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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第二部
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第十七話 灰街

「オクス……。これは許されないぜ」


 血と泥と灰にまみれたヤジズ人が、いつどこで暴動を引き起こそうと、あり得ない話では無く、間接的に戦闘に巻き込まれる可能性は、至る所にある。


 まず、占領地の通行を烏戎軍から保証してもらう必要が有る。烏戎軍の宿営本部である仮施設に向かった。


 そこでついに正式に、オクスがいる最前線、ヤジズ首都攻囲軍本部へ進むよう、オクスからの指令書と通行許可証を受け渡される。


 今から新たな竜馬を借り、今日午後七時まで駆け、明日午前五時から午後七時まで、明後日新たな竜馬を借り午前八時から翌日、八月一日朝午前四時まで駆ければ、総攻撃開始直前に、オクスの下までたどり着ける。


 出来れば今夜と三十日の夜も駆け抜けたいが、戦地である都合上、その間の通行は許されないという。


 それも、この間、トラブルに巻き込まれる時間的余裕は一切ない。ガザルと言えど焦りは消せなかった。明日、三十日の夜も、安眠は望めそうにない。


 オクスからの指令書と通行許可書を掲げ、前線との中間拠点へ日没までに一気に駆け抜ける。途中、廃農村や廃市街を幾つも通過した。


 カルケミシュの時と同様、民間人への武力の行使は、国際協定で禁じられているはずだ。しかし、民兵と見なされれば、事情は異なる。


 だからと言って、降伏勧告を受諾しなかった都市の市民を、全て民兵と見なせるわけでは無いのは、考えるまでも無く当然の話だ。


 これは、戦争が起こるたびに、必ず発生する問題でもある。


 本物の民兵と、それに関わる本当の民間人との線引きを、どこで引くか、それをコントロールせずに現場の勝手な判断にゆだねていれば、あっという間に暴走を始めるのも、戦争が起こるたびに、必ず行き当たる問題だ。


 現状、殺戮という事態までには行き着いていない。だが、ウジュ人には元々、殺戮と闘争の思想と経験がある。それを他国人に行使せずに、いつまでいられるか。


 何よりいずれ、第三国の干渉・介入が始まるだろうし、そうなればこの戦争はオクスの意志だけでは止められなくなる。


 そして今、目の前で通過して行く廃村落の住民たちは、どこへ行ってしまったのか。


 この旅のタイムリミットは、目前に迫っていた。





 その頃、二十九日夕刻、シェエラ一行と護衛隊員、さらにヤジズレジスタンス随行員たちは、海上都市に上陸した。


 イサクの仲介によるオクス司令部までの通行許可を、竜馬騎兵の隊員が証明しているので、都市への入場は問題なく進んだ。


 レジスタンスの随行員に疑いの目を向ける者もいなかった。彼ら随行員の手引きで、今朝、ガザルを見送った海上都市内のレジスタンスに合流する。


 彼らの持つ無線機で、ヤジズ本土のレジスタンスと連絡を取る必要が有るからだ。


「レジスタンス組織の指導部、指揮系統はどういう構造になっている」


 エトロが、この海上都市のレジスタンスリーダーにたずねる。


「組織もそれぞれの組織の指揮系統も、統一はされていない。複数の指導者とその命令系統が並列しており、一部重なった部分もある。各組織は地域別に分かれていて、協力的な関係を維持しているが、目的も理念も各自異なって、必ずしも足並みはそろわない。今のところ、全組織の統一、同一系統化の動きは無く、またそれは現実的に不可能だ」


「つまり、オクスとの和平交渉を受けまとめられる、最高指導者は存在しない訳か」


「烏戎軍が撤退しても、混乱は続きそうですね」


 エトロ、シェエラの後に、ケレンが発言する。


「主だった組織のリーダーは何人くらいいる? それからそのリーダーたち全員と通信連絡は可能か?」


「中心的なグループは七組織、各リーダーも主だった所で七人だ。時間を掛ければ全員との連絡は可能だ」


「戦後の権力闘争を回避するためにも、今の内に各リーダーを会合させておきたいな」


「ケレンっ、私たちは部外者です」


「そう、だから権力闘争に加われない第三者というポジションで、話し合いに応じられる」


 ケレンとエトロが正面から目を合わせ、うなずき合う。


「どうやら二人とも、意見が有りそうだな。聞かせてくれよ」


 イサクが問いかける。


「旧ヤジズ国の政府指導者は、現在、包囲下にある首都にとどまっている。ガザル先生もオクスもそこに向かっている。八月一日、日の出前に、レジスタンス組織の全リーダーもそこに立ち会わせられないか。そして何より、その日まで市民兵による抵抗運動を停止してもらいたい」


 エトロの答えにケレンもうなずく。


「…………」


 この都市のレジスタンス・リーダーは沈黙で答えた。あまりに困難な要求なのだろう。


「まずは、最低でも二人、組織の指導者とガザル先生を面会させたい。後の事は彼らに任せれば済むはずだ」


 まだ十代の少女に過ぎないケレンだが、それを理由に彼女を軽んずる者は、もはやこの場にはいない。


「各組織のリーダーを首都で集結させるのは、八月一日を過ぎても構わないですよね。その日までにガザル先生さへオクスさんの下にたどり着けば、首都への攻撃と烏戎軍の戦闘活動を停止させてもらえます。各レジスタンス組織の指導者と旧政府指導者を一堂に会させて、オクス総首長と和平について会談するのは、その後からでも間に合いませんか」


「ああ、確かにその順序のほうが、組織のリーダーたちの信用も買えるな」


 シェエラとエトロの言葉に、リーダーたちは暗雲に立ち向かう希望を見出した。


「と、為ると全ての鍵はガザルさんだな。今、私たちにはガザルさんとの連絡手段が無い。こちらの事情を伝えるには、レジスタンス側から接触してもらうしかない。それをいかに烏戎軍から覚られずに行えるか。


 もう一つ問題、これから和平会談まで市民兵による抵抗活動を停止してもらう交渉はガザルさんに委ねるしかない。私達も全力で根回しするにしても、最後はそれに期待するしかない」


「ギギーキーキー、キキーギーギー」


「そうだな。その準備を終えたら私達も、再びガザルさんを追い掛けよう」


 エトロさんが結論を述べた時、この海上都市のレジスタンス・リーダーは、余りにも困難なその壁を自身の手で突破しなければならない事を認め、覚悟を決める。


 元よりこの壁は、この少女たちでは無く、自分たちが背負うべき障壁なのだから。

今夜、もう一話、投稿します。よろしくお願いします。

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