国家としてヤジズを併合してしまえば、その歴史は覆りません。身分差別のない自由と平等の時代を招来させるためには、今引き返す以外、無いのです。眼前に実る果実を摘み取るより、大樹の種を実らせるべきです」
「私は生憎、軍人で、歴史家ではない。君のその理想論をオクス総首長の前で説かせたところで、歴史が覆るとも思えん」
「それでは貴方は、烏戎国の軍人ですか。それともオクス個人に仕える戦士ですか」
「なにっ」
「貴方の忠誠心は国家機構とその機関としての総首長へ向けられるものですか。それとも統一戦争を勝利に導いた、救世主オクスという英雄に向けられたものですか。これは貴方の軍人としての本分として、答えていただく義務があります」
「私は元々、烏戎部族民だ。部族が一時期、滅亡していた際に苦渋の生活を強いられていたが、オクス様に拾われて今の地位を授かった。公人として公益に奉仕する使命より、オクス様個人への忠誠を優先する」
「ならば、同じ戦士として頼む。ビロニア統一戦争期、俺はジェルベと名乗っていた。君はこの名を知っているな」
「――――ビロニアの英友⁉」
「先ほどからのアナタの発言、本心では無いのでしょう。自らの本心を偽ることで、他人の本心を見抜けると思いますか」
「ただの甘い理想主義者なら、オクス様の御前では無く、私の前で退けるつもりでいた。だがそれも無用か。現実的に見て、ここで烏戎国がヤジズと和平を結んだ場合、この戦争の責任は誰が負うことになると思う。
オクス様が失権すれば、烏戎国は崩壊し、ビロニアは再び分裂紛争に向かうのではないか。誰もこの戦災の責を負わないなどと言えば、烏戎軍はもちろん、ヤジズすら納得しないだろう。引き返す事など出来ると思うか」
「個人が責任を負うのを、終戦十五年後とするのはどうでしょうか。その執行猶予の間に総首長個人に依存しない、政治機構を築くのです。その間は、個人ではなく国家が、烏戎国と新生ヤジズ国の両政府が、戦争責任を果たすのです。十五年の歴史の中で、オクスを正しく評価し直す。オクスならそれを受け入れるでしょう」
「ジェルベ殿、アナタはそれを直にオクス様に進言するつもりか」
「誰かが言わなければならないのなら、私から言います。かつてジェルベであり、今はガザルである俺が」
「分かった。だが私は自分の職責を裏切れない。きょう一日だけレジスタンスを黙認しよう。その間に君は君の役割を果たせ」
「了解しました」
今日、もう一話投稿します。よろしくお願いします。