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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第二部
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第十八話 潜伏

「そういうことかっ」


 その感情は怒りか絶望か。それはこの男の生涯で、初めて示す表情であったかもしれない。


 彼、オクスが密かに、この自ら築き上げた烏戎軍の現状を内偵したところ、有りうべからざる実体が現れたのだ。


 軍組織の主要な命令系統に関わる士官、将校のほとんどが、ゲルガル人、もしくはそれに連なる人物によって占められていた。


 ウジュ人の幹部たち、何よりオクス自身に気づかれる事無く、巧妙に、時間を掛け、着実な人事で覚られない内に、軍組織の乗っ取りが進行していたのだ。


「これが三公どもの狙いか。この戦争そのものが、烏戎国と烏戎軍を俺から奪い、俺を傀儡化するための詐略だったか」


 すでに全軍の四割が、ゲルガル人即ち司徒・司空・太尉の手に掌握されてしまっていた。


「どうする。どうすればいい……。ガザルっ」


 その生涯で、一度たりとも逡巡に陥らず、自らの意志の下、決断し続けてきた男が、初めて子供のように、途方に暮れていた。





 この日の旅の終わり、ガザルは一時間早く今日の宿泊予定地にたどり着いた。割と大きな元ヤジズの主要都市の一つだろう。


 どうやらこの街は、ほとんど抵抗せず烏戎の軍門に降ったようだ。破戒や戦闘の痕跡は、街の中には見当たらない。だが、住民たちは決して心を折ったのでは無いのかも知れなかった。


 密かに息をつめて、虎視眈々と、反乱の時を待ち構えている。そんな張り詰めた緊張感が、静かな街の中に糸を張っている。


 それは烏戎軍の側でも同じことだ。いつ暴走を始めてもおかしくない。ここはどうやら、そういう都市らしい。


 ガザルにしてみれば、今すぐこの都市を抜け出して、夜間も竜馬を駆け続け、一刻でも早くオクスの下へ参じたかったが、夜間の移動は戒厳令で禁じられている。


 ここまで来て、軍法違反で捕らえられる訳には行かない。はやる気持ちをどうにか抑えて、ガザルはこの拠点基地で宿泊させてもらうしかなかった。


 無論、ガザルは軍人では無いのだが、オクスの指令により高級軍属扱いとされていた。


 日が沈んでしまえば宿泊施設からは出られなくなるが、それまでにはまだ一時間程度の猶予はある。ある意味最も危険な時間帯に、ガザルは街へ出た。


 街の辻々で見かける、哨戒任務中の烏戎兵たちには、支配者ヅラと呼べるような傲慢さはにじんではいない。それはこの都市民に対する一割の遠慮と、九割の恐れで構成された態度と表情だ。


 街路に姿を現すヤジズ人は、ウジュ人の使用人になり下がった者達。彼らに対する烏戎兵の態度も、決して横暴な様子では無い。


 だが、周囲の建物の中から、彼らの同胞が注ぐ見えない視線は、烏戎兵に向けるそれ以上に険悪な気配を含んでいる。


「ま、大体こんな所か」


 ガザルは周囲から、様々な視線が自分に注がれているのを感じた。


 カデシュ人の原種こそウジュ人と同族だが、それ以上に現在のカデシュは複合民族、それらしくは無くともガザルにはドワーフ人の血すら混じっている。


 一目見て、ウジュ人ともヤジズ人とも異なる外見を具えていた。当然、両国人から疑惑の視線を浴びせられる。


 とにかく目立った。


「それが狙いだがな」


 ガザルがことさら姿をさらすのは、この地のレジスタンスが接触して来るのを誘う為なのは分かる。それに対して今、例のアマサの手下たちの監視の目も向けられているのも覚っている。


 恐らくはガザルがレジスタンスと接触し、アジトまで案内されるまで泳がせて、その上で烏戎軍に密告し、レジスタンスもろ共、ガザルを拘束させる気なのだろう。


 それぐらいは、誰にでも分かる。


 それについて、この都市のレジスタンスがどんな手を使って来るか、ガザルはその問題をレジスタンス側に丸投げしているのだった。





 ガザルを尾行し、監視の任についているのは、アマサ一党の副頭目、ゴグ、マゴグの二人だった。


 アマサ自身は二人からの連絡を受け次第、烏戎軍への密告を受け持つ役割だった。


 アマサもガザルの監視に加わりたいところだが、軍への密告役は司空からの特命を受けたアマサにしか務まらない。


 他の手下どもでは、チンピラ、ゴロツキにしか見えず、真面目な軍人に密告しても相手にすらされないのがオチだからだ。


 しばらく見張りを続けるうちに、ガザルは幾度か哨戒パトロール中の烏戎兵に、身元確認・身分証明を迫られることがあった。


 オクスからの指令書を提示すれば三分で解放される要件だ。それに対する警戒は、二人の頭目の間でも、無関心になって行く。


 そしてガザルはまた、表通りと裏通りに続く路地の辻角に立つ、三人の烏戎兵に声を掛けられ、立ち止まる。


 どうせまた、身分証の提示を求められ、直ぐに解放されるのだろうと、ぼんやり眺める。


 ガザルの立ち位置は、ちょうど辻角に隠れて、ゴグ、マゴグの二人からは死角になった。


 三分が経過し、四分、五分が、六分になった頃。


「おかしいぞっ」


 二人はようやく気がついた。三人の警備兵は、同じ立ち位置のまま、自然な様子で変わらずに話し込んでいる。


 二人の頭目が慌ててその場に駆け付けると、二人に不審な目を向ける三人の烏戎兵を残して、ガザルの姿はそのまま路地奥から裏通りへと消えていた。

明日も午前に投稿します。よろしくお願いします。

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